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第一章 4

「ここは…………」


 ニシは気付くと、かつて自身が通っていた小学校の校庭へ居た。

 上から見ると校庭を抱くようにLの字を描いている四階建ての鉄筋コンクリート製の四階建て校舎。

 現在通っている高校と同じ、二階には一年、二年のクラスがあり、三階には三年、四年のクラスがあり…………と、学年が上がっていくごとに階層も上がっていく仕様になっている。既に卒業した母校。

 

 校庭にあるブランコも、タイヤを半分埋めることで簡易的に模した跳び箱も、木製の平均台も、校庭と校外を仕切る為に立てつけられた金網のフェンス。そしてフェンス付近に植えられた桑の木も、全て見覚えがある。


「…………俺、神社で気を失ったはずじゃ、それになんだこの感覚…………低い?」


 その見覚えが違和感となってニシを襲う。

 だって、今自身は高校生のはずなのに、見える景色が全て昔のままのはずがない。もっと見え方が変わるはず、例えば、もっと景色を見下ろすようになっているとか、校庭が狭く感じるようになっているとか…………。

 そう思い視線を下げると、自身の手のひらに答えを見た。


「は?…………いや、なんで…………」


 子供の手。どう見直しても、何度瞳をこすっても大人よりうんと小さい子供の手。

 さらにピントを地面へ絞れば、キャラクターのプリントがされた子供靴を履いている。それはかつて、ニシ自身が好きだったアニメとコラボした限定物。親に無理を言って買ってもらったからよく覚えていた。


「どういうことだよ」

 

 今、ニシは紛れもなく幼少期に戻っていた。

 理解が追い付かない。また、良からぬ事に巻き込まれたのか。焦燥感と不安で冷や汗をかいたとき、遠くで確かにつんざくような悲鳴がした。

 ビクリと一瞬ひるんだ直ぐ後、弾かれるように声の方向を見やる。

 神社での出来事が、目を背けたくなる非日常が、否が応でも既視感となって後頭部を殴りつけた。


「そうだ、あっちだ。()()()


 悲鳴はくぐもっており、響いているのがよく分かる。校舎の中から発せられていると知っていた。

 そもそも、今見ているこの光景に確かな覚えがある。この焦燥感による脂汗も、不安による視界の狭まりも、恐怖ゆえの体の震えも何から何まで体感するのは二度目であった。

 そして、そうであるならば、きっとこの状況は何かの間違い。嘘偽りなのだろう。そうニシは思い至った。


 だから、ニシの本能は悲鳴を無視をして逃げようと言ったのだ。自身が首を突っ込む必要はないと、当たり前の常識を投げてきたのだ。

 実際、他人のために命を懸ける必要などない。百歩譲って警察官や消防士と言った人を助ける仕事を生業としているならばまだわかる。しかし、ニシは只の高校生で漫画やアニメのような特別な力は持ち合わせてはいない。

 

 逃げても誰も後ろ指は刺さないだろう。むしろ逃げた後大人へ声を出すことが出来れば、よくその事を知らせてくれた。そう褒められるはずだろう。

 それでも、ニシの理性がそれを拒否した。

 逃げている隙に、悲鳴の主が取り返しのつかない事になるかもしれない。

 目の前で誰か困っているなら、出来る限り力になりたい。この状況が泡沫の夢であったとしても、悲鳴が本物であった場合、悔やんでも悔やみきれない。

 最悪助けられなくとも、せめて泣いている者のとなりで肩を寄せ、ひとりぼっちの孤独からは救い出すことが出来るだろう。

 ニシの本心はそこに在った。

 だから、恐怖という名の本能を、善性という名の理性でねじ伏せた。ニシとはそう言う男なのだ。


「くそっ」

 

