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第一章 20

「思ったより、すんなりとこれた。何を考えてるの?」


 英菰は、一階――――放送室まで来ていた。

 その間に、操られた人物が何人かは目に入ったものの、傷つく事も無く軽く打ち倒してきた。相手の動きにキレがなかったところを見るに、きっと、近くにはいないのだろう。

 放送室の出入り口に手をかけ、英菰は慎重に開けた。

 扉は重い二十扉のような構造になっており、扉の表と裏には、吸音性のマットに似たものが張りつけられている。

 

 中は入った瞬間、外界と隔絶されたかのような静かな空間が英菰を包む。

 正面には通路が広がり、数歩先の左側には校内放送で声を届けるための、五畳程のマイク室、通路の奥には、映像を撮るための六畳ほどの撮影室の二構成となっている。

 内装の方も防音に優れた構造。クッション性の高いものやゴム製の音を響かせない物で構成されている。

 ここまで、邪魔をされなかった直接的原因が分からないが、推理はしていられない。

 ニシの事を考え、英菰はマイク室へと足を踏み入れ、そして絶句した。


「待っていましたよ」


 そこには既に、赤林普応が、嘲笑を引き連れ居すわっていたのだ。


「私はね、物理的にも、立場的にも、上からモノを言われるのが嫌いなんですよ」

 

 英菰達の考えを見透かしたかのように言い当て、マイクを指さしたうえで、いやらしく笑う。 

 どうしてこの場所が分かったのか。英菰には分からず、動揺で低く唸った。

 そして、その顔が見たかったのだ。そう言わんばかりに普応は自慢げに言う。


「――――大方、私のプライドが高く、挑発をすれば出てくる。と思ったんですよね?」


 英菰は弾かれるように、己の体を隅々まで見渡した。

 その時思い至ったのは、盗聴だ。知らぬ間に、話を聞かれていたのでは…………と。しかし、普応はやれやれと首を振って、「二番煎じです」と英菰の勘を否定した。


「自分で言うのもなんですが、私のプロファイリングは案外易いようでしてね。これまでにも幾度か、同じようなことがありましたよ。もちろん、全て葬りましたが…………」


 英菰の動揺を見た普応は右頬を上げ、気分を良くしたのか続けて言った。


「ああ、その顔が好きなんですよね。裏を突かれたといったその顔が…………『ざまぁ。』と、言いたくなる」


 その時、英菰の視界に何か黒い点が現れた。

 それは、ほんの一瞬の出来事、ノーモーションだった。

 気付いた時には、英菰の瞳数ミリのところまで、ナイフが迫る――――


「――――性格が悪いわねあんた!」


 英菰の前髪が不ぞろいに切り落とされた。代わりに、瞳への傷は防ぐ。上体を思い切り逸らし、ほとんどブリッジの体制でナイフを避けたのだ。


「あなたは育ちが悪いですね」


 今英菰の体制は、腹を敵にさらけ出したような状態。

 殺すには絶好の機会、普応は顔面を刺すために前方へ突き出していたナイフを、クルリと持ち直し、そのまま重力に逆らわず、英菰の腹へと振り下ろした――――が、


「しまっ!?…………」


 英菰はバク転の動きでもって、右足を蹴り上げ、その反動で勢いを増した左足でナイフを蹴り飛ばした。

 そして逆立ちから一転。

 英菰は素早く起き上が上がると、体勢を崩した普応の手首をつかみ、捻り上げた。

 ここまで早く動かれるとは思わなかったのだろう。普応は驚いたように首をのけ反った。しかし、腕は掴まれたままに変わりはない。

 ギリギリと、腕回しの捕縛する警察官の要領で、英菰は普応の背後を取ると、そのまま壁際へ押し付けた。

 

「…………っち」


 壁には機材を積まれたステンレス製の棚がある。普応はそちらへ押し付けられると、肩越しに英菰をこれでもかと睨み唸りつけた。


「足癖も悪いとは聞いていません。宗家のお行儀が知れますね…………っ」


 黙れ。と、英菰はそのまま普応の右腕を外した。

 鈍い重厚な音が室内に響きわたり、普応はビクンと体を震わせる、ただ、声は出さなかった。


「…………その程度で、私がひるむとでも?」


「でしょうね、だから、存分に痛めつけちゃる…………頼むから、苦しんでから()()()()


 そして、英菰の憂さ晴らしが始まった。

 英菰は左手に炎を灯すと普応のうなじを掴み、燃やし始めた。程なくして、お腹が空く香ばしい匂いが鼻孔を突き、それと同時、絶叫が響き渡る。

 

「がああああああ!!やめろ!!!!!ぁあ!!!」


 英菰はやめない。

 本来であればすでに喉が焼け落ち、死んでいてもおかしくないのだが、普応も必死に抵抗し、魔力で首を守っているのである。

 もちろん、英菰にとっては好都合。だってまだまだ憂さを晴らせるのだから。


「……………………ヒヒ」


 普応の悲鳴が続く中、英菰は生まれて初めての、ほの暗い快感に浸っていた。

 赤林普応。こいつのせいで、悠馬も世津もニシまでもがいらぬトラブルに巻き込まれた。コイツさえいなければ…………全ての罪を目の前の女へと押し付け燃やし続ける。

 

「ああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

 

 悲鳴は既に、絶叫へと変わっている。

 うなじだけではなく、後頭部までもが炎で焼け落ち始める。

 ただ、その火力は一定のまま、絶叫が大きくなるに比例して、英菰の勝気なつり目が嗜虐性を帯びていく。 

 しかも、ここは放送室。防音性に優れているため、声に吊られて邪魔が入る事も無いだろう。

 この状態で、放送室のマイクを入れれば、ファラリスの牡牛が出来上がる。


「…………今日は焼肉にしようかな…………」


 英菰は既に冷静な判断が出来なくなっている。人間の三大禁忌に触発されたのか、英菰の三大欲求がうずく。

 下っ腹が、じゅんと熱くなってくる。息も熱くなっていく。肩で息をし出し、顔も熱を帯びてきた―――おかしい。何かが変だ。


「あ、あれ…………」


 英菰の焦点が定まらない。瞼が重い。フラリと普応から離れてしまった。

 しかも、近づこうにも近づけない。だって、今見えている、こちらに振り返ろうとしている普応が、二人いる。熱にうなされたかのように、四肢の感覚が遠のいていく。

 英菰の体調が悪化するに反比例して、解放された普応は、憤怒にかられながら、忌々し気にがなり声を挙げ始める。


「…………ぁああああ、っとによくもまぁ、人の体を焼いたうえで焼肉などとのたまえますね異常者が…………その様子、やっと()いてきましたか…………化け物め。宗家は皆こうなんですかね…………ねぇどうなんです?」


 そう普応に問われても、英菰の口は開かない。

 彼女の意志とは関係なく後退を余儀なくされる。いや、それも出来ない。既に英菰の体は壁に背を預け、そのまま壁伝いに床へと下ったのだ。

 英菰は毒に冒されていたのである。しかし、いったいいつの間に――――


「――――朝方、足を踏まれたでしょう?あの時打ち込んだんですが…………ソレ即効性なんですよ。にもかかわらず…………今頃効いてくるとか、規格外にもほどがある。あなた本当は何者なんですか?」


 しかし、英菰からの返答はない。

 既に半目で虚ろな瞳は瞬きすら億劫だと訴えていた。

 だらしなく、口を開きよだれを垂らす。

 弛緩した四肢をだらりと床へと投げ出していた。


「ああ、ようやく静かになりましたね。とは言っても、まだ息はあるでしょう。当然です。ソレは本来あなたの抵抗を弱らせ、私の死霊を憑けられるようにする下ごしらえ。ほら、よく言いますよね、病は気からって…………」


 でも…………。と、普応は己の後頭部へ手を回した。ブヨブヨとして、未だに熱い。髪の毛は一本たりとも生えていない。燃やし尽くされている。

 その事実に、普応の瞳孔が開いた。青筋がこめかみに浮き上がる。


「あなたは生きていても邪魔になりそうです。もちろん、魔女は火あぶりで。」


 何事か口の中で転がした普応。その次の瞬間、英菰の全身が燃え上がった。


「あっつ、ぎゃああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 英菰の絶叫は一瞬だった。

 そして、声はすぐにしなくなった。喉の奥が焼かれて、発声機能を失ったからだ。

 赤い髪も、ブレザーも、可愛らしい小顔も、全て赤く火だるま。いいや、もはや黒い。炭化し始めていた。

 火傷レベルでいれば、三。

 切断か、処置をしても重篤な後遺症が残る段階。生きている方がつらい程の重症。

 もはや、風前の灯火。普応はそんな英菰を見て、右腕を振るった。一瞬で鎮火したのだ。

 

「これくらいでいいですね…………ふっ、あとはせいぜい、己が最期を苦しんで逝ってください」


 煙を上げる英菰の姿は凄惨なものだった。

 瞳はすでに蒸発済み、髪の毛など燃え散っている。衣服も燃え落ち、今や全裸なのだが、その体は真っ黒こげで、肌色の一つも在りはしない。

 しかし、痛みがあるのは見て取れる。不定期にビクリビクリと痙攣で答えるのだ。

 声を発する事も出来ず、もぞもぞと芋虫のように蠢く。

 目も見えず、耳も聞こえない彼女は、動くたびに、背後の壁へ肢体をぶつけるのだ。

 その姿を見た普応は、我ながらむごいものだと、口を覆った。


「…………やはり、あなたは異常者です。わたしは一向に焼肉へ行こうなどとは思えません」


 続けて普応は、英菰から踵を返すと、外された肩を壁へと押し付け鈍い音と共に嵌め直す。

 そして、マイクへと近づき、電源を入れると、世津へ向けて校内放送で呼び出した。


「…………校庭へどうぞ。()()()()()()()()()(じき)に向かいます」


 そう一言だけ告げると、英菰に唾を吐きかけ、放送室を出て行ったのだった。

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