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第2.4章 - さようなら、町

ジェイの目の前に立っていたのは――

まぎれもなく、彼の兄 ダル だった。


部屋の中の空気が、一瞬で静まり返る。

窓から差しこむかすかな光が、ダルの赤い瞳を照らし、その姿をはっきりと形作る。

その存在感は、まるで世界が彼だけを中心に回っているかのようだった。


ジェイの体は、驚きで動かなかった。

痛みでも疲れでもない。

ただ、心が追いついていなかった。


「……本当に、兄さん……?」


胸の奥からそんな声がこぼれそうになる。

ゆっくりと、ジェイは布団から立ち上がった。

足がわずかに震える。

走りよるべきか、泣くべきか、それとも笑うべきか。

そんな葛藤が一瞬の中に流れた。


その時、ダルが手を差し出した。


ジェイも、自然と手を伸ばす。


そして――

ふたりの手が強く握り合う。


それはただのあいさつではない。

“生きている”

“また会えた”

“お前は俺の大切な家族だ”

そんな思いが、握手の中に静かに流れていた。


ジェイとダルは、しばらく見つめ合った。

互いの目の奥にある決意と誇りが、言葉より先に語り合っていた。


その様子を、ネコティナはまんまるな目で見守っていた。

灰色の耳がぴくりと揺れ、長いしっぽがゆっくりと左右に動いている。

彼女にとっても、この再会は不思議でたまらない光景に見えただろう。


やがてジェイは、真剣な顔で兄を見つめた。


—ダル……。


低く重い声。

何か深刻な話が始まるかと思われた、その瞬間――


—なぁ!! なんでここにいるんだよ!? しかも刀が二本!? なんで強くなって速くなってるんだ!? ていうか俺、めっちゃ大ケガして血だらけだったよな!? なんでネコティナまで一緒なんだよ!?

いったい何がどうなってるんだあああ!?


その勢いはもはや、即興のラップだった。

手がばたばた動き、顔は絶望と混乱とツッコミで崩れまくっている。


ダルは一度瞬きをして――

ふっと笑った。


「何を言ってるんだ、弟よ。俺だってお前にここで会うなんて思ってなかったよ? お互いサプライズってわけさ。それにこの狼の子は、ただの道での“であい”ってやつだ。助けてただけだよ」


さらりと言うその声は落ち着いていて、どこか余裕がある。


ネコティナは小さくうつむき、耳の先が赤くなる。


だが、ダルは急に真剣な色を帯びた目でジェイを見た。


「だけど、お前のキズは……ちょっとふつうじゃなかった。たしかに俺は魔法で治した。だが、この世界の“まがまがしいアルマ(悪い魂)”にやられたキズは、治すのがむずかしい」


