◆ 3・マザリビト ◆
頭の芯がぼうっと熱を持ったようだった。辛いとは思わずなぜか、素直に受け入れる事ができていた。
「お前ら下がってな」
姉の緊張した声にフランは首を傾げる。姉の視線を辿れば、そこには胸を撃たれたはずのネイトが起き上がっていた。間違いなく心臓を撃ち抜かれたはずの彼は平然としている。穴の開いた心臓部と未だ血が流れている事だけが真実を伝えている。
「なんで……、なんでネイトは死んでないのっ」
驚きに声をあげるシャノン。
「まさか……マザリビトか!」
ウォルターが声を荒げる。
「まざりびと? 爺さん、なんだそれ」
「三種類目じゃよっ」
「ショーの始まりね」
ネイトは腰からナイフを抜き放つ。
「話しには聞いていたケド、ずいぶん物騒な方なのねぇ。せっかくお芝居したのに、人質ごと撃っちゃうなんて普通思わないわよー。それでも軍人なのかしら。もしもランサムが本当に無関係だったらどーする気だったのよぉ」
「どうもしねぇよ。あたいは軍人っつーより、掃除屋だからな。殲滅が仕事なんだよ」
ネイトが動く。ナイフがアイヴィーの喉下に迫るのを受け止め彼女の蹴りが飛ぶ。蹴りを避けながら、二人のナイフが攻防を始めた。
「ンフフ、いやぁーね。アンタったら、前に会った時もそーだったわ。アタシが思わず逃げちゃうくらい強いってどぅーなのよ。アンタ、……アタシと同じなの?」
斬り合う二人の隙間を縫って、銃弾が飛ぶ。
銃弾はまっすぐにフランに向かっていて、シャノンが息を呑んだのと、アイヴィーが進路に飛び出たのは同時だった。
彼女の腕から血が流れている。
「姉さんっ!」
「あーぁ、成程ぉ。確かに人質にする人間って選ぶべきよね。アンタの泣き所はその弱ーぃイケメン君ってわけだ」
笑うネイト。階段上に移動したノエル・ランサムが、狙撃銃を手にしていた。
教官は肩の傷を物ともせず第二射を発射する。アイヴィーは動かずに飛んできた弾丸をナイフで弾いた。
「どんどん撃っちゃって。アタシが合わせるわ」
第三射に合わせてネイトがアイヴィーに斬りかかる。身を盾にしたままアイヴィーはネイトの刃を寸でで受け止め、銃弾はその脇腹を貫いた。
彼女は二発、三発と放たれる弾丸とネイトのナイフに、致命傷以外を身に受ける。
「フラン、二人を連れて逃げなっ」
自分を盾に三人を逃がそうとする姉に、フランは愕然とした。
姉が死ぬなんて考えたくもなかった。姉が誰かに負けることも同様だ。
次々に撃つランサム教官の銃弾を右手で抜いた銃で時折相殺しながら、ネイトと斬り合う。
やがてネイトの蹴りがアイヴィーを捕らえ、壁に激突する。
「姉さんっっ!」
「フランっ、行け!」
もう逃げたくない! 立ち向かうんだっ。もう傍観者は嫌だ……っ。
フランはシャノンから銃を奪い、教官に向けて発砲した。当たらなくとも銃口にブレを生む事くらいはできるだろうと思っての行動だった。だが、フランが前に出た事で、ノエルからの銃弾はより正確にフランを捉えていた。
銃弾が迫る。アイヴィーさえ間に合わないのは目に見えていた。
シャノンがフランの前に飛び出ていた。
イヤだっっ。
「 オービチェっ! 」
フランの口から知らない言葉が漏れ出る。フランの周囲に黒く薄いベールのような物が生まれていた。弾はその壁に当たり落ちる。ふわりと揺れてその不思議なベールは消え去った。
「……な、んだっ、これ」
「……ふ、フラン……」
シャノンとフランの驚きに、ネイトは笑った。
「あらぁー、イケメン君ったら、マザリビトだったのね」
「……は? お……俺が?」
まざりびと?
