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第一章 10

 午後七時。世津と英菰とニシは風呂を済ませ、リビングのテーブルへと夕食の準備の最中だった。

 明るい照明がついただけの静かなリビングダイニングは、世津の料理の進行具合を匂いで知らせてくれていた。

 ニシと英菰は出来上がった料理をテーブルへと並べていく。

 じょじょに増えていく献立の色どりと食欲をそそるスパイスの香り。人体の構造上、呼吸をするのだからどうあがいても鼻孔を突く。

 ニシは無意識によだれが垂溢れた。トラブルに巻き込まれたせいで頭も体も栄養補給を欲していた。

 

「口元ゆるゆる、じじいかアンタは。」


 英菰に睨まれるが、ほとんど生理現象なのだから仕方ない。ニシはそう苦笑いで答えたものの、しかし、なんとか意識をそらせねば。口のダムが近く決壊するの事実。

 どうしたものかと首をかしげると電源が入っていない真っ黒なTVが視界に入る、と同時、そうだこれだと閃いた。たしかに普段はTVかゲームに意識を割いているためここまでの醜態は食卓に着くまでは起こすことはなかった。

 きっと、部屋の中が静かで嗅覚に五感が集中するのが悪いんだ。そう考えたニシは、世津に許可とってから、TVをつけることにした。

 映ったのは今日のニュースを淡々とさばいていくお馴染みの女性アナウンサー。彼女が熊出没の話題の次に上げたのは、今日の目玉とばかりにもったいぶった文句で語りだすニシの高校についてだった。 


「ん、おい今日のやつ映ってるぞ」


 今日は高校へ警察車両と救急車両が向かったのだ。この街でなくとも大事。ネタに困っている地方のニュースなら話題にしなくてはおかしい事件。

 TVに映るVTRにはドローン撮影で映ったであろう、夕暮れ時の高校の上空映像。

 数時間前見た通り、校庭には警察車両が三台。しかし、救急車両の方は応援を呼んだのか、四台へと増えていた。

 他にも立ち入り禁止テープや、簡易的なけが人の収容スペースが目張りされ出来上がっている。ニシは画面中央から、画面左上のテロップに視線を移した。そこには今回の事件がどういう名目になったのかが表示されている。


「集団パニックにより起きた不幸…………原因はガス漏れによる意識レベルの低下?」


「宅村に憑いてた死霊を使って、記憶をズラしたんでしょ。被害者は皆、適当な記憶に置換されてるはずよ」

 

 英菰の言う通りだった。

 何人かの生徒がインタビューを受けている場面に映りかわったが、皆、示し合わせたようによくわからない。や、誰かの悲鳴を聞いたとあやふやな内容だで要領を得ない。

 

「じゃあ宅村とあの女子は」


 一番気になった名前を口に出した時、インタビューを受けている生徒の後ろ――――画面端に右肩を吊った大柄な人物が映った。十中八九宅村だろう。

 と、画面が慌ただしく移動した。宅村に目を付けた取材班はインタビューを早々に切り上げると彼に駆け寄って怪我の理由を聞いたのだ。


『…………それが、気が付いた時にはこうで、私にはとんと分かりません。医者が言うには肩が外れてたみたいなんですが…………どうしてなのか…………』


 等の本人ですら覚えていない。宅村のあんなとぼけた顔をニシは初めて見た程だ。


「ま、無難な落としどころでしょ。アランカムイなんて公表できないし」


「魔力を公にできない理由は聞いたけど、なんでアランカムイは公にしないんだ?」


 ニシの疑問を受けた英菰は「は?」と世津へじろりと視線を移した。


「…………せっちゃん、こいつに呪力まで教えたの、どこまで言った?」


 恐ろしい程にドスが効いているその唸りは、地雷を踏んだ。と言われずともわかる。

 ただすこし過保護すぎやしないか。そうも思うニシは仕方なく無言で事の成りゆきを見守り、当の世津はその圧におののき、料理の手を止めた。


「あ、う、うん。今は魔力と総称されてるってことと、その源がセリオン粒子だってことまで…………」


「そこまで教えたの!?…………はぁ弱ったなァ、ねえニシ。」


「な、なに」


「たぶん、今後は自由に生活させられない。最低限、魔力の扱い方を学んでからでないと」

 