 緊張と恐怖で震える足を叩いて直し、ニシは地面を強く蹴って校舎へと駆けた。

 勝手知ったる母校ゆえ、最短距離で駆け抜け、児童用玄関を開け放ったすぐそこに、悲鳴の元は居た。

 下駄箱を背にした子供を、化け物が追い詰め威嚇していた。小さな体に化け物が今にも襲い掛かろうとしていたのだ。

 その光景を前にして、一目散に化け物へ体当たりを食らわすと、子供に手を伸ばし庇うように前へ躍り出た。 

 しかし、一度の瞬きの後、ニシの眼前には鋭い爪が一瞬映り、そしてすぐ、誰のものともわからぬ絶叫がニシの意識を叩き起こした。


「…………ぁあああああああ!?!?」


 ベッドから跳び起きたニシは、ひどい寝汗で衣服がびっしょりと濡れていた。喉もカラカラに乾いていたが、それは寝汗のせいか、大声を出したせいかは判断がつかなかった。

 

「夢か…………ここは」


 肩で荒く息をする。アシンメトリーの髪をかき上げ、額の傷を強くなぞったとき、右腕に点滴がささっていることに驚いた。

 よく見なくとも、身に着けているものは、青い患者衣に他ならない。背中がぱっかりと空いており、ズボンもはいてはいなかった。右腕には識別番号が書かれたインシュロックに似たモノが付けられている。

 左横の棚の上にはニシが普段使用している学校指定のカバンとスマートフォンが置いていある。

 消毒液の匂いも空調の音すらない。無味、無臭、無風な殺風景な空間。だが、ニシはこの部屋が、この場所が、十中八九どこかの病院内だろうと思い至った。

 なぜなら、周囲を見渡したニシの記憶は、ここに来たことが有ると告げていた。


「もしかして…………いや、そうだ」


 室内は徹底して白い。

 明るい照明も、四方を囲む壁も、内開きのドアも、簡素なベッドも、面会用の椅子も全てが白い。過剰なまでに潔癖をこじらすとおそらくこういった部屋になる。そう思わずにはいられない。

 

 こんな部屋にいたらむしろ、精神に異常をきたすのでは…………。昔、子供ながらにそう感じたことがリピートされた。

 その時ふいに、室内の気圧が変わったのを感じたニシは、原因として可能性が高そうなドアを見やった。自動ドアさながらに、滑らかにドアノブが回っていた。


「どもども~、懐かしい?」


 間髪入れず、開け放たれたドアから顔を出したのは世津だった。

 神社で見た白い髪、冷たく鋭利な麗人といった魔性な雰囲気はなりを潜めている。

 今はもう、学校で見た黒い髪、青い瞳と白い肌。それらを包む学校指定のブレザーには、きちんと人間臭さが戻っていた。

 彼女はこれまた白のトレーを持ってきており。傍までくると、それは病院食であると分かる。


「ここは、アランカヌイ関連の負傷者を収容する病院。でも、ニシ君には説明入らなかったかな?」


 聞き覚えの無い単語。何の事か分からず、ニシはひとまず様子を窺うように、世津から視線をそらさずじっと見た。

 そのニシが浮かべる怪訝な顔を受け、世津はしかし、いたって普通な態度でニシへと体調を聞いてきた。

 

「もう目は覚めた?」


「まぁ………あの……………うんと…………」


 ニシの返答はぎこちなかった。それというのも、神社での出来事――――世津の姿形の変化を目の当たりにして。どうにも気まずかった。

 触れていい話題かどうかがわからない。口の中でモゴモゴと言葉を転がす。言おうとしては飲み込み、また吐き出そうとする。ずっと反芻していた。

 すると、世津は、


「ま、聞きたいことは有ると思うけど、ひとまず置いておいて、とりあえず栄養補給ね。はい、これ」


 と、ニシは世津に差し出されるままに、トレーを受け取って、無心で食を進めた。患者のために胃腸をいたわった結果こしらえた献立は、薄味でお世辞にもおいしくはない。

 昼食の時は世津と食べれることに心躍った食事。あんなに楽しかった行為が、今は死ぬ程喉を通らず苦しい。それでも、間を持たせるため、一心不乱に腹にかき込んだ。食べ終えれば、世津も病室を後にするだろうと思ったのだ。しかし、


