あたち、魔女だよ!!
礼様(ID:1962003)に頂いた三枚の絵を基に、お話を考えてみました。途中で挿絵として入れています。
いつもの私のテイストとはちょっと違うかも? な、ヒューマンドラマです。
マギーが死んだのは8月の終わりだった。
まだ残暑の厳しい時期を彼女の弱った身体は乗り越えることができなかったのだろう。
18年前に公園で濡れながらミイミイ泣いていた彼女を、当時小学一年生の俺が拾ったのが最初の出会いだった。
マギーの金色ともハシバミ色とも言える宝石のような瞳に見つめられると、その黒く艶やかな毛並みに触れたくなってたまらなくなった。まるで魔法で魅了でもされたように。気が付いたら俺は彼女の背中を撫でながら抱え、そのまま自宅への道を歩いていた。
最初は「猫を拾ってくるなんて!」と怒っていた親父も母さんも、呆れていた姉貴も。その日の晩にはみんなが彼女の虜になっていて「やっぱり魔法だ」と思った。
だからそう言ったら、姉貴が魔法から名前を取ろうと言って。親父がMAGICだと言って。母さんがマギーにしようと言ったのだっけ。
あの時のマギーは子猫だった。だから多分享年は18歳だ。
猫としては充分に長生きだったし、晩年の彼女は痩せて一日中寝てばかりいて、あの黒々とした毛並みは艶を失い白髪も混じっていた。だから家族で事前に話し合い、いつ彼女が亡くなってもおかしくないと覚悟しようと言っていた。
それなのに。結局「覚悟」なんてものはできてなかったんだろうな。
いざマギーが死んでしまったら、俺も、姉も、両親もメチャクチャ泣いた。俺なんか冷たくなったマギーの身体を抱きしめてオーイオーイと声をあげて泣いたらしい。よく覚えてないけど。
次の日もその次の日も。仕事の合間や飯を食べている間、風呂に入っている時などふとした時にマギーを思い出して泣きそうになった。
同僚に「失恋でもしたのか?」と訊かれたけど、ニ年以上付き合った彼女にフラれた時だってこんなに泣かなかったぞ。
だけど時間薬ってすごいな。ひとつずつ日付が変わるたび、あんなに辛かったマギーの事を考える回数や時間が徐々に減っていき、いつの間にか俺は日常の俺に戻っていた。多分人間って、毎日細胞と共に生まれ変わっているのかもしれない。
☆
10月。高校時代の悪友にパーティに誘われた。ハロウィーンの夜、S駅近くのカラオケ付きの小さなバーを貸し切りで、飲んだり歌ったりするんだとさ。
「必ず仮装してこいよ!」
いやいやいや、その日は平日じゃん。俺、普通に仕事だぞ? 社会人三年目でようやく大きめの仕事もちょこちょこ任せて貰えてるのに、そんなんで休めないし。
「最近お前元気なかったじゃん。ぱーっとやろうぜ」
友人なりに俺の事を気遣ってくれていたのか、単なる騒ぐ口実にしたかったのかはわからないが、そう言われると断りづらい。だからこう言った。
「じゃあ高校ん時のカッコでいいなら」
仕事のスーツを脱いで、白いワイシャツに高校の制服のネクタイとズボンを着替えるだけなら、まあ大した荷物にもならないだろう。
「あ、おまえあん時チョーシ乗ってヘアバンドとかしてたよな? それも追加で!」
ひいい、今の知り合いに見つかったらめちゃくちゃハズイんだが!?
