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国土保全機関葬祭部門は掃除が得意  作者: ムツキ
終章・いつかの道
29/29

◆ 終・よろしく ◆


 その日、フランは白い立派な門扉の前に立っていた。


「ここが、新しいアジト……?」


 怒涛の戦いが終わってから二日が過ぎていた。フランとシャノン、ウォルターは車の後部座席に押し込められている。相変わらず顔を見せないコニーの運転で一晩を明かし、着いたのは王都西区にある高級住宅街だった。

 フランの実家は南区にあるが、西区は政府要所に近いせいもあり地価も物価も南の数倍だと聞いていた。

 門の奥にある豪邸まで続くアプローチには花のアーチがトンネルのように飾っている。


「凄い……こんな立派なおうち初めて見たよ」


 広い敷地に芸術的なカットの木々。コニーが呼び鈴を鳴らすと、中から見慣れたメイド姿のユージェニーが現れた。


「ユージェニーさんっ」

「ユージェニーっ、怪我はっ」


 包帯が痛々しい手で彼女は門を開けると馴染み深い瓶底眼鏡でニコリと笑った。

 あの日、不覚にも寝落ちてしまったフランはそのままコニーの世話になっていた。家事はできませんときっぱり発言をかましたコニーに、ウォルターとフランは交互で食事や掃除をして今日を迎えたのだ。

 どれほどユージェニーの有難みを痛感したことか――。


「ご心配をおかけしまして恐縮ですわ。もう大丈夫ですよ。さぁ中へ。お部屋にご案内しますわ」


 中に入ると、正面には大階段のエントランスホールに高価そうな壷や絵が飾られている。階段から降りてきたのはいつも通りのライダースーツ姿の姉だった。


「おー、来たか、愚弟とその他」


 姉と会うのも、あの日以来だった。会ったら言うべき事がいくつもあったはずだが、口からついて出たのは本心だった。


「ここ、まさか姉さんの家……?」

「荷物はそこに置いとけ。こっちに来な」

 アイヴィーは質問には答えず淡々と奥へと案内する。

 その部屋は広い窓から差し込む日差しまで計算されているように美しい調度があるべき場所を得たように配置されていた。

 大理石のテーブルを取り囲むように置かれたソファを示す姉に、三人は腰掛ける。


「ね、姉さんっ」


 姉が部屋を出て行こうとするのを慌てて引き止める。


 言わなきゃいけない事がいくつもあるっ。


 ゴクリと唾を飲み込み、姉を睨むように見る。アイヴィーはいつもと変わらないのに、優美で貴族的な空間にいる姉がどうしてもいつもと違う存在に思える。


「俺、あんな事……アレはちょっと言い過ぎたってか、アレは忘れて欲しいってか、……あの、言うつもりじゃ無かったと言うか、……」

「フランっ」


 シャノンがフランの袖を引っ張る。顔にはちゃんと謝ろうって言ってたじゃないと書いてあるようだった。


「……ごめん、姉さん。俺、酷いこと言った……」


 素直に言えた事に感動していた。気持ちを強く引き締めなければ涙すら流しかねなかった。


「ごめん、ホントに。姉さんは俺を助けようとしてくれたの分かってる。囮にしたりとか、逆恨みだった、全部姉さんは俺のために……なのに、……なのに俺はあんな事言って」

「フラン」


 姉の静かな声に顔を上げる。

 小首を傾げる姿は化粧っけすらない。それでも美しく整っている。本当はこういう場所に姉を連れて行きたかったのだと――共に暮らしたかった過去を思いだした。


「なんの話してんだ?」

「……は?」

「いや、なんの話なんだよ」


 過去を思い出し、胸を熱くしているフランに姉は不思議そうな声をあげる。


「何って、ほら、俺がキレて怒鳴って、色々言っちゃいけない事言ったりしただろ」

「覚えてねぇーが、あー、じゃあ、殴ればいいんだな?」

「え?」

「悪い事したから半殺しにして欲しいって話しだろ?」

「いやいやいやいやいやっ! そーじゃないって!」


 とんでもない事を言い出す姉に慌てて両手を振って意思表示する。


「じゃーなんなんだ。ウゼェ……はっきり言えよ」

「だからっ! 俺が色々姉さんに酷いこと言ったのを謝ってんだよ!」

「たとえば?」

「……人殺し、とか。何がホントかわかんねーとか……」


 言いながら不安になってくる。あの全ては夢だったのかとさえ思えそうだった。姉はふっと笑う。


「ああ、アレか。謝る必要はねぇーよ。人殺しは事実だし、何がホントか分からねぇのはお前が整理できてねぇーからだろ。お前がバカでもあたいにとっては弟だ。気にするな」



 なんか、……なんか違わねー?



