ボーイミーツガールな虚実皮膜
【虚実皮膜】きょじつひにく・きょじつひまく
芸術の本質は「虚」と「実」の間に位置する。
江戸時代、かの有名な近松門左衛門が唱えた論らしい。
どこで俺はこんなマイナー単語を覚えたのだろうか?新聞のコラムか、日本史の参考書の端っこか、はたまた曲の歌詞か何かだったか……
知識を得た経緯は忘れてしまったが、個人的にかなり気に入っている言葉だったりする。
要は、虚構と現実が絶妙に重なって初めて面白い作品が完成するよね、という話。娯楽に溢れる現代社会を生きる皆様なら容易に理解できることだろう。
夢をつかむYouTubeも、今からガチる恋リアも、箱から手が出る握手会も……どこまでホントかなんて誰にも分からない。
より一層虚構に近しいアニメや漫画、ラノベにもこの説は当てはまる。異世界転生、現代異能バトル、人類vs化物などなど、究極の虚構をあの手この手で現実に結びつける。あの甘々イチャイチャラブコメが現実にも起こり得るかのように錯覚させてくる。
まぁ実際の所、俺を含む多くの「鑑賞者」は、暗黙の了解的に虚実の区別をつけながら、その上で現実に限りなく近い虚構の世界を味わっている訳で、完全な同一視には至らない。あくまで、平凡日常的レンズから浪漫溢れる物語を覗くのみ。
何を今更と思うかもしれないけど、この現実的虚構を楽しむ感覚を江戸時代に言語化した男がいたという事実、中々に恐るべし。
ここで、江戸時代ならそんな奴も一人ぐらい居るだろ、と言う勿れ。さらに感嘆すべきは、その言語化に至るまでの積み重ねにあるのだから。
なにせ平安時代に源氏物語とかいう激重ハーレム長編がバカ流行りした国である。今に至るまで、何千万という人々が虚構に思いを馳せてきたのは歴然だ。
その軌跡に目を向け、虚実の隙間を縫う快楽に芸術の粋を見出す、そんな言葉として「虚実皮膜」を解釈すると、ほんの少し作品の面白みが増す気がする。
我らが愛する現実的虚構は、現実であってはならない。虚実皮膜を越えないスレスレ、文字や画面の向こう側。
ただ、虚実皮膜が境界面なら、
この世界のどこかには、
対称となる虚構的現実があるのだろうか。
***
姿勢を正し、伸びを一つ。
弊学の伝統ある法学部に一回生として名を連ねる清辻クマは、本日9月1日を境に生まれ変わったのだ。
刻苦勉励の道を歩むべく、俺は長期休暇中にも関わらず附属図書館に通い、後期に開講される『民法総則』の予習に手をつけた。大いなる一歩だ。
だがどうにも今日は調子が悪い。お陰でアニメにありがちな脳内モノローグを30分に渡り展開してしまった……
机に広げた大量のプリントと分厚い『マイニチ六法』が「今日は休め」と言ってる気がする。時計を見れば11時半過ぎ、早めの昼食を取って午後から頑張ろう、うん。
9月に入ったものの、暑いものは暑い。上着が欲しくなるほど涼しい館内とは対照的に、じわりと生暖かい熱気が身体を包む。今朝の天気予報によると、気圧の谷の影響で湿った空気が流れ込んでくるとかこないとか……
図書館から西に下って3分、我らが西部食堂が見えてきた。普段は入口の外まで列がのびる盛況具合の西部食堂も、夏休みは閑散としている。中に入り本日のメニューを確認。ローストンカツ、目玉焼きハンバーグ、竜田揚げ……
どれも美味だが、俺は敢えて『いわし梅しそフライ』を選択。コスパSSランクのイチオシである。他の主菜に引けを取らぬクオリティでありながら、小鉢一皿とライス中、味噌汁をつけても500円以下に収まる逸品。
スマートに食堂電子マネーで会計を済ませ、箸を取り、お茶を汲む、この間僅か10秒。さぁトレーを持って熾烈な席取りバトルを……しなくていいのだった。
いつもは法学部の奴らと必死に確保した狭いテーブルでせかせか食っては即退散!!な所を、今日は一人で6人テーブルを独占する。圧倒的優越感に浸りながら周りを見渡せば同志が数名。それと奥の方でラクロス部の集団がワイワイガヤガヤやっている。
ラクロス。高校ではまず聞かない部活なのに、大学でああも幅を利かせて、テニスやアメフトに並ぶ一軍運動部となるのは何故なのだろうか。それとも常にラクロスの棒(?)を持ち歩く習性が故に目に留まるだけか。いやしかし、中肉中背平均男の俺には到底まとえない屈強なオーラを発しているのもまた事実……
彼らの生態について考察しつつ、まずはお茶を一口。別に迷惑なレベルで騒いでいる訳でもないし、楽しそうならそれでいいではないか。二つ隣のテーブルの院生ニキ(推定)も頷いてるに違いない。
早く食べねば折角のフライが冷めてしまう。
俺がいわしフライに箸を突き刺した、その時だった。
「こんにちは、相席、いい?」
彼女が虚実皮膜を突き破って現れた。
お疲れ様です、作者のラザニア美味しいと申します。
何卒よろしくお願いしますorz