◆ 6・守られる存在
次の日、フランは普通に起き上がり入浴も済ませる事が出来た。勿論、食事は今までのお礼だと言い放ちシャノンには食材一つ触らせずに用意をした。
玉ねぎだけのスープとスクランブルエッグ程度だが、間違いなく彼女の料理よりもマシだと言い切れる。味付けには塩胡椒しか使っていないが、お互いに満足のいく味だった。
死にかけた等というが、姉は医者を呼ぶ事もなければ薬を用意するでもない。フラン自身も撃たれた記憶はあるのに自分の回復力に驚いている。後遺症らしきものもなければ、動きずらいという違和感すらないのだ。
あれ? 看護士も介護士もいないっておかしくね?
姉が買ってきたというシャツとズボンを穿いた所で、気付いてしまった事に震える。まさかシャノンが――。
「し、シャノン……俺が、あー、寝てた間の風呂やトイレって……どうなって」
「それはアイヴィーさんがしてたよ?」
「……ね、姉さんが……っ」
フランはその場にへたり込む。慌ててシャノンが駆け寄ってきた。
「大丈夫っ?」
「う、うん……ちょっと、衝撃が」
ベッド脇にあるビニール袋には汚れた服が入っていた。丸められていても養成所の制服だと分かり、袋に手を伸ばす。
あの日の事が蘇ると同時に、ギルに頼まれていた手紙の事を思い出したのだ。
「あ、それ。手当ての時に破いたりして……結構ボロボロだけど、取っとけってアイヴィーさんが。捨てるかどうかはフランが決めるって言ってたの」
「そっか……」
上着には穴が開いていた。赤黒くなっている。フランは自分の血だとはどうしても思えなかったが、内ポケットを探り元は白かった封筒を取り出した。
穴が開いて血のついた手紙はとても人に渡せる代物ではない。
うわっ、人の手紙だし中身を清書ってわけにもいかないし。今の俺、届ける所でもない状況だし。ってか、結構、時間経っちゃってるし!
ギルも騒ぎ知って、自分で手紙出したよなぁ……、謝らないと。
手紙に見入ったまま動かないフランを、シャノンも見つめる。
「それは?」
「友達に頼まれてた届け物だったんだ。さすがに渡せないな」
「汚れて……あ、洗濯しましょう!」
「……いやいやいや、洗濯したら、中の文字も消えちゃうって……」
「えっ! そうなんですか? じゃあ……書き写すしかないのかな」
心底驚いた様子で彼女は唸る。
うん、残念な子だな。ホント、残念すぎる。カワイイのに……。
「あれ、そういや姉さんは?」
本日一度も顔を見ていない事に気づく。
「今日はまだ見てませんよ。たぶん、お出かけじゃないかな? ここ数日忙しそうだったし」
「そっか」
「俺たち、命狙われてるんだよなぁ……なんか時々忘れるくらいには、余裕あるけど」
「うん……」
手紙を枕元において寝転がる。
サイドテーブルに置かれた新聞に目が留まり、起き上がる。
「そうだ……っ、ウォルターさん!」
よく考えずともわかる事だった。シャノンの家族は今、危険な集団から逃げているのだ。もっと早く気付くべきだったと頭を下げる。
「ごめん! 俺、自分の事ばっかで……っ。えっと、どうしたら、俺たちは動けないし……そうだ! 姉さん! とりあえず姉さんに言って! 保護頼もう!」
「……え、でも……」
「二人も三人も一緒だって! それより急がないとっ。ウォルターさん、ああ、俺なんでもっと早く!」
騒ぐフランに反して、シャノンは戸惑ったように床に視線を落とした。
「でも……、でも葬儀屋は……悪い事で、私も、ちゃんと分かってたわけじゃないけど、予感はあったわけで。父、……が、葬儀屋をしてた事に関しては、どうやっても……申し開きできないし……」
「でも、だからって殺されていいわけじゃないだろっ」
「それはっ……そうだけど」
消え入るような声でシャノンは俯く。
長い髪が顔を覆い表情が隠れてしまう。フランは責めてしまったようなな気分に陥り、言葉を探した。
「あー、その、俺もよくは分かんないけどさ。庶民の味方みたいなものだったんだろうし、罪とか、そんなの抜きにしてさ、……家族が死ぬのはイヤだろ」
「……そーだけど……でも、巻き込む事になる! 父が葬儀屋だった以上、政府は殺すって言ってたじゃないっ。父を救う方法なんて……」
フランにも分からない。だが犯罪を犯した事に対する罰が、襲撃と殺害というのは乱暴すぎると感じていた。それは裁判後の死刑とも全く違う暴力だと思った。
「罪を償う用の罰が殺される事だなんてバカげてる。おかしいだろ、どう考えてもっ。裁判も無しで闇討ち紛いの襲撃なんて。俺は家族が罪を犯してても、そんなのはイヤだ。絶対阻止したいっ」
「フラン……」
「まぁ、そうは言っても現状……姉さんの力を借りるしかないわけで。かっこ悪いけど。ウォルターさんの保護を頼もうっ、シャノン」
力強く言えば、彼女は顔を上げる。まだ迷いを含んだ眼差しだったが、それでも頷いた。
「そう、してもらえたら……私も、娘として、嬉しいよ……」
「大丈夫さ。姉さんは……強いからな」
「そう、だね。あの日ホントに、あっという間だった。驚いたっ、誰も動けなくて、本当に動けなくて……倒しちゃったんだよっ」
……だよな、そういう人だから。
「お姉さん、かっこ良かったよっ」
ニコリと微笑むシャノンに曖昧に微笑む。
フランにとって姉はコンプレックスそのもの――むしろコンプレックスが具現化した存在と言ってもいい。
フランがその存在を知ったのは十一歳の時だ。
