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第一章 21

 校内放送を聞いた世津が保健室のドアに手をかけた時、背後からゆかりが正気か。と引き留めた。


「本当に行くのか」


「何度も言わせないで先生」


 世津は肩越しに返答する。

 振り返る事はしなかった。その態度が、固い意志の表れであった。


「今の声は赤林普応だった。おそらく英菰ちゃんはやられたんでしょう。このままここに居ても、ずるずると被害者が増えるだけ。それに――――」


 世津の次の言葉が何か、ゆかりには察せられた。

 何時までだっても公的機関は来ない。学校の周辺に民家がないからだけではない。

 ゆかりに対し、赤林普応はこう言っていた。根回しは済んでいると。その言葉を確かめるようにまた、ゆかりはスマホを取り出した。その表示画面には、アンテナは一本たりとも立っていない。

 電波障害が孤立無援を強いている。

 それだけではない。爆発音がしても、黒煙が学校から上がっても、久留米市の人間は誰一人、学校へ野次馬にすら来ないのだ。

 きっと、電波障害以外にも、なんらかの細工を施しているだろう事は明らかだった。

 

「――――赤林普応を倒さなければ、助けは呼べない。」


「そう。ニシ君は一刻を争う、だからよろしくね先生」


 ゆかりは苦笑した。歯ぎしりが漏れる寸前だった。

 英菰と世津に対し加勢はできない。万が一赤林普応が敵対行為であると思ってしまえば、妹の命はないかもしれないからだ。


「だが…………」


 ゆかりは思う。

 しかし、西臣明道なら、治療とはいかなくとも、看病程度なら、許されるかもしれない。

 彼は一般人。卑劣に人質を取る赤林普応といえど、表の人間の犠牲は少ない方が都合が良い筈。

 自身の妹を棚に上げて、そんな魔が差したのは、そんな楽観視を行動の主軸に置いてしまったのは、北東悠馬を殺した負い目からであった。

 そんなゆかりの決断を感じ取ったのか、世津はもう振り返ることなく。ドアを開け放つ。


()()のことよろしくね…………」


 その声は優しい老婆のようで、でも切にうったえてくる祖母のようで、今にも棺桶に入りそうな冷たい吐息だった。


「……………………っ」


 ゆかりが息を飲んだ直後、保健室のドアが閉まる。

 そして直ぐに、ゆかりは西臣明道へと顔を向けた。

 ゆかりの目の前で荒く息をしている少年。先ほどから熱が出てきたのか、体は脂汗をかき、細かく痙攣し始めていた。

 ニシの症状は尋常ではない。少なくとも、下腹部の刺し傷以外にも要因があるように、ゆかりには見えた。

 

 もしかしたら、赤林普応に攻撃された時、毒を刺し込まれたかもしれない。

 実際、ナイフで刺すだけでは死なない可能性の方が高い。念のため毒を差し込む方が確実なのだ。

 あの卑劣で苛烈。赤林普応のすることだ。きっとそうに違いない。と、ゆかりにはその閃きが腑に落ちた。


 「でも、私に何が出来る…………」


 そう、固くこぶしを握った。分かったところでもう何もかも遅いのだと。

 時間は巻き戻らないのだと。そういう気持ちがあったから、


「今更、生徒のためになにも出来やしない…………北東様を殺しておいて何を出来ると…………」


 ゆかりは罪の告白をした。もう耐えられない。北東悠馬の親友である西臣明道を前にして、ついそう懺悔したのだ。だって、保健室にはもう他に人はいないと思っていたから…………。

 しかし、


「誰だ!? 


 ゆかりは弾けるように、ニシの隣のベッド――――隣接するベッドのカーテンを開いた。


「…………あ、どうも先生」


 そこに居たのは、側垣智成と、


「…………ごきげんよう先生」


 小鳥遊通利だった。

 二人は仲良くベッドの上で胡坐をかいて、弁当箱をベッドにちょこんと置いていた。


「い、いや!?ちょっと待て!確かにお前たちが保険室へ行ったのは知っていたが、気配なんてしなかっただろう!!???いつからいた!?」


 問われた二人は顔を見合わせ頷いた。


「「……………さ、最初から…………」」


「馬鹿を言うな!だったら気付くはず――――」


 「――――それより」と、通利が鋭く遮った。


「先生、さっきの『北東』を殺したって何だ?そんな苗字、ボクは悠馬くらいしか知らないんだが」


「…………それは」


 ゆかりはどうするか迷った。それは口封じをするか、この罪を受け入れるかだ。

 もしも、今ここで二人を殺さなければ、自身が捕まれば妹は身寄りを無くす。だが、殺してしまえば、もう子供達をまともに見れなくなるだろう。

 