「トレーもらうよ」


 世津が伸ばす白魚のような手には逆らえず、綺麗に平らげたトレーを渡す。

 気まずさでずっと伏せていたニシの視界の端に、世津の行動が映る。彼女は、面会用の椅子を掴んでいた。

 立ち去るどころか、面会用の椅子へ腰かけ、受け取ったトレーを膝の上へ置いた。そのまま両者喋らず、気まずい沈黙が訪れる。

 とは言っても、表情を見る限り世津は普段通りといった感じ。つまりはニシのみが、固い雰囲気で肩筋を張っている。


「巻き込んじゃったから、何が起こったか答えようと思ったんだけど…………ニシ君、昔にもこういう事があったんだってね? 」


 ニシはつい先ほどまでうなされていた悪夢を思い出し、首を縦に振った。それはかつて、ニシが幼少期の頃、友達と二人で小学校へ肝試しに言った時のことであった。

 当時はショックが強く、思い出すのも憚られたので記憶の底へと押し込み蓋をしていたのだが、今回の神社の件でその蓋が開いたらしい。

 神社での化け物と姿形は違ったが、ニシは肝試しの時、正体不明の何かに襲われたのだ。

 その時の傷を隠すため、ニシはアシンメトリーの髪型を貫いている。他人がその傷を見た時の表情が、ニシを申し訳ない気持ちにさせるからだ。


「じゃあ、説明はいらない? 」


 「いや!」そう言ったニシは思いのほか自身の声が大きかったことに驚いた。世津へ軽く謝った後、一度深呼吸をして、今度はつとめて冷静に疑問を口にした。


「…………聞かせてくれ、あの時の事は記憶があまりなくて…………女乃上さんは何者なんだ?あ、のバケモノは何なんだ?」


 問われ、世津は姿勢を正した。まるで面接を始めるかのように背筋を伸ばし、しかとニシを見つめるその瞳には誠意が籠っている。

 そして、これから始まる説明は嘘偽りのない真実なのだと、そう思わせる説得力があった。

 

「超常の者達。その言い方は無数にある。例えば、呪術師、魔術師、仙人、魔物、悪魔、UMA、妖怪、化生、荒魂、幽霊、超能力者、等々。そして今回、アナタが遭遇したのは、神の名を冠するモノ、名を逆神様。」


 その時、どうして忘れていたのか。と、ニシは重症の子供を思いだし慌てて世津へと訪ねた。すると世津は一瞬呆気にとられたように固まり、そしてすぐに「大丈夫」だと笑った。


「アナタお人好しだね。あの子はもちろん絶対安静だけど、一命はとりとめたよ。」


「よかった…………」


 そのニシの安堵の意味は二つあった。

 一つは重症の子供が助かった事。

 そして、もう一つは世津と会話を初めて見たら、思いのほか流暢に言葉が出てきたことだ。

 今はもう、そんなに気まずい気持ちは無かった。


「あと、アナタも明日には退院できるから。でも麻酔が聞いてるとはいえ、背中を数針縫ったんだから、安静にね、他に聞きたいことが無いなら、話を戻すよどうする? 」


「あ、ああ大丈夫。その、さっきの話だとあの神社の神様が悪さをしたってことでいいんだよな? 」


「神とは言っても、アレは力を付けた悪霊に属するものなんだけどね」


「じゃあ神じゃなくて、悪霊、なのか?」


「ね、迷うし分かりずらいじゃんね、神なのか悪霊なのか、化物なのか…………呼び名が多すぎる。だからアタシ達は人間に害を為す化け物をひとくくりにして、古い文献から。『アランカヌイ』と呼んでる」


