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サンベルナの切望

11/7 16時 誤字報告ありがとうございます。

大変助かります(*^^*)

 「リズマリー様、サンベルナ様、これからアストロラ辺境伯家へ向かいます。お仕度願います」



告げたのは、10年前は警備兵で、現在は第二騎士団団長をしているキルトだ。その傍らに控えるのは、リズマリーに救われた少年カティスだ。今や第二騎士団副団長まで登り詰めた。彼らが今回の護衛につく。


「わかりました。すぐに」

「準備しますので、階下でお待ちください」


「「了解です」」


ここ一月で不穏な空気は感じていたが、伝令を受けた二人から察するのは強い緊張感だった。


急ぎ仕度し、侍女と共に馬車に乗る。

理由の説明などは今は聞かない。

移動に要する為、僅かな時間も惜しい筈だから。


緊急時に備えて、トランクには常に荷は詰めてある。

ドレスを脱いで、簡易な旅支度の衣装に着替え出発する。侍女は、最も信頼のおける侍女頭ルーチェだけを伴う。


家紋のない馬車は、誰が乗っているかわからない為、人物特定の時間稼ぎと目立たない利点がある。

但し高位貴族に絡まれれば、止まらざるを得ないが。


ただ例え検問があれど、ボルイック侯爵家令嬢の行く手を阻むのは難しいだろう。


松明と夜の帝都の明かりだけを頼りに、ただひたすら暗闇を馬車が走る。どんなに急いでも、女性が乗る馬車だから、辺境までは2週間くらいはかかるだろう。


「お姉さま、父上と母上は大丈夫でしょうか?」


不安げに問うサンベルナに、真剣な眼差しでリズマリーは答えた。


「信じましょう。あのお二人はお強いですから」


「そう、ですよね。信じます」


サンベルナの返事に頷くリズマリーだが、彼女(リズマリー)も自らの手をきつく握りしめて、掌に爪が刺さり痛みを感じる。平静を保とうとするが、全ての緊張は隠せない。


(どうか、ご無事でお父さま、アメリアさま)

心の中で懸命に祈っていた。


サンベルナも不安の中、両親の無事を祈っていた。

(あの二人は強いけど、怪我もして欲しくないの。無事でいてね)


