◆ 4・犬
アイヴィーは弟の部屋を出て、二つ隣の部屋へと入った。
部屋に入るとすぐに右手にバストイレの戸があり、左には物入れやキッチンが並んでいる。間取りこそフランの部屋と同じだが、決定的に違うのはワンルームへと続くドアを開けた生活空間である。壁や床、天井の全てにビニールシートを貼り付けている事だ。
奥にあるベランダに続く大きなガラス窓など、あって無きが如しだ。
入り口には蝋燭を入れたカンテラを手にした女が無表情で立っている。黒いボブショートに虚空を見つめる黒い瞳、気配を消し立つ様は幽鬼のようだ。
中央に置かれた椅子の傍には見知った男が立つ。
男の傍には三つの人体がある。
椅子に縛られた男と、不自然に折れ曲がった二つの体――足元には血溜りを作っている。
血溜まりの量から察するに二人は死んでいる。
「あ、ボス。いらっしゃい」
プラチナブロンドの髪をした美貌の男が振り返る。
紫の瞳には愉悦が浮かんでおり、恍惚の表情を浮かべているのだから死んでいるに決まっていた。
相変わらず、キレイな顔だ。
手にしたナイフからポタポタと赤い雫を垂れている。
彼はしゃがみこみ、自分が裂いた内臓に手を突っ込んでいた。滴る汗を血濡れた手で拭きとり、荒い息を吐く。服が血色に染まるのも気にしていない。
椅子の男は目の前で起きている異常な行動に目を見開いて慄いている。
「化け物でも見た顔だな? 狂犬に捕まるとは、てめぇもツイてねぇ」
アイヴィーは近寄り、男の椅子を掴み引き離す。このまま傍に置いておけが死体がもう一つ増えかねない。
猿轡を外すと同時に男の口から漏れ出たのは汚物である。咳き込みながら吐き続ける虜囚を無感動に見つめる。
臭さも見た目も、さほど気にはならない。
シャノンはクィン家が葬儀屋だったと言っていた……そいつは非常にマズい。
こいつらの存在があたいの思うソレだった場合、随分とダルい事になる。つっても、刺客が沸いてる時点で可能性はデカいが。
新聞を見た時のシャノンを思い出し、アイヴィーは男の胸倉を掴む。
「てめぇ、自害できるとか思ってねぇだろうな? なぁ、見てたんだろ? ジョザイアを」
男の目が見開く。
「そうだ、アレはジョザイア・ハットンだ。数年前まで王都を震撼させてた殺人鬼さ。本物の変態だよ。アイツの手口は分かってんだろ? 切り裂いて死ぬ瞬間を楽しみながらの死姦だ。ソレもマトモな穴はいらねぇ。アイツは自分で作った穴がお好みだ。それも内臓じゃねぇとダメらしいぞ?」
男はまた、口から汚物を漏らす。
アイヴィーは汚れる腕を見て、ジョザイアの効果が効いている事への手応えを感じていた。男の襟首を掴んで彼の顔が見える位置まで移動する。
血に塗れたジョザイアが物欲しげに男を見つめていた。
「ご主人様、ソレもくれる?」
「悩み中だ、もうちょい待て」
怯えきった男の耳に唇を寄せる。
「どうする? あたいが知りたい事は別に、てめぇの雇い主なんかじゃねぇーんだ」
男は驚いた顔でアイヴィーを見る。
「あたいが知りたい事に興味が出てきたか?」
目は痛いほどに彼の内情を伝えてくる。
「質問はたった一つだ。質問と言うよりも確認だ。クィン家はモグリの葬儀屋だな?」
男は目を見開き、一度ジョザイアを見てからポツリと小さな声をあげる。
「そう、だ」
アイヴィーにはその言葉だけで充分だった。敵すらも絞り込めるほどの言葉だが、漏らした方はその重要性を知る由もない。
「そうか……ありがとな」
口に猿轡を押し込むと、アイヴィーは振り返った。アイヴィーより二つ上の美貌の男が小首を傾げる様は毛並みの良い犬のようだった。
「お替りしてぇーか?」
ジョザイアの唇が弧を描く。
「ワンッ」
手を伸ばし、一度その頭を撫でるとアイヴィーは立ち上がった。男が信じられない物を見るようにアイヴィーを見る。
「コニー、あたいはコイツと何か約束してたっけか?」
カンテラを手にした女は、相変わらずの無表情が答える。
「いいえ、むしろ自害は無理だと伝えています」
「だよな? あたいの弟を殺しに来といて、望みの最期を迎えられるとでも思ってんのか? 第一、犬の餌に困ってた所だ。感謝するよ」
部屋を出たアイヴィーにコニーが付き従う。
「ボス、大佐から何通も連絡が入っています」
「うぜぇ。……お前がクリフに報告上げて、ユージェも連れて来い。人手が足りねぇ……が、他のメンバーにはあたいの分も仕事に励んで貰わねぇーと」
「了解です」
アイヴィーは弟達の部屋に戻ると、ベルトを外しバスルームに足を踏み入れる。狭い浴槽をチラリと見て、シャワーのコックを捻った。途端、噴出す冷水が服ごとアイヴィーを洗う。眼帯に手をかけ、そっと外すと彼女は両目を閉じた。
水を吸って服が重くなっていく。チャックを下ろしたアイヴィーはスーツを脱いでいく。
その背には、自身がかつて入っていたギャングのタトゥーが、両肩と両腿にも彼女のモットーが、脇腹から下腹部に向かってアイリスの花の刺青が入っている。全てを見た事がある人物はたった一人しかいない。
「何だってこんな事に……」
ジョザイアが処理しているのはこの一週間の間にやってきた二度目の刺客である。最初の一回目は彼が皆殺しにしてしまったため尋問ができなかった。
彼らが何者かは分かっている。
装備類を見れば、アイヴィー達と同業である事は分かっていた。ロゴなど身元を示す物が削り取られてはいるが、同じ製品である。
「フラン……」
水音がアイヴィーの呟きをかき消した。
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