第一章 9
ニシと英菰は学校に警察が集まるより早く、世津に先導され現場から逃げた。
刻一刻と大きくなるサイレンの音が焦燥感をさかなでる中、最低限の処置として、保健室でくすねた包帯を、英菰の首に巻き、血の痕跡を出来るだけ目立たなくする。
三人が校舎の脇から塀を乗り越えた時、ちょうど入れ替わるように警察車両が三台と救急車が一台校庭へ入っていくのを確認できた。
だから、その場は公的機関であるか彼らに任せ、ニシと英菰は世津の家へと歩みを進めた。
世津の家は、ニシと英菰の地域とは逆方向かつ市街地側へ位置する。
市街地へ行く場合、普段であれば親の車か公共交通機関を使うのが常。そのため、徒歩ともなるとニシも英菰も土地勘が無く、黙々と先頭を行く世津の後ろを追っていく。
見慣れない街並み、初めて見る住宅街、知らない電灯。よくある公園。寂れた店舗の跡地にできたであろうパーキングエリア。
通りすがった時、井戸端会議をしていた住民達は未だに電波障害が直らない。と、困り果てた内容も耳に入ってくる。それらを視界の隅に収めながら、三十分ほど経った頃。
「ニシ、あんたどこまで行ってきたの?」
英菰は未だにスマホの圏外の表示を見て、首を傾げた。
学校の近くに民家はなく、一番近くてもに二十分はかかる。しかし、ニシが戻ってきたのは体感三十分ほど。つじつまが合わず、どんな手品を使ったのかといぶかしんだのだ。
「開かずの踏切が空いててな、運がよかった」
「どういうこと?」
「コンビニってさ、公衆電話あるとこ多いんだよな。ほら、ユウマが良く行くコンビニもそうだろ?」
確かにあのコンビニならば、踏切――――運さえ良ければ行って帰って来るまで三十分と掛からないだろう。その上で有線ケーブルともなれば活きている可能性は高い。
なるほど。と機転の良さに感心した。
「よく気が付いたね、えらいじゃん」
「電話してて思ったんだけどさ、学校の電話使ってもよかったんじゃ…………」
「使えるならとっくに通報されてたはずでしょ。職員室をちらっと見た時、教師の一人が受話器を掴んで倒れてたから無理無理…………」
その上で、ニシを逃がす口実もあったのだ。英菰はとぼけた顔で素知らぬ顔をした。
「そっか、俺最初はコンビニの電話借りようと思ったんだ、そしたらレジの人が悠馬の知り合いだったみたいで、公衆電話教えてくれてさ」
「あーあの人ね」
「知ってんの?」
「私もユウマとたまに立ち寄るから、顔だけ。店員のおじさんでしょ?」
「おじさんて程じゃなかった気もするけど、俺もパニクッてたから…………よく覚えてねーや」
「ま、あんな場面に出くわせば無理も無いか、うん、よくやった」
「…………そもそも、この電波障害ってアランカヌイのせいなのか?」
「その場合もあるけど…………」
英菰は違うと思っていた。
もし、野良のアランカヌイの仕業ならば、気絶なんてまどろっこしい真似はそうそうしない。
しかも、宅村の動きはまるで英菰を見ているように素早く動きに対応していた。
だから、おそらくは、近くに潜伏してリアルタイムで操っていたのだろう。そう考えたのだ。
「今回戦った相手は、死霊使いの類だろうね…………人為的な妨害でしょ、なら、こんな大がかりなこと出来るのは限られてくる『八咫烏』か『五摂家』もしくは…………あっ」
閃きに声を上げ、英菰は世津へと己の考えをすり合わせるために訪ねた。
アランカヌイ関連においては民間人を巻き込まないようにするのが定石。派手な動きを見せた今回はイレギュラーである。
生徒達を襲っていた形跡があるという事は、人を探していたのだろう。
つまり今回の異常事態になった訳はきっと、対象――――今の現状を鑑みるに、世津自身の人物像が完璧に把握しきれていなかったため、彼女をあぶり出すために行われたことだと踏んだのだ。
英菰がそう思い至った理由は彼女の姿形の変化。
