◆ 4・殲滅の野獣 ◆
「これは参ったわね。邸はモドリモノと死体だらけ、ランサムは戦線離脱の上アンタたちに抑えられちゃって……。困るわぁ、せめて死人に口無しにしないと、アタシが怒られちゃうわね」
「それしかねぇーだろーな」
ネイトの言葉に姉はあっさりと頷いた。
「アタシが思うに、全部アンタが邪魔なのよね。アンタさえ片付けたら、後はどうにでも」
うっとりと言いながらも、その手が繰り出すナイフはアイヴィーにかすり傷を増やしてる。同時にアイヴィーの攻撃で、ネイトも様々な場所から血を流していた。
傷を増やしながらも古い傷の血はお互いに止まっている。
「ねぇ、知ってる? マザリモノの造り方よ。とっても難しいンだから。アタシは仲間をたっくさん殺して、生き残った所を捕獲されて箱に入れられたの。流されてね。黒い海で仲間達がモドリモノに転化した瞬間に殺しあったわ。何日も何日も黒い海をたゆたったの」
彼は懐かしむように「まるで羊水ね」と付け足した。
「三週目くらいかしらね、仲間に引き上げられたのよ。星の海は心地いい温かさだったわ」
ネイトは微笑み、ナイフを捨てた。
「 グラディオ 」
黒い靄のような剣が右手に産まれている。刃渡り八十センチほどの剣を手に、今度は反対の手を翳す。
「 クリペイルズ 」
黒い靄のベールが盾のように広がる。どちらもフランの出したモノより遥かに色が濃くしっかりとした形を保っている。
「な、何だよっ、アレ! あんな、武器とか、盾とかっ」
声を上げるフラン。アイヴィーはほんの少し眉をひそめた。
「分かるわ。アンタも同じ、マザリモノなんでしょ。怪我が治ってるのが証拠。隠しても無駄よ。でも、……どれくらい混ざったのかしらね?」
斬りかかるネイトの攻撃をバックステップでかわしながらアイヴィーは、すばやくナイフを振るう。靄の盾は彼女のナイフを防ぎ、剣が腹を薙ぐ。
飛び退るが、服を切り裂き血が漏れる。一歩遅ければ、二つにされているのはアイヴィーだった。
剣が更に迫る。
早い……っ!
「 オービチェっ! 」
アイヴィーが目を見開く。ギリギリで、フランの霧のベールが剣を防いでいた。弟が二階から飛び降りて割り込んだのだと悟り、舌打ちする。
ネイトが笑う。
霧がたゆみ、剣が進む。霧は徐々に幅を狭め始めていた。
「う、うそだろ……っ」
フランの肩に手を掛け、軸点にした蹴りをネイトの横っ面に決める。吹き飛び壁に激突するネイト。霧は完全に消えていた。対してネイトの武器は消えてもない。
彼が起き上がる。
「フフ、バカな子ねぇ。まだあんまり使った事がないのがバレバレよ」
あんまりどころか、つい数十分前に使える事を知ったばかりなのだ。フランは意味が分からずにネイトの武器を見ていた。
「あのねーぇ。この魔法には制限があるのよ。教えてアゲルわ。黒い海に浸かった長さが密度と時間に影響するのよ。アナタとっても短かったのね」
その理屈でいけば、フランには絶対に勝てない。そもそもフランに海の記憶などない事はアイヴィーが一番分かっていた。呆然とする弟にため息をつく。
「別にそれが特別なワケでもねぇーだろ」
「あら、特別よ? 選ばれた人間にしか使えないもの」
「銃弾だって、防弾仕様で防げる。防弾仕様だって、擲弾銃には勝てねぇ。てめぇが最強なわけでも、フランが最弱なわけでもねぇーよ。相性の問題だろ」
「でもでもでもでもぉーアタシと戦うにはお勉強不足だしー、不十分すぎるわよ」
ネイトの言葉は正しい。今の時点でフランが歯向かえる要素は0に等しいのだ。いくら攻撃を防ごうにも防げる盾はなく、避ける技術すらも足りていないのだから――。