「つまり…………」


 ゆかりは、子供のころからアランカヌイが――――幽霊が見えた。

 その上で、妹が生まれてすぐ両親が他界したのだ。原因は只の交通事故だった。

 ゆえに、嘘つき呼ばわりをされた。気を引こうと嘘をついているといじめられた。見えない大多数の人からは疎まれ気味が悪いと石を投げられた。

 でも、そんな自分を邪険にせず、触れ合ってくれた恩師に憧れたから教員免許を取った。

 ただ、結局は土御門へ入社した。給料がよかったからだ。大学へ進学した際の奨学金の支払いも、身寄りのない妹と自身が不自由なく食べていくためにも、大手の土御門が最適だった。

 ここへ居るのも、教員免許を持っていて、アランカヌイが見えるから、伝言役に抜擢されたにすぎない。戦う能力など持ってはいない。

 

「だから…………」


 頭の中で様々な思惑や不安要素が飛び交う。

 殺した場合のメリット、デメリット。弁護士の費用は用意できるだろうか。死体の処理は今回どうすればいいのか。

 は次々と浮かぶのではなく、全て一緒くたに脳裏をよぎる。


()()()()()()()()


 でも、心は正直に罪を受け入れた。

 これ以上自分の気持ちも、妹を助けてくれた西臣明道の義理も、助けてくれた恩師の思いにも、何もかも、裏切り続けるのはもう無理だった。


「…………そうですか。ちなみに、他には?」


「殺していない。この件が済んだら自首しに行く」


「分かりました。先生、ボクと智成で、英菰さんを助けに行ってきます」


「は?!い、いかん。危険すぎる。今、外は以前同様集団パニックが起きている。」


 そうだ。通利も智成も戦闘なんて経験したことも無い生徒である。

 魔力の操作も出来る訳がない。危険すぎる。そう、ゆかりの教師の部分が告げていた。


「でも、ニシは誰かが見ていなくちゃだし、英菰さんも怪我してるかもしれないでしょう、誰かがやらないとですよ」


 ゆかりは思い直す、戦闘力の無い二人だとしても、戦闘力の無い己よりも、男子生徒二人の方が危機に対する対応は易いのではないか。と。

 しかし、教師である自分が生徒を死地へ送るような真似をしていいものか。葛藤が数秒、ゆかりの表情を曇らせた。


「先生?」


 通利の目はまっすぐだ。その眼差しは北東悠馬を思い起こさせた。

 土御門最強の称号――――十二神将を背負っていた少年。

 あの朗らかながら常に前を見据えていた、自身が未来を詰んだあの目だ。


「……………………わかった。気をつけろ」


 重なった面影を振り払う事が出来ず、根拠のない自信に負け、ゆかりは頷いてしまったのだ。


()()()()。行くぞ、智成」


「まじ?まあ、英菰ちゃんのためだ仕方ない」


「…………と、その前に、だ。」


 通利がニシの腹へ触れた。傷口に触れたというのに、ニシは気付いてもいないのか、ずっとうめき、目をつぶっている。そんな友達へ、通利は簡単ながら応援を送る。


「ニシ。お前そんなヤワじゃないだろう。歯を食いしばれ」


「ぁあ。わ、わかってるよ…………()()()


 その場にいる全員が顔を見合わせた。

 おそらくは悪夢にうなされたのだろう。うなされながら、寝言ながらにも、ニシは返事をした。

 それに満足した通利と智成は保健室のドアへと歩みを進めた。 


「小鳥遊」


「分かっている」


 ドアを開け放ち、戦場へと足を踏み入れた。

 

「おい、小鳥遊、どうやって行くん?」


 放送室は、保健室を出て、長い廊下を児童玄関の方へ行った先。今燃え盛っている体育館に繋がる通路に隣接している。


「無論、最短距離で」


「あーはいはい。ダッシュね」


 二人は駆けだした。でも、廊下を、ではない。二人はそこまで馬鹿ではない。保健室のほど近いところにある職員玄関からいったん学校の外へと出て、回り道ながらも、接敵を避けて進んだのだ。

 四月の冷たい雨の中、濡れるのもいとわず、内履きのままに。

 二人は校舎の外壁に背をつけることで、校舎内の窓から死角となり、スムーズに児童玄関まで潜伏をやってのけた。


 児童玄関の中は、縦百八十センチ横三メートル程の下駄箱と、その下にすのこが敷かれている。

 すのこを抜けると、廊下となるが、そこに置いてある泥よけ用のマットまで移動した二人は、内履きの泥汚れを落とす。

 意外なことに、別段パニックになっている人物は見当たらない。それどころか、人っ子一人居なかった。

 