今は長い黒髪。青い瞳に白い肌。人目を引く容姿に変わりはないが、真白な髪や透ける様な白い肌に比べれば、全く持って人間味あふれる姿で街に溶け込んでいる。
「うん、そうだろうね。だからアタシはギリギリまで姿を隠していた…………相手はおそらく土御門」
「…………だから、私を探ってたわけね」
土御門。その単語を聞いた英菰はすぐにスマホを取り出した。しかし、英菰のスマホに映るアンテナは本調子ではないらしく、口をへの字に曲げ、スマホをしまった。
ニシはその様子を見て、いったい誰に掛けるつもりだったのかを聞いた。
すると英菰は、「同胞よ」とだけ口にし、今回の首謀者を割り出す手段がある事をほのめかした。
「とは言っても、『派閥』が違うから答えてくれるかはわからないけど」
ニシは、よくわからない。と首をかしげたのだが、その時、世津が唐突に歩みを止めた。
「ここだよ」
世津の指さす方向には同じ様相をした二階建ての家がずらりと並んでいる。分譲住宅というものだろう。彼女はそのままとある一軒に足を進め、玄関に置いてある観賞用の植木鉢から鍵を拾うと玄関を開けた。
世津の鍵の隠し場所について、現代っ子かつ鍵っ子でもあったニシは、些か不用心じゃないのか。と苦言を呈した。
「いやぁ、うちの人よく無くすんだよねぇ、その度スペア買うのも面倒だし、盗られて困るものもあまりないからさ」
そう苦笑しながらも世津は家へと招き入れる。
一旦英菰と顔を見合わせたニシ。
英菰に玄関の方を手で促されたニシが率先して家に入ると、続いて英菰も玄関をくぐった。
その際、英菰が玄関のドアをそっと触れていたのを見るに、出入り口の確保のためという意味合いが強いようにニシは思った。
入って見てのニシの感想は、リフォームでもしたのだろうか。だった。
外壁は築十何年といった感じだったのだが、以外にも、内装は一般的な石膏ボードの匂いが抜けていない上、傷も汚れも見当たらない。玄関にも世津が今しがた脱いだ靴以外には、傘すら置いてはいなかったのだ。
続いて、長くもない廊下を数歩進むと、リビングへと案内された英菰とニシはそこでも怪訝に眉をしかめた。
家具家電も必要最低限しか見受けられず、あまりにも生活感がない。本当に人が住んでいるのだろうか。
そんなニシと英菰の疑問に気付いた世津は「楽にして、ここセーフティーハウスの一つだから」と二人をリビングのテーブルへ座るよう促した後、飲み物を取りにキッチンへと移動した。
「座って待ってて。コーヒー、アイスとホットどっちがいいかな?」
「私、ホットで」
「あーあの俺水で」
「ん、遠慮しなくていいよ?」
「いや、ニシはコーヒー飲めないんだ。おこちゃまだから」
「……………………ぐ」
「あはは、それならお茶にするね、どっちがいい?」
いざ、水分を補給できると分かった途端、喉の渇きがわいてくる。
ニシが「冷たいお茶で…………」と、か細く注文すると、間をおいて人数分をお盆に乗せた世津が戻ってきた。
そうして、五百ミリペットボトルのお茶と陶器製のカップに入ったコーヒーを、それぞれの前へ置くと、世津も二人の前に腰掛ける。
世津一人の正面へ、英菰とニシが並んで座る。面談のような空間が出来上がる。
「ニシ君、ちょっと待ってくれる、温いでしょ」
「え、ああ…………」
ちょうどお茶に手を伸ばそうとしていた瞬間だったのだが、そう言われては仕方ない。ニシはお茶から手を離し、行儀よく膝の上に置いた。
直後、目の前のお茶がみるみるうちに冷気を纏う。冷蔵庫から出したばかりのように白い冷気がテーブルから床へと落ちていく。
数秒の間にキンキンに冷えた冷たいお茶が出来上がった。
「あはは、冷えてなかったから即興でごめんね」
「…………先生たちを拘束した冷気といい、やっぱり…………」
「うん、問題ないようなら手を出すつもりは無かったんだけど、ついね…………詳細な自己紹介をしよっか、お互いにね」
世津の話を聞いた英菰はニシを見やった。