馬車は夜も休むことなく、更けてゆく暗い道を走り抜けた。




◇◇◇


アストロラ辺境伯とストビース子爵以外の辺境の貴族家も、ハヤトが現れてから変わっていった。


国からの金銭も人員の援助もなく、見捨てられた地と思われた場所は、戦闘力の上昇とボルイック侯爵家関連での商品の買い取り等の援助により、今や栄えている。


この地に昔からいる商人も領民も、その秘密を話すことはせず、全員の結束が固い。


辛い時期を知る民は、命の恩人達を裏切ること等はしないし、この場所が豊かになったことに国は絡んでいないので、税金等を上げられた日は反旗を翻すつもりだった。


住民達の気持ちは一致しているのだ。



ここでの生活に必要な戦闘力、商売をする為の知力とコミュニケーション能力、他者を慈しむ心。

この殆どをこの地だけで賄ってきた。


住民が餓死を覚悟してから10年、歯を食いしばりみんなで努力してきた。


そして優秀な人材を確保することができた。

人口も増え、金銭と食料の蓄えもあり、武具も十分に確保できている。


辺境伯領・ボルイック侯爵家以外にも、協力してくれる商家・貴族も増えた。



そして新たな王となる人材も目算できた。


国を腐敗させ私腹を肥やす重鎮達は、簡単には尻尾を出さない。だからこそ重鎮達の家へ諜報員を送り出していた。


忍者だったヤマトやネルバの子孫や弟子が、優秀な諜報役となり数々の証拠を掴んでいた。覆すことなど出来ないほどの、たくさんの証拠や証言だ。


だから辺境伯は、誰が味方で敵かをおおよそ把握している。それでも絶対ではない。人の心は移ろうから。


それでも準備はできた。


これ以上リズマリーを苦しめたくないアーモンとアメリアは、ここで勝負をかけたいとアストロラ辺境伯と相談していた。

王命だと言って、帝国の傀儡になることに疑問さえ持たない国王と重鎮達には、この国を治める資格はもうない。


この時期に決起したのは、そう言う理由があった。




◇◇◇


大帝国にもパステル国の王宮にも、既に辺境伯地から多くの人員が入り込んでいる。舞台は整い、手際良く配置も完了していく。


帝国のリズマリーの祖父ローラン公爵は、身分を偽装した諜報員のメイドや侍従により、横領や使用人への暴力が公に明かされ失脚した。


皇帝の実弟と言えど、民意が強い帝国では庇いきれなかったようだ。伯爵へと降爵し当主は嫡男へと渡った。


今まで暴かれなかったことが公になったのは、情報の制御能力のない無能だと烙印を押され、別邸へ幽閉となった。


これには兄である皇帝の意が含まれていた。

弟の怨みへの行為なら、相手が望むようにきつい罰(幽閉)にすれば溜飲が下がると思ったからだ。


公爵家から盗まれた書類は、徹底して秘密にしていた重要機密も幾つか含まれていた。盗んだ相手もそれが公表されたら大事になると思い、横領の件程度に留めた可能性がある。あえて情報に規制をかけたのだろう。


こんなことは今までなかった。

僅かな可能性を直近で辿れば、パステル国へかけた王太子妃の打診だろうか?

