◆ 2・保護と監禁 ◆
星空に浸かっている気分だった。
フランは境目のない星空と明滅する黒い水の中で目を閉じた。
温かい……。
余りの穏やかさに意識が沈んでいく。
やがて瞼ごしに感じる眩しさが、一瞬にも一週間にも感じる眠りから引き上げようとする。ぐずぐずといつまでも眠っていたい気分だった。だが暴力のように瞼を焼く眩しさが平穏をぶち壊していく。
まるで姉さんだ……電気消してくれよ、まだ寝てたいんだっ。
文句を言う為に押し開く目。見覚えのない美少女が映る。
「良かった……ホントに生きてるっ」
しゃくりあげた拍子にサラリと長い金髪が震える。青い瞳からも零れた涙が頬を伝い、灰色のカーディガンを濡らす。
優しげな風貌の彼女は立ち上がった。
生きて……? ってか、誰だ?
年の頃ならフランと同じか少し下、白いワンピースを翻して背後にある窓へと向かう。橙色に染まった空には灰色の雲が溶け込んでいた。風に揺れていたカーテンも、窓を閉めたことで止まる。
フランは、その全てに違和感を覚える。
窓から見える景色も、白いカーテンも、その前に置かれた立派な籐のソファーに、白く塗られた木目の天井さえ、見た事のない物だった。
体を起こそうとし、途端に息が詰まって神経が千切れそうな程の痛みが駆け抜ける。視界は虫食い穴のようにチカチカと欠けていた。
呼吸が苦しかった。
全てに対する抵抗を止め、目を閉じる。
「こ、こ、は……」
発した声は擦れきっていたが、彼女には届いたらしい。戻ってきた彼女は傍の椅子に腰掛けた。
「ここは、隠れ家だって」
伝聞体で言う娘は、フランの視線の意味を理解したのか付け足す。
「アイヴィーさんが用意した場所だよ。えっと、私はシャノン・クィン。お互い通りすがりの者、だったんだけど……あなたが助けてくれた。だから、看護させてもらってるの」
「……助け、た?」
フランは眉を寄せる。考えようとすればするほどに頭痛と眠気が襲ってくる。視界の虫食いが増えていく。
まるで星空が生まれているようだ。
「うん、そう。あなたは助けてくれた。……何発も撃たれて、でも、……また後で話そ。今は考えないで、ホントに、……ホントに良かったっ」
撃たれた? 俺が? ココは姉さんが用意した場所? 撃たれたなら、何で病院じゃないんだ?
それに彼女は……。
助けた? 俺が……助けた? ……俺がっ?
「アイヴィーさんを呼んでくるね」
「まっ……!」
激痛に耐え伸ばした手で、立ち上がった彼女のスカートを掴む。彼女はその手を取り、ニコリと綺麗に微笑んだ。
「大丈夫、ここは安全だから」
安全? 安全って……何が起こって……。
「すぐに戻るね、安心して目を閉じてて」
薬のように彼女の声が脳に染み渡る。スカートから手を離したフランは目を閉じて、考える事を放棄した。
次に目を覚ましたのは姉の声の所為だ。
「おはよう、フランシス・オブ・オルコック」
随分寝たのか、体がすっきりしていた。
「おはよう……?」
前回目を覚ました時と同じ景色だった。美少女が姉にすげ変わっている以外は、全てが同じである。茜色の空まで同じだ。
アレは夢だったのか?
