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第一章 15

 はんなりとした女性がいなくなってから。


「おい、英菰っ!」


 英菰はコンビニを逃げるように、一目散に足が動いた。半ば突き放す様にニシを置いて。

 頭がパンクしそうになっていた。感情の発露がうまくできない。

 様々な負の感情が対流し、心の表面に浮かんできては、また沈む、そしてまた別の感情が浮かぶ。どんどん、どんどんとその流れは速くなる。感情の波が留まる事を知らぬほどに、浮かび沈み、浮かんでは沈むのだ。

 それは、今の英菰の足の動きと同じ。早く、速くその足の回転を回していく、最低最悪な燃料だった。

 駆けて、翔けて、ずっと走って。世津の家の前まで戻って、もう走り抜ける場所を失って、酸欠で視界が上に落ちた時、

 

「はぁ………はぁ……………英菰、待てっ!」


 転びそうになった体を支えたのは、ニシだった。

 ニシ自身、こんなところで魔力の身体強化が役立つことになるとは夢にも思っていなかっただろう。


「…………っ」


 赤い髪が重力に従い、主人の顔を覆い隠していた。

 英菰は動けなかった。

 ニシに対して、どんな顔をすればいいか分からない。今、自身がどんな顔をしているのか分からない。表情の作り方が分からなくなっている。

 なんて言えばいいのか。悠馬が死んだ。と、真相を伝えればいいのか。

 でも、信じられない自分がまだいるのだ。あの、悠馬が死んだわけがないと…………。

 そう思う度、はんなりとした声が鼓膜に張り付いて魔性を囁くのだ。

 

『写真みはる?…………』


 あの画像はユウマの体だった。間違いなくそうだ。

 だって、着ていた服に見覚えがあった。昔、ニシと悠馬を交え、三人で買い物に行った際、ふざけて買ったものだった。たしか、悠馬はそれを部屋着としていた。

 

 それ以前に、あのアランカヌイは上役の命を鍵として封印せしめたと土御門には伝わっていたのだ。ならば、理由はどうあれ、あのアランカヌイが現世に蘇っている時点で、悠馬の死は確定的なものとなる。

 英菰の知識の中に、呪術、魔術、気功術…………知り得るあらゆる知恵の中に、生身の首を切られて死なないからくりは無い。

 つまり、人は、首が取れれば死ぬのだ。


「ぁ…………あ…あああああっ………」


 ニシを払いのけ、腰から崩れ落ち、英菰は慟哭した。

 限界はとうに超えていた。

 それでも、ここまで耐えたのはきっと、ニシに対して強がっていたからだ。

 そして、耐えきれなかったのはやはり、ニシに甘えたからだろう。


「あぁああああああああああ…………ああああ」


 目の前で背中を丸めて、泣き叫ぶ幼馴染の事を、ニシはしゃがみ込んで背中をさすった。


「…………どうした…………」


 優しく、慈愛を込めて、でも、抱きしめることは絶対にしない。

 甘言をほのめかすようなことも絶対にしない。

 英菰は悠馬が好きなのだ。恋路の邪魔になる様な、無粋な真似はしない。

 成就してほしいと昔から思っていたからだ。幸せになって欲しいと昔から思っているからだ。

 好いている二人が相手なのだから、その思いを壊したくない。


「ああ………ぁ…ぁ……()()…………()


 英菰の嗚咽を経て、ニシは()()だろうとは思っていた。

 きっと、彼と何か関係があることだろうな。と思っていた。

 英菰がこれだけ取り乱す事柄。昨日から行方が分からない幼馴染。

 推理小説にもなりはしない。でも、


「………………………………」


 言わない。きっと英菰もそれを望んでいない。だから、


「はっはっは…………なあもっと泣いてもいいぞ」


 ニシは空元気で、聞こえていなふりをする。

 何があったかは、分からない素振りを装い、ただ寄り添った。

 ただ、慰める事に徹する。


「………っ!」


「うわ」


 と、ニシは、唐突にも、振り返った英菰に抱き着かれた。

 反射で変な所を触らぬよう、手を後ろに回したせいで、尻餅を付くニシ。

 その時、一瞬だけ、甘いシャンプーのような香りがふわりと漂った。


「………ぉ…っとぉ…………」

 