弟の孫を王太子妃に捩じ込む為に、パステル国王に王命を下させたことくらいだ。


はっきりした確証はないが、ここ十年くらいパステル国貴族家からの情報が取りづらいと諜報員から報告があっていた。まるで監視者でもいるようだと。


何かあるのかもしれない。

取りあえず、婚約は解消にするように打診してみるとしよう。


今まで散々利用した弟(ローラン公爵)を、皇帝は切り捨てた。



◇◇◇


パステル国の国王に、リズマリーを王太子妃とする王命を取り止めるように手紙が届いた。


即ち、リズマリーを王太子妃にするなとのこと。


何がなんだかわからない国王だが、深く考えずボルイック侯爵家へ勅命を送った。


リズマリーの父アーモンと義母アメリアは、手を取り合って喜んだ。


「これであの子の、心の負担を減らせたわね。良かったわね」


「ああ、すぐに辺境伯へ手紙を送ろう。そしてその後は、俺達の国取りだな」


「ええ、腕がなるわ」


「くれぐれもやり過ぎるなよ。そして怪我もするな。勿論死ぬんじゃないぞ!」


「こっちの台詞よ。体、鈍ってないでしょうね?」


「バッチリだ。キレキレだぜ」


「じゃあ、早速連絡しましょう。フウマ聞いてる?」


天井から音もなく降りてきた、黒装束の男がその場に跪いた。


「ここにおります。ご用件を」


「さっきの話聞いていたわね。明日早朝に、王城へ集合かけられる?」


「各々の貴族家では、今すぐにも襲撃可能であります。皆連絡を心待ちにしております」


「そう良かったわ。じゃあ4時集合で」


「御意に。侯爵様方の御武運を願っております」


「ありがとう。貴方も気をつけて」


「勿体なきお言葉です。それではこれで」



頭を下げて、去っていくフウマ。

40代の忍びの次代で、今回の仕切りを任されている。


襲撃の責任者は、アストロラ辺境伯家とボルイック侯爵家で、諜報部門の責任者はストビース子爵家で担当している。



「今日は熟睡するわよ。明日は長いからね」


「ああ、一気に決着させるぞ」


ボルイック侯爵家の兵士にはアーモン自ら報告し、早めに夕食を取り休むように伝え、自らもそれに従った。

アストロラ辺境伯家の兵団は、既にボルイック侯爵家に合流しており出番を待っていた。



他の貴族家にも、ストビース子爵家の諜報員からの伝達は終了した。



◇◇◇


翌日早朝。

民がまだ眠る頃、王城を反乱軍がぐるりと取り囲んだ。

既に昨日の時点で、王城内から反乱軍の手の者は離脱したていた為、今残るの者は彼らの敵となる。




けたたましいノック音と共に、宰相が国王の元に駆けつけた。


「お知らせします、国王。現在、城周囲を多くの反乱軍が取り囲んでおります。要求は国王の退任と、汚職に手を染めた貴族の粛清だと言っております」


「な、なんで突然、こんな。城の兵士はどうなってるんだ? 反乱者を取り押さえさせろ!」



焦り報告する宰相は、怒る国王に困惑していた。

宰相は窓の下を指差し、言葉を続けた。


「門番は、既に拘束されています。城に従軍している兵も殆どおらず、反乱軍に与しています」


「ど、どうなってる? 俺は逃げるぞ。お前があいつらを抑えておけ」


「そ、そんな。私も連れて行ってくださいよ」



宰相は国王に縋るが、国王は睥睨してそれを振り払う。


「邪魔するな、死刑にするぞ。王を助けるのが臣下の役目であろう」


「酷いです国王様、散々尽くしてきたのに」


側近を払い除けてまで、隠し通路で逃走を図る国王だが、出口にも兵は大挙しており、あっさりと拘束された。


「何をする、下郎め! 余に触れるでない! 無礼者! 離さんか!」

いくら騒いでも、その声に動きだす者はいない。

人望のない王に、盾になろうとする者や庇う者は誰一人おらず、虚しい声が響き渡った。


城全体も占拠され、最早反乱軍の数に抵抗する者も皆無だ。

宰相も放心状態で踞っていた。


「あんなに尽くしたのに…………死刑にするって、………ブツブツブツ…………」



結局、戦意を喪失した兵士にも、反乱軍にも怪我人はでなかった。


準備を重ねてきた戦いは、終わりを迎えたのだ。




◇◇◇


パステル国の国王は、城の端にある10階建ての鉄塔の最上階に幽閉された。


汚職した大臣達は、諜報員の調査に抵抗することも出来ず罪を受け入れた。罰金を払い貴族牢に入る者、罰金だけの者、賠償金で爵位や領地を手放す者と様々に罰を受けていく。その多くが平民落ちした。


今まで国王に媚びへつらい、大臣職に就いていた者はその職を失った。


見晴らしが良くなった場所で、新たに役職を爵位ではなく能力に応じて推薦で決めていく。皆良く人を見ているようで、感心する程順当に割り当てられていく。


そこには嫉妬等なく、国の再生を願う者達が多く集っていた。



◇◇◇


「粗方決まったな」


アストロラ辺境伯爵、次期当主クリスティーヌはアーモンに声をかけた。


女性であるクリスティーヌだが、勇猛果敢で人身掌握が巧みなことで第二子であるが次期当主に抜擢されたのだ。


第一子のカイザーニは 「俺は脳筋なので、生涯第一線で戦うことで家の役立つから」 と、継承権を放棄した。


つまり繰り上がった継承なのだ。


ただ彼女は、幼い時に魔獣に腹部を裂かれたことで、損傷した脾臓・卵巣・腸の一部を取り出す手術を受けていた。


つまり子を成せない体なのだ。


だから次期当主等無理だと突っぱねた彼女だが、兄のカイザーニは承諾しない。


「子など養子で良いんだ。能力のあるお前には、安全なところで指揮を頼みたい。それがお前を守れなかった、俺の贖罪なんだから。………頼むよ」


そう言われれば断れないクリスティーヌ。


だが当時、カイザーニは7歳、クリスティーヌは5歳で、大人は森へ狩りに出掛けていた。メイドはいつも通り家の仕事をしていたのだ。


不意に庭に現れた魔獣に、必死に抵抗した結果生き延びられたのは、剣を振るって戦ったカイザーニのおかげなのだ。クリスティーヌは魔獣の爪で重傷を負ったが、彼は全身を噛まれ爪で裂かれて生死をさ迷った。

