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第一章 5

 雲一つない晴天。前日の出来事が嘘のような気持のいい朝。

 日が昇りきる前の少し黄色がかった空を見上げ、一足早くもブルーに染め上げている少年がいた。

 もちろん、ブルーに染め上げているのは、お空ではなく心の中だ。

 

 「はぁ…………参った今日家に帰りたくねぇなァ…………」

 

 西臣明道その人だった。

 病院で一夜明け、親には悠馬の家に泊まったと嘘を吐いたニシ。もちろん、そういったことは事後でなく事前に知らせろとしこたま怒られ、朝から気乗りのしない気持ちでいた。

 小学校で肝試しを行い、アランカヌイに傷を負わされた時も、親に無断で抜け出した挙句の出来事だったため、無断外出には未だに厳しいのである。


「あれ、てか学校こっちでよかったよな?」


 スマホを取り出し、地図を確認する。うん、問題ない。前方に見える交差点を超え、右に曲がれば見知った道へと出れるだろう。ニシはスマホをポケットに戻した。

 今、ニシは一人で普段と違う通学路を歩いている。病院の有る場所がニシの家とは違う方角に在ったためだ。

 そして、一人で歩いているのは、世津に集団登校を拒否られたためである。彼女曰く、転校して間も空けず、変に噂が立つとフラットな立場から情報を集められないからとのことだった。


 今ニシ歩いているこちらの地域はニシのいる住宅街とは違い、街の中心へのバイパスが走っているためか、スーマーパーケットやコンビニ等、日常品を買える店が多く、早朝ながら活気がある。

 ただ、とぼとぼという擬音が聞こえてきそうなほど、肩を落とし、げんなりと登校しているニシのみが、その雰囲気に水を差す形となってしまっている。

 