「あらんかぬい…………」


「いつからそう呼ばれていたのか、いったいどの地方で、どの国で呼ばれていたのか、何もわかっていない。ほらこれ見て」


 そう言うと、世津はおもむろに自身のスマホを見せてきた。そこにはお馴染みの検索エンジンによる、アランカヌイの名称検索の結果を示す文字が表示されていた。

 アランカヌイ に一致する情報は見つかりませんでした。と。

 全く引っかからないというのは珍しい。そして、その希少性はそれだけ極秘なものなのだと裏付けていた。


「そして、ニシ君が今、最も気になっているであろう、アタシの正体」


「う、うん」


「アタシは、依頼を受け、アランカヌイを退治するハンター」


「ハンター?」


「そう。今回の依頼を市場で見かけたお偉いさんが、アタシに声をかけたの。うちの名前で悪事されたんじゃ評判落ちちゃうんじゃない?って。ま、向こうもそれが分かってて、うちに話を回したんだろうけど…………おかげで仲介料が相場の四分の一、足元見過ぎじゃんね…………」


「…………あれ、じゃあ昼飯の時、神社に食いついたのって…………」


 ニシは昼食時、世津が逆神神社に異様な興味を示した原因がそのハンターに由来する事なのではないかと思い至ったのだ。

 すると案の定、世津はバツが悪そうに苦笑し、見切り発車だったと打ち明ける。


「あはは…………実はうちの人がここが地元でね、場所くらい知ってるものだと思ってたら…………まったく、『あれ、道逆だったかな』とか言って、たどり着けないんだもの。ニシ君達がいてくれて助かったじゃんね」


 そう、開き直るように世津は言ったのだ。

 ニシが聞く限り、あのような化け物を討伐することを生業にしている割にはなかなかの適当加減。

 そんな調子で怪我をしないのか。と、ニシは心配が湧いたのだが、


「心配ご無用。私の力見たでしょう?」


 世津の自信満々な口調を聞き、瞬間、ニシは、ハッ。と、瞳を見開いた。

 神社での白い髪が脳裏を掠めたのだ。超人的な身体能力、そして、纏っていた冷気。


「その顔は神社での事を覚えてると見たよ。そう、アタシは人間の父と雪女を母を持つ、言わば半妖。ついでに言うと、アランカヌイの中でも今回のような『霊体』はアタシのように、力ある者にしか倒せないし、通常は見えない。」


「えっ」


「ん、すっごく需要ある仕事じゃんね? だから結構儲かるんだよ」


「い、いやそうじゃなくて、じゃあ、なんで俺には見えたんだ。これまであんなの子供の頃の一回しか見てないぞ!」


「あはは、一回は見てるじゃん。でも、それ以降見えてなかったのは、思うに幼少期はまだ見る力が成長しきってなかったんだろうね。でも今は違う。アナタはアタシと同じだもん」 


「…………な、なに? 」


「アナタも血筋なの。アタシのような混ざり者じゃなくて、もっと本職に近いとこの血統。だからだろうね、これまでに二回も遭遇したのは、アナタの気配は魅力的で、どうしようもなく憎しみを買うんだ」


「そ、そりゃいったい…………」


「アナタ、お父さんとお爺さんの名前覚えてる?」


「…………え、うん。父さんは西臣明利、じいちゃんは…………俺が生まれる前に死んだから、わかんないけど」


「アナタのお爺さんは、西臣明房って言うんだって、皆名前に明の一文字が入っている。あやかったんだろうね祖先に」


「ど、どういう…………」


「西に臣えし明かるき道と書いて西臣明道なんて、名は体を表すとはよく言ったモノだよね。アナタの祖は、安倍晴明――――妖の天敵。平安時代の主役じゃんね」


「あべの…………い、いやありえないでしょ、俺そんなこと聞いた事ないし、それに、その人、確か京都の人でしょ? 」


「千年以上が経った今、血統なんて日本各地に散らばってる。なんなら誰にでもその可能性があるくらい。あと、情報によると宗家じゃないよ? 分家である事すら忘れてしまった遥か遠くの血筋なんだって。ここにアナタが入院した時の資料に刻銘されてた」