その顔は、本当に信じていいのか?という感情がありありとその半目からうかがい知れる。
今日の正午までは普通に友人同士だったとは思えない緊張感。これがきっと、アランカヌイに対峙した時の、ハンターとしての英菰の一側面なのだと、ニシはわからされた。
「大丈夫、俺も昨日、神社で世津に助けてもらったんだ」
「なに?」
「うん、だから話だけでも聞いてくれ、俺が英菰を付けてたのも世津との仲を取り持とうとしてなんだ、か…………ら…………何その顔…………」
英菰の顔は呆れ半分、怒り半分といった感じ。
口を開き、八重歯をむき出しにし、眉間に皺をよせている姿はさながらフレーメン現象の猫のようで、何を嗅ぎ分けたのか。と、ニシは戦々恐々とした。
「おまえ、助けてもらったからって…………とんでもない事に首突っ込んでんな?」
「ダイジョブデス。ツッコンデナイデス」
実際、首は突っ込んでいない。首輪をされて引きずり回されている。が正しいのだから間違ってはいないはず。そう己をだました。
幼馴染の下手糞な嘘を嗅ぎ分けた英菰。一度大きくため息を吐くと、
「ま、命救くわれたのは事実だし、ニシの恩人でもあるそうだから、今回ばかりは大目に見よう。じゃ、そちらからどうぞ、女乃上さん」
「ん、改めて、アタシはハンターを営んでる。法人名をサカガミ。代表の女乃上世津。感づいてるかもしれないけど、雪女の半妖だよ」
「なるほどね、きみの会社も名前も、初めて聞くけど、追われてるとこを見るに…………大方、土御門に討伐依頼を取り下げてもらいたいとか?」
「そうそう話が早くて助かるよ」
「うーん……」
英菰は椅子からずり落ちる勢いで天井を仰いで息をついた。
その気だるそうな様子に、なかなかに重たい案件なんだろうか。と、ニシは英菰に問う。
「何?そ、そんなやばいのか?」
「いいや、私の上役に頼めば何とかなるでしょ。多分ね」
「上役?」
「ま、その前に私もきっちり恩を返さないとね、礼儀として。」
英菰は椅子に座り直し、こほんと咳ばらいを済ませた。
その姿を見たニシは、はっきりって度肝を抜かれた。なにせ英菰の表情も所作も普段の活発で陽気といった雰囲気はどこへやら、いいとこのお嬢様と遜色のない気品が溢れていたからだ。
「まずは、先ほどまでの無礼と非礼の数々をお詫び致します。丁寧なごあいさつ、並びにわたくしとその友、西臣昭道の命をお救い下さり、何とお礼申し上げればよいか、筆舌に尽くしがたい思いであります。この度貴女様より賜った功。手前の頭一つでお返し足りる事とは思いませぬが、どうか、此度はこの通り、わたくしの気持ちをお納め頂ければ幸いにございます…………」
英子が深々と頭を下げたのを見て、ニシもつられて頭を下げざるを得なかった。
それだけ英子の誠意は溢れており、またその口調も相まって、本当に別人のように感じられた。
「…………あ、はは…………そんなに畏まらなくてもいいじゃんね」
世津ですら驚愕している所を見るにやはり普通ではないらしい。
「…………いいえ、そういうわけには参りません。彼の守護は本来我らの役目。それを不甲斐なき我らに代わり、守ってくださった。大恩にございます」
「…………ねぇほんとに英菰だよね?」
「あぁ!!もうなにっ、今ってしゃべってるんだから邪魔しないでくれる?」
「あ、偽物じゃない。本物だ」
「おい、お前今私の余所行き仕様を偽物っつたか?」
仲良くいがみ合うニシと英菰を世津はまぁまぁと宥め、本題へと気道を修正する。
ただ、今の英菰の話し方と雰囲気を感じた世津は、彼女が土御門でもそれなりの位地に座していると勘づいた。
「そ、それで、英菰ちゃんは土御門のどの位地にいるの?」
英菰はニシを睨み、ちょっかいを出すなよ。とくぎを刺してから言う。
「わたくしは、安部の名の通り、宗家直系の血筋にございます。とは言っても、力ある者達は土御門の純潔派に養子に出され、わたくしはいわば売れ残り。いや、出がらしと言ったところでしょうか、つまり家柄はあっても、力はなく。貴女様の望むところ――――土御門家が降した討伐依頼取り下げは出来ないでしょう」