全身血に塗れ、生きていたのが奇跡だった。



少し大人になり、彼女が子を成せぬ怪我を負ったことを知り、カイザーニは絶望した。


「俺が弱かったばかりに………クリスティーヌが、クリスティーヌが! ごめんよう」


号泣するカイザーニの腕に、クリスティーヌは自らの腕を絡ませて叫ぶ。


「お兄ちゃんは命の恩人だよ。謝ることなんて一つもないの。生きていられるだけで奇跡なの。

あの時、お兄ちゃんが庇ってくれた。

自分が死にそうでも逃げずに、私の盾になって。


もしお兄ちゃんが死んで、私だけ生きていたら、私は自分を許せなかったよ。

だから泣かないで。

お兄ちゃんは全力で守ってくれたんだから」


「ああ、クリスティーヌ。今度は絶対に守る。

指一本触れさせないから! ああっ」


「お兄ちゃん、お兄ちゃん、わああぁぁん」


二人だけの兄弟は、抱きあって泣き続けた。

いつまでも、いつまでも。


それを見る両親や使用人も、泣きそうになるがそれを堪えた。


メイドは子供から目を離したことを詫びた。

両親や他の使用人達は、十分に魔獣を狩って個体を減らせず、邸に侵入させたことを悔やんだ。


邸周囲の守りも弱かったと反省した。


いつもは住居スペースまで来る魔獣はいなかった。

自分達が少し強くなったと慢心していた。


気が緩み、魔獣の恐怖を子供達に教えていなかった。



「ハヤト様が来るまでは、どんなに弱い魔獣にも容易に攻撃できず逃げ惑っていたのに、ちょっと力をつけて油断してしまった。そして一番守るべき者を危険に晒した俺が、一番の愚か者だ」


だから、お前達に罪はないとクリスティーヌの父ジュリングは皆に言う。誰も罪になんて問わないと。


それからだ。

使用人は警戒を怠らず、辺境伯の兵は訓練に一層力を入れた。

共に魔獣狩りに同行していた、クリスティーヌの母ロベアは子供達から離れず常に見守った。

ただカイザーニは兵団との訓練を希望し、日中は邸を離れることが多くなった。


「強くなりたいんだ。どんな訓練でも堪えてみせるから、俺を強くしてくれ!」


その鬼気迫る言葉に、大人も戦慄と賛同を見せた。


「俺も強くなりたいです」

「大切な人を守りたい」

「昔のように何も出来ないことは嫌だ」


この頃はまだ魔獣の方が勢いが強く、何人もの人対魔物一体の力関係だった。だから準備して森に行けば勝率は上がるが、不意を突かれれば人が不利なのに変わりはなかったのだ。


この地の誰もが、強くなることを選択した。


クリスティーヌも自分が他者を守れるように、武力と知力を鍛えていったのだ。



◇◇◇


クリスティーヌとアーモンは当初約束していたように、大臣を新たに決めて国を動かすことになった。


貢献割合は圧倒的に辺境伯領の貴族が多く、アーモンに出来たことと言えば、国王の無謀な法案に反対したりリズマリーと炊き出しをしたり、こちらの野菜や貴金属や装飾品を辺境に送り売買を手伝ったことくらいだ。


国王が帝国に媚びることで疲弊困窮した民を、私財を投じて出来るだけ救おうとした。


それだって、リズマリーがこっそり支援を行っていることを知り気づいたのだ。アーモンもアメリアもしょせんは脳筋だ。訓練に力を入れ過ぎて、代々の慣習にならって行動していたから。


リズマリーが王太子妃を激しく固辞するまで、彼女の気持ちにも気づいてやれなかったのだ。夫婦揃って。



だから、クリスティーヌから、アーモンが王になれと言われ困惑した。無理だと断った。


でもと、クリスティーヌは言う。

「私はこれでも忙しい身だ。辺境は栄えてきたが、魔獣を厳しく管理せねば観光や交易にも危険が及ぶ。そうなれば復興の援助金は乏しくなるぞ。良いのか?」


クリスティーヌは辺境の統括者だ。

武にも優れているが、それ以上にコミュニケーション能力と言う、辺境は珍しいスキルを携えている。


彼女が抜けた後、どんな人材が育っているか不明であるが、彼女程の能力者はなかなか稀有だから、多少の衰退は免れないだろう。


「だが、俺には無理だ。国内でも、まして他国と交渉なんてできる訳がない」


困り顔で縋るも、クリスティーヌは 「そうかな?」 と、そ知らぬ顔をする。


「この反乱だって、お前が中心になって主導しただろ? 同じことだと思うぞ。

全部自分でしようと思うな。

協力すれば出来るようになる。

っていうか、やれよな!