「お、俺の、まるで反抗期みたいなアレ、全然気にしてないのかよ!」

「反抗期? お前が逆らうのはお前の趣味だろ? まぁー気にするな。何にせよ、済んだ事さ。お前がたとえ正論を言っても、あたいは気に入らなきゃ殴ってる」


 姉と会ってからの全てを振り返ってみれば、一理あった。

 随分悩んで、苦労して搾り出した謝罪を踏みにじる姉に怒りすら沸かない。


「ああ、そうだ」


 腹に重い一撃がめり込み、フランは膝を屈して息を吐き出した。

 慌てて駆け寄るシャノン。


「フランっっ!」

「あたいの知らねぇーとこで死んだ事に対する謝罪がなかったのを思い出した。これで勘弁してやんよ」


 姉はスタスタと軽快な足取りで部屋を出て行き、五分と経たず紅茶をユージェニーが運んできた。

 目を覚ました初日に、姉から言われた謝罪しろ発言を思い出す。いくらなんでも時差すぎる行動だった。なんとかソファに腰を落とせば、ウォルターが怖い姉ちゃんじゃなと呟く。

 更に待つ事三十分。

 部屋に入ってきたのはクリフォードだった。


「やぁ、ようこそ。元気そうで何よりだ」


 唐突に理解する。ここはクリフォードの家だと――。

 クリフォードは上座につくと、「まずは公式見解となる流れを」と事務的な話を始めた。


 まずは三点の真実。

 オズワルド・オブ・イーズデイル中佐がモドリモノ研究のために北部区域統括軍人養成所のテレンス・ウォーカー大佐と結託した事。人体実験用に生徒を売買し、数名の教官を巻き込み不正雇用と公金流用をしていた事。その事を知ってしまったウォルター・クィンが、罪を捏造され命をも狙われ逃亡生活を強いられた事だ。


 更に少しの捏造。

 検体選定役をしていた教官のノエル・ランサムによって今期の犠牲者となったのが四名。ブラッド・ロウ、ノーマン・ペイス、ギル・パーカー、そしてフランシス・オブ・オルコックことフランだ。

 二名は即死、フランは集中治療室行き、ギルは口を閉ざすも目撃者である事がバレて拉致殺害された。


「ギル・パーカーは哀れな犠牲者扱いだが、問題あるかい?」


 ユージェニーが追加の紅茶を運んできてクリフォードの前に置く。フランは湯気を見つめながら、首を振った。

 死者を鞭打って欲しくはない。


「コリン・ミルズ少尉の調べによりイーズデイル中佐の別邸を捜索したところ、モドリモノを飼っていた事が明らかとなり捕縛。イーズデイル中佐は更迭され、私邸に軟禁だよ。多少真実とは違うが、問題はないだろう。近々新聞にリークするから頭に入れておいてくれたまえ」


 そういってクリフォードはカップを口元に運ぶ。フランなど足元にも及ばないほどに貴族然とした行動が似合う男だ。

 嘘に踊らされて死んでいった同期を思い出し、フランは口を開いていた。


「本当は、どうだったんだ? 何があって、あんな事になったのか知りたい」


 姉はギルの兄を殺してはないらしいと教官の言葉から分かっている。殺したと誤解させられた為にギルは復讐にかられ、ブラッドやノーマンを巻き込み死んでいったのだ。知らない事が怖かった。正確に情報を知っていく重要性に目覚めたと言っていい。


「君に真実を教えるメリットは何かあるのかな?」


 クリフォードは愉快そうに問いかける。


「それは、……ないかもだっ。でももう、嫌なんだっ、隠されて知らないのはっ」

「成程。簡単に説明するには、色々と極小化し誇張する事になるが、……いわゆる巻き込み事故だね」

「事故? 巻き込み」

「私を殺したいイーズデイル中佐にとって『殲滅の野獣』は邪魔でしかない。彼女を潰せば、明日にも私の死体がそこらに転がっているよ。一言で言うならばアイヴィーへの警告として君が狙われた、それだけの話しだよ」

「それ、だけ? そんな事で……」

「勿論、そぎ落とし誇張と極小を繰り返した結果の話しだがね。以上だ」


 これ以上は話すつもりがないのだとわかる。腑に落ちない所もあるが、ギルや教官の言葉から姉の問題に巻き込まれたのだということは分かっていた。

 ウォルターが場を和ますように口を開く。


「と言う事は、ワシは晴れて自由の身か……。逃亡生活はなしになるんじゃな」

「あなたが葬儀屋をしていた事実を償うつもりがあるなら、私に協力する事を罪の償いと思って専属顧問になりませんか?」


 彼は少しだけ迷うように視線を落とした。


「勿論、牢獄行きがご希望なら叶える用意もありますよ」


 冗談めかして言うクリフォードに、首をゆっくりと振るとウォルターは了承する。


「いや、……ワシが協力できることがあるのかは分からんが、これも運命と受け入れるかの」

「それは良かった。ついでに、娘さんの戸籍も頂けますか?」

「娘の?」

「そこのお嬢さんには戸籍がない。イーズデイルが出資していた孤児院出身者は現在取り調べられているので、身元処理を楽にするために『シャノン・クィン』になって貰いたい」



 そうだった。シャノンには戸籍問題が……。



「本物は身元不明のモドリモノとして処理済だからね。こちらはこちらで色々面倒になる。年は違う上に本物は妊娠していたわけだから流産表記にはなるが。シャノンもそれでよければ」