「…………そっかぁ」
「何ダメなのやっぱ」
「ニシ、お前ちょっと黙ってて。話が前後するんだよ」
「はい、お口チャックします…………」
「…………さて、話は戻りますが、正確には、わたくしには出来ない。先ほど申し上げた通り、わたくしの上役に話を通せればあなた様の望みも叶う事でしょう」
言い終えた直後、また、ニシが口を開こうとしたため、英菰は黙ってろボケナス。といった視線を投げる。ニシはしょんぼりと口をつぐんだ。
二人の茶番に毒気を抜かれた世津は聞く。
「その上役さんにとりついでもらう事って可能かな?」
「そのためにはまず、なぜ貴方様がこのような事態に陥ったのか、仰っていただく必要がございます。分かりますね?」
「信用を獲得しろって事でしょ…………それなら二人を助けたので何とか」
「その大恩に免じ、貴方様主観の話を聞く。と申しているのです。本来ならば、入念な身体チェック。これまでの経歴の洗い出し、口座の額にいたるまで、厳重慎重な身辺調査の後、さらに綿密な精神知能審査を通過して、ようやく代理との対面と相なる所。これでも随分譲歩しているのです。どうかご容赦を。」
「そ、そうなんだ。大手は大変じゃんね…………でも、アタシもなぜ襲われたのかが知りたくてアナタに会ったから…………」
「では、貴女様の討伐依頼は市場にてどういう謳い文句で出回っているのでしょうか」
「…………それが、出回ってない。市場のログにもアタシの名前はなかった。消されたのでなければ、元々土御門内部でしか出回っていないんじゃないかと、アタシは思ってる」
「ふむ…………つまり、貴女様は土御門が内々に脅威になると降した相手という事ですか?」
「うーん…………たぶん。でも、土御門の獲物を横取りしたとか、アタシした事ないよ?攻撃したことも無い」
「瞬く間に人間二人を拘束したあの力はまこと脅威と言わざるを得ません。生業ゆえに、理解を得られず、冤罪の果てに恨みを買う事もあるでしょう。その上で、本当に心当たりは無いと?」
「うん、新潟で依頼をこなし終わった直後、急に襲われてさ、対話も交渉も一切なし。身のこなしから辛うじて土御門だろうと予測を立てて、一番近くのアナタにコンタクトとったじゃんね」
「そこも気になる点です。わたくし達は正体がバレぬよう細心の注意を払っています。相対した相手ならばともかく、どうやってわたくしの詳細と居場所を知ったのです?」
「新潟には手伝いで行ったんだけど、その人がアナタを知ってた。名前は言えない」
「…………そうですか、ちなみに、わたくし以外の名前は聞きましたか?」
「え、他にもいるの?」
「もちろんどの県にも。ですが、その反応を見るにわたくしだけのようです…………」
そこで英菰は考えるため少し顔を伏せた。
思考の海へ沈んだ英菰はあごに手を当てたまま、考える人となり…………一分後。
考えがまとまったのか頷いた。
「我らとて、慈善事業ではありません。それなりの額が投じられている。特に今回の件が市場に出回った依頼ではなく、土御門内部で極秘討伐ともなれば尚の事それを投ずるに値する理由、原因があるはずなのですが…………貴女様の言が本当ならば、きな臭いですね。考えられるとすれば、西の動きではないでしょう」
「呼んだ?」
東西南北の西であって、ニシではない。英菰は、こいつ。と腹立たし気にニシを睨んだ。
「あのさぁ…………」
「あ、あの怒った?ごめん…………」
「…………もういいよ。あんたに免じて雰囲気作りはヤメヤメ。めんどくさくなってきた。あの口調はやめまーす」
「今度ご飯驕るから許して…………」
「いいよ、あんたの魂胆なんて丸わかり何だから…………」
そう言った英菰は世津を改めて見た。その美しい顔は、緊張と困惑、そして今後の不安が入り混じった渋面。ここまで英菰との会話でひどく困憊しているのは見て取れた。
