◆ 7・アイヴィーの心配 ◆
通りを去っていく三つの人影を見つめるアイヴィーは、アパートの屋上にいた。
照りつける太陽の下、コンクリートの塀に片足を掛け立つ。
滴る汗を拭い、彼女は今しがた追い払った刺客を思い起こした。
六人組が襲撃してきたのは今朝方の事だ。
コニーがフラン達の部屋の前で二名を死体に変え、ジョザイアが一名と遊んでいる頃、アイヴィーは屋上からやってきた二名の首をへし折っていた。
着々と処理を進める中、現れたのは大男だ。
悠に頭二つ分は高い筋骨隆々たる男の蹴りを食らったのは、無防備なジョザイアが真後ろにいたからだ。彼の悪癖の所為だとは思わない。動物並みの嗅覚で反応するジョザイアが反応できないのだと気づいた瞬間、アイヴィーの心も決まっていた。
思考も一瞬なら、腹にめり込んだ蹴りに息を詰まらせたのも一瞬。
すぐに銃弾を撃ち出した。
男はそれらを少ない身のこなしで避けて、アイヴィーの顔面目掛けて拳を繰り出す。寸での所で、蹴りを放ち、同時に距離を取った。
流れるような動作で構える男の動きは洗練されている。アイヴィーですら相手の実力を認めるほどだった。
ありゃぁ、タダの雇われモンじゃねぇ。
「ねぇ、怒ってるの?」
「あ?」
背後に立つ美貌の殺人鬼は思う所があったのか難しい顔をしている。
その足元には三体の刺客が転がっていた。コンクリートの地面は赤黒く染まり、彼らの死は決定していた。
「僕が暢気に死体と遊んでたから、ボスが蹴られちゃった」
「ああ、気にすんなよ。ありゃー、あたいのミスもあった」
問題は逃げた人物である。
アイヴィーは自分から逃れた大男を思い出し、小さく舌打ちをした。
彼女の撃ち出した全ての弾を避け、投げたナイフを叩き落し、迫るナイフの切っ先すら――真っ向から受け止めて斬り合うこと数回。
大男は潔く逃げた。
ただ腕が立つだけならいいが……、嫌な予感がする。
いくらジョザイアが死体と遊ぶのに夢中だったとしても、敵の気配を捉えられないほどだったろうかと回想する。答えはノーだ。
気狂い殺人鬼と言えどジョザイアの腕は一級品だ。いまだかつて、ジョザイアが自分の間合いに現れた異常に気付かない事はなかった。
「ジョザイア、あたいはしばらく姿を晦ますぞ」
「えー」
「なんだよ」
「前線に戻らないの? 辞令出てたの知ってるよ」
「なんで知ってんだよ」
「ボスが無視ってるから、僕らに直接連絡来たし。珍しいよね。ボスが命令に逆らうの」
「逆らってねぇーよ。それに……仕方ねぇだろ、アイツは一度心臓が止まったんだ。どうなるか……あたいにも分からねぇ状態だ」
心臓が止まったフランに血の気が引いた。ひたすら人工呼吸と心臓マッサージを繰り返した事は記憶に新しい。体から体温が消えていくのを苦い思いで受け止めたのだ。
心臓が再び動き出した時の脱力感を、アイヴィーは死ぬまで忘れないだろう。
「もしもモドリモノになるなら、今普通に動いてないと思うけどね」
「かもな。……そうなら、万々歳だ。ま、クリフに有給叩き付けてきたからには、短期決戦で結果を出すしかねぇんだよ、あたいは」
「辞令は先送り? 何日後?」
「休暇は昨日からカウントになるんじゃねぇーかな」
黙りこんだジョザイアを振り返る。
「なんだよ? ジョザイア、文句か?」
「僕はね、ご褒美の血が目当てだから敵に区別はつけないし、ご主人様が『敵』だという相手に噛み付くようになったよ? でも守るのは契約外でしょ。それを、二週間も、自分の身すら守れない子供の護衛だもん。あーぁ、前線がいいな。最前線にいたい。死が見たい、死と血、血、血、真っ赤な血っ」