「なんだ、誰もいねーな」


「智成、フラグを立てるな」

 

 とは言うが、やはり誰の気配も無い。

 二人は何なく放送室の前まで来て、その重たい二重扉を開け放った。

 途端、異臭が二人の鼻孔をこれでもかと刺激した。


「うっ!?何だこの匂い…………」


 むせ返る肉の灼けるにおい。

 燻製か、焼肉でもしたのかといえる香ばしさの中に、少しの湿気が混じり、えも言えぬ不快感が漂っている。

 なんとも、いえない。気分の悪くなる空間を目の当たりにし、


「ひどく焦げ臭い。智成、お前はここに居ろ。ボクが先に見てくる」


「…………へーい」


 こりゃラッキーとばかりに、智成は放送室の前で首を定期的に回し、辺りを見渡す見張りを引く受けた。

 一方、通利は室内へと足を踏み入れる。そしてすぐ、違和感に自身の頬に触れた。少し、肌がべたべたする。油が空気に混じっているのも分かった。

 その空気に、通利は懐かしむように、恨めしむように声を零した。 


「嫌な感じだ…………火あぶりか?」


 その時、サッと通利の視界の隅に何か映った気がして、そちらを見やる。放送室の撮影部屋の方だ。しかし、そこには何もいない。


「気のせいか…………」

 

 釈然とはしないものの、とりあえず、今いる位置から一番近いマイク室の方へと、通利は足を踏み入れた。そこには、


「…………南無さん」


 黒い芋虫。ところどころ皮膚は癒着し、腕と胴体は一緒くたになっている。焼け焦げた塊。

 おそるおそる近づき、己の最悪な予想が外れている事を祈った。

 しかし、傍に落ちている、赤くも焼けただれた髪を見つけ、その凄惨な重体が、安部英菰であると確信した。


「乙女の肢体ではないな」


 まだ息があるだろうか。と、耳をおそらくは顔であったであろう部分へと近づける。

 でも、呼吸音は聞き取れない。


「……………………英菰さん…………」


 そう、諦めかけた時、ドクン。と、確かに心臓の鼓動を重体から聞き取った。

 友達の諦めの悪さ、往生際の悪さへ敬意を表し、にやり笑う。


「流石だ」


 通利は右手を英菰の胸元へと添える…………どくん…………どくん。か細くも、確かに、命は続いている。

 まだ息絶えてはいなかった。おそらくは魔力で限界まで延命し、その風前の灯火を最後の最後まであきらめていない。

 問題は、焼け落ちた損傷部位。四肢は黒く炭化している。胴体も同様。明朗快活を絵にかいたようなあの可愛らしい小顔も、今や見る影も無い。

 しかし、だが、その生命の息吹は躍動を続けている。

 つまり、生きる意志がまだある――――

 

