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伝言

 夜一に伝言を頼んできた幽霊、光の語るところによれば彼女は二年前に交通事故で亡くなったらしい。

 そして、妹のことが心配だった彼女は成仏することができず、死してなお千奈を見つめ続けているのだという。


「お墓参りは月命日毎じゃなくて年に一回……ううん、五年に一回でも十年に一回でもいいから、千奈はもっと自分の時間を大切にして。それと、私の部屋は当時のまま残しておくんじゃなくて、ちゃんと片付けて有効活用すること。後、悩んでることがあったら一人で抱え込まずお母さんたちや瑞希ちゃんに相談するように。えっと、それから――」

「待て、いつまで続ける気だ。僕は手短にまとめろって言ったろ」


 千奈に伝えて欲しいという伝言を延々と口にし続ける光に対し、夜一がしびれを切らして声を上げる。


「えっと、これでもかなりコンパクトにしたつもりなんですけど」

「どこが。明らかに長すぎなんだよ。僕に伝えて欲しいなら、もっと削れ」


 光からすればこれでも少なすぎるくらいなのだけど、夜一のうんざりした表情を見るに些か自分の気持ちを先行させすぎたらしい。

 

 結局のところ、どれだけ口うるさく言ったところで今さら意味はなくて、本当に伝えるべきなのは自分の正直な気持ちだけなのかもしれない。

 そんな風に考えた光は一度深呼吸をしてから、一番大事なことを伝えるために口を開いた。



 ◇



 千奈の目の前で何やら訳のわからないことばかり口にしていた少年は突如として神妙な表情を作って黙り込み、やがてつまらなそうに息を吐いた。


 一体、どうしたのだろう。

 疑問に思い声をかけようとしたところで、少年は千奈の方へ向き直り伏し目がちではあるものの初めて自分から目を合わせ青色の瞳に千奈の姿を映した。


「お前が、棗千奈で合ってる?」

「ええ、合っているけれど」


 少年から投げかけられた問に、千奈が困惑混じりの声で答えを返す。


 千奈には少年の顔に見覚えなんてないし、仮にどこかで会っていればこれだけ特徴的な容姿の相手を忘れることなんてないと思うのだけれど。


 どうやら、少年の方は千奈のことを知っているらしい。


「僕は宵宮夜一。あーその、今からお前に伝言を……やっぱ、やめていいか? 正面から顔合わせると、こいつめちゃくちゃ怖いんだけど」


 千奈と顔を合わせているのに耐えられなくなった夜一が日和ったことを言い出し目線をずらすと、光は目だけが全く笑っていない状態で微笑み小首を傾げてみせた。


「ダメですよ。だいたい、千奈が怖いって何ですか? 千奈より可愛い子なんてこの地球上のどこにも存在しませんよ?」

「え、いや、確かに美形だけど圧が凄いし、可愛いというよりはこわ――」

「何か、千奈に文句でも?」

「……いえ、千奈さんは世界一可愛いと思います」


 千奈に対する否定的な意見を聞くといきなり人が変わった光を見て表情を引きつらせた夜一は触らぬ神に祟りなしとばかりに発言を撤回し、力なく項垂れる。


 そして、二人のやり取りのうち夜一の発言だけを聞いていた千奈はというと、いきなり褒め言葉らしきものを口にした夜一を前に余計に視線を鋭くした。


「あなた、さっきから何が言いたいの?」


 冷ややかな千奈の声を聞いてこれ以上の先延ばしは無理だと観念したのか、夜一は恐る恐るといった様子で顔を上げ再び千奈と目線を合わせた。


 正直、千奈としては初対面の相手にいきなり妙なことを言い出す夜一をまともに相手する必要があるとは思えないし、無視して立ち去ってもいいような気がするのだけれど。

 彼と目を合わせていると、なぜだかその青い瞳の中に姉の顔が映っているような気がして、どうしても目を離せない。


「あーその、僕はお前に当てた伝言を頼まれてる。だから、今から伝えるぞ」


 一体、誰から。

 そんな疑問を抱いた千奈は口を開き彼に問を投げかけようとしたけれど、それよりも早く夜一の口からは誰かから託されたのだという言葉が紡がれ始めた。


「あの日は結局、どっちが晩ご飯の買い物をして帰るかで喧嘩になったまま学校に行ったからちゃんと言えなかったけど、あれは私が大人げなかった、ごめん。それから、入学おめでとー。……だってさ」