「安心しな、てめぇの相手はあたいだ」
「そうね。アイヴィーちゃんを殺せれば、この邸がダメになってもお釣りが来るわ。実際ヘッドリー大佐を狙うにはアンタが邪魔なのよねー、片っ端からアンタ殺しちゃってるし、今回こうして戦ってみて納得よ。アンタがマザリモノだったってだけの事ね?」
斬りかかる黒い刃を避けながら、ナイフを繰り出すアイヴィー。それらは黒い盾に防がれる。
「例えアンタがどんなに強い攻撃をしてもこの盾は防いじゃうわよ。人間の武器じゃ、壊せないのはアンタも知ってるんじゃなーぃ? どんな最強武器でも防いじゃうしぃー、どんな壁だろぉーと貫通しちゃうのよね。同じ物じゃないと、壊せないってのが最大の強みよね」
そして決定的な事を告げた。
「しかもよ、アタシより長く海にいた子に会った事ないのよ、ウフフ」
そんなの、どうにもしようがない……。浸かった時間が問題で、最長記録保持者がネイトなら、勝ちようがないって事だ……。
アイヴィーは大きく後ろに下がると口元を押さえる。
「ふはっ」
姉は笑った。
押し殺しても漏れる笑い。そして、ナイフを鞘に仕舞う。
「マジかよ、ハハハッ」
「ナニが可笑しいのよ」
「いや、まぁあたいにしてみりゃ人間殺す程度で、出すようなモンでもねぇーんだが。ってわけで……あたいも出し惜しみは止めだ」
「あら、やっぱり使えるんじゃないの? だったらさっさと使えばいいのに」
「え? ……姉さん、死んだ事があるって事……っ? 姉さんっ!」
「うるせぇ。お前の任務はなんだ。命令に従えねぇなら消えてろっ……ドゥオグラディオ」
アイヴィーの両手に六十センチ程の剣が二本現れる。霧や靄とは違う。黒い太味の剣はまるで水のように時折細波を起こしながらもしっかりとした形状を保っている。
ネイトが悲鳴じみた声を上げる。
「……アンタ、どれだけ混ざったっての……っ」
アイヴィーはその刃でネイトに斬りかかる。ネイトの剣が一撃目を受け止めようとして、貫通し、素早く身を翻して避けた。
「な……、なんで……」
ネイトは呆然と自分の刃を見つめる。
「そりゃ、密度が違うからだろ。自分が言ってたじゃねぇーか」
それどころかアイヴィーの刃はその長さを時折変化させながら、ネイトに迫る。ネイトが必死で避けるものの、長さが度々変わる刃を完全に避けきる事は出来ずに、傷が増えていく。
「あたいを! 殺すんじゃなかったのかよっ」
「ば、化物……っ」
戦いは完全にアイヴィーのペースになっていた。ネイトの盾も剣も、彼女の武器を防げないのだ。
「ハッ。なんだそりゃ、褒め言葉かよ」
アイヴィーから必死で逃れ、ネイトが階段に向かう。
「とりあえず、証拠品は排除しておかなきゃねっ!」
その言葉にフランは弾かれたように階段を駆け上がる。ネイトよりも階段に近いフランはランサムの前に立ちはだかる。
ノエル・ランサムを生かせ、守れと命令をしたのは自分なのだ。
「フラ……バカっ!」
怒鳴ると同時に彼女は走り出す。ネイトの視線がまっすぐにフランを捕らえているのが分かった。人質も相手を選ぶと言っていた彼の言葉が蘇る。
「 オービチェ! 」
黒い膜がフランの前面に産まれるのと、ネイトの剣が沈み込むのは同時だ。受け止めた切っ先が進んでいても、フランまでを斬るには時間が必要である。
フランは肩で息をしながら、耐えていた。
「 グラディオスマニオス! 」
ネイトの盾と剣が消え、一本の大きな剣に変わる。慌てて、文言を唱えようとしたフランは、腰が抜けたように床に座り込む。
なんで……っ?