「坊主っ、もう一度じゃっ!」
「 オービチェっ 」
またも現れた膜が教官の弾を防ぐ
ウォルターの声に反応し、慌てて唱えていた。言葉の意味すら分からないのに、ソレは確かにフランを守っている。
「……マジかっ」
感動していたフランの胸倉を掴むと姉は後ろに向かって投げ飛ばした。ウォルターとシャノンが巻き添えで転けるのも無視して、怒鳴る。
「逃げろって言ってんだろーが!」
「俺だって戦えるっ!」
「逃げるのはお前だっつーの。お前、ウォルターを助けたいんだろうが。シャノンとウォルターを連れて逃げるのがお前の目的だろ。そこから先はあたいの仕事だ!」
腹が立った。フランを庇って怪我をしておきながら、頼ろうともしないのだ。
「ふざけんなっ、怪我人が何言ってんだよ!」
姉は腰のベルトに拳銃が仕舞う。代わりにその手指が銃を象り、ランサム教官の方角に向くと見えない引き金を引いて見せた。
「シュート」
声と共にノエルの手が吹き飛んだ。驚いたのはフランだけではない。ランサム教官も腕を押さえながら立ち上がる。
「あたいは人質なんて取らねぇし、警告もしねぇ。不確かな事は無駄だと思ってんだ。って事で……『シュート』だ」
空で引き金を引いてみせた瞬間、教官の片足が吹き飛んだ。倒れる教官の姿に、フランは何の感情も沸かなかった。何が起きているのかは分からないが、教官が窮地に陥っているのは確かだった。ウォルターがいるといった収容所。護送車にいないウォルター。
その時から違和感はあったのだ。
「教官っ、何のためにこんな事を!」
面倒見の良かった彼女は養成所でも人気の教官だった。彼女が敵だった事よりも何故こんな事をしたのかの方が不思議だった。
彼女は答えず、アイヴィーを睨んでいた。
「ハッ、ソイツもソイツの上司の犬だからさ。フラン、見ていられねぇと思うんなら軍人なんざ辞めちまえ。上の命令は絶対だ。あたいもソイツも駒に違いはねぇーよ」
何かを言おうとするフランだったが、結局何も言えなかった。
「いい腕ね。随分遠くから撃ってるのに正確だわ」
ネイトの目が高い位置にある窓を見ていた。
「まぁな。あたいの『猟犬』は腕が良いのさ。さてフラン、お前らは引き上げ時ってやつだ。さっさと行きな。今のお前なら、守れんだろ?」
フランは姉に言われて、掌を見る。
……俺は、逃げる事しかできないのか? 何も変わらない。違うっ、そんなのはイヤだっ。
もう一度姉を見る。彼女の傷は全てフランたちを守って負ったものだ。
ユージェニーがいつの間にか後ろに立っていた。
「アイヴィー、すでに邸内と庭でマトモなのはわたくしたちと、その人だけですわ」
「よくやった。ガキ共と爺さんを連れて離脱しな。『猟犬』が援護する」
アイヴィーの手が降り、額を一撫でしてユージェニーを指差す。
「了解ですわ」
シャノンが心得たようにウォルターの手を掴む。
「行こう、ウォルターさん。あたしたちがいるとアイヴィーさんが戦えないっ。フランっ」
「逃げるなら、二人で行ってくれっ。俺はっ」
「分かってるよ」
彼女はニコリと笑む。
「がんばってね、フラン。外で待ってるから」
「シャノン……、ああ! 気をつけろよっ」
ユージェニーを先頭に三人が走り始める。
「はぁ? ふざけんなっ、お前も行けよっ。ユージェっっ」
「俺はあんたの部下じゃない!」
「ごめんなさいですわ、アイヴィー。あなたの事は愛してますけれど、手が足りませんの! ごめんなさいねー!」
「ユージェっっ?」
裏切られるとは思っていなかったのかアイヴィーが愕然と声を上げ、同じく姉を裏切るなどと考えていなかったフランも目を見開く。
「あいつ……絆されてんじゃねぇーよっ」
舌打ちするアイヴィーに、ネイトは面白そうに薄ら笑いを浮かべた。
「あらあら、坊やにアタシの相手をさせる気かしら?」
「いいや、てめぇの相手はあたいさ」
「姉さんっ」
「フラン、あたいに従えねぇなら消えちまえ。だが、従うなら……お前はランサムを確保しな。自害させんな。モドリモノからも守れ」
初めて認められた気がして、フランは大きく頷く。
「イカせてあげると思ってンの?」
二階の階段を目指して走り出したフランに、左手で抜いた拳銃を撃ち出すネイト。
「 オービチェ! 」
薄い霧の壁が防ぐより早く、その銃弾を姉の銃弾が相殺する。左手で構えたナイフがネイトの首を狙って迫る。受け止めたネイトの刃が滑り、上から彼女のナイフを押さえつけ、頭に蹴りが放たれる。
