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第一章 6

 時刻は午前11時45分。

 生徒指導室に不良生徒三人が収容されて、はや三時間半ばかり。

 唐突に引き戸が音を立て開かれ、遂にこの時が来たか。と三人が音の方向を振り返った時、そこに居たのは、宅村ではなく、眼鏡を掛けた女性だった。


「あれ小山先生?」


 悠馬の疑問に対し、小山ゆかりが腕を組んで、片眉を上げた状態で入室してきたのだ。

 

「宅村先生はまだ用事終わらないから、代わりに私が来た」


 御年27歳にして、ニシと悠馬のクラス担任を受け持つ女教師。

 サバサバとした言動。乱雑に結んだ長髪で見落としがちだが、なかなかの器量良し。口元の黒子はその魅力を引き立て、スーツを着てくれれば、仕事のできる女性といった印象となるだろう。

 しかし、もったいなくも、当の本人は楽な着こなしを好のむらしい。

 今は明るいセーターを着ており、ひざ丈程のグレーのスカートを大股に開き、ズカズカとニシと悠馬の前まで近づいてきた。


「ほら見せな」


 ニシは丁重な所作を持ってゆかりへ反省文を手渡した。それはまるで、賞状の授与のようだ。一方、悠馬はあと少し行が残っているのか、ラストスパートを書き走っている。


「ちょ、ちょっと待って下さい…………っしょ!よし、ハイ。今、今終わったのでお願いします」


 いうや否や、ゆかりは悠馬の反省文を奪い取った。すると、その眼鏡を光らせる。


「ほぉ、悠馬はまあいいとして……………………明道、もうちょっと字、綺麗に書けないのかお前は」


 片眉を上げ、ため息を吐く。こんなんで、履歴書や、公式な文章をどう乗り越えるつもりだ。と、明後日の方向へ説教が始まりそうになった時、すんでのところで悠馬が制す。


「ま、まぁまぁ!先生!大事なのは上っ面よりも中身です!ね、そうでしょう??ほら、二枚目もきちんと読んでみてください。力作です。俺はこれでコンクールに提出できると自負しています」


「馬鹿かお前。誰が己の恥部を赤裸々に綴った文を世間に公表しようと思うんだ?」


「いやだなぁ…………それくらい心込めて反省しましたってことですよ。どこに出しても恥ずかしくないくらいにね!」


 悠馬の結構必死な説得、それはもう胡麻をすり潰す勢いである。

 だってこんなことで二次災害とか馬鹿げている。百歩譲ってニシだけならまだしも、これまでの経験上、絶対悠馬自身にも火の粉が降りかかる事は火を見るよりも明らか。

 ゆえに、「そ、そうですよ~大事なのは内よぉぶっ………」と、言いかけたニシの鳩尾には、肘をお見舞いし、「お、俺怪我してる…………」とのたまうニシはすべて無視。完全に沈黙させる。

 こちらも経験上、ろくなことを言わず、墓穴を掘るのは目に見えていたからだ。


「…………はぁ、まあいい。今後は気を付けるように」


 何とか峠を越えた。

 安堵と歓喜に飲まれた馬鹿二人は、気持ち悪くも両手を絡め、飛び跳ねて喜んだ。

 傍から見ると勘違いされかねない程の雰囲気と空間を作ったのだ。そして、あ、まずい。と、二人は顔を青ざめた。

 いつもであれば、何やっているんだ気色悪い。と英菰の鉄拳が飛んでくるのが常だったため、体が条件反射で身構えてしまったのだ。

 しかし、英菰と違う、ゆかりの反応を目の当たりにし、別の意味で青ざめる。


「…………じゅるり」 


 そのさまを見たゆかりは、固まる。と、いうよりは、彼らに見惚れているのだ。

 よだれが口の端から垂れ、まるで男と男の絡み合いを嬉々として食い入るようにその眼鏡に映していた。

 その際、ニシはアランカヌイに遭遇した時の怖気を催し、悠馬は何かを察したように「あっ」とだけ零すと瞳を伏せた。

 悠馬とニシには分かったのだ。つまり、クラスの女子連中がそんな感じの、ようはお耽美な漫画を持っていたことを思い出したということ。


「…………………………はっ、いやこれは…………」


 今更ゆだれを拭きとられてももう遅い。生徒指導室は取りやめ、()()指導室へ改名すべき案件を作り出してしまっている。


「……………………」


「……………………」


 気まずい。本当に気まずい。もう、何を声に出しても地雷になることが分かっている。

 事態は深刻だった。

 何が酷いって、先ほどまで居た盗撮犯。共にこの数時間を駆け抜け、シャー芯を通貨に様々な話やお宝画像を見せ合いっこした盗撮犯――――『戦友』の姿が既にないということ。

 彼はいつのまにやら窓から逃げ出していた。そのことがほんとにひどい。泣きたくなる裏切りだった。ともに反省文という名の死地を潜り抜けた戦友ならば、一声かけるのが礼儀というものだろうに…………。

 