ジェイの心臓がどくり、と鳴った。


ダルは続ける。


「でも……それだけじゃない。治している時、お前のキズが……なんというか……かなり特別だった」


空気が張りつめた。


ネコティナが固まる。

ジェイは息をのんだ。


だが、次の瞬間――


「まあ、それはそれとして! 元気でよかったよ、弟!」

ダルがにかっと笑い、一気に空気を軽くした。


「まさか、こんなに早く“ロリっ子”と出会うとは思わなかったけどな?」


口元を手でおおいながら、くすくす笑う。


ジェイの顔が真っ赤になる。


「や、やめろ! そんなつもりじゃないから! ほんとに違うから!!」


ダルの笑いが止まらない。


「はいはい。とにかく支度しろよ、ジェイ。行くぞ」

「どこに?」

「言わない。説明がめんどくさい」


ダルはクールぶりながら部屋を出ようとした。


その背に向かって、ジェイはにやっと笑い――

中指を立てた。


ダルは振り向かず、親指をひょいっと立てて返す。


ネコティナはきょとんとした顔でそのやり取りを見ていた。


兄弟の空気は不思議なほど温かく、そして懐かしく、

まるで長く閉ざされていた扉がようやく開いたかのようだった。


ジェイは深く息を吸い込んだ。

まだ兄との再会の余韻が胸の奥でざわついていて、落ち着くには少し時間が必要だった。


ゆっくり振り向くと、そこにはネコティナが立っていた。

灰色の耳がしゅんと下がり、同じ色のふわふわした尻尾が床に触れている。

彼女の灰色の瞳は、どこか曇り空みたいに静かで、優しくて、それでいて心配が混じっていた。


ジェイはそんな彼女に、いつもの片方だけ上がったへらっとした笑みを向けた。


「なあ、ネコティナ……ついて来る? それともさ、ここで俺のこと心配して泣いてるつもり? はははっ」


軽いからかい混じりの笑い声が、部屋の空気にふわりと溶けた。


その瞬間――


ネコティナの耳がピクッと立ち、ほっぺたが大きくふくらんだ。

まるで怒った子猫…いや、怒った子狼だ。


「……!」


言葉はなかった。

だが行動は言葉より速かった。


彼女は一歩後ろへ下がり、軽く膝をまげ――


ドンッ!!