全身が筋肉疲労の極限状態にある。痙攣している。
「フラン……っっ!」
フランに迫る剣はフランの頭に届く寸前で翻り、アイヴィー目掛けて反転する。その剣は違わずアイヴィーの肩に沈み込んでいた。
「姉さん……!」
斬り裂かれなかったのは、水平に構えたナイフのお陰である。血を流しながら、もう片方の短刀でネイトの首を狙っていた。彼は剣を引き抜き、距離を取る。
「ね、姉さん……っ!」
「うるせぇーよ」
アイヴィーは苛立たし気に舌打ちした。
「言ったでしょ。アタシはアンタを殺せればいいのよ」
フランを狙ったと見せかけて、防御を捨てて護るために突っ込んできたアイヴィーを斬る事こそが狙いだったのだ。
「くっそ、判断ミスだ。これだから身内が戦いの場にいるのはキライなんだよっ」
チラリとフランを見て、呆れたように眇められる。明らかに怪我はフランの所為だった。
「フラン、お前の言った事は何も間違っちゃいねぇーよ。お前の姉は人殺しさ」
「……何言って……」
「どうせつまんねぇ事考えてんだろーが。感情が爆発した結果にしろ、言っちまった言葉もやっちまった事も無かった事にはできねぇーんだよ」
「……わ、分かってる……っ、分かってるさっっ、だけど……!」
分かっていた。
分かっていても……いった事、した事が頭をぐるぐる回ったんだっ。
「勘違いすんな。あたいが言いてぇのは、……お前のダチの事なんか知らねぇーし、色々ある雑音にも興味はねぇ。あたいがいつ死んで、誰を殺して、何してきたかとか、そういった全部を一々説明してねぇーのは……」
そこでアイヴィーは口を閉じた。
数度息を吐き、本当に疲れたようにため息をつく。
「だりぃーからだ。お前がどうでもいいわけじゃねぇーよ」
「俺は……、俺はっ、分かってるんだっ。分かってて……あの時!」
「だったら、お前はランサムを守ってりゃいい。あたいの命令だ、お前がソコにいるのは。本当に邪魔なら、お前はココにいねぇよ」
……だけど、姉さん……傷だらけだっ。
「フフ、なにそれっ。アンタ、自分から弱点晒してる自覚あるの? その坊やは見るからにガス欠で、アンタは足手纏いのせいでボロボロ」
愉快そうにネイトが舌なめずりをした。
彼女の回し蹴りをネイトはかわして、剣を振るう。先ほどまでの剣よりはしっかりとした密度の高い大剣がアイヴィーの周囲を薙ぎ払う。
「弱点、な。晒しても問題ねぇーよ。てめぇはすぐに死ぬからだ」
二つの剣を胸の前で交差させると、彼女は口元に笑みを刷いた。アイヴィーの身体の周囲に黒い霧が生まれていた。
密度が増しているのが見て取れる。気体が固体へと――霧が雫へと。
姉の厳かな声。
「 ベルベラーレ 」
剣から無数の黒い雫が弾丸のようにネイトに降り注ぐ。
「 マンニャクリペイルズ……っっ! 」
ネイトの防ごうとする声。
体を貫き、後ろの壁をも貫通する。蜂の巣状態の体が沈み込む。彼の前に展開していた黒い大きな盾は意味を成さなかった。
フランは震えていた。恐怖とも興奮とも付かない感覚が体を支配している。
ネイトはまだ生きていた。
穴だらけの体で、小さな息を繰り返す彼にアイヴィーは近寄っていく。
「あたいは母さんの箱で目覚めた。黒い海の熱さはあたいも忘れねぇよ」
双子剣がネイトの手足を切り落とし、その心臓を突き刺す。床に落としていたネイトのナイフを拾うとアイヴィーは、その口に突き立て壁に縫い付ける。もうネイトは完全に停止していた。
「半年だ。半年漂ったよ。てめぇは何日だって? 羊水? 笑わせんな。保護者付きの海水浴で粋がってんじゃねぇーよ」
フランを振り返れば、呆然と自分を見ている。いつかは全てを話すのだろうが、今ではない。
「フラン、ランサムは生きてんだろーな」
「……え」
「フランシス!」
「あ、ああ……生きて、た……はず」
ランサムの意識は朦朧としているようだが、肩で息をしながら時折呻いている。
「連れて来な」
階下へ降りていくアイヴィーを追うべく、フランはかつての教官を肩に背負った。
「姉さん……っ」
思いの他、大きな声にアイヴィーは足を止める。怪訝な目でフランを見れば言い難そうにしながら目を彷徨わせる弟の姿。
「俺、言わないといけないことが……」
「フラン、急ぎじゃねぇーなら後にしな。客待ち中なんだよ、こっちは」
「客?」
外に繋がる扉が開き、ジョザイアが入ってきたところだった。
