◆ 4・鼠たち ◆
アクセルとハンドルを固定したトラクターが正面玄関に激突する。
白く塗られた鉄の柵は少しばかりひしゃげたものの、穴を開けるほどではない。
ユージェニー事故現場に向かって歩いていく。その右手に擲弾銃、左手に短機関銃。トラクターのの空回りする後部車輪を避け、足場を見出し、一気に車のボンネットまで駆け上がると、勢いもそのままに柵に向かってジャンプした。
柵の縁に着地するのと、犬が集まるのはほぼ同時。
数を数えながら、彼女は門の上に仁王立ちしたまま犬に向けて短機関銃を乱射する。犬の鳴き声と悲鳴。
彼女は悠々と邸内に降り立ち、更に向かってくる犬と徐々に集まり始めた人間に向かって短機関銃を向けた。
その場にいるのはスーツを着た兵士である。彼らは当たり前のように装備した銃を引き抜きユージェニーに向かって発砲を始める。
芸術的に配置されたはずの木々が、迫る銃弾を避けるのに一役買っていた。ユージェニーは次々に『敵』に部類されるものを撃ち殺しながら、時折壁や邸に向けて擲弾銃を撃ちこむ。
彼女が人目を集めている裏で、ジョザイアが邸内に忍び込んだはずだった。
銃を乱射しながら、庭を縦横に移動する彼女は視界に入ったモノに顔を顰める。
二階部分の窓辺に見えた金髪は、彼女も知る存在だった。
ユージェニーはその人物がここにいる理由は考えなかった。ただその人物がいる事によって起きる面倒事の方に意識が向く。
「アイヴィー……っ、面白いですわっ、ああ、早く来てっ。でないと、あなたの大事な大事なあの坊やが死んでしまいますわ、……それもいい、いいですわねっ」
彼女の目は瞳孔が開き、興奮に頬は紅潮している。
「ふふふふ、ふふふふふ」
彼女の笑い声が響けば響くほどに、死体が増えていく。だがその笑いはピタリと止まった。
「……見ているなんてエッチですわ。どうぞ、出てきてくださいな」
ユージェニーは機関銃を捨て、足に差した散弾銃を抜き放ち一階部分の窓に撃ち込む。
「いやぁーね。怖いわぁ。こわいこわい」
猫なで声の野太い男の声にも、彼女は反応しなかった。
正確に声のした方に向かって散弾銃を追加で二発打ち込み、更に木の陰からユージェニーを狙っていた庭の二人に向かって擲弾銃を放った。派手な音が響く。
同時に、先ほど割った窓から大男が姿を現す。
「この物騒なおネェさんの相手はアタシがするわ。邸内の鼠の始末を急ぎなさいよ」
私兵に指示を飛ばしながら、身軽に窓から躍り出る。
すでにジョザイアが潜り込んでいるのはバレていると判断し、ユージェニーは男に背を向けて見えうる窓という窓に向かって散弾銃を撃ちながら走り出す。
わたくしの役目は、騒ぎを大きくし、逃げ道をたくさん作りながら撤退。あとは狂犬と猟犬の仕事ですわ。
「まぁーっ! なんて潔いのかしら。うちの部下にも見習わせたいわ」
大男が拳銃を手に追いかけてくる。その速さに、ユージェニーは一瞬目を見張った。放たれる銃弾は正確にユージェニーの周囲を突き抜けていく。
一つでも判断を誤れば、致命傷は免れない。
男の銃弾は、ユージェニーすら嫌になるほど狩猟的だった。一発で仕留めるのではなく、足を奪い、怪我を増やし、最終的にそれらが元で死ぬのだ。
これは分が悪いですわね。
ユージェニーは反転し、向き合うと散弾銃を男に向けて撃ち続ける。擲弾銃を投げ捨て、もう片方の手にも散弾銃を抜き放ち、絶え間なく撃ち続けた。
男はその弾を身を翻しながら、避けてユージェニーの方に近寄ってきている。
この、感じ……、まるでアイヴィーとした時のような……っ。
ユージェニーはデジャヴの正体に気付き、ギリッと歯を噛み締める。