「ぐはっ!?!?」


小さな体で全力の頭突き。

ジェイの腹にクリーンヒットし、そのまま彼は床に倒れ込んだ。


「い、いてててっ……なんでだよぉ……!」


ジェイが涙目で腹をおさえながら起き上がると、ネコティナは勝ち誇ったように胸を張り、


べーっ


と舌を突き出した。


そのまま尻尾をふわりと揺らしながら、彼女は部屋を飛び出していった。


ジェイは呆然として天井を見つめた。


「……何なんだよ、この世界……?」


銀河を見たことも、霧のような**悪霊あくりょう**に背中を切り裂かれたことも、

そして――

狼耳の少女に本気の頭突きをくらうことも。


すべてが “現実” とは思えないほど奇妙で、鮮やかで、漫画よりも漫画的だった。


ジェイはゆっくり立ち上がり、自分の服を整え始めた。


まず、霧の悪霊に切られたTシャツを隠すようにジャケットを羽織る。

そして破れてはいるが、思い出のつまった黒い軽量ミリタリーベストを着こむ。

最後に――

地球から持ってきた、大切なキャップを深くかぶる。


準備が整うと、ジェイは出口へ向かった。

だが、ふと足を止め、静かに部屋を振り返る。


木の匂い、夕陽の光、ゆるやかに揺れるカーテン。

ただそれだけの風景なのに、不思議と胸が温かくなるような、少しだけ寂しいような。


「……この村のことなんて、全然恋しくならないからな。」


そうつぶやく声は淡々としていた。


だが、その胸の奥――

ほんの少しだけ、灰色の耳と尻尾を思い出す暖かさが残っていた。


ジェイは小さく息を吐き、ドアを開ける。


カチャ…… バタン。


扉の音が、ひとつの章の終わりを告げた。

だが同時に――

新しい物語の始まりでもあった。


ジェイは、ゆっくりと階段をおりていった。

まるで一だん一だんが彼の足首をつかんで、

「まだ行くな」と言っているみたいに。

木のきしむ音が小さくひびき、

ほこりとおちゃのにおいがまざった空気が、

この場所の“おわり”をしずかに知らせていた。


心の中でジェイは、いつもの皮肉まじりの声でつぶやく。


「この場所なんて、ぜんっぜん なつかしくならないな…。

もし これがアニメなら、一話でイベントつめこみすぎて

スタッフ ぜったいキレてるだろ…。」


その思いに、つかれたような笑みがもれた。


外へ出ると、あさの冷たい空気がほほをなでた。

ジェイは両うでを空へ のばし、

この町でのイヤな記おくをふりはらうように体をゆっくりのばす。


そこで見えたのは──


ダル。

手をゆるく上げ、「こっちだ」と言うような、

いつもの おだやかなサイン。


そして その横には、

じっと立って待っていた ネコティナ。

うでを組み、しっぽを小さくゆらしながら、

「べつに待ってたわけじゃないけど?」

とでも言いたげな顔。


ジェイは彼女を見て思った。


「ほらな。絶対 来るって知ってたぞ。

ただツンツンしてただけだ…。」


胸の中に ちいさな自信と、

これから 何かが始まるような

ふしぎな期待を感じながらジェイは歩き出す。


まるで風が、

「ジェイ・ベイカー、ここからが おまえの番だ」

と言って背中を押してくれるみたいだった。


ダルの前まで来ると、ジェイは聞いた。


「ところで…何で来たんだ? その、交通手段みたいなやつ。」


ダルは言葉もなく、人さし指を道の方へ向けて──


ジェイはその先を見て…固まった。


馬車。


だが、ただの馬車ではなかった。


まるで王さまが乗るみたいな、

白銀の馬たち。

光をはねかえす かっこいい よろい。

金色のもようでかざられた木の車体。

全体がキラキラしていて

“高そう”のオーラが とんでもない。


ジェイの目はまんまるにひらき、

口から出た言葉は ひとつ。


「やっと…やっと俺も ニート生活デビューだ…!」


顔が幸せでいっぱいだった。


三人は馬車へ向かう。

ダルが先に入り、

そのあと ネコティナが入り、

さいごにジェイ。


だがジェイは入り口で一度ふり返って、

あの古い町をにらみつけた。


そして、ぼそっと言う。


「クソみたいな町だったな。」


それはにくしみでも、怒りでもなく、

ただの“さよなら”だった。


彼は馬車に乗りこんだ。


ドアが閉まり、

馬たちが静かに走り出す。


ゆっくりと町が小さくなっていくなかで、

ジェイは思った。


──もしかしたら。

ほんの少しかもしれないけど。

ようやく、運命が笑ってくれたのかもしれない。


馬車のゆれは静かで心地よく、まるで道そのものが子守歌を歌っているようだった。

木の香りと新しい布のにおいが車内に広がり、朝日の金色の光が窓から差しこみ、ゆっくりと動くように床に線を描いていた。


ジェイはネコティナと同じ席にすわっていた。

ネコティナは窓の外を見つめながら、小さく息をもらす。流れていく景色は絵本のようだった。ゆれる草原、風にゆれる木々、そして朝日に染まる空。

彼女のふわふわした灰色のしっぽは、ジェイのひざの上にのっていた。

まるで母が子を守るような、あたたかいしぐさだった。


その横でジェイは――なぜか――ダーリュと真剣にじゃんけん勝負をしていた。


「グー!!」

ジェイが手を出す。


「パー。」

ダーリュは落ちついた声で言い、軽く勝利の笑みを見せた。


ジェイはまたも敗北した。


ダーリュは腕を組んですわり、兄らしい余裕の表情でジェイを見ていた。その顔にはわずかにからかう色がある。


しばらくして、ジェイはふと思いついたように顔を上げた。


「なぁ……馬車、だれが運転してるんだ?」

ジェイが真顔で質問する。


ダーリュはまったく迷わず答えた。


「馬たちだけだよ。とてもよく訓練されてる。」


ジェイはまばたきを二、三回した。


「……オート馬?

まぁいいや。深く考えると頭痛くなる。」

そう言って肩を落とした。


ネコティナは「ふん」と鼻を鳴らして、あきれたようにジェイのほうをちらりと見る。


じゃんけんに飽きてきたころ、ジェイはダーリュに体を少し乗り出した。


「なぁダーリュ。

お前はどうやってこの世界に来たんだ?

何があった?

どれくらい強いんだ?

どうやってそんな強さを手に入れたんだ?

というか二本の刀とか何キャラだよ……?」


ダーリュはゆっくりと目をあけ、口の端を持ち上げて笑った。

兄特有の「教えてあげない」笑いだった。


「まだ教えない。」

ダーリュはあえてゆっくりした声で言い、ジェイをじらす。


「理由はひとつ。

おれはサスペンスが好きなんだ。


ただ一つだけ言うよ。

この二本の刀はね……おれの力が暴走しないようにする封印なんだ。」


ジェイは呆れた顔で息をついた。


「封印とか……もういい。

深堀りしたらめんどくさくなる。」

そう言って背をもたれに預ける。


ダーリュは軽く笑った。


「そうだろ? お前は長い説明がきらいだからね。」


馬車は進み続け、朝の光が強くなっていく。

影は後ろへ退き、空はゆっくりと昼へ変わろうとしていた。


兄弟はその後も、しょうもないミニゲームで盛り上がった。

コイン投げ、数字あて、親指相撲――そのほとんどをジェイが負けた。

ただ一回だけ勝てたのは、ネコティナが席を動く時、しっぽでジェイの背中を押してしまったからだった。


ネコティナはずっとジェイのそばで、まるで「また変なことしないでよね」と言いたげに、しっぽを軽く巻きつけたり、ちらりと視線を向けたりしていた。


朝日が馬車を満たし、笑い声がゆっくりと広がる。


この世界は不思議で、むちゃくちゃで、理解できないことばかりで――


それでも。


ジェイは久しぶりに、心から “悪くない” と感じていた。

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