裕福な男爵家の一人息子として産まれ、厳格な父と柔和な母と親切なメイド達で成り立っていた豊かな世界。何不自由ない暮らしの中で、その陰口を聞いてしまった事が始まり。優しい世界の終わりでもあった。
モヤモヤを抱えきれずに、結局フランは父に問いかけた。陰口の真相はあっけなく明かされ、真実であったと知る。それが優しさからだったのか、本当に何でもないと思っていたのかはフランの知る所ではない。
ただ、事実を前に嫌悪感が溢れた。
父の話はこうだ。
母と結婚する前に恋人がいた。それは庶民の娘で子供もできていた。だが自分には跡取りとしての役目がある。この地上には限られた人間しか生きられず、取捨選択はとても大事なのだと。だから――より良い結婚をしたのだ、と。
母子がどうなったのかを聞くフランに突きつけられた言葉は『スラム行き』という事実のみ。
その日からフランは母子を探した。
父の言った『身分違い』と『より良い結婚の為の犠牲』云々が、いつまでも瘤りのように心を苛んだ。
自分が助け出すのだと躍起になった。
呆れたように父は種明かしをした。
『いざという時のために消息は掴んでいる』
いざという時とはいつだろうとフランは思った。すでに母親の方は死亡し、娘が一人で生きているのに――無関係を貫いている父。
その事を知った時、フランは『家』を見放した。
厳格だと思っていた父が傲慢なクズにしか見えなくなり、柔和な母が汚い物を見ない傍観者に変わった瞬間だった。
半分血の繋がった姉がどう暮らしているのか、心配だった。
フランは彼女の力になりたかった。
だから家令を脅して場所を白状させたし、会いにも行ったのだ。
十五歳の姉はスラムの女帝となっていた。一つしかない鋭い瞳は、全てを見下すように冷たく冴えわたり、姉弟とは思えないほどだ。眼帯に隠された目をどうしたのかは未だに聞けていない。
『あぁ、お前が弟か』
その瞬間から助けたかった姉を喪失し、守られる弟が誕生してしまった。
彼女は何でも一人で出来ていた。
何一つフランが助けられる事はなかった。
なぜなら、アイヴィー・アイブスは強かったのだ。
「知ってる。姉さんは、強いんだ……」
フランは苦笑いと共に憂いを吐きだし、シャノンも同調するように頷いた。
軽快なノック。
「失礼いたしますわ」
落ち着いた女性の声。
扉が開き、二人の人物が入ってきた。
一人は室内だというのにフルヘルメットにライダースーツ姿のスレンダーな女性だ。既知感を覚える。
あぁ、この人! 俺の首絞めて引きづっていった人じゃ?!
もう一人は濃紺のメイド服を着ている。赤毛を首元でまとめ、化粧っけのない顔には大きな瓶底眼鏡、そばかすが散った頬、フランよりも上背のある彼女はスカートの裾をつまんでお辞儀をした。
「おはようございます。わたくし、ユージェニーと申します。本日よりお二人の身の回りのお世話をさせて頂きますわ。どうぞよろしくお願い致します」
「コニーです。身辺警護を命じられています」
フルフェイスヘルメットの方も一礼する。
「行動制限はないそうですわ。お二人とも、どうぞご自由になさってください。外出時はコニーが付き添いますが、撒くのは無しにしてさしあげて。でないと、コニーがお仕置きをされてしまいますわ」
ふふっと笑うユージェニーに、フランは目を丸くする。外出禁止だと思い込んでいた所為だ。
「あ、フランです。よろしくお願いします」
「シャノンですっ、よ、よろしくお願いしますっ」
「あの、じゃあ、早速でかけてもいいですか? 手紙、書いて出したいんで……」
「では、お二人が外出なさっている間にお掃除してしまいますわね。コニー」
呼ばれたフルフェイスヘルメットの女は扉を開ける。
「こちらのコニーは不愛想かもしれませんが、口下手なだけですのよ。気になさることはありません。いないものとして、羽を伸ばしてきてくださいな。ではどうぞごゆっくり。いってらっしゃいませ」
スカートの端を摘んで礼を取るユージェニーに「行って来ます」と挨拶をして外に出る。こんなにもあっさりドアの外に出られるとは思わなかっただけに違和感もひとしおだ。
顔の見えないコニーを見る。
「あの、姉さんは?」
「ボスは忙しい人です。階段はあちらです」
階段に案内されて降りると、明るい太陽が灼熱の日差しを降り注ぐ。
ジリジリと肌を焼く暑さを懐かしくさえ思いながら、フランは久々の『外』に自然と笑みが広がる。
シャノンと並んで歩けば、一歩控えてコニーが足音さえ立てずについてきていた。
「意外だよね、外に出るなって言われると思ってた」
シャノンの言葉に、心底同意しながら知らない町を興味深く観察する。
カマラの町はこじんまりと纏まっている。主要な買い物は全て十字に走った主線道路に軒を連ねているのだとコニーは説明した。
「四つに分裂した区画にそれぞれ大病院と消防警察があります。駐屯軍の建物や町の行政システムなどは西側にあり、左側に司法関連部署と国土保全機関支部の建物があります」
「へぇ……」
ユージェニーは彼女を口下手と評したが、必要な事は永遠としゃべってくれそうだ。
右から左に聞き流し、フランは雑貨屋を探す。ギルに手紙を渡せなかった旨を伝える必要があった。
ブラッドとノーマンがミツギされたのかも知りたい、……ちゃんとした形でされたのか。……あんな話しを聞いた後じゃ特に。
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