「どーせ…………せっちゃんの表情が硬いから場を和ませようと必死だったんでしょ。」
ズバリ図星を突かれたニシはバツが悪そうに、目を伏せ、苦笑した。
世津はそんなニシを見て、お人好しだなぁと薄く笑う。
そして、英菰はというと、話を戻すため一度咳ばらいを設け、口を開く。
「えーと、あそうそう、西――――京都本社の動きじゃない。おそらく東京支社だね手配を出してるのは」
「根拠は?」
「京都はさ、さっき言った通り、純潔派――――安倍晴明を信奉してる東京派閥に養子を出してるせいで、腕の立つ奴は数えるほどしかいない、ほとんどもぬけの殻なんだ。だから残った奴らは西日本を中心に走り回ってあくせくしてる。そんなぽんぽん追い回すほど暇じゃないんだよ」
「その代わり、東は軽いって事?」
「西に比べたらはるかにね」
そう言った英菰は、ニシの五百ミリペットボトルのお茶を東に見立て、自身の二百ミリほどの容量のコーヒーカップを西として並べることで、東西の差を可視化した。
それが示すのは、内容量が人材の層の厚さ。味がハンター業においてのシェアの占有率である。
その差は見る間でもなく明らか。まずそもそもの容量が違う。その上、お茶とコーヒーならばお茶の方が老若男女問わず好かれる事だろう。
そうなれば、人材の層の厚さも、世を渡るための人気も劣っているのは西でしかない。
「東京に進出した純潔派――――土御門財閥東京支社は目を見張る成長を遂げた。まぁ言っちゃえば金が有り余ってる。自社、他社、個人のハンターにいたるまでとりどりみどり。ま、今回の電波妨害を考えると自社だろうけど…………」
「でも、アナタの上役はそんな土御門に対してカードを切れる…………いったい何者なの?」
そう問われた英菰は待ってましたとばかりに、ともすれば、自慢げに上役の詳細を買って出た。
よほど、お気に入りの人物なのだろうことは、英菰の態度から世津にも、事情を知らないニシであってもうかがい知れたほどだった。
「彼は、その命を絡め、三年前に割れた殺生石の荒魂を、封印せしめた張本人。十二神将が一人。」
英菰の言葉で世津は情けなくも口が歪んだ、目も見開いた。だってまさか、そんな大物の名前が出てくるとは思わなかったからだ。
十二神将といえば、土御門の内外問わず、ハンターであれば、その字を全て知っている程知名度がある人物達。
土御門最強の称号。アランカヌイの不俱戴天。
しかし、ニシのみがその名に今一ピンとこないのか、口を挟んだ。
「それってさ、ゲームでよく聞くやつ?」
「あ、はは、まあ今の子はそうだよね。」
「今?」
あ、ヤバイ。とばかりに、世津はわざとらしく咳払いをして、声を作った。
「…………じゅ、十二神将っていうのは、安倍晴明の式神を冠した兵たち。アランカヌイからしたら、死神よりも死に近い。超常よりも超常の者たちの事」
世津の紹介に便乗する形で英菰も答える。
「字を厄憑かり。それが私の上役。」
『厄憑かり』。と、世津は眉をひそめた。そんな字は聞いたことが無かったからだ。
「あの人は特別だから知らなくても無理ないよ。とりあえず、理由は聞いたし今から電話して聞いてみる」
英菰はスマホを取り出した後、しっかりと頷いた。きっと、電波障害が回復したのだろう。そして、リビングの隅へと移動しスマホを耳に当てた。
ニシと世津には距離が空いたため、スマホの呼び出し音も相手の声も聞き取れないが、十秒経つと英菰はスマホに呼び掛けた。
「もしもし…………英菰で…………す。ん?」
スマホを見つめ、首をかしげる英菰。その姿は、普通ではなく、なにかしらのイレギュラーが起こっていると告げていた。
世津だけでなく、ニシも不安に思い理由を尋ねた。
「ん、いや、ここに来る前に聞こうとしてた同胞に首謀者を聞こうとしたんだけど、電話がつながらない」
「それ、まずいってことか?」