「でも…………親だって普通の会社員で…………幽霊なんて見たことないって…………」


「子が親の能力を全て受け継ぐわけじゃないでしょ? 逆に、数学が得意な親からなぜか絵が得意な子が生まれる事もある。でも、先祖をさかのぼると、不思議と絵を生業としていた人が出てきたりする。先祖帰りっていったりするけど、アナタもそれだろうね。」


「仮に…………そうだとして、俺の力って? 」


「わかんない」


「え…………」


「力と一口に言っても色々あるんだよね、まず人類は皆、妖力――――今は『魔力』か。を持っているんだけど、その認識になってもらっていい?」


「皆!?」


「そう、みんな。量に違いは有れど、多かれ少なかれみんな。ただ認知していないだけ」


「…………にわかにはまだ信じがたいけど……でも……化け物が凍るとこ見ちゃったし、要はアレを引き起こした理由のことだよな? 」


「そうそう、で、魔力と呼ばれる力の源をざっくりいうとね、この世界に満ちてる『セリオン粒子』に由来するものなの」


「せり…………? 」


「セリオン粒子。あ、こっちは検索かけちゃだめだよ。すぐにお上に補足されて当分は要経過観察対象――――最低でも尾行されるから」


「いぃ…………わ、わかった、でセリオン粒子って何?」


「東洋では呪術、気功、西洋では魔術、錬金術、超能力、それら全ての超常現象の源は魔力、呪力、氣と呼ばれているけれど、それはセリオン粒子を言い換えたに過ぎない」


「じゃあ魔力とかいうもんは全部セリオン粒子ってやつだってこと?」


「厳密には実はちょっと違うんだよね…………セリオン粒子には強く念じた意識を現象として現実へ反映させる作用を持つ。あらゆる空間へ存在するそれはまず、生物が体内へ吸収する所から始まる。取り込んだセリオン粒子はその生物に適した形――――『魔力』となり血肉に混じる。そして、超常現象を超す際は皆、己が魔力をエネルギー源とし発動する。セリオン粒子そのものでは現象を起こすに至れないの…………ここまでついてこれてる?」


「…………ああ」


「あはは…………困ってるね。とりあえず、セリオン粒子は生物の体内を通してでしか、効果を発揮できないって覚えでいいよ。あと、このまま一通り続けていくけど、わかんない事はまた後で聞いて」


「了解」


「で、体内で魔力へと変化したそれは、主人の強い思いを反映させる。小さいとこからいくと、病は気からってあながち間違いじゃなくてね。一般人でも認知してさえいれば力を発揮する。つまりは、自分は病気なんだって強く思ってしまうと、魔力がそう作用させ本当に病気にしてしまう。逆に強い気持ちを持っていればそうそう病に臥せる事はおろか、死の淵から蘇る事だって可能だよ」


「ええすげーじゃん、なんでそんな便利なもの広めないんだ? 」


「広められないの」


「なんで? 」


「人類の全てが魔力を認知する。これすなわち、皆がピストルを持つのと同義だから。」


「……………………?」


「どこにでも隠し持てて、どこでも発砲できる、その上どんな作用をもたらすかも分からない、そんなピストルを誰もが、そう善悪の情緒が定まらない子供ですら扱えれば…………この世界はここまで発展できていなかっただろうね」