私だって次期辺境伯なんて、柄でもなくやってるんだから。みんなの為だと思えばやれるさ」


項垂れるアーモンに、クリスティーヌは更に言葉をかける。

「人材いるだろ、たくさん。

リズマリーもサンベルナも、元王太子のスティーブンと王妃ララーナも。

羨ましいくらいだぞ。

辺境だと生きる為に武力重視だから、なかなか賢者は育たんのだ。まあ、武力は大事だがな。


それに今回協力して、現在の大臣になった者達だって知恵者だ。かなり綿密な計画を立ててくれただろう?


信じて進むんだ、アーモン」


「クリスティーヌ……。そうだな、やるか!」


「おお、頑張ってな」



晴れやかな顔をした二人に、回りの人々も祝福の拍手を送った。


新しい国はこれからだ。



◇◇◇


以前に立った帝国主導の商業施設は、アーモン主導により契約農家や職人に援助金を先に支払い、帝国よりも安く売買することで売り上げを回復した。


自国の物を安く購入できて復興中の民は喜び、帝国の商人は赤字に疲弊した。


帝国との商業施設の契約期限が来た時、アーモンや側近達は以前の無関税から30%の関税をかけることに成功した。国王が代わり何もかも不足なので、そうせざる得ないと力説したのだ。


無関税でも赤字になった商人は、パステル国から撤退した。


関税30%なら、普通に商売してもらって構わなかったのに。


余程今回の売れない時期が、トラウマになったのだろう。帝国の野菜達には申し訳なかったが、売れなくなってからは少量しか運んでいなかったので、施設の人員で消費できたと信じたい。


そして帝国の使者には、皇帝へのお土産にレッドドラゴンの皮の敷物と、干し肉、甘露煮、牙と爪で作ったアクセサリー、ブルーサラマンダーの剥製を持たせた。


何れも屈強な兵士100人でかかっても、成功確率が低い最強のレア生物。警戒心も強く、とにかく幻扱いだった。


皇帝がこれらを望んでいて、売っていないかを調べていたのを諜報員は知っていた。


「使者様。こちらの品は辺境地で時々取れる物です。

見つけられれば兵士10人程度ですぐに取れますので、再度御所望でしたら、格安でお譲りしますよ。

我が軍の兵士は最強ですから、造作もないことですので。

ではくれぐれも、皇帝によろしくお伝えください」



使者は首をかくかく頷いて、足早に城を後にした。

「伝説のドラゴンとサラマンダーを10人で? それになに、甘露煮って。この剥製も目茶苦茶大きくて重いよ。

でも断ったら睨まれそうだったし。

もうこの国、イヤーーーーー!!!!!」


逃げるように帰る使者。

貰ってひきつる皇帝。


「なんで私が、これを探している情報が漏れているんだ? 恐すぎるんだけど!」


「辺境伯の兵士って、どうなってんの? 化け物か?」


余計なちょっかい出すのは、やめようと思った皇帝とその部下だった。



その後に物の値段を次第に戻したが、大きな反発なく “仕方ないな” と受け入れられた。

新聞などで無血で国王が変わったことを事実を知った民衆は、国が変わることを受け入れたのだ。


◇◇◇


元王太子のスティーブンは人柄の良い優しい男で、リズマリーの炊き出しのことを知り、密かに動かせる資金で援助していた。そして国王に進言し、鉄塔に幽閉されたのだ。


「政治もわからんのに、口を出すな馬鹿者が!」


「そんな。せめて考えることだけでも」


「俺に命令するな、愚か者! 