「え!?なんで?」


「…………アランカヌイはセリオン粒子を吸収した生物が変化したものが多い。実際、魔物や妖怪も昔話では人間から変化する場合があるでしょ。霊も生前溜まりに溜まった念が魔力にこびりついた残留し念。特に憎悪は頑固でね。未だに戦国時代の輩だって成仏しないんだから」


「えっと、つまり…………」


「へんにセリオン粒子の認知が進んでる今のアンタじゃひょんなことから体に()()()に変化が起こるかもしれないの。そうならないよう、呪力――――魔力の扱いを学ばないと」


「そんな簡単に変化するもんなの?」


「するわけないでしょ。なぜなら皆がそんな事は出来ないと心の底では思い込んでいるから。夢物語だと教育されて成長しているから潜在意識レベルで否定している。でも、あんたは違う。もう居ると知ってしまった以上、これまでの認知が歪んでいる。」


「だから不味いってか…………ま、まじか…………」


「大マジ。てか、そういう理屈でアンタにも世間にもセリオン粒子とアランカヌイは隠蔽されてんの。あと、せっちゃんっ!」


「は、はい…………」


 ここまでの英菰の説明を受け、大分委縮した感じの世津は肩を落としひどく狼狽していた。

 事の重大さを再認識したらしい。


「追われてる以上、必死だったのは分かるけど、一般人巻き込むにしては迂闊すぎ。掟破り。それじゃあ追われる理由を作るようなモノじゃん」


「ぅ…………す、すみませんでしたぁ…………」


「掟?なんか守る事とかあるの」


「非公式にね。上級議員はアランカヌイが見える事が条件って知ってる?」


「ああ、聞いた」


 瞬間、英菰が笑顔を浮かべ再度世津を威嚇した。おまえどこまで言っとんねん。と顔に浮かんでいた。


「はぁ…………万が一、公式に記載しちゃうと一般議員に知られ、そこからアランカヌイの情報が漏れる恐れがある。だから非公式。要約すると、衆目にセリオン粒子を晒してはならない。認知させてはならないてのがあるの。」


「じゃ、じゃそれを交渉材料に今回の相手も――――」


「――――言っとくけど、高校の件はグレーよ。皆記憶が無いからね」


「そんな…………」


「情報規制、箝口令、戒厳令。印象操作。原因のすり替え。証拠隠滅。ネットのデータ改ざん…………。やりようはいくらでもある。土御門には手段()があり、土壌(メディア)は既に腐ってる。政府もアランカヌイ及びセリオン粒子の存在は隠蔽したい。嫌な所で意見が合致してるからね」


「…………こんな大事なのに…………」


 ニシの瞳には、今しがた校庭へ入ってきた新たな救急車両が、生徒を一人収容する場面が映っていた。

 行き先はおそらく、ニシ自身が昨日目を覚ました白い部屋を有する病院――――久留米市総合病院だろう。それは世津の家から徒歩十五分ほどの場所に在る。ニシはそちらの方角を窓から眺め、意識を送った。


 


    ※           ※           ※




 久留米総合病院は、アランカヌイ関連の患者も収容できる久留米市唯一の病院である。

 アランカヌイ関連の患者と一般患者を含め、収容できる病床数はおおよそ七十人。決して多い訳ではない。

 その振り分けは院長である米倉太郎と、その息子である外科部長の米倉陽太が一手に引き受けており、久留米総合病院に来た八割以上の医療従事者は、初めのうち、どうして患者を平等に手当てしないのか。と疑問に思う。そして、その事に疑問を持たないようになって、ようやく一人前といわれるのだ。

 