☆★
10月31日。仕事を終わらせてから駅のトイレで着替える。
マギーの事があってから、暫く何もかもが面倒くさくなって髪を切りに行ってなかったので、丁度高校時代ぐらいの長さになっていた。ヘアバンドで前髪をあげると懐かしいスタイルの出来上がりだ。制服のズボンはちょっとだけウエストがキツくなっていたけど、まあ暗がりで見れば高校生に見えなくも……ないか? いや、やっぱりコスプレ感がすごい。
電車に乗ると同じように仮装をした人が何人も車内にいた。途中駅に着くたびにそういった人間が徐々に乗り込んで増えて行き、S駅で全員が電車から吐き出されるようにドッと降りた。改札を出て駅前広場に立ち尽くすと、色とりどりの衣装を身に着けた人達が楽しそうに俺を追い越していく。俺自身が仮装した人間のひとりなのに、どこか褪めて「皆こういうイベントが好きだな」と考えた。
交差点を渡り華やかな街の入口に辿り着く。そこは人で溢れかえっていた。すでにお祭り騒ぎで叫ぶ奴、何故か歌ってる奴、スマホで自撮りやライブ配信する奴、ナンパしてる奴……。様々な人間の熱気と勢いになぎ倒されそうで思わず端に寄る。と、着崩していたシャツの裾をくい、と斜め下から引っ張られた。
「お?」
引っ張られた勢いに任せ頭を斜め下におろせば、そこには小さな女の子が裾を掴んだまま俺を見上げる図があった。
多分魔女のコスプレかなという黒い服。肩には星の形の小さなバッグをかけている。赤いツインテールの髪はウィッグか地毛か。そこにリアルなケモ耳のカチューシャをつけている。大きなつり目は、街のきらびやかな照明を受けて金色に光っていた。
「あたち、魔女だよ!!」
女の子は小さな両手をパーにひろげて差し出した。
「おやつちょーだい!」
「えっ」
……えっと、これはトリック・オア・トリートってやつか。しかしお菓子は用意していなかった。
いやいやいや、それよりも、こんな時間にこんな場所でこんな小さな子がひとりとか、どう考えてもマズい。
「君、名前は? パパかママはどこ?」
俺が質問をすると女の子は鼻に皺を寄せ睨んだ。不愉快な顔なのか、変顔なのかわからない。
「あたちは! 魔女にゃの!!」
「わかったけどパパかママは……」
「ケチ! おやつくれにゃいにゃら、帰る!」
そう言うなり女の子は夜の街を駆け出そうとする。俺は慌てて彼女を止めようとした……が、彼女は俺の手を魔法のようにするりと掻い潜る。マズい!
「わかった! おやつ買うから! な! そこのコンビニで買おう!」
俺の叫びに彼女はキキッと音がしそうな勢いで止まり、肩越しにこちらを見た。大きな目でねめつけられてるが、なんかニヤっとしてるようにも見える。
☆★☆
大丈夫か、これ。見知らぬ女児のおやつを買ってあげてるだなんて、事案として通報されないだろうか。俺はコンビニで会計の列に並びながらヒヤヒヤしていた。
ホントはコンビニで警察に連絡して彼女を保護して貰う魂胆だったけど、店内はコスプレした客でごった返していた。ここでお巡りさんを待つのも迷惑だし、そもそもここまでお巡りさんが来てくれるのに時間もかかりそうだ。
仕方ない。おやつで釣ってこの子を誘導し、駅前の交番まで戻ろうと考えていると、
「これ! これもほしい!」
列に並んでる俺が持つカゴに、遠慮なく女の子が新たな商品を放り込んだ。……ん? 鮭とば? これおやつっていうよりおつまみだろ?
「合計で1489円です」
お、結構買ったな。ホントに遠慮がない彼女がレジ袋に手を出そうとしたのを察知し、間一髪先に取って空中にぶら下げ店を出た。女の子はレジ袋に向かって手を伸ばし、ぴょんぴょんとジャンプする。
「おやつ~~!!!」
「おやつあげるから名前を教えなさい」
彼女はまた鼻の頭に皺をよせた。今にも噛みつかれそうな勢いだ。
「だから、あたちは! 魔・女・だ・よ!!」
まだ言うか。なかなか強情なやつだ。そのなり切りぶりには敬意を表したいが埒が明かない。
「じゃあ、パパやママやお友達には何て呼ばれてるの?」
「……」
女の子は膨れっ面をして大きな目でこちらを睨んでいたが、すぐにぽつりと言った。
「……まーちゃん」
「まーちゃんか。じゃあ、はい、おやつ」
レジ袋を持った手をまーちゃんの目の前まで下げると、まーちゃんは袋をサッとひったくり、目をキラキラさせて中を見ていた。鮭とばを嬉しそうに抱えたが、最近の子はこんなのが好きなのか? カラフルな綿あめとかで喜ぶものじゃないのか?
