三十路ニートが魔法少女になる話
「魔法少女に就職するつもりはあるじょ?」
母親に説教されている時のこと。
嫌味、辛み、怒気と含む言葉の攻め際、母親の背後にそれは現れた。
見た目は黒いウサギ。黒い星をいくつも描いた白いシルクハットはとても小さいアクセサリー、純白のローブを羽織っていて、片手には先端に赤い宝石の着いた杖を持っている。
「はい、私は魔法少女に就職します」
元気よく腕を上げて、ハキハキと返事をする。
母なる鉄拳を貰い、頭を抑える私。
「もう現実を見なさい。今年で三十歳よ。そんなこと言う歳じゃないでしょ。引きこもりニートが魔法少女に就職するって、仮に魔法少女が現実に存在したとしても貴女じゃ無理よ。一ヶ月猶予をあげるわ。もし、その期間内に内定もしくわアルバイトをすること。出来ないようなら貴女を殺して私も死ぬわ」
「そんな愛は要らないかな」
「あら、親は子供を愛するものよ。貴女だけ殺して生きていくなんて出来ないわよ」
「せめて、最後の晩餐はハンバーグが良いかな」
私が笑顔で言うと、母は頭を抑えて諦めたような視線で私を見る。
「そうね、これも私の責任よね。分かったわ、今日の夜はハンバーグにするわ」
そう言って母は部屋から出ていった。
あれ、もしかしてこれってまじなやつですか。猶予の一ヶ月は何処へ。
何かと甘い母が私を殺して自分も死ぬなんて選択を本当にするだろうか。
だが、ニートで三十路で独身の私を養うのに疲れて判断が先走り、心中しようと思い至った恐れもある。
いやいや、流石に可愛い娘を殺すなんてことがある訳がない。でも、魔が差してなんてことがあったらどうしよう。
少し、親孝行してご機嫌を取るか。しかし、今更家事の手伝いなんてしても白々しい。
「もし死んだら!異世界に転生できるかな」
「出来るわけないじょ」
私の呟きに可愛らしいトーンの声で反応するウサギが一匹。
私は昔から変なものが見える。ファンシーなものからホラーなものまで何でもだ。
だが、見えるだけで触ることも出来ないただの幻覚。彼らの声に便乗してボケたりツッコミをしたりするのが私の癖だ。
「夢がないねウサギさん。私に何か用?」
「さっきも言ったじょ。魔法少女に就職するつもりはないじょ?」
「そういえばそんなこと言ってたね。就職出来るものならしたいな。魔法少女って何するの?」
「魔を払うのが魔法少女の仕事だしょ」
「悪魔とか魔王とかそんなの?」
「似たようなものだじょ。正確には悪魔や魔王といった存在を形作るものが魔だじょ。魔法少女は夢見の力を纏って魔を払うじょ」
「夢見の力?」
「夢を見るエネルギーだじょ。白馬に乗った王子様が危機を救ってくれるとか、お花畑に囲まれたお菓子の家で一生過ごすとか、転生したら本気出すとか、そんな夢みたいなことを思考する力が夢見の力だじょ」
妄想癖がある人や現実逃避している人を対象にしているのかな?
「私はもう三十路ですよ。未来明るい若者を魔法少女にした方が良いのでは? なんで私なの?」
「歳は関係ないじょ。心がまだまだ夢見がちな少女のようだから選ばれたのだじょ」
「さすがに心は十八みたいなことを言う程痛々しくはないよ」
「親に寄生して、いつまでも少女のように振る舞う大人は、自称してなくても痛々しいと思うじょ」
「そこに魔法少女要素を追加されたら、客観的に見るとヤバい人になるね」
「僕もそう思うじょ」
「そう思っているのに、私に魔法少女を勧めるんだ」
「今どきの子供はサンタも信じないじょ。魔法少女としての適性を持つ少女の競争率高くて。素質のある子滅多に見つからないじょ。そんな時に君を見つけたじょ」
「え、サンタっているよね。クリスマスの夜とか空を徘徊してるよ」
じゃらんじゃらん、鈴の音がうるさいから迷惑なんだよね、あの人たち。最近じゃ怪訝な顔してプレゼント置いていくし、嫌なら置いていかなければいいのに。
「マジか」
『じょ』って語尾が付いてなかったよ。語尾を忘れるほど驚くこと? しかも若干体を遠ざけるようなリアクション、引くほどのことなの?
「その歳になってもまだサンタが見えるなんて、正直きもい」
「きもいって何だよ」
「本来なら、魔法少女は十八歳で卒業するものなんだじょ。それ以上歳を取れば少女としての思考から離れていくからじょ。でも中には少女思考つまり夢見の力を持ちながら十八歳を過ぎた魔法少女もいるじょ。十八歳以上の魔法少女は力が強いほど気持ち悪い存在になるじょ」
「そのきもい魔法少女になれって君は言ってるんだけど、それって君もきもいってことにならない?」
「ならないじょ。仮に人事の仕事に文句をつけるやつがいるなら、この業界は廃れるべきだじょ」
少し影のある言い方、色々と苦労しているのかもしれないな、このウサギさん。
「別になるのは構わないんだけど、私にメリットあるの?」
「ニートを卒業できて親のスネをかじって生きていく浅ましい生き方を変えることができるじょ」
「お金が貰えるってこと?」
「夢見の花が貰えるじょ」
「夢見の花?」
「夢見の花は夢見の世界の通過だじょ。通信カタログから色々なものと交換出来るじょ。もちろん、日本の通貨との交換も可能だじょ」
「なるほどね」
魔法少女、昔から憧れていた存在だ。変なものは見えるのに魔法少女だけは見たことがない。
今、私の目の前にいるウサギさんが私の幻覚ではなく本物だとするなら魔法少女も本当のことだ。仮にこれが偽物だとして断る理由があるだろうか。幻覚だったとしても私に損は無い。
「なるよ、魔法少女」
「その顔、覚悟を決めたようだなじょ」
ウサギさんが杖を振るうと、流れるように白い煌めく粒たちが生まれる。粒が収束すると一枚の紙になる。
「これが契約書だじょ。血印すれば契約完了だじょ」
「え、血を流すなんて嫌なんだけど……」
「採血で使う針があるから使うじょ?」
「巨人になる儀式じゃない……医療器具を使うなら、大丈夫ね」
ウサギさんは私の腕に容赦なく、針を刺す。
「いっーたぁー!」
「大げさだじょ」
「普通は慎重に刺すんだよそれ!」
やれやれ、と首を振るウサギさん。
ウサギなのに態度がウザくて可愛くない。
「この契約書に自らの手で血を垂らせば、契約完了だじょ」
「こんなに楽に就職先が決まるなんて、最高ね!」
私はルンルン気分で契約を結んだ。
「さっそく初仕事だじょ。キッチンに溜まっている『夕食の準備が面倒くさい』という魔を払うじょ」
「え、それってただの家事手伝い……」
契約書は魔法のステッキに変化した。
「その魔法は、君の夢見の力で、どんな形にも変わるし、どんな夢も見せてくれる魔法の杖だじょ」
私は魔法少女に就職しました。
最初の仕事は家事の手伝い。
やばい、本当の働き口見つけないと、母に殺されちゃう!