 英菰の小刻みに震える小柄な体は、同じくしゃがみ込んでいるのに、ニシの胸板ほどしかない。

 こんなに体格差があったのか。いや、昔とは違うのだと、変に納得した

 だが、形あるものの変化は成長なのだ。 


「はっはっはーおいおい、胸が当たってるぜ、いい気分だな。はっはっは」


 そして、その友情は、友愛は決して変わらない。

 ニシはつとめて明るくふるまった。もしかしたら、声は少し上ずってしまっていたかもしれないが、平らかを心掛けて、英菰に平穏が訪れるよう心から願いながら。

 その昔、顔も思いだせない男から教えられた、暖かな眼差しを持って。


「…………くそやろ…………」


「まあね、俺、無害なゴキブリらしいから」


「阿呆者め…………いいから、離れろよ」


 思いが届いたかは、分からない。しかし、英菰の軽口を聞くと、ニシも不思議と安心した。

 だから、普段の調子で返す。


「まったく、我儘だなーそっちから抱き着いて来たくせによぉ」 


「いや、私じゃないが?」


「…………さいですか、よっこいせっと」


 ニシは、緩やかに立ち上がって英菰から離れた。

 続いて、英菰も立ち上がる。その顔は赤く、瞳も腫れぼったい。しかし、瞳に灯った光は確かな決意としてそこに在った。

 

「ニシ、話がある。」


「おう、もういいのか。もう少し、そのたわわな感覚を堪能させてくれても――――」


「――――しばくぞぼけぇ」


「ヒィ!こわ…………」


「っとに…………あんたは…………」


 薄く笑った英菰はニシの手を引き、世津の家の中へと動いた。

 少しおぼつき、ふらつくその足取りはまだ、本調子とは思えなかったが、一区切りついたのは分かった。

 玄関を開け、廊下を抜ける。リビングへ入った時には、世津が夕食の支度をこしらえて、テーブルには湯気が立つ料理が並べられている。

 恥ずかしながら、英菰もニシも日常へ帰ってきた気持にさせてもらった。

 しかし、言わなければならない。伝えなければならない。英菰は意を決して、さんざん叫んだあとのガラガラ声でハッキリと告げたのだ。


「せっちゃん、実はね、私の『上役』が殺害されたかもしれない」


 「上役…………」そうつぶやいたニシは、これまでの情報から漠然とその意味を察した。

 その直後。英菰はしまったと、渋面を浮かべることになる。

 何も、食事前に話すことは無かった。でも、そこまで考えが至らなかった。と、世津の驚愕とした表情を見て反省した。


「…………うそっ」


 週瞬遅れて、世津も状況を理解したように、まじまじと英菰を見た。

 泣きはらしたと思わしき赤い瞳。それに伴うであろう喉の不調。

 そうして次にニシを見やった。


「…………俺には分からない」


 ニシは正直、今もまだ事情を測りかねている。だから言葉を濁した。

 しかし、その真剣に口を結んでいる表情は、世津にとって焦燥感を煽るもの。

 英菰は世津のことを考え、口を開いた。


「せっちゃん、聞きたいことは山ほどあると思う。心配が山盛りだと思う、でも、こんな時だけど、先に夕食済ませちゃわない?せっかくの料理が、冷めちゃうし。本当なら、食べ終えてから切り出すのがいいんだろうけど、ごめん。ちょっと先走っちゃった…………」


 世津が見る英菰の振る舞いは、普段通りに見えない。ぎくしゃくしている。

 買い出しに行って帰ってくるまでの一時間未満に許容量を超える出来事が起こったのは分かった。きっと、話の組み立てもままならない程に困窮している。

 それでも世津に対し、出来る限り誠意をもって、この場を収めようとしていると伝わった。

 だから世津は、 


「…………うん、たくさん食べて。それで、落ち着いてから話そう」


 そう世津に促され、各々席に着くと、まるでお通夜のように食事にありついた。 

 そんな訳はないのに、英菰もニシも味が薄いと感じた。食べても食べても栄養補給の範疇を出ない。食事が楽しくない。そのことがまた、世津に対して申し訳なくて、無言で食事を進めた。

 そして、「ごちそうさまでした」と、一番遅く感謝したのは、以外にもニシだった。


「うん、お粗末様でした」


「話、始めるね」


 ニシは己の皿から、視線を英菰へと流した。世津の顔も英菰へと向いたのを確認してから、事の発端の説明が始まる。


「さっきも伝えたけど、私の上役が死んだかもしれない。現時点で考えられる犯人は二名。まず一人は今回のせっちゃん討伐依頼を受けているハンター。こっちは知っての通り、まだ誰がそうなのか分かっていない。土御門に問い合わせても知らないの一点張りだからね」