「――――ならば、不足分はセリオン粒子で補おう…………」


 言った直後、通利の足元に碧色の円陣が灯る。

 知らぬ言語。どの文献にも、どの文書にも、記載も刻銘も無い未知の文字列が、円陣へと挿入されていく。

 その度に、円陣の光量が増していく。光が輝き、煌めき、瞳をつぶさんとばかりにまばゆく埋め尽くしていく。

 やがて、騾壼茜縺ョ鬆ュ縺ョ荳翫∈蜈峨?蜀?腸縺梧オョ縺九s縺ァ縺?¥…………。

 そうして、緑の光が、英菰を包んだものの数秒後には、


「…………すぅ…………すぅ…………」


 そこには元通り、赤い髪、勝気なつり目、女性的なシルエットの安部英菰の姿があった。

 まるで自宅で就寝しているかのような健やかさで、吐息を立てて寝入っている。

 そう、衣服も燃え落ち、生まれたままの姿。

 流石に目の毒。通利は自身のブレザーとワイシャツを英菰へとかぶせると、


「おい!智成!!!手をかせ!()()()()()()()()。運び出すぞ!!」


 大声で智成を呼びつけた。

 ほいほーい…………。と、命じられるまま、智成は放送室へと入り、通利の下へと参上する。

 智成は通利の足元で、今しがた寝返りを打った傷一つ無い英菰を見て。

 裸にひん剥かれたように見える英菰を見て、怪訝に眉をひそめると、


「…………()()()()()()()()?」


 戦々恐々と率直に聞く。

 だが、通利は「馬鹿な事を行ってないで、早く彼女を連れていけ」そう言って、説明も後回しに、英菰を智成へ担がせると、撮影室の方へと向き直った。


「小鳥遊は?行かないの?」


 少し逡巡したが、「やることが有る」と、智成へ、先へ行くよう促した。

 対して智成はというと、通利の言動を知ってか知らずか、外で待っていると、言い放つ。


「おいっ」


 智成へと振り返り、強めに睨んだ。ここに居られると邪魔なのだと。早く英菰を保健室へと連れて行けと急かす。

 しかし、それすら意に返さず、智成は言うのだ。


「いいじゃん、どうせまたなんか怪しい事するんだろ?防音室だから、ドア閉めれば聞こえないって」


「まったく…………」


 智成は英菰を連れ、外へと出て、ドアを閉めた。

 静寂が訪れる。外の雨の音も、外の智成の声も聞こえない。

 ここにある音は、通利の呼吸音と、同じく彼の撮影室へと踏み入っていく足音だけ。


「のぞき見とは良い趣味だ」


 何も無い空間へ鋭く言い放った。数秒後、本当に微かだったが、通利の正面、手が届く程度の距離の視界が揺らいだ。


「まま、勘がええこと…………」


 はんなりとした返答が反響する事も無く、吸音され、すぐに静寂が戻る。


「何者だ?」


「うちのセリフやわ…………まずは自分から名乗るんが礼儀っちゅうもんやと思うんやけどなァ…………なによりもさっきのアレ…………名のある魔術師かぇ?…………」


 姿は見えない、しかし、声だけは聞こえる。

 人食ったような魔性の声。猜疑と罪悪を逆立て、渦巻かせるアランカヌイの囁き。

 普段であれば聞く耳なども持たないのだが、今は何か起きている。自身へと被害が出ても困る関係上、渋々と口を開いた。


「ボクは、小鳥遊通利。英菰さんの友達。それ以上でも以下でもない。」


「へぇ……………」


「さて、名乗りはあげたぞ。今度はそちらの番だ」


「敵やないよ…………ただ、あんたはんの味方っちゅう訳でもあらへんけど…………うちは優しい優しいご主人様…………」


「答えになっていないな、まさか、一手交わえるつもりか?」


「いややわぁ、そないけったいなこと言うてぇ…………うち、か弱い乙女やのに…………でぇ、小鳥遊はんはぁ…………今回の件と関係あらへんの?」


「はっきり言って、何が起こっているのか検討もついていない。そして、これ以上首を突っ込むつもりも無い。僕のモットーは平和に仲良く。それだけだ。」


「あら、そらなんで?」


「さてね…………いう必要はないだろう」


 その時、姿形も見えない、はんなりとした女性が確かに、確かに笑ったのを通利は感じた。

 まるで見透かしたかのように、


「…………ふぅん…………もしかして、追われてはる?」


「いいや」


 否定は、しかし、はんなりとした女性には受け入れてもらえなかった。

 薄く笑う女性は、「顔にそう書いてある」そう言って、続けるのだ。


「…………ははぁん、だぁからそのお嬢ちゃん助けたったんやなねぇ、うちが居るんも憚らず…………自分と誰かが重のうたんやろ、人間さんは義理難いんやから…………あれまぁもしかして、あんハンターさんが追ってるんて…………あんたはんかぇ?」


「なんのことだかさっぱりだ…………そちらこそ、野良のアランカヌイではないだろう」


「あらあ、野良やよ~今うちは久方ぶりの自由を満喫中なんやから…………」


「とぼけるな、ボクが英菰さんに近づいた時、君から殺気を感じた」


「いややねぇ…………そら、おもちゃ壊されるぅ思うて、つい漏れただけやょ。ぁ~ぁ残念無念…………治ってもうた…………」


「素直じゃない…………そうでも無ければアランカヌイと、誰が会話なんてするものか」


「ふふ…………まぁ、うちの仕事一個代わりにやってもろた訳やし、感謝感激あめあられ…………大目にみとこうかねぇ…………」


「この事は他言無用だ。いいな。もし、漏らせば…………」


「おお、こわひこわひ…………ええよ、委細受けたまわりましたわ…………お嬢ちゃん」


「…………勘がいいのはお互い様だ」


 最後に毒ずくと、通利は無防備にも、背中を撮影室に向け、ゆったり放送室を出て行った。


「ふふ…………さぁて、うちもそろそろ動きましょか…………あぁ愉しみやなぁ、あん顔が苦痛に変わるその瞬間。狩人が狩られる側に回った時がいっちゃんおもろいんよなぁ…………ぁあ、どないな感情をまき散らしてくらはるんやろ…………ふふ…………あははははは!!」


 浮かれた嬌声が愉悦を孕み、放送室に吸い込まれていった。

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