 その時、昼飯も調達しなければいけない事に気付いたニシは、面倒くさいとは思いつつも、目に着いた最も近くのコンビニへと、重い足を引きずって行く。


「あれ、そういや、このコンビニって、ユウマが何時も飯買うとこか?」 


 ありふれたチェーン店たるコンビニは、喫煙所の隣には公衆電話が備え付けられ、防風と防雪を兼ね備えた出入口の二重扉が待ち構える。

 ちなみにニシは最初、誤って閉まっている方の扉へと手に掛けてしまい、慌てて開いている方を開け放つことになった。

 少しの羞恥心を飲み込み、次に店内へと続くガラス張りドアの先に視線を移した。

 店内はありきたりな陳列棚。特に変わり映えの無い接客。それら風景が、よく反射する視認性の悪いガラス張りのドア越しに見え、特に感想も抱かずにそのガラス扉を開け放つ。

 直後、店内に入るまでは気づかなかったが、入ってすぐの正面レジにいる人物は、肉眼で見るとすぐに誰なのか分かった。


「真也さん…………箸入ってないんすけど」


 自身が買ったレジ袋を開き、中を見せつけている少年は、日本人にしては珍しい茶髪、ニシよりは低い背。学校指定のニシと同じブレザー。肩には学生かばんをかけている。

 北東悠馬がコンビニ店員へクレームを言っている場面だった。


「ごめんごめん」


 コンビニの店員が箸を一膳、レジ袋へ放り込んだのと同時、ニシも「おはようさん」と、挨拶を放った。


「いやぁ、今日の合流は早くなったな。ユウマ」


「…………なんでお前ここいるの?家こっちじゃないよな」


「ふっ…………昨日は火遊びしちまってな、帰れなかったのよ…………」


「阿呆。俺はよく知ってるけど、お前はヘタレだ、手を出せる気概は持ち合わせてはいないだろう。出来る訳がない」


「ノリが悪ぃな、少しは信じてもよくね…………」


「この際だからお前が学校で、なんて言われてるか教えてやるよ。無害なゴキブリだぞ」


「なんだそりゃ矛盾が過ぎる。俺はクラスの皆と一度、話し合う必要が有るのかもしれない…………」


「おいおい、クラスじゃない。俺らの()()だ」


「ってことは教師もグル?いじめの枠組みが大きすぎるPTAにうったえなきゃ…………」


「国ぐるみでの非道は非道じゃなくて政策なんだ。心中お察しするよ」


「どうしてこなった…………俺何か悪いことした?」


「自覚がないのがなお悪い。女の子の情報集めるのと、普段の奇行が原因だ。これを機に身の振りを改めるんだな。で、ほんとのところは?」


「昼食を買いに」


「わざわざここに?意味わからん…………」


 悠馬は、頭大丈夫かといった風に、己の頭をとんとんと叩いてみせた。よっぽど混乱しているらしい。


「まー色々あったのよ…………ほら見てくれこれを」


 ニシは悠馬に背を向け、名誉の負傷。背中の傷を悠馬へ見せ付けた。

 学校に行ってからじゃれ合いの中でバレるより、先に言いだして、軽いギャグで流してくれたほうが気が楽だと思ったからだ。

 しかし、普段であれば早いレスポンスを見せる悠馬からは、一向に期待した反応が帰ってこない。どうしたのだろうか…………。と、ニシが背中をしまい、悠馬に向き直った時、


「昨日の今日だぞ。お前、それ何処で何があった」


 文字通り顔面蒼白。悠馬は持っているレジ袋を落とす勢いだった。

 実際、傷の全てがそうでなくとも、なん箇所かは数針縫うけがをしているのは事実。ニシが思っているよりは傷の見た目はひどいので、悠馬の反応も仕方のないところではある。

 思っていたのとは違うベクトルの反応を目の当たりにし、見込みが甘かったと素直に反省したニシは、焦った様子で取り繕う。


「い、いやさぁ、昨日神社の話聞いて久しぶりに行ったんだけど、そしたら階段から落ちて、運悪く枝が背中に刺さったんだわ、だからそう大層なもんじゃ――――」


「――――大層じゃない?そうやってお前が傷を笑い話にしないときは、誰かのために動いた時だろう」


 流石鋭い。ドキリと心臓が跳ね上がり、面白い程に目が泳ぐ。

 

「何があったんだよ」


 長年連れ添った仲だけあって、悠馬のニシに対する推察と洞察力は目を見張るものがある。しかし、ニシはそれでも、知らんふりを貫いた。

 ここまで頑なに隠すのは、世津からの要請だった。極秘事項ゆえ他人を巻き込むようなことは控えるよう言われていたのだ。

 こんなことになるのなら、いっそ黙っていた方がよかったか…………。と、ニシが渋面を浮かべた時だ、悠馬がため息を吐いた。


「…………なるほどね、言うつもりはない訳か」


「いや、別にいう程の事でもないからなぁさっき言ったことが事実だし…………」


 ニシの素振りは誰の目から見ても挙動不審。叩けば埃が落ちること間違いなし。

 しかし、何故か悠馬の追撃はない。それは嬉しい誤算だ。

 ただ、問題を上げるとするならば、彼の顔が本気で怖い。普段の朗らかな目つきはなりを潜め、眉と瞳がくっつくのではというほど近く険しい。


「…………おーい、ゆ、ユウマ?」

 

「……………………」


 悠馬は沈黙に徹していた。それもひどく真剣な顔で。

 たしかに親友が傷を負ったのならば、悲しげな表情をするのも頷ける。しかし、悠馬のそれはもっと暗く、深く、眉間に皺を寄せていた。

 まるで、十数年は歳を経た様な沈痛な面持ち、意気消沈具合だった。

 ニシもそんな悠馬に対して声をかけるのがはばかられ、さて、どうしたものか。と、頬をかいた時、


「あのー、お次の方が待ってるので…………できれば余所で」


 レジ打ちの困った声に対し、ようやく我に返った悠馬はハッと謝り、そそくさと店を後にした。

 そうして、ニシも足早に当初の目的であるコンビニ弁当置き場へと向かい、レジで会計を済ませる。

 その間、ニシの心中には、とある思いが渦巻いていた。

 

 要は、昨日の世津に対する思いと同じ、喧嘩をした時とも違う、気恥ずかしさもしっくりこない。また、気まずい思いを抱えてしまっていた。

 コンビニへ向かった時と同様足取りは重いまま、レジ袋をひっさげて店を出たニシ。

 すると公衆電話のあたりから声をかけられた。先に学校へ向かっていたと思っていた悠馬は、店の前で待っていたのである。


「なあ、その傷ほんとに大丈夫なの?病院居なくても?」


「あたりまえだろ、でなきゃ登校しねーよ」


「…………まあならいいけどさ。行こう。二日続けて遅刻なんて、生徒指導に何言われるかわからないし」


「あの、一応言っとくけど、まじでこの傷は気にしないくていいから――――」


「――――わかったわかったって。別に俺だってお前を甘やかしてやろうと思って聞いたんじゃない」


「ひでぇ…………」


「いいや、ひどくはないね。でも他の奴は心配するだろうからソレ見せんなよ。いや、思いのほかキモイ傷だからもう見せないでくれ。」


「へーへーわかったよ」


「でも、困ったら遠慮せず言ってくれ、力になる。」


「…………へーへー、わかったよ」


 思いのほかすんなりと元のやり取りにまで関係が戻ったのは、やはり世津とは違い長年の付き合いがそうさせたのだろう。

 ニシが安堵に胸をなでおろしている時、悠馬はスマホを見て足を早めた。つられてニシも足の回転が早くなる。歩く速度を上げるたび、背中に些かの衝撃が走るが、我慢できない程ではない。

