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第一章 23

  一面土砂降なんて生易しい。バケツをひっくり返した雨という言葉が似合う滝壺のような水たまりの上。

 聖者を頑なに拒む、普段は生徒に害を為すはずもない、砂利に塗れた校庭には、二つの人影があった。


「はぁ…………はぁ…………くっ…………はぁ」


 荒く肩で息をする、彼女の輪郭は雨粒がそれにぶつかることで、白く儚げにも世津であると浮かび上がらせている。

 体のいたる部位は血で汚れ、誇るべく白い髪はとこどろころ泥で黒く塗れ、その表情は困憊を極めている。

 着ているブレザーは世津の後方へと脱ぎ捨てられており、水たまりの中へ沈んでいる。

 その下に着こんでいたワイシャツも、右肩は破れ、肩だしのように艶化粧と相なっていた。 

 既に、戦闘が始まり、ニ十分以上が経過している。


「…………殺す気はないですが、しぶといですね」


「はぁ…………はぁ…………どっちがっ…………」


 険しい戦闘を強いられている白い少女の荒い息使いが、四月の冷たい雨に凍てつき続けている。

 目の前の邪知暴虐の化身。赤林普応に睨まれながらも、止まる事のない心臓の鼓動は、生存ルートから外れて既に久しい。


 本来であれば、世津の力をもってすれば、赤林普応を倒すのは訳がない。一瞬のうちに凍り付かせ、それで終いとなるはずだった。

 でも、そうはならない理由があった。その一つが、赤林普応の背後に在る二つの黒い塊――――土御門財閥製パワードスーツ。軍事用に開発されたものを、アランカヌイ用へと転用させた試作品。

 そしてまた、普応が手元の無線コントロールパネルを操作し、パワードスーツを校舎へと向けることで理由を証明しようとしていた。

 つまりは校舎全体を使った人質であった。


「減らず口を叩きますね…………それではもう一回」


 これが、普応が校庭へと出た理由。パワードスーツを最大限生かすため、反撃の余地をなくすために。

 軽く、それこそ、友達へ手を振る気軽さで、右腕を校舎へと仰いだ。次の瞬間、土砂降りをかき分ける破裂音が響く。


「…………また!」


 直系三十センチ程のなまり球。拳銃に用いられる弾丸とは違い、殺傷能力を低下させたボーリング玉のような円球が校舎へと迫る。

 世津は跳び、砲撃よりも早く校舎へとたどり着く。そして普応が放つ砲撃を校舎へと至る前に叩き落すことには成功する。だが、


「ぎゃ」


 そん瞬間を狙ったもう一つの弾丸が、世津の右腹部へと当たり、その衝撃で周囲の雨粒が円状に弾き飛ばされ一瞬の晴れ間が出来上がる…………。

 だが、世津は力無くも、なんとか校舎の外壁を蹴り、体勢を整えながらも、校舎近くへと着地した。

 もう、幾度となくこれを繰り返している。世津が魔力の射程範囲にまで近づこうにもこの砲撃のせいで近づけない。

 その度に、動きが鈍くなる。その度に、赤林普応からは遠ざかる。今はもう、校舎の近くから離れてしまえば、その砲撃を撃ち落とすことは困難な程に、世津の体力は消耗されていた。

  

「はは…………いいものですね。今後は、実態を持つタイプにはこれを当てましょう」


 パワードスーツを軽く手でなぞり、己の焼け野原となった後頭部を冷たい雨で流し続ける普応。


「魔力も温存できる。私はまだ、ウォーミングアップも済んでいないですよ…………対してあなたはどうです」


「ま、まだ全然元気じゃんね」


 歯をむき出して、右目を額から流れる血で赤く染めながらも、世津は笑ってそう言うのだ。それが、普応にはたまらなく気持ち悪い。

 金も絡まらない只の偽善を、さも当然のように実行するその在り方が気に入らない。


「…………いい加減、吐いてくださいよ。『彼』の居場所を」


「アタシ…………誰の事か分かんないなぁ」


 普応は思う。もし、自身が世津の立場であったならば、交渉金を用いてすぐさま身を売り払うところなのだが、彼女はそうしない。それは普応にとってありえないことだ。我慢ならない事であった。