「…………言いたいことはなんとなく分かった」


「さて、回り道したけどようやく本題、アタシが雪女の半妖だって聞いたよね? 」


「うん」


「てことは、アタシの力が冷気に作用するって強く納得できるし、思いえるでしょ」


「確かに…………ああそういうこと? 」


「そう、魔力はその者の認知と強い思いに作用する。何かに関連付け、そうであると強く思い込めれば尚のこと色濃く世界へ反映するの。」


 そう言った直後。

 世津の右手の平に顕微鏡越しにしか普段は見られない、何倍にも拡大された雪の結晶が現れた。


「でも、裏を返せば、例えアタシが雪女だろうと炎を扱う以外ありえない。そう強く思えるのであれば…………」


 雪の結晶が解け消えると、今度は火が浮かんだ。そしてすぐ、握りつぶす仕草で鎮火する。


「こんな風に火を出すことも理論上可能」


「…………すげぇ」


「呪文の詠唱なんてものや祝詞といった声出しは一種の自己暗示。そうであると強く思い込ませるための儀式なの」


 「ちなみに」そう言った世津はスマートフォンで、とある記事を見せつけた。

 それは、これまであり得ないと言われていたマラソンのタイムをひとたび誰かが破った瞬間、次々と同じようなタイムを叩き出し始めた現象をまとめたものだった。


「これ、ブレイクスルーっていうんだけど、誰かがやり遂げてしまったから他の皆も、可能なのだと認知してしまったゆえに起きた事。」


「なるほどね…………つまり俺の力ってのは俺がどういう認識や認知を持っているかに依存するから、まだ何が出来るか分からないと…………」


「そゆこと。もしも、アナタが属性になぞらえた超常現象を起こしたいのなら、まずは呪文を試してみるのもいいかもしれないね、それか、魔力を操作して身体機能を上げる事は頑張ればできると思う」


「え、そんなこともできるの? 」


「あはは、見たじゃない。アタシが跳躍したところ。体内の魔力操作の感覚を教えてもらえれば見様見真似でも少しはさまになるはずじゃんね」


「そりゃいいや。今度教えて――――」


「――――代わりにお手伝いを頼めるかな? 」


 食い気味に話を遮られたニシは嫌な予感が胸中に湧く。


「まだ本命が残っていてさ、協力者がいると助かるんだよね、バイト代出すからさ」


「え、あぁ…………ちなみに俺何するの? 」


「アタシが追ってる人の情報を一緒に調べてほしいの。ほら、アタシ土地勘ないからさ」


「まあ、それくらいなら…………あの、でも断ったら?」


「アタシが話した情報全てね、超極秘事項でさ、超法規的措置も辞さないレベルの世界の秘密なんだよね。例え安部の末裔であろうとも、一般人が知ったとなれば痕跡すら残らないかも」


「…………へ」


「要はデッドオアアライブ?」


「ま、またまたぁ…………冗談――――」


「――――これ、誰かわかる? 」


 世津が開いたフォルダには、とある画像が入っていた。

 それは世津とスーツを着たおじさんとのツーショット。そう、日本国内でもっとも有名といっても過言ではない相手。流石のニシでも知っている、日本国政府の頂点。

 

「これ…………橘総九朗(たちばなそうくろう)首相?………え、う、うそ!?なんで?どういう関係!?」


「さぁーてどんな間柄でしょう~」


「…………俺、脅されてる?」


「…………あはは。まさかー」


 まるで友達との茶番を披露するかのように棒読みの世津。対して、ニシは半目で引きつつも思う。

 もしや、やばいネタで事件へ巻き込もうとしている。あるいは、ゆすってきているのかと思ったのだが、軽いノリの世津のを見るにそうではないらしい。

 しかし、日本のお偉いさんと何かしらパイプがあるのも事実だろう。


「…………ちなみに、首相や上級官僚になれる条件の一つがアランカヌイの視認ができることだったりしま~す。政治家に世襲制が多いのはこれが原因だったり?」


 もはや世津はニコニコと何食わぬ顔で言っているが、当のニシにはもう道は残されていなかった。

 麻酔が効いていてよかったと心底思う。ニシは、ベッドの上へと座り直すと、


「不肖、西臣明道。謹んでお受けいたします。」


 綺麗な土下座を持って承った。

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