「わたくしは、アイヴィー以外には負けませんわ……」
散弾銃を投げ捨て、脇から両手に拳銃を抜き放ち撃ちながら、距離を取る。近寄るのは危険だと彼女の潜在意識が警告を発していた。
引き金を引いても弾がでなくなり、シャノンは拳銃を投げ捨てた。
近寄るハラカラを前に逃げ続ける二人は体力を着実に消耗していた。
徐々に光を失った壁のお陰で、薄暗い部屋に目は慣れているがそれでも状況は良くない。黄色い豆球が照らすには室内は深く広すぎた。
「フラン、どうしよう……」
「何とかして、あの上にいくんだっ」
フランは上着を脱ぎ、シャツも脱ぐと二つを結びロープにしながら動く。
「これが、あそこに引っかかればっ」
「無理だよっ、登ってる最中に捕まっちゃうっ」
フランに伸びてきた手をシャノンが掴み投げ飛ばす。ズルリと滑って転けかけたシャノンの腕を掴み、また壁際に逃げる。
エンドレスだった。
扉が開く事を祈ってみても、それが味方である可能性など万分の一に思える。
ガチャリと音がして、その扉が開いてフランは目を疑った。逆光になり、その人物は後光がさして見えた。
「姉さんっ!」
叫んでみたものの、相手の体のラインは明らかに男だった。
「あれ? 階段がないね。困ったな……」
「だ、誰だっ!」
新手の出現かと思ったフランは大声を上げるが、相手は全く意に介さない。その男の後ろから小柄な人影が飛び出る。
「無事かっっ、坊主たち!」
「爺さん!」
「ウォルターさん?」
二人は見覚えのある人物の姿に息を抜く。
「ま、待っておれっ」
ウォルターは柵の後ろを触る。するすると柵は下に向かって降り始める。
リフトだったのかっ。
降りてくるに従って、見知らぬ男がモデルのように整った容姿をしている事に気付いた。
「ウォルターさん、誰この人」
「僕はジョザイア」
あれ、どこかで聞いた声だ。
「この人が部屋から出してくれたんじゃっ」
ジョザイアはするりと柵から出ると近寄ろうとしていたモドリモノの首を切り裂いていた。茶色い液体がドロリと流れでるのを、蹴り倒しその眉間にナイフを沈ませる。モドリモノの体がサラサラと土に変わるのを見て、フランは声を上げそうになる。
授業では聞いていたが、聞くと見るのは全く違った。
「ふむ、つまんないや」
心底詰まらそうに言った男は、立て続けに二体を土に返した。その手際は鮮やかとしか言いようがない。一本のナイフでそれを行った男は首を傾げる。
「このリフト、途中で止められる?」
「無理じゃな」
「じゃあ、降りて」
意味が分からず、彼以外の人間は言葉を失った。
「早く」
急かすジョザイア。
「なんじゃと?」
「上は今パーティー中。お荷物いらないよ。ここの人たちは皆、栄養不足で動きが悪くなってるから、ここの方が君たち向き。血の色も悪くなっちゃってるし。だから降りてよ」
「待って待って、冗談じゃないっつーの!」
思わず叫ぶフラン。
男はまた近寄ってきたモドリモノの首を切り裂き、ナイフを眉間に突き立てる。
「だって、僕にはまだ仕事があるんだ」
三人を降りろと言った男は三体のハラカラを柵に入れると上へのスイッチを押した。リフト内でジョザイアに迫る三体のハラカラを子猫でもいなすように床に沈めて、男は昇って行く。
「ちょ……っっ、ちょっと待ってくれよっ!」
「うん、ちょっと待ってて、武器を持ってきてあげるよ」
男は上に着くとハラカラと共に去っていった。
扉が閉まり、三人は絶望する。
「な、なんなんだよっ!」
期待した分、裏切られた気分は大きい。
だが意に反してドアは再度開き、バラバラと銃が床に落ちる。
「じゃあね。また後で」
男は去り、三人は慌てて銃に向かう。掴んだ銃を構え、迫るモドリモノをフランは初めて撃ちぬいた。