身を屈めて避けたアイヴィーの喉目掛けて、ネイトが刃を突き上げる。
彼女は拳銃を捨てた。
咄嗟にネイトが避けたのは感覚によるものだった。それでも腕を浅く切り裂いたナイフはアイヴィーの右手によるものだった。二つのナイフの柄についたリングが絡まり、間合いを長くし変幻自在に揺れるナイフが、二撃、三撃とネイトの軽症を追わせていく。大きくバク転し距離を放したネイトの前で、ナイフは二つに別れて彼女の手に納まる。
ナイフが繋がり離れる事で、ネイトの予測した間合いを狂わせていた。
「これを避けるたぁ、嫌になるな」
「……多芸ね。ホントこっちが嫌になるわね。アンタの部下も異常者揃いだし、どこで見つけてくるのかしら」
「うちの犬は優秀なんだよ」
「ウチの兵隊を片っ端から殺して回ってた鼠はアンタなの?」
「ああ、それもあたいの犬さ。なぁ、あんた。あんたは何をここでしようってんだ? もうこの中にはモドリモノとあたいらだけだぞ。邸の持ち主がどんな権力を持っていようが関係ねぇ、こりゃ大事になるぞ?」
「白々しい……アンタたちの狙いはソレなんでしょ」
フランはその隙に教官の下にたどり着く。片足が千切れ、狙撃銃を手にしていたはずの手が赤くつぶれている。話しから『猟犬』による射撃だと分かっているがその正確さにゾッとした。窓の外を見ても、何も見えないのだから――。
かつての先生を見下ろせば痛みに呻きを漏らしながら、フランを睨んでいだ。
「……教官」
さすがに哀れみの方が勝ったフランに、ノエルは憎々しげに吐き出す。
「お前には、わからんだろうなっ。葬儀屋の罪がっ! お前を、始末して、馬鹿な考えを持っているヘッドリーとアイブスを、潰す必要があるのだっ、これは正義っ、だ! 葬祭部にこそ正義はあるっっ! それを、単純な……権力、闘争で、邪魔を……しようとしている、貴様の、姉たちなどに……邪魔はさせんっっ」
「ブラッドやノーマンを殺す事に正義があるってのかっ」
カッとして銃を向ける。
「ハハっ、撃てばいい! 二人を、撃ち殺したのは……私だっ」
「なんだって……」
「パーカーに、兄の死が、アイブスによる……ものだと吹き込んだのも、お前を、襲撃現場に、誘い……出すように、パーカーを、仕込んだのも、お前の……外出、届けに、サイン……した後に、襲撃班を、指揮したのも、ロウ……とペイス、を、撃ち殺したのもっ、私だ! 一番、殺し、たかった……お前は、一歩、早く逃げた……が、な」
引き金にかけた手が痛かった。
必死の理性で繋ぎ止める手が、痛かった。
「姉さんは、ギルの兄さんを殺してたのか?」
「ハ……っ、モドリモノになる……未来、しかなかった、パーカー、の兄か」
「ギルは……っ、ギルは、騙されてたっ。姉さんはギルの兄さんを、そういう意味で殺してないんだな……っ? なのに、そう思わされて、ブラッドやノーマンを巻き込んで……っっ、これが正義かよ!」
「もう一つ、いい事を、教えてやろう……オルコック! パーカーを、撃ったのは私だよっ。生き……出て、……もらっては、何かと面倒でな……っ」
「お、まえ……っ、お前っっ!」
「まだ、生きてたようだったなっ。ちゃんと、殺してやれなかったからっ、哀れに、苦しんで、死んだ事だろうよ!」
引き金を引いていた。
その銃弾は斜め上の天井にめり込んでいる。
「ダメ。ボスの命令は違うよ」
ジョザイアの声だった。
蹴り上げられた手のせいで、銃弾はノエルに当たらなかったのだと理解するに連れて、手が痺れ始める。
ノエルの口に彼女の吹き飛んだ彼女自身の足を突っ込んだジョザイアは、未だに銃を握ったままのフランから抜き取る。
「乗せられちゃって、ダメだよ。この人は殺されたいんだ。ランサムは証拠品になるんだ。この邸の持ち主と、教え子を殺してモドリモノに変えた事のね。君の与えられた仕事は彼女の保護で殺害じゃないよ。殺害なら僕に下ってる任務だからね」
ジョザイアは立ち上がり銃の持ち手を差し出す。
「分かったら、受け取っていいよ」
拳銃とノエルを見て、フランは銃を受け取る。ジョザイアは一階を見下ろしていた。そこではまだ姉が戦っている。
……俺は、全然ダメだ……。
ジョザイアは階段を下り、悠々とエントランスホールを抜けて外に出て行った。
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