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床に手をついて頭を下げる夫の顔を扇子で持ち上げたカミラは、見蕩れる程に美しい微笑みをオリバーに向けてこう言った。
「分かりましたわ。玉の2つで許しましょう」
「ぎ、ぎょく?」
オリバーはカミラが怒らず微笑みを向けることで強い恐怖を抱きながら、カミラの言葉の意味がよく分からず聞き返した。
「ええ。あちらこちらに種を撒かれては困りますもの。芽が出てからいちいち処分するのも大変でしょう」
つまり、去勢で手を打つとカミラは言う。
そして、意味を理解したオリバーはすがるようにカミラに駆け寄った。
「な、何を言ってるんだ。まだ僕たちの間には子供もいないのに」
「養子を取ればいいだけのこと。愛のない結婚ですもの、幸いにも貴方の従兄弟は子が多いようですし喜んで養子になる子いることでしょう」
カミラはそういうとだからオリバーとの子にこだわる必要もなくてよとキッパリと言い切った。
オリバーは浮気をしていた。しかも、相手を妊娠させているのだ。
そんな相手にカミラは慈悲をみせる気もない。
元々は愛人の1人や2人、寛大な心で許す気もあったがそれはあくまでオリバーがカミラに乞うのであれば。こそこそとしているのであれば、その限りではない。
「お、お前だな!カミラに変なことを教えたのは!?」
カミラに取り付く島もないと思うと、オリバーは使用人に言いがかりをつけ始める。相手があながち間違いではないのが困りものだ。
しれっとしているカミラの侍女は言いがかりを無視して、自分の思いを口にする。
「民のことを思えば安い代償じゃないですか。それだけで支援を続けて頂けるのですから」
「何を――」
「これは民が路頭に迷わないようにとのカミラ様のご慈悲です。まさかそれが分からないオリバー様ではありませんよね」
カミラの家がオリバーの家を支援するための結婚、そのためにカミラは嫁入りをしている。つまり立場が上なのはカミラの方なのだ。
黙ってしまったオリバーは思考を巡らせていた。
別れてしまえば支援が打ち切られこの贅沢暮らしも出来なくなってしまう。贅沢な暮らしを続けるためにはカミラの許しを得る必要がある。
「さっさとやってしまいましょう。医者の手配を」
「はい、カミラ様」
あれこれとオリバーが悩んでいるうちにカミラはどんどんと話を進めようとしていく。うじうじと悩むくらいならさっさと行動を起こすのがカミラだ。
「麻酔科医はいかがなさいますか」
「そうね、呼んでちょうだい。私は拷問したいわけではないもの」
侍女が医者の手配に向かおうとしたところでオリバーが自分の世界から戻り、侍女を止める。
「いらん、そんなものは!」
「痛い方がお好みでしたか。失礼致しました」
「違う!俺は医者がいらないと言ったんだ」
じゃあどうやって?と不思議そうな顔をする侍女に埒が明かないとオリバーはカミラに助けを求める視線を送った。
「あらあらあら、あれも嫌これも嫌では困ってしまいますわ。まぁでも……」
カミラがそこで言葉を区切るとオリバーが希望に縋るようにしてもったいぶらずに早く言えとカミラを急かす。
「ここへ嫁ぐ前の十八の娘に戻して頂けるのであれば喜んで許して差し上げますわ」
「時間なんか戻せるわけがないだろう!」
「冗談ですわよ」
激昂するオリバーに冗談とクスクスと笑ったカミラはもうひとつだけ方法がありましてよとその方法を口にする。
「慰謝料を払って頂けるのなら私は実家に帰りますわ。どうぞ、愛する方とお幸せになって?」
「な、何を言っているんだ。カミラ、僕は君も愛している!」
「君も?」
おかしな言葉が聞こえたと目を細めたカミラはすぅと冷えた目付きでオリバーを見た。
睨まれたオリバーは焦って言い直すがどんどんと墓穴を掘っていくばかりでカミラを不審がらせる。
「カミラ様、もういいのでは?さっさとやってしまいしょう」
カミラの侍女はナイフを手に持ちマイナスの視線でオリバーを見ていた。
オリバーは冷や汗をかくのを感じながら絞り出すように声を出した。
「み、3日!3日だけ待ってくれ!わ、悪いようにはしない!」
「まぁいいでしょう。ただし、どちらかを飲んで頂けないのであれば、私は両方を実行致しますので」
カミラは美しい笑みをたたえてオリバーに言った。
それがカミラの本気だと理解したオリバーはカタカタと震えながらすぐさま家を飛び出した。
向かう先は両親の暮らす場所だ。どうにかして手を貸してもらわねば。