 ウォルターとシャノンは顔を見合わせる。


「ワシは構わんよ。娘さんには恩があるしの」

「あ、あたしがシャノンでいいんですか? あたしはシャノンを……」

「いいんじゃ。……あの子も受け入れてくれるじゃろ」

「すみません……っ、ありがとう……!」


 うっすらと涙を浮かべるシャノンの手をウォルターが握った。新しい家族の存在を二人は受け入れていた。


「さてフランシス君。君には養成所に戻ってもらうと言ったね。とは言うものの、北部の養成所は今話した通り、監査が入ってゴタ付いている。そこで、君には東部南部、王都の三つの区域から選んで九月に入り直して貰おうと思う」

「九月、ですか?」

「君たちはもう知ってしまった。知らなくてもいい事も、ね。葬祭部の汚行に関する戦いは今後も続く」


 今後がある事に、目が覚めた気分がした。

 そしてソレを姉やクリフォードが考えていた事にも――。


「君のマザリビトとしての力についても、色々と覚える事は多い。どこでも好きに力を使っていてはすぐに調査部に捕まってしまう。君たちと戦ったマザリビトのネイトは調査部で実験体とされているんだよ」


 実験体という響きが重々しくフランに圧し掛かる。


「アイヴィーに習うといい。そうすれば、アイヴィーも安心して、君を送り出してくれるよ。保護者付きは嫌だろう?」


 可笑しそうに言うクリフォードに大きく頷く。その通りだった。姉が付いてこない為なら、姉に師事して勉強する事は苦ではない。姉が嫌いなのではなく、姉付きの登校が嫌なのだ。


「シャノン、君もイーズデイル家の出資の元でその年まで育ったのは変えられない。今後も苦しい思いをするかもしれない。公儀に武器を携帯できるよう軍人となるのを勧めるよ」

「……あたしも九月に養成所に入ろうと思ってました」

「じゃあ、フランシス君と同じ所を選ぶといいよ。心強いだろう? 二人で頑張れば良い。アイヴィーも色んな意味で安心するだろうから」


 そこまで言って、クリフォードはテーブルの上にあるベルを鳴らした。

 扉が開き、ピンク色のふわふわドレスを着た銀髪の美少女が飛び込んでくる。大きな青い目の娘はどこか姉に似ている。アイヴィーがその後ろから入ってきてソファーに腰掛けた。


「おじ様っ、お話し終わったの?」



 おじ様?



「粗方終わったよ。さぁ、お兄さんにご挨拶なさい」

「ごきげんよう、フランシスお兄様。アイリスです。どうぞよろしく」


 キラキラの笑顔の彼女はスカートの端を摘んで挨拶する。


「は?」

「フラン。お前、仮にも貴族の坊ちゃんの癖に、そんな挨拶があるかよ」

「え? おにいさま?」

「あたいの妹のアイリスだよ。十五歳だ。尤もあたいとは親父が違うから、お前とは赤の他人だがな」

「は……っ?」


 今度こそ言葉を失って少女と姉を見る。あまりにも雰囲気がかけ離れているのだ。確かに二人の容姿だけを見れば似ているといえる。確かに、もしも姉が屈託なく穏やかな暮らしをしていたら、こんな風な可愛らしい雰囲気の娘に育っていたのかもしれないと彷彿させられる程度には、似ている。

 娘は、こちらからの挨拶を今か今かと待っている。だが挨拶などできる気がしない。



 父親が違うって事はこの子の父は父上じゃないのか……っ。



 完全な不意打ちに言葉を失ってフランは呆然としていた。


「十三の時にクリフの犬になる変わりに、こいつの後見人と教育を頼んだんだよ。利害ってのはそーゆーこった」

「婚約って、それだったんだ。え、じゃ、なんで破棄したんだ?」


 姉は肘を付き、あからさまに面倒そうにため息をつく。


「いやぁ、成長みてると可愛くてね。うちの家族も気に入って養女にしたんだよ。そうしたら婚約の意味がアイヴィー的にはなくなって破棄されたってわけさ」


 クリフォードが困ったように笑う。


「え、それって約束反故になるんじゃ……」

「今もあたしはこいつの犬になってんじゃねぇーか。そもそも結婚式とか、だりぃ」

「毎年求婚してるんだけどね、なかなかイエスが貰えないんだよ」

「おじ様、頑張ってっ。お姉様もきっといつか分かってくれるわ」


 ニコニコと無責任発言をする妹に、アイヴィーはため息をつく。

 フランは頭を抱えた。姉を守る云々はまだフランには出来ないかもしれないが、自分がすべき事は姉の結婚の応援なのかもしれないと考えを改める。


「どうなさったの、フランシスお兄様」


 数分前に妹になったお嬢様がトコトコとフランの傍にやって来る。



 この子のためにも、この天使みたいな子が、姉さんみたいにグレないように俺が何としても、結婚の後押しをっっ!

 だけどその前に……。



 フランはとりあえず忘れていた挨拶を交わした。


「フランって呼んでよ。こちらこそよろしく」




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