「ボス、警邏が来たよ。おーぉ、さすがボス。ボロボロにしちゃったね」
ジョザイアは階段を駆け上り、ネイトの惨状を見つめる。思わず目を背けるフラン。
「ぷふっ、ボスが化物って言われるのはその強さじゃないよね。こんなに血をみても、ボスの目は、まるで石ころをはめ込んだみたいに無感情なんだ。そこが化物らしさ満載で、僕は好きなんだよ」
ネイトに話しかける男に、アイヴィーは嘆息づく。
「おい、そいつぁもう意識がねぇーぞ」
「うんうん、目が死んじゃってるよ。大好きな顔だ」
「ジョザイア、警邏のボスは……」
続いて扉が開き、バタバタと白い軍服の兵士がなだれ込む。その中に見知った顔を見つけ、アイヴィーは顔を顰めた。
見覚えのある顔にフランも記憶をたどる。
確か、コリン……コリン・ミルズ大尉だったっけ。
「アイブス軍曹」
大尉の登場をアイヴィーは心底嫌そうに顔を顰めたまま、それでも将校に対する礼儀を思い出したらしく敬礼する。
「アイブス軍曹、モドリモノを匿っている邸内を押さえたとの話しだったが、どこまで制圧は済んでいる?」
アイヴィーが答えるより早く後ろから姿を現したのはクリフォードだった。フランは州軍の到着に驚いているが、よく考えなくとも銃音をバンバン響かせていたのだから、通報が上がるのは時間の問題だったのだろう。
クリフォードの登場には驚いたが、これも姉の上司となれば納得のいく事だった。
彼が問いかける。
「この様子では邸内だけかな? アイヴィー」
「まだ全ての確認が終わってねぇよ。外に出てほしいところだが? サー」
「そうは言ってもね、凄い音がしたから我々としても放置していられなかったんだよ。ノエル・ランサムはどこだい?」
フランを指し示すアイヴィーに、彼の目がフランとその肩のノエルを見て一つ頷く。
「ミルズ大尉。引き渡しますよ。これで、邸の持ち主であるオズワルド・オブ・イーズデイルの更迭に繋げられるでしょう。伴う不正資金の流用などは昨日お渡しした書類で全て事足りると思います。邸がこの惨状では流石のイーズデイル家も中佐を庇えませんよ」
「協力感謝します、大佐」
「邸を処分される前に押さえられて良かった。そこだけが気がかりだったのでね」
ミルズは部下を振り返り、命令する。
「もうすぐ国土保全機関調査部検分課からダン・ワイズ少佐が被害査定に部隊を連れて来られる。全員で残りのモドリモノの捕獲に務めよ」
「イエッサーッ!」
野太い合唱を聞きながら、アイヴィーは座り込みたい体を律していた。州軍警邏部はフランの肩からノエルを引き取り、救急の担架に乗せ去っていく。壁に縫い付けられたネイトを特殊な檻に詰め込んでいく兵士を見つめながら、アイヴィーは自分たちが蔓延させた邸内のモドリモノ処理にいくためにナイフを二本抜き放った。
「姉さんっ、まだ戦う気かよっ」
フランを睨みつける。ミルズもこちらの会話に気付いたらしく、アイヴィーの血まみれの姿を再度見やると、口を開いた。
「軍曹……平気なのかね?」
「何が、ですか?」
「怪我だっ。見たところ、重傷のようにも見えるが」
アイヴィーはフッと笑う。
「大丈夫であります。自分は強いので。それに、州兵の方々には荷が重いのでは? 小官の部隊がバックアップ致します。では、失……!」
去ろうとしていたアイヴィーを抱き上げたのはクリフォードである。
「ここのモドリモノは栄養不全で動きが弱くなっている。州軍とワイズ少佐に美味しいところをあげないと恨まれてしまうよ。それに殲滅ではなく、今回に限り捕獲が望ましいのでね」
「……てめ、ぶちのめすぞ」
一瞬固まったものの、アイヴィーは相変わらずの口の悪さで応じた。
「ミルズ大尉、我々は引き上げさせてもらいます。勿論部下への事情聴取は後日私を通して下されば、確実に出向かせる事を約束しましょう」
「……助かります、大佐。軍曹、養生してくれたまえ」
敬礼し、キビキビと動き出す兵士達を尻目に、アイヴィーどころかフランまでも居心地の悪さを感じていた。抱き上げられるキャラでないのは誰よりも弟のフランが知っているのだから――。
「今すぐ降ろせ、そのキラキラの顔を力づくで整形されてぇーのか」
「軍曹、口を閉じて動くな。これは命令だぞ」
クリフォードの命令に、アイヴィーは口をあんぐり開けて諦めた。
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