◆ 5・ありがとう ◆
「フランっ! アイヴィーさん、大丈夫ですかっ」
走り寄るシャノンはクリフォードに抱かれたアイヴィーを見て足を止める。
「ああ、姉さんは無事だよ。ただ、けっこー怪我してたから念のため、なのか? いや、わかんないけど……」
なんとなく説明を憚られ言葉を濁す。周囲にユージェニーの姿がない事に首を傾げる。彼女はシャノンたちの護衛も兼ねていたはずだ。
「あれ? ユージェニーは?」
「応急処置してすぐに病院に運ばれたの。やっぱり怪我がひどくて……」
「そっか……」
「すごかったよ、ユージェニーさんもコニーさんも! すっごい連携でモドリモノを倒してたっ」
「コニー?」
「あ、あの『猟犬』さんはコニーさんの事らしいんだ」
「じゃあ、あの銃撃はコニーだったのか」
周囲には白い軍服姿の兵士が増えていた。次々に大型車が止まり、兵士を吐き出していく。
念のため医療班にと勧められるも、クリフォードが間に立ってくれたお陰で行かずにすみそうだ。
フランの怪我は、ほぼ治りかけている。病院に行けば、モドリモノの一員となった事がバレてしまうかもしれない。今後は病院にすらいけない身分となったのだ。
「怪我、本当に治ってる。まだ信じられない……俺、これからどうなるんだろ」
「マザリビトとはそうした存在なのじゃ」
元気そうなウォルターが傍にきて答える。
「マザリビトって何なんだよ?」
「言うなれば、黒い海を喰う存在とでも言えばいいのか。マザリビトはモドリモノ特有の脅威の蘇生回復能力を持ち、怪力で非常に頑健じゃ。ツチビトのエネルギー源は土であり、ハラカラは生物であるのに比べて、マザリビトは絶対数が少ない為に研究もあまり進んではおらん。確かな事はいえんが、力の源は黒い海の力をそのまま引き出しておるとも言われているんじゃ」
「……あの、ネイトが魔法っていってたけど? マジで魔法使い的な感じなのか? アレ、どう見てもバリアーだよな」
「魔法か、そう認識しても良いかもしれんのぅ」
「何が……混ざってんだ? つ、ツチビト? ハラカラ?」
「諸説あるが、『死』じゃろうなぁ……本来は黒い海をゆりかごに復活するものなんじゃが、お前さん、海で目覚めたのか?」
問われても答えられない。
「え、いや、ベッドだと思うけど……シャノン、どうなんだ?」
「ベッドだったよ。そういえば、アイヴィーさんが……部下さんかな、似たような格好をした人たちがバケツみたいなものをたくさん持って来たよ」
「水だけ移動させたのか……だとしたら、随分運の良い復活じゃな。おそらく浴槽に黒い海水を流し入れて、お前さんを入れたんじゃろ」
ふと、眠りから覚める前の夢の事を思い出す。
星空……の、海……まさか、あれが?
「……そうなのか」
まだ分からない事がたくさんあるが、知らないうちにマザリビトというモドリモノになっていたらしい。その事実は意外なほど冷静に受け止められた。
人間じゃなくなったのか? 俺。
強くなれたかもしれないのは純粋に嬉しいけど、死んでんだよな? マザリビトは人間カウントでもいいんだろうか。
ってか、姉さんもマザリビトだっけか……知らないことだらけだ。
姉はクリフォードに車に乗せられており、声を掛けずらい状態だった。悶々と考えるフランに、老人は噴出す。
「見たところ、お主の混ざり具合は最弱じゃ。人間じゃよ。少しばかり、回復力の高い人間じゃと思ってていいと思うぞい」
「……それは、微妙すぎ」
フランは素直に落ち込んだ。
「なぁに、方法はいくらでもある。知ってる範囲の事で、レベルをあげてやろう」
「できるの?!」
「……努力は必要になるがの。あの娘ほどは……たどりつけぬかもしれんが」
ウォルターは姉の方を見つめて呟いた。
「あの、ウォルターさんはこれからどうするんですか?」
シャノンの質問に老人は邸内を見つめる。本物のシャノンと彼の孫は中にいるのだ。
「わからん……」
三人は嵐のような時間が過ぎ去り、呆然と座っていた。
医療班の兵士が姓名を書いておいてくださいと紙を渡してきて、ウォルターとシャノンはその紙を手に困った顔をしていた。
犯罪者と犯罪者予備軍だった二人である。ウォルター・クィンもシャノン・クィンも新聞で報道された名前である以上、書くわけにはいかない。警邏軍にそのまま連行されるのが落ちだった。