 だって、世界は金で回っている。世界は権力で動いている。そして、権力は金で買えるのだ。

 実際、このパワードスーツだって、普応のAランクという権力ゆえに経費という特権で与えられている。

 だが、彼女を捕らえ、『彼』の居場所を吐かせない限りは、その地位も富もはく奪される。 


「そうはいきません。」


 この地位は、己が力で上り詰めたモノ。

 殺した相手を貪り、脅し、吸いつくして、手に入れた地位。

 絶望の果てに、願った力はその身に在ったと知ったのだ。借り物ではない。己が強い意志の果てに獲得した生存本能。

 死霊を操る魔の力。死すら味方に付ける悪の王たる力。


「私は、Aから落ちるわけにはいかないのです。もう、悪徳の餌食にはならない」


 だから今回、道草を食っていたあの中学生を標的にした。

 本来であればあり得ないが、新潟で初めて任務を失敗し、降格の影がちらつき始めたのがよくなかった。魔が差したのだ。

 ドンっ。と相手からぶつかってきたのだ。相手はすぐに謝ってきたが、その顔は、普応からすれば、まるで反省の色がうかがえなかった。

 楽しそうに、嬉しそうに、友達と買い食いをしながら帰っていくその姿を見て、傷一つ無い綺麗な顔と制服姿を見て、えも言えぬ感情がそうさせた。

 

 その幸せそうな在り方に嫌悪の記憶を刺激されたのだ。

 あんな謝罪の仕方では、犬の餌すらもらえなかった()()()()()()()()()()()()()…………。

 己がその年の頃には、あらゆる悪徳の対象となり、血反吐を吐いて奉仕していたのに。

 何度、胎で死を体験したかも、何度許しを乞うたかもわからないのに。

 おまえはなんだ。その顔は何だ。さも当然のように、誰ぞの金で幸福を貪る。その姿に嫉妬した。


「…………でも、今はもう私が貪る立場です。だから…………」 


 だから、パワードスーツの出力を手元のコントロールパネルで最大にまで上げた。

 今後の一撃は、全てが必殺に等しくなる。バッテリーの節約を辞めたのだ。

 

「…………はぁ…………ぁっ…………」


 視界の先で喘ぐ世津のふらつきを見て、これだけ体力を削げば、次で決める事が出来ると悟った。

 最悪、腕の一歩や、二本飛び散る事になるかもしれないが、相手はアランカヌイ。ショック死することはないだろう。

 

「終わりです。頭も随分冷えました。おかげで、思考が止まらない。いっそ、熱に冒されていた方が、いい夢が見れるかもしれないですよ…………」

 

 普応は当時、猿叫しかしらなかった。

 地位を得てから習得した拙いですます調で、この戦いの終わりを告げる――――


「せっちゃん!」


 ――――否。告げようとした。だが、封じられた。


「なっ」


 その声の主を見た時に、世津に駆け寄る影に、普応は驚愕に目を見開いた。

 鳩が豆鉄砲を食ったように。口をわなわなと震わせ、絶句した。

 ありえない。彼女はもう、死しか待っていない筈…………しかし、世津はその名をしかと呼んだ。


「…………英菰?」


「な、んでお前、死ぬだろう普通そこは!ありえない!どうやって」


「うっさいなぁ、生きてんだから仕方ないでしょう」


 普応の歯ぎしりが雨音を殺した。

 あの状況から、生還出来る術などこの世界に無い。あれば、とっくの昔に死というものは克服されている。

 だが、土御門英菰は蘇った。ありえない。そんな奇跡あってはならない。

 私はいくら望んでも、そんな救いは無かったというのにっ…………そう、奥歯を噛み締めた時、ガリッと歯が欠けた。


「…………なんだ、どうなってる。新潟からずっとおかしい…………金も名誉も権力も、私はこれからも悪徳に積んでいくんですよ、もう、私が貪る番なんですよ。侵すんだ、冒すんだ、犯すんだっ!!」