腹に力を入れて上体を起こせば、多少筋肉痛のような緩慢な痛みが全身を駆け抜けた他に違和感はない。
「昨日。お前が目を開けたって聞いたのに、全然起きねぇから焦ったぞ」
「昨日? ……姉さん、可愛い子いなかった?」
「フラン……、色気づいてる場合かよ」
「は?」
慌てて首を振る。
「いやいや、そーじゃなくて。助けたとか死んだとか看護とか何とかいってたから……」
アイヴィーは熱の籠もらない目でフランを見つめ、咥えた煙草を指で摘んで離した。
「なぁ、フランシス。あたいに、もっと他に言う事はねぇのか?」
「え?」
「これが部下なら、ぶちのめしてるぞ」
やっと思い至り、フランは大きく頷く。
路地裏で見た銀髪。
あの痛み、この痛みから察するに助けられたのだと分かったのだ。
「ありがと、姉さん。助けてくれたんだろ?」
「フラン、……フランフランフランっ。そーじゃねぇーだろ」
何だろ、全く分からない。
「なぁ、フラン。お前はせっかく貴族のお坊ちゃんとして産まれたってのに、なんだって逃亡犯みてぇに養成所に入ったんだよ。あげく、あたいの目を盗んで出やがって。その上、何発も撃たれて死んでちゃ話しにならねぇーよ。なぁ、謝れ。てめぇはあたいに謝るべきだ」
素直に礼を言ったにも関わらず、姉は不本意な事で怒っていた。
「謝れ? 謝れだってっ? ……姉さんには分からないっ。そもそも、あの登場はなんだよ! 塀爆破で突入したあげく皆の前に引きずり出して踏みつけるなんて酷過ぎだろ! あげく、ずっとついて回ってっっ、謝ることなんか何もない!」
激昂して叫ぶフランは殴りつけられる覚悟すら持っていた。事実、入所式後の1週間を過ごしたある日、フランは放っといてくれと姉を怒鳴りつけた事がある。その時のアイヴィーはフランを殴りつけ、地面に沈ませた上で『あたいに1発ブチかませたら了承してやんよ』と言ったのだ。
だが今のアイヴィーは無表情で、フランを見つめている。
煙草の灰が床に落ちる。
ベッド下に敷かれた毛足の長い水色のラグを勿体無いと場違いな事を考えていると、彼女はまた煙草を咥えた。
「わかんねぇーとは、……残念だよ、フランシス」
フランは瞬間的に絶望感に襲われる。
「ど、っちがだよ……。残念なのはこっちだよ」
「ボスボスボース」
ドアの外から若い男の声が届く。
「なんだよ」
「また三匹拾っちゃったけど、僕が貰っちゃっていいのかな?」
「バカ。二匹で我慢しな、一匹はコニーに渡しとけ」
「わーお、太っ腹っ。だーい好きだっ。命令了解致しました」
軽い口調で言う男の声が止んで、姉は事務的な話しを始めた。
現在の居室は港町カディッサではなく、その隣にある町カマラとの事だった。主道路からは離れ、農村方面へと伸びる緩やかな丘陵地帯が見渡せる古い造りだが四階建てアパートの最上階の一室を借り受けたと言う。
「さて、フラン。まずお前が外出してから一週間が経過してる」
「は?」
「同室だったブラッド・ロウ、二十九歳。ノーマン・ペイス、二十五歳。両名は麻薬工場の爆発事件に巻き込まれての事故死。フランシス、お前も巻き込まれ重傷を負い現在入院中だ。足が治り次第の養成所復帰となる……が、当然まだ戻す気はねぇ」
「事故死……、そんなバカなっっ。二人はっ、……二人は、ほんとに、死んだの、か……」
「あぁ死んだ。お前も、な。一回死んだんだよ」
「……何なんだよ、ソレっ。俺は生きてるだろっ」
「フランシス、あたいが冗談を言ってるように見えてんなら目も頭も悪ぃーな」
姉の顔を見れば確かに冗談ではない事はわかっていた。
だけど、俺は普通に動けてるし、生きてるっ!
アイヴィーは足を組み替え、ベッドサイドにある小さなサイドテーブルから新聞を手にすると差し出した。
「読みな」
新聞は二部あった。一つは今日の日付の物で、もう一つは外出した日の翌朝の新聞だった。
全焼の建物が麻薬製造を行っていた事。その過程での事故による出火。出火元の責任者であり違法事業に手を染めていたウォルター・クィン五十一歳は現在行方不明で広域指名手配中。死者は身元不明者を含め六名となっている。
そこには目を背けても現実感をもたらす、ブラッドとノーマンの死亡が明記されていた。
「……ブラッ、ド……ノーマン……っ!」
震える手から姉が新聞を奪う。
「ここにお前の名前も連なるとこだった。連ねても良かったかもな?」
弾かれたように顔をあげる。
「死んでたら良かったって言いたいのかよっっ」
「バーカ。だったら銃弾ブチ込んでる。フラン、あたいは誰かを死ねばいいなんて願わねぇーよ。迷わず殺る。わかんだろ?」
「姉さんの言葉は、足り無すぎるんだ……分かるわけない」
姉は新聞をゴミ箱に投げ入れる。
「色々と事情が入り組んでる。お前とシャノンはあたいの部隊が保護した事になってる。これは姉としての頼みでも命令でもない。軍属のアイブス軍曹として一般兵見習いのフランシス・オブ・オルコックに命令だ。あたいの許可なく、あたいの庇護下から出る事を禁じる」
あまりの横暴さに声を上げそうになる。
「今シャノンが夕飯、作ってんぞ。食えるなら食っとけよ。あたいは犬を見に行く」
「犬? あぁ、さっきの。まさか飼う気?」
養成所の仲間を犬の餌にすると言っていた発言を思い出す。顔を顰めるフランに、姉は初めてその顔に呆れとも笑いともつかない表情を浮かべた。
「犬なら、もう飼ってる」
「……へぇ、意外……」
姉が出て行き、ドアが閉まる。フランはベッドにポスンと倒れ込む。力んでいた体から力が抜けていった。
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