「十二神将を殺すって、そんな事許されるの?仲間なんじゃないの?」


 世津の発言はもっともである。肯定とばかりにニシも頷いて英菰へと聞いた。

 すると、英菰は苦渋の表情を浮かべながら、問題はない。むしろ十二神将の『座』の奪い合いは積極的に推奨している。と予想外の返しをした。


「なにせ、十二神将であるたった一つの条件は何者よりも強い事。考えても見て、十二神将に勝ったということはその者よりも、強い者が現れたという事。土御門としては万々歳よ」


 ニシは納得はいかないまでも、英菰の言い分は理解した。ハンター業と荒事は同義なのだ。要は強ければそれだけ出来る事が増える。弱ければ失せる。弱肉強食。ただそれだけの至極単純な構造。

 だからこそ、英菰がアランカヌイ関連にニシ自身を近づけさせなかった理由。『血生臭い事と無縁でいてほしい』感情も痛い理解でき、少し瞳を伏せた。


 一方、世津はハンターゆえだろうか。英菰の説明に納得した様子で、すぐさま英菰へと次の疑問を尋ねた。

 

「さっきの言い方だと、殺した容疑者のもう一人も分かってるって事?


「うん、なんなら一番動機がある。でも代わりに最もアリバイもある。ニシもさっき会ったよね」


「あの、女かっ」


 ニシの唸るような反応に対し、世津は首を傾げた。


「そう、あの女――――殺生大割石の当事者」


 英菰が放った単語を聞いた世津が息を飲んだ。しかし、同時に「今更だが」と、ニシがその当事者の詳細を聞いた。

 ハンターである世津と英菰とは違い、ニシにはアランカヌイの詳細なんて言われないと分からない。

 英菰が世津と顔を見合わせた後、「その昔」と土御門に伝わっている伝承を掻い摘んで教えてくれる。


 京に都があった時代。朝廷では、その類まれなる天稟を持ってして、良いも悪いもその手で転がした大化生――――玉藻の前が存在した事。

 そしてそれは、陰陽師に、今でいうハンターに追われ、命からがら逃げ延びた栃木で石となり千年が経った事を。

 人ごとのように、淡々と英菰はつとめて平坦に語る。


「でも、玉藻の前の怨念――――魔力は減るどころかずっと増し続けていた。そして三年前、殺生石が割れ奴が蘇ったの。まぁ、私の上役が…………鎮めたらしいんだけど」


 英菰は頑なに上役の名前を出さない。

 しかし、彼女がそのつもりならば、ニシは問うつもりも無かった。

 ゆえに、どうしてそれ程までに大事なのに、らしい。などとあいまいな表現を使ったのかを聞いた。


「私は戦力外でその場にいなかったのよ。対峙したのは十二神将のうち、三名。と、当時まだ十二神将ではなかった私の上役。戦力ケチってると思ったわ当時の私もね。でも、どれだけの被害が出るか分からなかったから、最も継戦能力が高い三名と、いいように使われていた上役が抜擢されたの。結果、見事封印成功。依り代たる鎮め石は、戒めも込めて京都土御門総本山に奉られた…………はずだったんだけど…………」


「やつは、出てきた…………」


「そう、玉藻の前が上役を殺した。でも…………アリバイが…………」


 英菰がそう顔をしかめるたびに、ニシは正直ずっと疑問ではあった。悠馬の死について。

 アリバイがある。だから、悠馬を殺した犯人がわからない。なにか違うと思った。もちろん根拠などはない。


「……………………」


 ニシは無言で思案を巡らせる。

 英菰を信じていない訳じゃない。ただ、そのそもそもの前提がズレていると思っていた。本当に悠馬は死んだのだろうか、と。

 でも、英菰も世津もその前提で話が進んでいくのだ。

 今もまた、世津が「アリバイってどういうことなの?」と話しを続けようとしている。


「せっちゃんにも前に言ったでしょう、封印されたのよ。その封を解くカギは上役の命と繋がってる。言っちゃえば彼が死ななきゃ奴は出て来れない筈なのよ、だから、そこが分からない。でも逆に言えば、アイツが現世に居る時点で…………そういう事なの…………」