「まーちゃん、パパとママは?」
まーちゃんは目をぱちぱちとしながら首をかしげた。
「? 今日はおうちにいるの? おねえちゃんは?」
「え?」
また会話がかみ合わなくなった。なんでこの子は俺の質問に質問で返しているんだ。まあ、ちっちゃい子の言う事だからなぁ。でも「おうちにいる」って事は、まさか。
「まーちゃん、もしかして一人でここに来たの?」
「ううん、タイちゃんとニノちゃんとおばあちゃんと来たんだよ!」
ああ、なんだ。祖母が保護者で付き添ってきたのか。しかし老人の身で小さい子連れでこの騒がしい所に来るのは大変そうだな。あ、でもおばあさんならこの街では逆に目立つから見つけやすいかもしれない。なんて考えていると、まーちゃんが俺に質問する。
「ひとりで来たらいけにゃいの?」
「そりゃそうだろ。こんなところにひとりで来ちゃだめだよ」
「ふーん?」
彼女は不思議そうな顔をした。大きな目がきらっと光る。
「「まーちゃーん!!」」
可愛らしい子供の声が聞こえた。なんだかハモっていないか? と思いつつ声のする方を見て納得した。
「タイちゃん! ニノちゃん!」
これまた妖精みたいなコスプレをした男の子二人がこちらに走ってくる。同時にまーちゃんも駆け出し、三人は真ん中でひとまとまりになった。この子達がさっき言ってた、一緒に来た子か。多分双子かな? 衣装も顔もそっくりで、違うのは片方だけメガネをかけていることだけ。
「おばあちゃんは?」
まーちゃんが訊くと、二人は同時に来た方角を指差した。
「「あそこだよー」」
指の先、30メートルほど離れた場所には確かにおばあさんらしき人がいる。その人はこちらにぺこりと頭を下げた。俺も頭を下げながら、なんだかそのおばあさんに見覚えがあるような気がした。でも遠目だからよく分からない。まあ、多分気のせいかな。
「家族が見つかって良かったね。じゃあバイバイ」
「えっ、遊んでくれにゃいの?」
「うん、お兄さんは約束があるから」
まーちゃんは凄くがっかりした顔をした。
「そっか……じゃあまたね。りょーちゃん!」
「うん」
彼女がくるりと振り返り、双子達と一緒に走っていく。その後ろ姿には猫のような黒い尻尾がピンと立っていた。糸で吊っているのでも、針金が入っているのでもなさそう。凄く良くできてる。まるでマギーの尻尾みたいな……。
「あっ!?」
今「りょーちゃん」って言ってた? 俺、名乗った覚えはないのに!
慌てて目を凝らすが、色とりどりの雑踏の向こう側には、もう女の子も双子もおばあさんも見えなかった。
☆★☆★
「それ、オバケかもね。猫が化けて出たんだよ」
高校の同級生の女子がジントニックを片手に、もう片手に小さな水晶玉を持って言った。彼女は占い師の格好をしている。彼女の水晶玉にバーの狭い内装が湾曲して映っていた。
「化けて? そんなワケないだろ!」
俺を誘った悪友は紅白のラグビーのユニフォームを着ている。ポテトをつまみにビールを飲みながら笑い飛ばした。女子は口を尖らせる。
「え~知らないの? ハロウィーンって日本で言うところのお盆なんだから!」
「えっ、だってトリックオアトリートとか言ってお菓子バラまくじゃん。どこがお盆なんだよ」
「だから、オバケがあの世から来て人間にイタズラするから、皆イタズラされないようにオバケのフリで仮装をするのよ。それにかこつけて、オバケの仮装をした子供が『お菓子をくれなきゃイタズラするぞ』って言う風習なのよ~」
「じゃあオバケの仮装じゃなきゃダメじゃね? お前その占い師、人間だろ」
「お前もな(笑) なんでラグビーよ」
「あっ、亮介なんてモロ人間じゃん! 高校のカッコだもんな」
「……」
「亮介? どしたん?」
二人の会話を聞いた俺は力が抜けてバーのカウンターにもたれかかる。そんな、そんな事ってある??? 愛猫がハロウィーンの日にオバケになって帰ってくるなんて。
「だからまーちゃんだったのか……」