「フラン、ありがとね」
シャノンの改まった言葉に、彼女を振り仰ぐ。
「……あたしはどうしてもあの時、あたしのせいでフランが死んだように思っちゃうんだ」
「そんな事……ない」
「フラン、やっぱり『ありがとう』だね。守ろうとしてくれた事、ウォルターさんを助けるのを手伝ってくれた事、信頼してくれた事、全部にありがとうだよ」
彼女はニコリと微笑んだ。
「……シャノンがを殺したわけでもないし、もうそんな風に考えるなよ。シャノンも俺をいっぱい守ろうとしてた。俺こそ、助けられたんだから」
「そうかな」
「そうだ。それに一番の功労者は爺さんかもなっ。あれがリフトだったとはなー」
「ワシは前に入ったことがあったからのぅ、随分昔の話しじゃが」
ウォルターはシャノンを見つめ、穏やかに微笑んだ。
「お嬢ちゃん。あんたは約束を守ってくれたな」
「約束?」
「必ず助け出すと言うたじゃろ。娘の代わりにとな。ありがとうよ」
シャノンの目に涙が浮かぶ。
「……あたしは、人は殺してないけどいっぱい罪を犯した。あなたには特に迷惑なんて言葉じゃすまない事をしたのに……」
「忘れるんじゃ」
「忘れない。覚えて、受け止めて生きていきます。もう、逃げるのに疲れたしね」
零れる涙に、老人は何度も頷く。
「……そうじゃな」
「フランも、お姉さんに謝らないとね」
急に話題を振られて心が軋む。
「……なんでだよ」
「だって、身を挺して庇ってくれたじゃない。どうでもいいなんて思ってないよ、アイヴィーさん」
フランは地面を見つめる。それでもギルの言葉が楔のように刺さっているのだ。
「分かってる……けど」
姉さんと、あんなふうに喧嘩をしたのは始めてかもしれないな。……おまけにせっかく任務くれたのに、俺、撃ち殺しかけたし……。
「フラン?」
「わからないんだ。喧嘩なんてしたことなかったから、なんて言えばいいのか。基本姉さんが力で押さえつけて終わりだったし……」
「ごめんなさい、じゃダメなの?」
「それもわからないんだ……、もう修復不可能だったりしてな」
聞きなれつつある銃音と爆音が邸内からは響いている。
掌を見る。
落ち着いてみれば、友達を殺したのは自分の手だった。思えば、ブラッドが死んだ時もブラッドの死よりも敵に意識がいっていた。ノーマンに至っては警告すら発さず一人で走ったのだ。
ギルを撃ったあの重くて軽い衝撃。フランは永遠に忘れられないだろうと確信している。
姉は『一々覚えてねぇ』と言っていた。いつか自分もそんな風に死に慣れていくのだとしたら、とても怖い事に思えた。
俺は、姉さんになりたかった。
姉さんみたいに強くなりたかった。
でも、いざ姉さんみたいに人を殺して初めて……俺が姉さんにはなれない事に気付いた……。姉さんの強さは、……きっと、真似できるものじゃないんだ。
フランは地面に寝転び、目を閉じる。病的な睡魔がフランを支配し始めている。
「さぁ、帰ろうか」
クリフォードの声が聞こえる。
「フラン、寝ちゃった」
「おやおや。疲れたのかな」
「クリフォードさん、私たちれからどうなるんですか?」
「三人の警護を頼んであるよ。イーズデイルの逮捕後まで、隔離される事になるけれど我慢してくれるね?」
「いえ、こちらこそ。お世話になります、でもいいんですか? あたしは『シャノン・クィン』じゃないのに……」
「ワシもか? ワシは……葬儀屋じゃぞ」
不安げな二人にクリフォードの笑いが被る。
「だからこそ、君達には力を貸してほしい事もある。生きていく場所も必要だろう? 戸籍のあやふやなお嬢さんに、現在指名手配中の老人。私に身柄を預けてくれれば、悪いようにはしませんよ」
「……任せよう……この子らのお陰で生きていようと思えた事じゃしな」
「あたしも、お任せします。……手伝えることがあるなら、がんばりますから」
「それは良かった」
話しが進んでいくのを聞きながら、意識も闇に閉ざされていく。
色々な事がありすぎたのだと、自分を赦しながら――フランは眠りの身を任せた。
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