 悠馬もニシの状態をちらちらと確認したのち、問題なさそうだなと判断したのか、遂に走り出した。


「お、おい!なんで走るんだよ!」


「馬鹿、時間がないんだよ!お前が変なもんみせたからっ」


 言われニシもスマホを確認する。初めての通学路ゆえ、ここからの移動時間がいまいちぴんとこない。それなりに時間はあるようにニシは思っていた。

 しかし、この通学路の勝手知ったる悠馬が走るのだ。きっとやばいのだろう。と、後を追い続けた。

 コンビニへ立ち寄る前に確認していた交差点を超え、右に曲がった時、なぜ悠馬がこんなにも慌てているのかを理解した。

 

 遮断機が下り切った踏切がニシと悠馬の眼前に現れたのだ。どちらから列車が来るかを告げる警告音を聞きながら、悠馬は頭を抱え「遅かったか…………」と腹をくくった顔をしている。

 流石に大げさだろう。ニシがそう思い、一分、二分、四分、六分経ったころ、結局しびれを切らし悠馬へ唸った。


「おい、これいつ開くんだっ」


 悠馬は呆けた顔で。いや、悟った表情で言う。


「今日はカラオケでも行く?」


「サボりへの甘言はユウマのセリフじゃないだろ、キャラを忘れるな戻ってこい!」


 とは言っても延々と鳴りやまぬ踏切。ここは、開かずの踏切として通る前には入念な時間調整が必要なのだと悠馬は語った。

 そうして待つこと十二分。ようやく電車が目の前を通り抜け、踏切が開いた頃には、とうにニ十分以上が経過していた。

 ちなみに、踏切を渡り真っ直ぐ行った突き当りを右へ行くと、いつもニシと悠馬が合流する――――昨日盗撮未遂があった――――通学路へ出る事が出来るのだが、二人は今、その道をまったりと桜吹雪を見ながら花見と洒落込んでいた。


「ユウマ、今時間は」


 悠馬はニシの問いかけに対し、一言も話さず空を指さした。

 次の瞬間、うんざりするほど毎日聞く音が空間へ溶けつつも、仄かに聞こえた。それは始業を告げる高校のチャイムの音。

 二人はとうにマラソンゲームを放棄していた。


「ユウマ、その、すまなかった」


「俺は許さないけど、気にするな」


「…………スンマセンでした」


 何をどうしても間に合わない。こういう時はもうむしろ冷静になるものである。

 やりとりが終える頃に、二人は高校の正門前にいた。

 そして、彼ら二人を出迎えてくれる優しき先生も正門前へ居た。なんてうれしくない好待遇だろうか。


「それは誰に謝ってるんだ?馬鹿どもが」


 野太い声が二人の正面から聞こえた。


「宅村せんせぃ…………と、小山先生?」


 二人の担任も一緒にいる。どうやら一限が担当科目ではなあったゆえに顔を出したらしい。「「わーもうどーにでもなーれ」」と、ニシと悠馬は投げやりに肩をすくめた。


「馬鹿なこと言ってないで、早く生徒指導室まで来い。小山先生も責任感じていらっしゃってくれたそうだ。お前ら頭下げろよ」


 謝罪に頭を下げたのが運の尽き、悠馬とニシは差し出す様に下げた首根っこを掴まれ、生徒指導室までの旅がスタートする。

 生徒指導室は一階にあるが、生徒玄関からは離れている。どちらかといえば職員玄関側の方が近い。

 生徒玄関を入ってすぐ左に曲がり、次の分かれ道をさらに左に曲がって廊下を真っ直ぐと行ったほぼほぼ突き当りに等しい廊下の奥。左側に生徒指導室はある。

 なお、そこに行きつくまでに、左側には職員室。来客及び職員用の玄関。保健室となっており、その次に目に入るのが廊下右側にある校舎裏へと続く引き戸。

 そして、最後に行きつくのが生徒指導である。

 