 伝言を聞き終えた千奈の目は大きく見開かれ、指先は微かに震えている。


 口元は何か言いたげに開かれては閉じるという動作を繰り返しており、明らかに動揺しているのがわかる。

 夜一としては、いくら死んだ人間の言葉を代弁したところで生きている人間が本気でそれを信じるとは思わないし、言葉に込められた想いが強ければ強い程に虚しい気分になるのだけれど。


 様子を見るに、光から託された言葉は千奈にとって少しくらいは意味のあるものになったらしい。


 聞く耳を持たずにペテン師扱いされることも多いことを考えると上々の反応だ。


 まあ、だからといって目の前にあんたの姉がいると言って信じてもらえるわけではないだろうし、光には悪いがこれ以上付き合う義理もない。


「ちゃんと伝えたし、今度こそ僕は行くぞ」


 夜一が踵を返し歩み去ろうとすると、背後から伸びてきた手が彼の肩を掴み強引に振り向かせた。


「もう……だから関わりたくなかったんだ」


 小声で愚痴を漏らした夜一の視線の先には、夜一の肩を掴みじっと彼の顔を見つめている千奈の姿がある。



 ◇



 光が事故にあった日は両親が仕事で家を空けることになっていて、放課後に友達と遊ぶ約束をしていた千奈は光と夕食の支度を押し付け合っていたのは確かだけれど。


 今まで、千奈がそのことを誰かに話したことは一度もない。


 両親でさえ、あの日に姉妹の間で行われた喧嘩のことは知らないはずだ。


 それなのに、千奈の目の前にいる夜一という少年は当然のようにあの日の喧嘩について言及し、あまつさえ本物の姉のような台詞を宣った。


 どう考えても、彼は姉と無関係ではないだろう。


「あなた、姉さんを知っているの?」

「……いや、僕は通りすがりに伝言を頼まれただけだし、光のことなんて大して知らないけど」

「やっぱり、知っているのね。教えて。喧嘩のことは姉さんから直接聞いたの? なぜ、あんな言い方をしたの。あなたと姉さんの関係は何。どうして、今になって――」

「ああ、もう! 知らないって言ってるだろ」


 千奈の台詞を遮ってから、夜一が体を揺すり肩を掴む千奈の手を強引に引き剥がしにかかる。


 夜一がこれ以上の会話を望んでいないことは千奈の目にも明らかだし、普段ならこれ以上食い下がるような真似はしないのだけれど。

 姉の名前を出されてなお相手の意思を尊重する程の余裕は千奈にはない。


 結果、夜一が逃げようと体を動かす程に千奈は腕に込める力を強め、次第に彼女の指は制服越しに夜一の体へ食い込み始めた。


「いたた! ちょ、痛いって。手、離せよ暴力女」


 夜一が抗議の声を上げても千奈は聞く耳持たずといった様子で、彼を解放をしてくれる様子は微塵もない。


 いっそのこと、光の幽霊がいることを教えてインチキ霊能者扱いされればドン引きして向こうから離れてくれないだろうか。

 夜一がそんな風に考え始めたところで、彼が全く予想もしていなかったところから救いの主は現れた。


「ちょっと、千奈!? 何やってるの!?」


 自分の後ろを付いてきているはずだった千奈が足を止め見知らぬ少年と徐々に剣呑な雰囲気になっていくのを見て、瑞希は慌てて二人の間に割って入り千奈を少年から引き剥がした。


「瑞希、悪いけど邪魔をしないでちょうだい。彼は姉さんを知っているようだから。少し、話を聞こうとしているだけよ」

「だけって、全然そんな雰囲気じゃないじゃん」


 千奈にとって光の存在がいかに大きなものかは瑞希だって理解しているつもりだし、光の名前を出されては冷静さを保っていられないのも無理はないと思うけれど。


 流石に、今の千奈は感情的になりすぎだ。


「これから入学式もあるんだし、話がしたいなら後で落ち着いてからにしないと相手にも迷惑だよ、ね?」


 千奈を説得するために言葉を投げかけながら瑞希が同意を求めるようにして夜一の方へ顔を向けると、既にそこには誰もおらず遠くに脇目もふらず走り去っていく銀髪の後ろ姿が見えた。


「あれ? 行っちゃった? ……というか、これから入学式なのにいいのかな?」


 校門の外へ消えていく夜一を見て彼は入学式に出席しなくていいのだろうかと疑問に思いはしたけれど。

 今さらどうすることもできない瑞希は不満気な友達を宥めながら、夜一が走り去っていったのはとは正反対の体育館へ向かって歩き出した。


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