俺に逆らうお前など、鉄塔に入って出ることを禁ずる」


国王は優秀で優しく、みんなから好かれるスティーブンに恐れを抱いていた。自分の地位を脅かされることを。


だから何を言っても受け入れられず、息子を庇う聡明な王妃ごと幽閉したのだ。


宰相も国王の若い時からの腰巾着で、スティーブンや王妃の言葉、その他の大臣の言葉も聞き入れなかった。


彼らに少しでも諫言を聞く理性が残っていれば、どこかで変わったかもしれないのに。



リズマリーはローラン公爵の孫であったことを、あの時ほど悔やんだことはない。そうでなければ、スティーブンの横に立てたかもないのだ。でも今、公爵家は伯爵まで降爵し、当主も祖父ではなくなった。


帝国から王命の取り消しも出されたので、自分を利用する気はなくなったと思われた。


そしてスティーブンと王妃は、反乱の起きる前にアーモンにより、王族籍から既に外されていたので、罰を受けることもなかった。



だが、スティーブンは言う。

「父を止められなかったのだ。僕にも責任があります」


王妃もだ。

「諫言をしても受け入れられなかったのは、信頼を得られなかった私の罪です」



「じゃあ今度こそ、その知識を国の為にお貸しください。スティーブン様と、王妃いえララーナ様」

アーモンは、今だけはと臣下の令をして協力を仰いだ。


「そんな、顔をあげてアーモン。いくらでも協力するわ」


「僕もです。辺境での魔獣討伐でも、何でもしますから」


「おおっ。ありがとうございます。

では、手始めに……………………」



◇◇◇


アーモンのお願いで、スティーブンとリズマリーは婚約した。

将来的にスティーブンは、クリスティーヌの養子になり辺境伯を継ぐことになる。リズマリーはその伴侶となり辺境伯夫人となるのだ。


スティーブンは一度断ったが、クリスティーヌの体のことを聞き受け入れた。自分を信用し、そこまで言ってくださるならと。


リズマリーは心の中で大喜びし、表情にも笑顔は溢れていた。ずっとスティーブンを思ってきたから。


リズマリーはの亜麻色の艶髪で、アメジストの瞳の美人。ちなみに、スティーブンは 普通顔であるが、それを上回る性格の良さがある。



(あの性格じゃあ、王になったら生きづらかっただろうな。この辺境で筋力を鍛え、リズマリーと領地を発展させる方が幸せだろう)

なんてクリスティーヌが思っている頃、若い二人はドキドキしていた。


だって婚約したすぐ後に、辺境に送られたのだから。

馬車も勿論一緒だった。


つい先日まで、王太子妃になってしまう前に死のうと思っていたリズマリーであるが、恋愛経験にはその度胸は発揮できない。照れまくり俯くだけである。


雰囲気を読めないアーモンからは、「王太子妃じゃなければ、大好きなスティーブンと結婚できるぞ。良かったな、幸せになれよ」 と大暴露されて馬車に乗せられたのだから。


照れている様子に、スティーブンも照れ笑いして伝える。

「君が炊き出ししているのを聞いて、何度か見に行ったんだ。

君は “偽善者、帝国の娘” と罵られても、笑顔を絶やさないで配膳していたね。

その時に僕は、君は強くて美しいなと思ったんだ」


ああ、恥ずかしい。

こんなこと始めて言ったからと、真っ赤になるスティーブン。

その様子に微笑むリズマリーは、生き生きとしていた。



そしてスティーブンには、今後辺境伯の兵士との地獄の訓練が待っているのだった。



◇◇◇


サンベルナはアーモンが国王になったことで、次期王位継承権1位となった。

リズマリーが婚約し、次期辺境伯夫人となるからだ。


リズマリーが辺境に行く別れの日、サンベルナはリズマリーを抱きしめた。


「元気でいてね。

私も頑張るから、お姉さまもきっと幸せになってね」


サンベルナでは笑顔にしてあげられなかったリズマリーを、スティーブンはいつも微笑ませているのを見た時、自分が王位を継ぐことを決意した。


ローラン公爵が失脚した後なら、リズマリーが次期の王位についても問題ないと思った。けれど帝国の血はお姉さまをずっと悩ませてきたものだ。


彼女の憂いになるなら、やはり問題になるのだろう。


侯爵家に恥じないようにと、懸命に学んでいた完璧な淑女のお姉さま。


5歳年上で、寂しい笑顔しか見せなかったお姉さまは、スティーブンの隣ではにかんで微笑んでいる。



昨夜行われた送別の夕食会で、(アーモン)は言った。


「マリーアナ(リズマリーの母)は本当に綺麗で我が儘も可愛くて、大好きだったんだよ。

政略結婚って仲が悪いように思うだろ? 