 悠馬もニシも、最初のうちは生徒指導へ行くまでに、最低限の抵抗として完全に脱力し、宅村の進行の邪魔を試みたのだが、結果は無残なものとなった。

 二人のかかとは校庭の土にわだちを作り、最初の曲がり角に差し掛かったところで、足首を強打したのだ。ゆえに渋々そこからは二足歩行を開始する。

 なお、そのあまりにもパワフルなけん引にドン引いた悠馬は、猫背にまるまりながらも疑問を口にした。

 

「俺、結構鍛えててニシよりも重い筈なんですけど…………宅村先生、格闘技でもやってるんですか?」


「お前ら不良生徒を相手してたら自然とこうなったぞ。いわば、お前らが俺を育てたって事だな。さんきゅうー馬鹿親父」


 と、知らず間にパパにされた現実に、悠馬とニシは顔を見合わせしかめっ面で頷き合う。

 こんな筋肉怪獣の親などであってたまるか。回覧板で何を言われるか分かったものではない。絶対に認知などはしないのだと。


「ついたぞ喜べ、今日の午前中はここで授業だ」


「「げぇ…………きちまった…………」」


 生徒指導室のドアを開いて、げんなりと声を出す二人。

 室内には会議室でしか見ることが無い、数人が座れるだけの折り畳み式の机と椅子が適当に並べて在る。

 他には移動式のブラックボードと壁掛け式の黒板。時計とチャイムを知らせるスピーカーはあるが、ロッカーや清掃用具入れといった備品は無い。

 簡素でまるで独房だ。ちなみにこの部屋に来るのは悠馬が三回目。ニシは七回目になる。

 すると、一向に入室する気を見せない悠馬とニシを見かねたのか、何の前触れもなく宅村は二人の背中をドン。と、部屋へ押し込んだ。


「もっと丁重に扱ってくださいよ体罰だ!」


 生徒指導室に投げ入れられた悠馬が、苦情を言うと、


「そうよ!パパに対してなんて横暴なんざましょ。あなたをそんな風に育てた覚えはなくてよ!」

 

 ニシがノリノリで認知したことで、悠馬はこの短い期間で二回目のドン引きを強いられた。


「誰が、パパだばかたれ。ほら、これ。反省文ともうしませんってな改善文。それぞれ原稿用紙二枚づつだ。あと、前に書いた分は俺の手元にあるから、同じ内容だったら再提出な。頑張れよ」


 まさかの定型文禁止に対し、ニシは絶望の抗議を申し立てる。

 異議アリ!とそれはもう綺麗な挙手をし、別の角度からの詭弁を差し込むのだ。


「ちょっと授業は??ねぇユウマ?俺達、授業受けたくてうずうずしてるよな?」


「そうですよ先生!俺達学校には勉学のために来てるんです。こんな紙切れに思っても無い文章つらつら並べたって、また繰り返しますよ!?俺達は!!」


「お前ら…………脊髄で喋るのやめとけよ。あと、授業は()()という形でちゃんと受けさてやる」


「え、補習って…………」


「あぁお前らのせいで俺の休日がぱぁだぞ。まったく…………」


「先生!俺達誠心誠意この作業に務めさせていただくので、どうかっどう~か!土曜日通学(補習)はご容赦を!」


「自業自得だ諦めろ。俺はこれから、新しく来た用務員さんに校内を案内せにゃならんの。じゃ、昼休み前に見に来るから、ちゃんとやっておけよ」


「あぁ~そんな殺生なぁ…………」


 宅村は慈悲も容赦もなく、生徒指導室を後にした。

 教室内に残ったのは、絶望で床に突っ伏したニシと、頭を抱えてうめいている悠馬。

 そして、今までは茶番で気付かなかったが、悠馬とニシの背後からカリカリと勉学にいそしむ音が注意を引いた。そのがり勉の気配に振り返ると、


「キミ達はその程度でいいじゃないか」


 いつぞやの盗撮犯が、ゆうにニシと悠馬の五倍の量の原稿用紙を書き上げている最中だった。


「……………………ニシ、あのさ、今回はまぁ俺達が悪かったよね」


「…………そうだな、しゃーねー久々にシャーペンにシャー芯を補充しますかね…………」


 人は、自分より狂気に陥っている者を見ると自ずと冷静になれるもの。

 下手にごねてあんな量の作文を書かされてはたまったものではない。いそいそと机に向かい、作業に取り掛かり始める二人なのだった。

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