――――敵前逃亡は重罪。


 悠馬は熱いアイコンタクトでニシへ処罰を語る。


――――今度会ったらぶん殴ってやろうぜ。


「…………じゅるり」


 やってしまった。また燃料を投下してしまったのか。小山の口の端から欲望が垂れる。

 その時、この騒動が始まったゴング――――チャイムの音が、今度はこの無益な争いの終わりを告げる。

 そして、


「どもども~」


「おーいヤロウども!ちゃんと反省したかー!?」


「…………!!」


 ゆかりが肩を跳ね上げて、ドアを見やった。

 世津と英菰が勢いよく生徒指導室へ転がり込んできたのだ。悠馬とニシからすると、神の使いといっても差し支えない。

 だって、ゆかりは帰り支度を整え始めたからだ。

 

「お、おっともうこんな時間か!私は職員室へ戻る。じゃ、じゃあなっ。あと、悠馬、後で話がある昼休み中に職員室まで来い」


「え!?なんで俺!」


 「つべこべ言うな」そう言って足早に生徒指導室を去った小山ゆかり。なにはともあれ撃退に成功した。悠馬とニシはMVPたる英菰のハイライト兼感謝タイムへと移行した。


「え、エーコ!愛してるぞー!!」

 

 ニシは感極まったのか抱き着こうと飛んだが、


「うわ!なに、痴漢か!?きも!」


 英菰は軽い身のこなしでひょいと避ける。

 おかげでニシは床に墜落し、背中の傷に響いたのか、本気で喘ぎ、理由を知っている世津が優しく介抱へと動く。

 一方、悠馬は床でビクンビクンと痙攣する馬鹿を尻目に泣きそうな表情で口を開いた。


「ありがとう。愛してるぞー英菰ー…………」


 悠馬も涙を流し、感動の愛を吐露したのだ。


「………ぇ…へ?あ、の…………?」

 

 すると、ニシの時とは真逆の反応。

 英菰の顔は湯だったように紅潮し、らしくない程もじもじと縮こまる。間違いなく冗談だとは思っていない。しかし、


「…………え、どしたの?」


 悠馬も感情の昂ぶりを只発露しただけ。言ってしまえば場面に合った言葉を脊髄で喋っただけなので、自覚は全くなかった。

 付け加えて言うと、ニシはこの時、世津の柔らか太ももに頭を預け、膝枕を堪能しながら、宅村が脊髄反射で喋るな。と、忠告してくれていた事を思い出していた。


「……………………っ~~!!!!」 


 一瞬の静寂。直後、勘違いだと気付いた英菰の反撃は早かった。


「ぁっ!!!???」


 悠馬は死んだ。瞬殺だった。 

 ベンケイの泣き所へ本気の蹴りが入ったからだ。


「…………ちっ!…………せっちゃん!早くご飯食べよ!!」


「二人の分も持ってきたよー、はい。」


 感謝を述べて、ニシは世津からコンビニ弁当を受け取り、空いている折り畳み机とパイプ椅子に座る。


「……………………っぁ!!!ぁあ!!!…………」

 

 しかし、悠馬のみが未だ床に伏せり、脛を抱えてうずくまっていた。

 英菰はそんな悠馬を見て「早くしろよ」と冷たい言葉を投げかけ、世津はまぁまぁとなだめたものの、ニシは巻き込まれてはたまらない。と、つとめて意識を割かぬようにコンビニ弁当へ舌鼓を打ち始めた。

 三人が昼食を初めて五分後、ようやく痛みが引いてきたのか、悠馬は負傷した足をびっこをひきながらも、机に座った。

 ニシは満身創痍の親友に向け、「これでお互い傷を持ったな」と耳打ちをした。「ウルサイ」と、とても弱弱しい返事が聞き、ニシは満足げに食事へと戻る。

 次の瞬間、ニシも世津も、悠馬でさえ、ビクリと肩を跳ねあがらせた。


「ごちそうさまっ!」


 英菰が荒々しく音を立て、空になった弁当箱を机に叩き置いたのだ。


「え、はや!?どうしたんだよ、うんこ?」


「おうニシ。お前もすね私に差し出すか?」


「ヒッ!いやだな、冗談ですやん。すねならユウマがもう片方差し出すから…………」


「はっ?また俺ぇ?冗談ではない!!」


 ニシも悠馬もその様子に驚き説明を求めた。しかし英菰はご機嫌が未だ戻っていないようで、男子二人を睨みつけると、「用事があんの」とだけ吐き捨て生徒指導室から立ち去った。