でもな、俺はマリーアナのことが好きだったよ。

勿論お前のことも、大好きだ。

だから、アメリアの結婚の邪魔をしたなんて思うな。

どっちかと言えば、アメリアとの方が政略に近いからな。

辺境と王都の発展の為に、繋がりを持つ目的もあったから。

だから遠慮しないで、いつでも里帰りしておいでね。

待ってるからな」


「私も待ってるわ。私だって、貴女のお母さまなのよ」


「私は辺境に遊びに行くわ。手紙も書くから」



そこでは、たくさんの話をした。

家族だけではなく、辺境伯家の方やクリスティーヌ様も子爵家の方も、スティーブン様のお母さまララーナ様も。


ララーナ様はここに残り、元国王の様子を見ることになった。幽閉までされたララーナ様だったけど、国王のことを見捨てられないと言う。


「あの人は王の器ではなかったの。

でも王子があの人だけで逃げられなかったから、愚かな大臣達にいいようにされてしまった。

私も助けようとしたのだけど、馬鹿にするなと怒られたわ。

それでも何度も伝えたのだけれど…………

だから今、肩の力が取れているかもしれないわ」


寂しそうに囁くララーナ様からは、その後一筋の涙が零れ 「ごめんなさい、湿っぽいのはダメよね」 と、無理やり微笑んだ。


きっと、元国王のことを話したかったんだと思う。

ずっと自分の心だけに仕舞うのは、辛いことだから。


スティーブン様も、始めて聞いた様子だった。

「父上が、そんな風に思っていたなんて……………」

暫し回想に耽っていた(スティーブン)



その後は、アーモンは昔から面食いで振られてたとか、女優に惚れて貢いだとか、黒歴史を暴露されていた。


「やめろー、お前ら。それなら俺もばらす、男爵家のミランにこいつは「バカ、やめろよ。信じらんね」お前が言うな。はははっ」


「酒癖わりーな」


「モリンの元彼女は「あーあー、聞こえない、聞こえなーい」巨乳の」


「「「もう寝ろ、アーモン!」」」



カオスな送別会になっていたのだ。



◇◇◇


リズマリーは蟠りも少しとけ、柔らかい表情になって旅立った。

1年後の結婚式は、(サンベルナ)と父が参加し祝福した。王族全員は行けないので、母が留守番になった。

こんな時に王族は面倒ねと、残念そうだった。


お姉さまはとても綺麗で幸せそうで、どうして傍にいられないのだろうと少し寂しくなった。


辺境に行っても便りのやり取りは続き、第一子が生まれたと連絡が来た。2週間の距離は遠く、なかなか会えない日が続いた。その後に第二子を妊娠したと報告が来た。


私は次期女王となる教育を受けている。

お姉さま程優秀ではないから、とても大変な日々だ。


私は、お姉さまに笑って欲しかった。

夢が叶って良かった。


今はただ、自分の寂しさは押し込めて、前を向くしかないのだ。


さすがに私の王配は、何人かの候補の中から探すことになる。お姉さまのように、夫となる人を好きになれるかはわからない。




私は誰かの為に命を投げ出そうとする、お姉さまのことが心配で心配で堪らなかった。

部屋を訪れると死んでいるかもしれないと、いつも不安だった。


私は父と一緒で美しいものが好きだ。


『私はあの時の、憂いを帯びたお姉さまの顔が脳裏に焼き付いている』


お姉さまには幸せでいて欲しい。


でも、あの時のお姉さま以上に、美しいものは未だに見つからないのだ。



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