「血ならココにもあんだろ。『ヤツら』より新鮮で赤いじゃねぇーか」
段々と息を荒くして、美青年は床の地をすくいあげて頬に塗りたくる。臭いを嗅ぎ、手指についた血を舐める彼の瞳孔は開き切っている。
「ああああ、コレコレコレっ! 血をいっぱいいっぱいいっぱいいっぱい浴びるんだっ。皆は『アレら』を化物って言うけど、僕にとっては同じだよ。色はちょっと違っても血を見せてくれるんだからっ。しかも死んでもくれるっ、それに殺しても引き裂いても怒られないっ、最高さっ。おまけにご褒美に人間狩りもさせてくれる! あぁ、早く早く早くイキたいっ」
息も荒く叫ぶ男を冷たい目で見つめる。閑散として見えても一応は民家の集落である。この声を聞く者がいない事を祈るばかりだ。
「……ジョザイア」
ピタリと動きを止める体。糸の切れた人形のようにダラリと力が抜け、顔からも表情が消え去る。やがて上げた顔には微笑が浮かんでいる。
「ごめんなさい、ボス」
「……お前はバカ犬だな。顔は良いってのに、頭が悪ぃーよ」
「そう?」
「どっちへの疑問だよ。ったく。お前の任務は弟を守る事じゃねぇ。弟を狙ってきた奴らをぶっ殺す任務なんだぞ」
ジョザイアが綺麗な紫の瞳を瞬かせる。
「殺す、任務?」
「そうさ。フランはタダの撒き餌だ。お前の大好きな餌を釣ってくれる。二週間、アイツを狙ってきた奴らの血を好きなだけ浴びていいのさ。あたいがいない事をチャンスと捉えたバカがワンサカやって来るだろうしな」
「殺して、いいんだ?」
「但し、相手の人相と特徴はメモしてユージェに渡せ。それさえ守れりゃ後は、お前の好きなようにしな。……久々だろ? 市民生活の中での殺しは」
「……そう、だったの? そうだったんだ……っ。任務は殺しなんだねっ」
うっとりとする美青年を尻目に、アイヴィーの視線はシャノンへと巻き戻る。
一つだけ分からねぇのは、あのガキだ。
シャノンはいかにも初めて見た町の風景に目を奪われているようだった。
「だがジョザイア、あの大男が出たら逃げろよ?」
「逃げるの?」
「あたいは博打が嫌いだ。みすみす部下を死地にはやらねぇ」
不服そうなジョザイアを見てため息をつく。
「命令に従わねぇ犬は、いら……」
「従うよ。でも思ったんだ。どうしてあの人を感知できなかったんだろうって。僕が分からないなんてさ……可笑しいよね? 多分あの時、ボスが蹴りを受けてくれなかったら、僕の内臓はグシャグシャになってた」
ありえなくは、ねぇーな。
尤も、アイヴィーは本人が思っている以上にジョザイアの腕を見込んでいる。内臓破裂の死亡とはいかなかったろうとも思っているのだ。
「アレ、ボスだから耐えられたんでしょ。だからわざと受けて、僕を守ったんだ」
「ジョザイア、何が言いてぇーんだよ」
「あの子達が危険になっても、逃げるのが命令?」
「ああ、全員で逃げな」
交差した視線を外したのはアイヴィーが先だった。
「……了解しました。でもボス。ボスの弟を囮にするのはとっても能率的だけど、いいの? また死んじゃうかもよ?」
「……いつまでも、姉のスカートの中に隠れてるわけに行かねぇだろ、アイツも男だ」
「僕、見た事ないよ?」
「何を?」
「ボスがスカート穿いてる所」
思わず振り返れば、キョトンとした顔のジョザイア。
「ふざけんな、あたいだって女だぞ」
「そう?」
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