 代わりに世津が補足を勝手出た。なんでも、宅村に用務員の案内の件で呼び出されたとのこと。


「へー案内ってそんな大変なもんなの?」


「知らねーよ。それより、ユウマ。お前も昼休みに小山に呼ばれてただろ」


「あ、そうだった。うわぁ…………せっかくの休み時間が…………あぁ、なるほど英菰も同じ気持ちだったんだな。そりゃあ怒る。」


「い、いや、アレはお前の言動が…………」


「じゃあ、お二人さん生徒指導室の戸締り頼むよ」


「お、おう、ガンバ~」


 ニシの訂正を軽く流し、悠馬も生徒指導室を後にした。

 残ったのは世津とニシのみ。


「…………ねぇ、この状況。まさか女乃かみ…………あ、いや、せ、世津の仕業?」


「どうでしょう、なぁんてそんな訳ないじゃんね。ま、お話しするにはおあつらえ向きになったし、よきかなよきかな。」 


 狙ったわけではないはずだが、世津の笑顔を見ていると深く考えてしまう。ニシは空笑いでその場を繋いだ。

 前日の入院中は術後の経過や、アランカヌイ遭遇後のショック。そして、セリオン粒子の説明が長すぎたため、後日改めてバイトの詳細を。という話に落ち着いていた。


「昼休みが終わるまで三十分くらいか。じゃあバイトの詳細を話すね」


「お、俺は何をすれば?」


「そんなに固くならないで。危ない事はさせないから。まずは、アタシがここに来た詳細から話そうかな」


「え、逆神様を倒しに来たんでしょ?」


「そっちは寄り道だね。元々この街に用があって、偶然依頼が重なったって感じ」


 世津は、紙パックのイチゴミルクを口に含み、舌の滑りを良くした。どうや時間いっぱい話すつもりらしい。


「アタシが新潟から来たって聞いたよね?詳しくは、追われて逃げてきたんだ」


「誰に?…………って、何その指?」


 世津はニシが言葉を言い切る前に、その白い人差し指をニシへ向けていた。


「アナタ――――って言うのは意地悪だね。ごめん。厳密には土御門から」


「土御門って…………あれ、なんだっけな、聞いたことあるんだけど…………」


「安倍晴明の子孫。その直系に近しい血統の名前だよ。よく聞くと思うんだけど…………ほらニシ君のそれもそうだよ」


 世津はニシのスマートフォンを指さして答えた。

 二世代型落ちのスマートフォン。裏側には製造メーカーを表すロゴ――――アゲハ蝶がプリントされている


「あのそれってまさか…………大企業の土御門財閥の事言ってる?入社できれば一生安泰だってよく聞くあの…………?」


「そうそう。今や日本をけん引するとまで言われる四大企業。そのうちの一つが土御門財閥。ハンターがまだ、陰陽師やら祓いやって言われていた時代、朝廷お抱えとなっていた由緒正しき妖退治の専門家。安倍家の正当後継者。実は今でも裏、とうより本業としてハンターを営んでる超大手。アタシはそれに狙われているの」


「言いたいことは色々あるけど、そりゃまたなんで?」


「ま、何となく予想は出来るんだけど…………話し合いの余地も無く、急に命狙われたからなぁ。身のこなしからおそらくは土御門で間違いないはずなの。アタシの目的は土御門のハンターと交渉をする事。多勢に無勢すぎていくら倒したところでキリがないからね」


「…………だったら東京の土御門のビルに直接言った方がよくない?なんでここなの?」


「調べた結果、元居た新潟から最も近くにいる交渉相手――――ハンターの場所がこの学校だったの。しかも、うちの人の実家もここだったもんだから…………まぁ大丈夫だとは思ったけど、善は急げ。何日滞在する事になるかもわからなかったし、転校してきちゃったわけ」


「えぇ…………表と裏どちらも力を持ってる。そんなの敵に回すことになるの俺?社会的に死ぬんじゃ…………」


 土御門財閥の影響力はすさまじい。ネットの噂では、四大企業に逆らえば日本では大手を振って歩けなくなる。なんて話も耳にする。

 現代っ子のニシも少なからずそんなニュースや記事をTVの都市伝説番組や、陰謀論で目にしたことがあったのだ。


「表で生きていけなくなったら、最悪うちで雇ってあげるから!大丈夫元気出して!」


「なんも大丈夫じゃないわっ嘘だろ…………どこで…………」


 どこで間違えた。そう言いかけてやめる。だって、誰かを助けた出来事を間違えだったとは言いたくなかった。でも、だからといって、断ったならば、魔力の話を聞く限り、今度は政府に狙われる可能性があるらしい…………最悪の二択。

 う~んと唸ったニシは覚悟を決めた。ならばせめて、命を救われた世津のために力をかそう。そう思い、話の続きを促したのだ。

 

「そうこなくっちゃ。では本題です」


 こほん。と、わざとらしく流れを作った世津は目元に笑みを浮かべ、驚きの名前を口にした。


「ニシ君にはね、英菰ちゃんの動向を探って欲しいの」


「…………な、なんで英菰?」


 まさか、幼馴染の名前が出るとは思わなかった。彼女にいったいどんな疑惑があるというのだろう。

 ニシが困惑に困り眉を作った時、「チッチッチッ」と人差し指を振った世津は言う、


()()、英菰。もうわかるでしょ?」


 その時、病院で聞いた世津の話を思い出す。

 彼女は確かにこう言っていた。千年を経て今の時代。誰が安倍晴明の子孫であっても不思議ではないのだと。


「彼女は御門の息がかかった人だから」

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