キャットタワーのてっぺんに登ったマギーは時々俺の声が聞こえないフリをすることがあった。そんな時はいくら「マギー」と呼んでも無視。
だけど、親父や母さんが「まーちゃん」と呼ぶと何故かこちらを向いてくれた。まーちゃん呼びの方が気に入っていたのかも。
「……だけどさ、最初から『自分はマギーだ』って名乗ってくれたらよかったじゃん。そしたら俺だって信じたかもしれないのに!」
「名乗ってたんじゃね?」
「え?」
悪友はうーんと腕を組みながら言う。
「だってさ、普通人の名前に『魔法』ってつけねーじゃん? マギーは自分を猫じゃなくて人だと思ってたんじゃね? だから魔法を使える魔女だって名乗ったのかもしれねーぞ」
「あー、ありそう~」
二人の言葉に俺はますます項垂れる。あの子が一所懸命に「あたち、マギーだよ!」と言っていた姿が目に浮かぶ。マギーは必死に訴えていたのか。俺の目がじわりと熱くなる。
「そんなのって……」
「あ~、ホラ、泣いちゃったじゃん。あんたのせいだよ」
「え? オレのせい!? おい亮介、元気出せよ~ほら、来年またチャンスあるよ」
「……え?」
「その子はまたねって言ってたんだろ?」
確かに。言ってた。「じゃあまたね。りょーちゃん!」って。
☆★☆★☆
「お線香をあげさせて貰ってもいいですか。生前、うちの子がお世話になったので」
近所の家に菓子折を持って挨拶に行ったら酷く驚かれた。まあ、そうだよね。この家のおばあさんが亡くなったのは半年も前だったし。でもその時はマギーの体調が悪くてそれどころじゃなかったって言い訳をしたら信じて貰えた。
「まあ、わざわざご丁寧に。どうぞ」
ごくたまにマギーが家から脱走した時は、この家の猫たちとおばあさんと遊んでいる事が多かった。仏壇には猫二匹を膝に乗せて笑顔のおばあさんの写真が飾られている。猫は双子の兄弟で、シャムの血が入っているのか一匹は眼鏡をかけてるみたいに目の周りが黒かったけど、それ以外はそっくりだった。名前は古風で太一郎と弐之助と言うそうだ。ニ匹はおばあさんが亡くなったあと、後を追うようにこの世を去ったらしい。
俺は仏壇に手を合わせた。どうか来年もハロウィーンの日に来てくれますように。マギーに「ひとりで来ちゃだめ」と言ってしまったから、おばあさんと彼らがついてきてくれないと多分来られないだろうと思ったのだ。
☆~★~☆~★~☆~★
そうして今年のハロウィーンの日も、俺はS駅に降り立ったわけだ。
ゲンを担ぐため、今年も高校時代の格好で。ちょっと太ってたからジムに通って絞ったりもしたんだぜ。悪友と同級生には「そこはオバケの格好じゃないの?」ってツッコまれたけどさ。だって俺らしい格好をしておかないと、マギーが俺を見つけられないかもしれないじゃん。
今年はここでハロウィーンの集まりをしないで下さいと区長がアナウンスしたおかげで、仮装をしている人は殆どいない。あきらかに高校生じゃない俺が高校生の格好をしているのは何かのアニメのコスプレだろうと判断されたのか、すれ違う人が白い目で見てくる。いつもの俺だったらすぐに逃げ帰っていただろう。でもずっとこの日を待っていたんだ。逃げるわけにはいかないし、許してほしい。
信号を渡ると、人は多かったが仮装をしている人はまばらだった。俺は道の端の方に寄る。一年前のように。と、シャツの裾をくい、と引っ張られた。引っ張られた方向に顔を向けると斜め下にはきらりと光る、金色のようなハシバミ色のような大きな瞳。
「あたち、魔女だ」「うん!! おやつ食おうな!!」
俺は食い気味に応え、鞄の中から猫用の鮭とばを取り出した。周りの人が驚いた目で見ている気がするが、そんな事知るもんか。年に一度の、今日しかかからない魔法なんだ。めいっぱい楽しんでやる。イタズラでもなんでも、どんとこい!
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