 なぜ、そのような患者の不平等な扱いが問題にならず、また、公にもならないのかといえば当然理由がある。皆甘い汁を吸い続けてたいからに他ならない。

 何といっても、他の病院よりもここに勤めている方が待遇が格段にいい。

 本来であればありえない有休の完全消化及び余った有給の買い上げ。残業時間も月十五時間以内。それにもかかわらず、給料も他の病院に比べると五割も高い。

 病床数も少ないのなぜそんなに羽振りが良いのか。それは、日本国民が日夜返せと叫んでいる税収からまかなわれているのが真実。

 アランカヌイ関連を扱う病院には補助金がたんまりと出る。その上でアランカヌイ関連の患者を優先する暗黙の了解が課せられているため、一定数の病床を常に開けておく必要があり、勤務体制も緩いものにならざるをえないのだ。


 しかし、そんな真相を知らぬものからは、どういうからくりが有るのか、と、逆に疑問に思い、退職するものも稀にいる、ただ、それでも内部の事情を話すものは居ない。それはひとえに、待遇がよいゆえに従業員の間へ余裕が生まれ、人間関係もすこぶる良好だからに他ならない。

 誰も、仲のいい者や、交流の多感な相手をわざわざ地獄へ突き落そうとは思わない。その上、残留中の同僚のつてを使えば出戻りも可能。無くなるよりも合った方が都合がいい。そう言う立ち位置を完全に確立しているのだ。

 

 しかし、そんな有料物件である久留米市総合病院は今、数年に一度、あるかないかのせわしない対応を強いられていた。

 今回、高校で起きたアランカヌイ関連の被害者はざっと二十人に及ぶ。そろらの収容のため、救急隊員は行きかえりを繰り返し、普段緩慢と歩く事しかしない看護師や医師たちは、日ごろの運動不足がたたり、息を切らして、患者が乗ったストレッチャーと走り去っていく。


「陽太先生、『白部屋』へは、今の患者で最後です」


 看護師の品田勇気は陽太を見つけると近くへと寄った。

 勇気は清潔感のある黒の短髪。薄青色の看護師スクランブ・ケーシーを着た、模範的な医療従事者の男性。

 彼は今、自身より背の高い陽太の傍で、メモを取り出していた。上から覗く限り、その内容は申し送りの時に言う内容を記録していたのだろう。と、陽太は推測した。


「そうか、ご苦労。あとの事は私と親父で事足りる。看護師長も探していたぞ、早く申し送りをして帰るといい」


 眼鏡を掛けた黒髪長身の白衣が似合う男性、陽太は誰が見ても、医者か科学者という印象を受ける人物。

 しかし、見た目とは裏腹に、勇気以外からも下の名前で呼ばれる関係を多く築いている。意外に気さくな人物であった。


「いえ、俺は嬉しいですよ。今まではただの仕事って感じでしたが、今日は看護師として病院に馴染んでいた気がします」


「気持ちに水を差すようで悪いがな、それは不謹慎だ。嬉しいは心の中に留めておけ」


「あっ、すみません」

 

