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旦那をひとまず片付けたら、次にやることは1つ。
オリバーが手を出した女に話をしに行くことだとカミラはすぐさま馬車を出した。
貴族の紋が入った豪華な馬車が市井を走ればすぐに騒ぎになる。
止まった馬車から出てきたのが同じく豪華な服装をした美しい美貌の娘ともなればますます騒ぎはおさまらない。
カミラは周囲の視線も声を無視をして堂々と歩き、目の前の小さな食堂の中へと入っていった。
食堂ではカミラの姿を見た人たちからひゅっと息を飲む音が聞こえてくる。彼女が侯爵令息の妻であることを知っているからだ。
そんなお方がどうしてこんなところへと疑問が渦巻き、カミラの高貴さや美貌で誰も何も言えずに食堂内は静まり返る。
そんな中、カミラが優雅な笑みをたたえて口を開いた。
「カレンデュラさんはいらっしゃるかしら?」
「カ、カカ、カレンデュラですか」
「ええ。旦那様がお世話になったようなのでご挨拶に伺いましたの」
瞬間、ピリッとした空気が場を支配した。
カミラの言葉の意味を正しく大人たちは戦慄し、カレンデュラという娘の行く末に同情をする。
「いません!そんな人、ここでは働いてません」
気の強そうな少女はカミラの前に立つと睨みつけるようにしてハッキリとそう告げた。
「威勢のいい子は嫌いじゃないわ」
クスクスと笑ったカミラは目の前の少女の頬に優しく触れる。少女は不快そうな顔をしたが引き下がれないとその場から動かなかった。
「彼女を庇うのならあなたも同罪よ、リズベット」
教えてもないはずの名をカミラが口にして、どうしてとその答えが出る前にカミラは続けて口にした。
「可愛い弟さんがいるのでしょう」
カミラはリズベットに伸ばす手を下へと下げていき、その手をリズベットの首に当てる。
涼やかな表情をするカミラをリズベットはキッと睨みつけるが明らかに覇気はなく顔色は悪い。
分かってはいるのだ。相手が悪いと、自分では敵わないと。
「そう、カレンデュラを選ぶの。フィオナ、向こうは処分していいと連絡を」
「はい、カミラ様」
「――ま、待って!」
カミラの命に従い侍女をリズベットは服を掴んで必死に引き止める。
服を掴まれたフィオナはリズベットを払って、冷めた目のまま倒れたリズベットの襟を掴んで持ち上げた。
「どちらもなんて虫が良すぎるんですよ」
冷たく言い放ったフィオナは、リズベットを放るとカミラに行ってまいりますと声をかけた再び店を出ようとする。
「お、奥に、奥にいるわ!だから、だから弟は……」
「そう、ありがとう」
完全に血の気の引いたリズベットは震える声で店の奥を指さして言った。
それに対し微笑んだカミラは、大切な民をむやみに傷つけることはしないわとリズベットに言い残すとフィオナを連れて店の奥に歩を進めた。
リズベットは力なくペタンと床に座り込んだ。
店の奥――。
金髪の若い女がいて、カミラを見て一瞬不快そうな顔をしたあと堂々と胸を張りふてぶてしい態度で言い放った。
「誰か知らないけど、ここ従業員以外立ち入り禁止なんだけど」
「ご心配なく、カレンデュラさん」
カミラは笑みを崩さずそう返すと、夫がお世話になったようとで続けた。
「へぇ、あんたが」
「僭越ながら、ですが」
控えめにカミラが返し、カレンデュラはそりゃあそうよと傲慢に言う。
それが愛らしく映ってカミラは微笑む。
僭越ながらは、誠に遺憾ながらであると言うのに素直に言葉通りに受け取るなんて素直すぎて愛くるしい。
「なに、第2夫人でもしてくれるの?」
「旦那様からは頼まれておりませんので了承致しかねますわ」
まぁ、もう頼まれたところでカミラは受け入れることもしないが。こんな傲慢な女、こちらから願い下げだ。
「私はただ、慰謝料の請求とこちらをお渡しに参っただけですわ」
「なにこれ?」
カミラに言われたフィオナが、カレンデュラに手紙と茶色の小瓶を差し出した。
まじまじと小瓶を眺めるカレンデュラは何かを聞いた。
「堕胎薬です。今この場でお飲みになってくだされば、私はそれ以上求めるつもりはございませんのよ」
慰謝料請求も撤回してもいいとカミラ。
余計な火種は消しておくに限る。
小瓶の薬を飲む、それだけで他のことはちゃらになるという言うのに、意外にもカレンデュラは難色を示し、怯えたように肩を跳ねさせた。
そして、フィオナから堕胎薬を奪うと床に叩きつけて割るが、カミラは予備はたくさんあるといい、フィオナがカレンデュラを背後から捕えた。
カレンデュラは暴れるがフィオナの拘束は揺らがず、カミラが小瓶の蓋を開けるとカレンデュラは切羽詰まったように大声を出した。
「い、いや!それだけはダメ!」
一応というか、カレンデュラはそれなりにオリバーを愛してはいたのだ。それでいて、恵まれなかった自分の身代わりに産まれる子を愛そうとしている。
まぁだからこそ、カミラはその条件を提示したのだけど。
相手が嫌がることをわざと条件にして許しを請わせる。そうしなければ溜飲が下がらない。
「では、奴隷商と娼館どちらいいかしら」
堕胎薬を断るのなら慰謝料はきっちり回収させてもらうと、カミラは口元を扇子で隠し笑ってみせた。
「奴隷商の方が希望はあるかも知れませんわね?」
さぁお選びになってとカミラは扇子にカレンデュラの顎を乗せて上にあげて、自らと視線を無理やり合わせようとするが目は合わない。
「……………………」
長い長い沈黙。
先程のリズベットと同じように、いや、それも酷くフィオナに拘束されたカレンデュラの目は虚ろだ。焦点がどこにも合っていない。
「あらあら、度胸も頭も足りないのね。ひとまず連れて帰りましょうか」
「かしこまりました」
虚ろなカレンデュラを連れたカミラはお騒がせしたと店の店主に迷惑料だと札束を渡すと、店を出て馬車に乗り込んだ。
カレンデュラにはオリバーが帰ってくるまでに奴隷商と娼館どちらがいいか決めてもらわなければと愉快そうに笑って――。