 悠馬の殺され方が分からない。否。とニシは()()した。

 英菰があのアランカヌイ――――玉藻の前から、何を見せられ、何を聞いたのかは、知らない。聞かなかったからだ。でも、


「…………いいやっ」


 と、ニシは立ち上がった。唐突に。勇ましくも。

 その勢いで座っていた椅子は背後に倒れ、数度フローリングをたゆませ、乾いた音を上げさせた。

 ニシは先程、世津の家の前では事情も分からず、英菰を慰める事に必死だった。でも、英菰から話を聞き、今はもうニシにはとある思いが湧いている。

 悠馬は死んではいないという、訳も分からない自信がこんこんと湧き上がってくる。

 

「…………ニシ?」 


 どうしたの。と英菰が言い切る前に、


「俺は分かった」


 ニシの中のざわめきが口をついて出た。

 世津を一目で看破した時の未知の感覚は、英菰の前提が違うのだと告げていた。


()()()は生きてる。」


 思わず、いや、無意識に力強くも言ってしまう。

 ニシの確固たる言葉を聞き、世津は誰の事を言っているのか感づいたそぶりを見せる。

 同じく英菰も、流石に分かるよね。と、瞳を伏せて零した。

 名前を出さないまでも、ほとんど言ってしまっている。しかし、ニシはもう退けない。


「きっとやむに已まれぬ事情があって姿を隠しただけだ。俺よりは真面目な奴だからな、たとえ死ぬとしてもこんな謎残しておっ死ぬ訳がねぇよ!」


 演説が如く、英菰へ、世津へ。首を回し、腕を大振りに広げて、ニシは熱弁する。


「でも…………私は見たんだ。アイツの死体の写真を!あの衣服は姿は間違いなくアイツで…………」


「考えてみろよ、それただの写真だろう。今どき編集だって難くない」


「そうであっても、あの玉藻の前が現世に居る時点で…………」


 英菰の表情は複雑だった。あのアランカヌイの性悪を考慮すれば、確かな情報だ。だが、冷静に考えてみれば、ニシの言う事も、確かに尤もである。

 だから、もっと西臣明道の光を私に示してほしい。そんな気持ちもありありと見受けられて、


「そうさっ、俺なんてその写真だって見ていない。俺が思うに、死んだと思わせたかっただけじゃないのか?アランカヌイっていう現実的な思考を持つ英菰にだけ見せたのも、俺っていう楽観的な奴に見せてたら、今みたいに屁理屈こねると思われたんじゃないのか?」


 だからこそ、ニシは力強く頷いて、声に出して。

 証拠も根拠もかなぐり捨てて。論理も理性も吐き捨てて。

 本心だけを、本音だけを英菰にぶつける。


「見てねぇから信じてねぇ。いいや、見たって信じねぇ。俺の目の前で死ぬくらいのことやってくれなきゃ、俺は信じられねぇ!だってそうだろ!こういう迷惑かけるやり方は俺のキャラだ!!!!なぁ違うか英菰」


 アシンメトリーの髪を揺らして、そう言い切った。

 ニシの言葉に論理的思考も、推理考察も在りはしない。ただが鳴るだけの感情論にすぎない。

 きっと、やせ我慢だろうと反論されれば言い返せない。破綻した内容だ。

 なんなら英菰は、ニシを論破できるだけの証拠や証言を提示できるだろう。

 小山ゆかりは土御門の伝言役である。そちらに問い合わせ安否の確認や捜索願を出せば何か、そう、死の痕跡程度は見つかるだろう。


「……………………ん」


 英菰の手に持つスマホの表示画面には小山ゆかりへの通話表示が光っている。あとは指をコールへとタップするだけ…………しかし、しなかった。いや、出来なかった。

 ニシの言葉を聞いた後には、肩の重しが軽くなる。ただの我儘。暴論なのに、どうしてこうも、胸を打つのか…………。いやきっと、彼の魔力がそうさせるのだ。

 セリオン粒子――――魔力はその人の感情に、思いに呼応し反応する。ならば、この男の一途で真っ直ぐな思いが、魔力が、相手を慮らない訳がない。相手を奮起させない訳がない。

 