 失言したと頭を掻いた勇気は、謝罪もそこそこにナーステーションへ逃げるように陽太の元を去っていた。 

 彼の後ろ姿を見送ったのち、陽太は病院内を颯爽と歩いて患者が待つ十階へ行くため、診察フロアとは区別されているエレベーターを使い乗り込んだ。

 一階から数秒後、電子レンジに似たチン。という到着音を聞き、陽太はエレベーターから長い廊下へと出て、進行方向へ歩みを進める。

 廊下の両脇に等間隔に造られた白い部屋の出入り口がずらりと並んでいる。その内のとある白い部屋の前に立つと、ためらうことなくドアを開け放つ。

 そこには今しがた搬入された高校生が一人おり、元気そうに、ベッドに腰掛け陽太を見ていた。 


「先生、この度は受け入れ感謝しますよ。今回の患者費用は、土御門に()けておいてください」


「こちらは金を貰う立場、強くは言えないが、()()土御門ですか。もう少し丁寧を心掛けてはどうです、新潟でも派手にやったんでしょう」


「ああ、この界隈はすぐに噂が回りますね。こちらも穏便に済めばそれに越したことはないのですが」


 「なんとも…………」そう言った高校生は頭をわざとらしく抱えた。


「とは言っても特定は済みました。もうすぐあなた方の平穏な日常は戻ります。もう息を切らして走る必要もなくなるでしょう。安心してください」


「勘違いしないで頂きたいが、我々は医者で、命を助けるものだ。今回の件も特に迷惑などは感じていません。責務を全うしたまで」


「…………昨今のアランカヌイ従事者にしては珍しいですねあなたは、高潔だ。」


()()()()。くれぐれも一般人の負傷者は控えるようお願いしま…………ん?」


 陽太の注意を引いたのは、背後のドアが開いたからだ。

 面会予定は聞いていない。そもそもこの場所は一般人には広まっていないはず。親父か?そう注意深く視線を注いでいる中、入室してきた人物は開口一番、さばさばとした口調でこう言った。


「失礼。急で悪いが、席を外してもらいたい、その者と話がある」


 出て行けと言う女性は小山ゆかり。

 学校の時と同じ、青いセーターとグレーのスカートをはいている。乱雑に結んだ長髪で分かりずらいがなかなかの器量よし。しかし、残念ながらその顔は今、能面のように無表情。対話する気がないのは見て取れた。

 だから陽太は、彼女の代わりにベッドに腰掛けている高校生へ聞いたのだ。


「土御門の方ですか?」


「ああ、伝言役(メッセンジャー)だ。先生、彼女の言うように」


「…………わかりました」


 陽太は二人へ軽く会釈するとすぐに部屋を出ていった。 

 ドアが閉まり、陽太の足音が遠ざかったのを確認して、ようやくゆかりが口を開く。


「派手にやりすぎですね。それでも土御門のAランクハンターですか」


 その口調はサバサバとした雑な口調が幾分か抑えられてはいるものの、慇懃無礼に変わりはない。

 説教を受けた高校生は「さっきも聞きました」と笑いながら肩をすくめ、ゆかりを見つめた。


「逆ですよ。ここまでやってようやく『彼』の尻尾――――女乃上世津にたどり着いた。小山先生のクラスなのでしょう、言ってくれればよかったのに。」


「それを探るのはあなたの仕事です…………また新潟のように、応援を呼びますか?」


「いいや、前回と今回の事で数は意味をなさないと証明できた。実際、逆神神社も今回の傀儡も瞬時に停められたしね」


 『神社』その単語を耳にした途端、ゆかりの能面のような無表情が崩れ、忌々しいものを見る目付きで睨んだ。


()()()()()…………あなただったんですかっ」


 小山ゆかりの声音に明確な嫌悪が孕む。この展開は高校生には予想外。

 本来伝言役は、私情を殺し、上からの言葉を伝えることを役割としている。

 今のゆかりのように仇を見る目で相手を威嚇するなどありえないことのはず。


「彼女への…………民間人への殺傷被害。これは明確な掟破りですよ」


 ゆかりの荒ぶりに対し、高校生はつとめて冷静に、かつ挑発とさえ思えるそぶり、「しーっここは病院ですよ」そう言いながら、人差し指を己の口に当て、己の役割を思いださせた。

 

「小山先生は掟を重んじる方ですね。それとも別の理由が?」

 

「っ、い、いえ特には。ですが、表の社会(秩序)を維持するためアランカヌイを狩っている。そうでしょう、あの子供には、何のうらみが?」


「恨みはありません。ただ、教訓を与えたまで。早く帰らないとお化けに合うよ。とね。おかげで私の死霊ストックの減りが激しい…………が、代わりに、彼女は人間を見捨てられない優しい人物だと確信しました」


 高校生が次に何を言うか。ゆかりには検討が着いていた。ゆえに、卑怯な手口だと唸る。


「人質ですか…………」


「人聞きが悪い。協力してもらうだけですよ。ああ、一つお願いがあります。開発途中のスーツをニ着。送ってくださいますかね」


「…………要望は出来るだけ叶えるよう言いつけられています。ちょうど、誰かさんのせいでこれから五日間、学校は閉鎖になりますからその間に手配しましょう。ただ、次、失敗した時は――――」


「――――チッ、分かっています。Bクラスへ降格でしょう」


「ええ、山本社長からの言づては以上です」


「…………果報は寝て待て。私もそれまで英気を養いますか…………」

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