 血走った瞳で、急速に沸騰した頭で、己の治らぬ後頭部を思い、奇跡は無いと再確認し、


「こんな悪夢認められるか!!」


 絶叫と共に、コントロールパネルを叩いた。

 先ほどまでとは比べ物にならない弾速。衝撃波が雨粒を吹き飛ばし、一陣の暴風を背に英菰へと放たれた。


「ぐぅううああ!!!」 


 そう放たれただけ。

 英菰は威勢のよい発声を持って、その砲弾を掴み、回転するなまり球を、止めてみせる。


「はあ?」


 ゴドン。とボーリング大の弾が英菰の両手から地面へと落ちた。

 また、起こった。奇跡だ。

 だって、それ以外に、言い方が思い付かない。

 

「ふーふー…………」


 と、受け止めた両手を息で冷やし、胸の前で手を振る英菰に対し、世津ですら驚いた。

 今の弾丸は、威力は、これまでの英菰であれば、絶対に受けとめられない。いや、まず補足すらできない弾速であったからだ。 

 

「私、今、なんかすっごい負ける気しないんだよね」 


 英菰が自信満々に言う、そして、気付く。

 英菰から迸る魔力。まるで、大気のセリオン粒子がそのまま英菰の力になっているかの如く、魔力が溢れ出している。

 奇しくも、世津も普応も同じ考え。間違いなく何かに遭遇した。力を与えられたと直感した。


「…………これは嫉妬ではありません。これは私への試練です。」


 普応は判断の後。その動きは迅速だった。


「英菰、援護してっ!」


 世津が地面を蹴り上げる速度より早く、普応は動く。


「経費で落ちぬ分は、私のポケットマネーから」


 手元のコントロールパネルをニ、三度叩く。それは、リロード速度の変更。

 これまでのパワードスーツが放つ単発ではない。文字通りの乱れ撃ち。

 パワードスーツの外部シリンダーが、不吉な入れ変えを行う。無機質な切り替え音が鳴る。

 

「人の命は金より軽い」


 直後。

 行きつく暇も無い爆音と轟音。絶え間なく空間を震わせる砲身が奏でるそれらが、数十発と放たれ、普応の言葉は、破裂音にかき消された。


「…………ま、たですかっ…………!」


 砲弾の全てが、放たれた直後、空中ではじけ飛んだのだ。

 それを成したと思わせたのは、光の奇跡。否、光の軌跡だ。

 校庭に居た三者三葉は、その一筋の光明の元をだどった――――校舎の屋上。そこに誰かいる。

 

「よ、よしっ…………!!」


 西臣明道その人だ。


「馬鹿な…………毒で刺したのにっ…………なぜ」


 普応の驚愕など意にも返さず、興味も無く、関心も無い。そんなはんなりとした声が、


『ほなら、最後の一発…………たぁんと気張りぃ…………明道はん』


 はんなりとした女性の声が、雨音を押しのけて、屋上へとこだまする。


『さっきと同んなじ。目ぇで見るんゃないよ…………意志を、眼差しを引き絞り、セリオン粒子に導かれるままに…………射んと欲せ…………』


 ニシは、左手に白皙の弓を携え、右手で漆黒の矢を射んと照準を絞っていた。

 やまくらに矢を置き、その眼差しは、普応を見据えて、弦を離した。

 稲光がごとく、瞬間の閃光が――――


「こんなことが…………」


 ――――パワードスーツの砲身を射抜いた。

 バッテリー駆動の機械仕掛けが、短絡し、バチバチと火花を上げる。シリンダーのグリスが灼けたのか、鼻孔に纏わりつくような異臭を放つ。

 白い煙が雨にも負けず揺蕩い始め、勝鬨の狼煙を上げる。


『ええなぁ…………思たよりうまいやん…………』


 白皙の弓がはんなりと声を出す。

 それに対しては苦笑で返し、ニシは本命へと声を張り上げた。


「英菰!!世津!!爆弾は取り外した!!!みんなの帰る学校(日常)は俺が守るから、そっちは頼むよ!!」


 主役が初のセリフを読み上げたのだ。

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