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なかなか現実に帰ってこないカレンデュラの行き先は、カミラが勝手に決めさせてもらった。
迷うことなく娼館にしておいた。
きっと喜んでくれることだろう。
奴隷商はいい主人に恵まれれば、救いはあるかも知れない。
もしかしたら、子も無事に生まれてくることも出来るかもしれないが、余計な火種はいらないのだから希望は持たせてならない。
さて、そろそろオリバーが帰ってくるまで頃だ。
カミラは自身の勝負服であるドレスに着替え、普段は簡素にしている化粧をしっかりして、旦那様の帰りを待った。
馬車の音が聞こえ、カミラは玄関先まで向かってオリバーの出迎えに行く。妻なのだからそれくらいはやらなければ。
「おかえりなさいませ」
玄関が開いて、カミラは貼り付けた笑みでオリバーの帰りを歓迎した。
「随分と浮かないお顔ですこと。何か悲しいことでもございましたの?」
「いけしゃあしゃ――っだ!」
「なにを言ってる!」
オリバーの後ろには彼の両親がいて、たった今カミラに噛み付こうとしたオリバーは父親に頭を殴られた。
「申し訳ない、カミラさん」
「愚息のせいでとんだご迷惑を」
両親に泣きついたオリバーだが、一切味方はしてくれなかったらしい。
それはそうだろう。
元々オリバーは両親からの評価は良くはなかったし、カミラの方が信用に足ると思われているのだから。
なにより、カミラは今日のために先手をとって義両親に色々とオリバーのことを報告していた。
朝帰りも多かったオリバーは気づいていなかったが、カミラは時折、義両親をこの家に呼んでいたのでカミラの虚言だと思われることもない。
「いいえ、お義父様たちは悪くありませんわ。オリバー様の手綱を握れなかった私が悪いのです」
しおらしくカミラが言えば、オリバーは見え透いた演技なんかしやがってと言いかけ、またも父親に殴られていた。
「――ったぁ。なにをするんだ」
「お前がしっかりせんのが悪い。なにをさせても身につきもしないのだから」
稽古も勉強もやらせてはみてもすぐに逃げ出し、珍しく続いていると思えば覚えている訳でもなかった。ただダラダラとやってるだけ。
少しは領地の一部を任せ、嫁も入れば責任感もマシになるかと思えば、悪化するばかりでオリバーは役にも立たない。
やはり保険として才能を見込んだカミラに頼んで正解だった。
小言に対してフンと鼻を鳴らしたオリバーに視線を向けた母親は、小さくため息をつくと後悔していると言いたげに旦那に話しかけた。
「見聞が悪かろうと初めから養子にしておけばよかったですね、あなた」
「ああ。今からでも遅くはないだろう」
オリバーの父親はカミラの方に向き直ると提案があると言い、玄関から場所を移して話が始まった。
「カミラさん。私の養子になってもらえないだろうか」
「――おい、なにを!」
「考えてはいたのよ。オリバーがいたからこういう形にしたのだけど限界だわ」
オリバーが何か言っているがそれは無視されて進んでいて、両親に噛み付きながらオリバーは途中カミラを見て、初めて見るカミラの表情に驚き言葉を失った。
いつも余裕の顔のカミラが目を開いて驚いていたからだ。
「……よろしいのですか?」
「もちろんだ。初めからそうしておけば良かったと後悔をしているくらいだ」
「カミラさんさえ良ければだけれど」
オリバーの両親の言葉にカミラは、まるで宝物を手に入れたように破顔してその申し出を受けると返事をすると、後ろに控えるフィオナに嬉しそうにはしゃいで声をかけた。まるで幼い子供のようだ。
「おめでとうございます、カミラ様。私も嬉しく思います」
あの基本無表情のフィオナまでもが泣きそうな顔をしてカミラのことを祝福していて、オリバーはわけも分からない。
それに対しフィオナはすんとした表情に戻ってオリバーを一瞥、何もご存知ないのですねと吐き捨てた。
「カミラ様には、ご家族と呼べる方はいらっしゃいませんでしたので」
「はぁ?!」
カミラ自身から説明されたカミラの実家は、跡継ぎである兄ばかりが優遇され、女であるカミラは蔑ろにされていたというものだった。
カミラがどれだけ美しくても、両親たちにはどうでもよかったようだ。女で、長子ではないというだけで価値のない存在。
確かにオリバーもカミラが家族から連絡が届いたというのは見たことがなかった。全くの嘘と言うことはできない。
運良くオリバーの両親に出会い才能を見出されたカミラは家を出て快適な暮らしを手に入れることは出来たが、旦那があれである。
そんな過去があって、カミラは辛い場所から救ってくれたオリバーの両親を慕っていて、その2人の子としていられるのならこれ以上ない幸せである。
「ところでオリバー様」
カミラは自分の過去などどうでもいい言いたげにして、話題を変えるようにオリバーを呼んだ。
正直オリバーのことなどもう割とどうでもいいのだが、何もしないと言うのはカミラの性格上できない。やはりキッチリと裏切りの報復は受けてもらわなければ。
「な、なんだ?」
「医者の手配は済んでおりますので、よろしければ今すぐにでも」
「ぼ、僕はやらないからな!」
カミラがいつもの調子に戻ったことで怯えたようになるオリバー。
しかし、断固としてカミラの提案を飲もうとはしていない。
「ならばテイランの元に送るとしよう」
「そ、それは……」
テイランはオリバーの叔父にあたる人物で、兵士の更生施設の責任者を務めている。彼に任せれば不真面目だった兵士もしっかり洗浄されて戻ってくる。
逃げることも出来ず迫られた2択にオリバーはテイラン叔父の元へ行くことを選んだ。
テイラン曰く裏方でさえ、オリバーでは1日と言わず、1時間、いや10分で音を上げるだろうと言われているがオリバーは男のままでいたいらしい。
3日後にすぐ叔父の元にオリバーは送り出され、カミラはそのままこの地を治めるのを任された。
その後、カミラはオリバーと離縁し、オリバーの両親の養子として正式な子となるとカミラの存在は一気に社交界に知られ、言い寄ってくる男は多かったがカミラの出した無理難題に誰も答えることが出来なかった。
それに怒り、カミラの家族や領民たちに手を出そうとした人たちはカミラがしっかりと報復をしていると、非道だといつしかカミラは『悪女』と呼ばれるようになっていた。
ある日、誰かが彼女に尋ねた。
どうしてそんなに非道なことをするのかと。
もちろん、先に非道なことをしようとしてきた相手にそれなりに対処するというのはおかしな話ではないのだが、その非道を倍々して返すのがカミラだ。
「私は、どんなに瑣末なものでも私のものを盗られるのは許せませんのよ」
そう言ったカミラはとても美しく微笑んだのだった。
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