「強引だな…………ほんと」


 昔からそういう人間だった。と、英菰は薄く口角が上がった。

 ニシは英菰と悠馬がクタクタでハンター業を終えて帰ってきても、あっけらかんと遊びに誘う。

 まるでこちらの疲労を考慮しない。まるでこちらの苦労を知ろうとしない。


 毎回、ほとんど強引に外に連れ出して、普通の子供のように触れあってくれた。 

 でも、本当に困っている時は、いつものてきとう加減がなりを潜め、至極まっとうにこちらを慮ってくれるのだ。

 それが、その当たり前の日常が、英菰と悠馬の帰る場所だと、いつのまにやら思わせてくれていた。

 

 彼の言う事は、不思議とそうだと思わせる力がある。

 彼を信じると、ぐっと胸が熱くなる。

 彼こそが、力も無いただの友達の彼こそが、最も勇気ある人間なのだと、そう思わずにはいられない。

 西臣明道とはそういう人間性の持ち主。本人は知ってか知らずか昔から、良き方向へと先導する、『明るい道』であると。


「…………はははっ」


 そう思いだした瞬間だった。堰を切ったように、ともすれば、喉のつかえがとれるが如く、本当に突然に英菰は噴き出したのだ。

 唐突な笑い。ここまでの雰囲気が完全に一変する程の笑顔。それに世津もニシも顔を見合わせつられて笑う。何が楽しいのかもわからなかったが、笑い合う。

 笑う門には福来る。そのさまを体現するように、ようやく空気が変わった。重苦しい空気は笑い飛ばされた。


「たしかに、アイツはそんな簡単に死ぬ訳ないか、なんて言っても十二神将。最強の称号を持ってるんだから…………私が見た、アレも…………きっと何かの間違いだ。」


「だから、俺達はまず、世津の件をなんとかしよう。んでその後、アイツの事を探しに行こう。まあちょっとばっか学校休むことになったとしても、なんとかなんだろ。なあ世津?」


 ニシは明るい表情だった。

 整った顔がつくる無類の英気が、その全身からたゆたっている。

 でも、英菰はその方針でよいのか。と、世津がそちらへ顔を向けると。彼女も同じく、力強い気を放っていて、

 

「なんで…………」


 と、世津は戸惑った。

 だって、本来ニシは巻き込まれた側で、巻き込んだ張本人は世津自身である。その上、親友が亡くなった可能性すらあるこんな最悪な状況下で、どうして他人をそこまで気にできるのか。

 

「…………アタシのために」


 どうして、出会って数日の己のために、そこまでしてくれるのか。そう顔を見上げた時、ニシの視線と交差した。

 そうして世津は、ニシの瞳を初めてまじまじと見た。

 悠馬の朗らかな瞳とも似つかない。だからと言って、英菰の勝気なつり目ともまた違う。

 少し垂れ眼がちで、でも、世津の知っている誰かさんよりも、しっかりと見開かれている。

 生命の息吹を感じる、強い意志の灯った瞳であった。


「なんでって言われると…………」


 ニシは思う。

 そういえば、当たり前すぎて忘れていいたが、俺は何時からこうだっただろう…………と、視線を上へ逸らした時。その瞬間だった。自然と溢れ出したのは、数日前に見た遥か昔の夏の記憶。

 鮮明に思い出したのは、優しいまなざし。自身を勇気つけてくれた男の言葉。

 彼は言っていた。君は主役に相応しい――――


――――いやいや、そんな大役俺には無理だって、大層な力もないし。


主役(ヒーロー)ってのはね。力があるから主役になるんじゃない。坊やみたいに、力が無くても誰かのために真っ直ぐ動ける人の事なんだ。』


 そうだ。そうだった。確かにあの男はそう答えていた。

 ニシはもう、答えを得ていた。

 見ず知らずの誰かだが、名前も知らない赤の他人だが、確かに、その思いは受け取っている。とっくの昔、己が魂に刻まれている。

 これは温かな(まじな)いだ。ニシの本質を地固めする祝福なのだ。


 これは女乃上世津の逃亡劇でも、北東悠馬の戦模様でもなかった。

 安部英菰の恋話でもないし、ましてや、名前も無い脇役の外伝でも無いのだ。

 これは、ここからは間違いなく西臣明道が紡いでいく物語である。

 光差す道は整っている。あと必要なのは、歩き入る明確な意思のみ。


うまい飯代(ギャランティ)分の仕事をするって、主役っぽいかな」


 覚悟を衣装と袖を通し、壇上へと上がり経た。主役は今、ここに成ったのだ。

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