世津が緊張に唾を飲み込んだのがニシにも聞こえた。
しかし、英菰は心配するな。と、笑って言う。
「言ったでしょう、派閥が違う、今かけた相手は東。要は私の考察は当たってたって訳だ。」
「で、今度は西」そう言った英菰はまたすぐにスマホ画面を数度タップし、今度こそ本命であろう上役に電話をかけた。
「もしもし、あの実はさっきさ………え、学校の件何で知ってんの?…………その通り、女乃上世津さんに助けられました…………そう彼女は恩人よ。それで…………うん、女乃上世津さんが害あるアランカヌイだと私は思えない…………助かるお願い。それとさ、そっちも『東派閥』の梅雨払いに手を貸してもらいたんだけど…………だめ?まあ…………仕方ないか。分かった。伝えとく」
上役と言っていたので畏まった口調になるものかと思っていたニシ。しかし、英菰は終始フランクに会話を進め、つつがなく通話を終えた。拍子抜けである。
そして、スマホを顔から離したところを見るに話がまとまったようだ。
英菰はテーブルへ戻りすがら言う。
「せっちゃん。ごめんだけど、取り下げるの、すぐには無理みたい」
「いいいよ、いいよ。その言い方だと時間かかるけど出来るって事でしょう?」
「うん、要経過観察。問題を起こさなければ、じきに取り下げるよう手配するって。でも、上役の加勢は望めないみたい」
英菰の話を聞き、ニシは怪訝を聞いた。
「なんで。世津の味方じゃないの?」
「私は木っ端だけど、宗家の人間。多少なら同門とやり合っても融通が聞く。一方、上役は西派閥の上で十二神将という立場もある。せっちゃんに手を貸すのはそう簡単じゃないのよ」
「その割には、世津の依頼取り下げは簡単に許すんだな。なんかちぐはぐじゃね?」
「ま、恩人だからね…………たぶん後が引かない様、根回しするつもりなんじゃいかな。さて、それじゃあ次のステージへ進めないと」
英菰が機微を回し、ニシと世津へ準備は良いかと問う。
「何のことだ?」
「土御門のハンターは野心家が多くてさ。せっちゃんを新潟で逃がした時点で焦ってるのは明らか。実際、公衆の面前でおそってきた訳だしね、金もかかってる手前、意地でもやり遂げようとしてくるはず、そこで…………せっちゃんにお願い、しばらくここに泊めてくれる?」
「大歓迎、セーフティーハウスって事覚えてたんだね。あそうだ、アタシ後で一応家の人にこの旨連絡しとくね」
そう、セーフティーハウスである以上、最低限の対応や備えを見越して選んでいる。英菰はそれにあやかり、ほとぼりが冷めるまでは世津と行動を共にする気らしい。
一方ニシはというと、流石に女の子の家に泊まる勇気はない。いや、本心では泊まりたいのはやまやまなのだが、万が一荒事となった場合邪魔になりかねない。
そう思い、英菰と世津に自身はこれからどうすればいいかを尋ねると、
「阿呆、お前も泊まるし、今後は出来るだけ行動を共にするの」
「へぇ?なんで?俺邪魔にならない?」
「話聞いてた?せっちゃんと行動を共にした時点で、アンタも情報源かつ最悪人質として有効な存在になってんの」
「人質って物騒だなほんとに…………でも、おれ男だよ嫌じゃないの?」
「いや、別に。もしかして、学校で私に倒されたのもう忘れたの?」
瞬間、蘇る背中の痛みが英菰の強さを思い出させた。
「ぐっ、そうでした…………世津は…………」
「ん、気にしないよー。アタシそもそも、ニシ君みたいなカッコイイ人タイプじゃないから、こっちから襲うってこともないし、安心してほしいじゃんね」
「じゃあ、お言葉に甘えて…………って、あれ、俺今さりげなく振られた??」
「ヒヒヒ、ご愁傷様」
「うっせ、元々そんな気持ちありません。…………っと、そうだ、泊まるって件親に電話しないとな」
ラッキーなことに家に帰らなくてよくなった反面、また外泊かと怒られそうでニシは辟易しながらリビングから廊下へでていったのだった。