だが、動きは止まらず、その手はフランを掴もうと伸びてくる。慌てて二発、三発と頭を撃ち、動きが止まるのを待つ。
肩で息をしながら、フランはシャノンに声をかけた。
「と、とにかく、後で来るって言ったし、俺たちはここで耐えればオッケーって事だなっ」
「そ、そーかな……」
「少なくとも外は酷い状態じゃ」
ウォルターはブルッと身震いをした。
腹を蹴り上げられ、ユージェニーの意識は一度飛んだ。二回目は拳がめり込み、自分の吐瀉物に塗れながら、地面を這いずる。
片腕の間接は外され、腕の骨は折れている。
喉に鼻血が流れ込み、血の味を噛み締める。
「もう一度聞くわね。アイヴィー・アイブスはどこにいるのかしら」
「知って、ても……、おし、ない」
男はため息を付く。
「なんって、強情なのかしらぁ。もうイヤよ。どんどん話しがややこしくなっちゃってるわ。ねぇ、知ってるかしら? アタシたち、ホントに最初はアイヴィー・アイブスなんて狙ってなかったのよ。フランシスってゆーイケメン君がぁ、見ちゃいけないモノを見ちゃったから、始末しましょってだけだったのよ。でもでも、そこに割り込んできたのはソッチじゃなぁーいっ」
ユージェニーにはどうでもいい話だった。
そもそも彼女にとって、フランの存在自体に重きを置いていない。アイヴィーが守れ、世話をしろというからしているだけだったのだ。
ユージェニーは自分が強いと思っていた時期がある。
そのプライドはアイヴィーに会った時に粉々に砕かれた。彼女を憎み、そして愛した。その強さを愛していた。アイヴィーに殺されたいと常々思っている。アイヴィーの強さに心を奪われたユージェニーにとって、屈するモノなどもう何もなかった。
とっくに絶対的強者のアイヴィー・アイブスに屈しているからだ。
今死んでも、別にいいですわ……アイヴィーをあの世で待ち続けるか、それとも傍に取り憑いて見続けるか、どっちも凄く魅力的……。
目を閉じたユージェニーの耳には、未だに耳障りな男の声がしている。
「これ以上痛い思いしたくないでしょう? 命あってのモノダネよ」
「こ、これはどうなってんだっ……!」
少年の声に目を開けると、書類で見たギル・パーカーが立っていた。
血に塗れた破壊の絵というものを初めて目にするのだとわかる。少年の目には驚き以上に困惑と怯えが見え隠れしていた。
「あら、ギル坊や、なぁーにしてるのかしら。アンタはおニィさんの復讐劇中でしょう。さっさとイケメン君のトコにでも行って来なさいよ」
「アイヴィー・アイブスが来たんだなっっ、どこだ!」
「馬鹿ねぇ、アンタには無理よ。アンタの復讐はイケメン君をモドリモノに変える事でしょ。アンタはアンタに指示されたことをなさいよ」
「そ、それは……、そうだが。目の前に奴がいるのに……!」
「まだ姿は見てないわ。運が良ければ会えるんじゃないの? さっさと行きなさいったら」
「……くっ、分かった……」
動かなくなったユージェニーを見下ろし、邸内を見る。
「アンタたちっ、このおネェさんを犬の餌にしておいてちょうーだい。アタシは中の鼠処理に行くわ。どーにも、この鼠、良くないわよ」
ユージェニーはクスッと笑う。
「ナニよ、気味悪い女ね」
男の足音が遠ざかり、反対に四人の兵士の軍靴が迫る。
世の中には色んな種類の化物がいるわ。その中でも最も輝いて綺麗なのがアイヴィー。
そしてわたくしの知る限り、最高に醜悪なケダモノがその鼠ですわ……。
兵士の足が止まり、ユージェニーの折れた手を取った瞬間、彼女はその喉下に蹴りを叩き込み銃弾の雨をその男を盾にする事で防ぐと、二人目の首に蹴りを入れた。
あと二匹と半っ。
折れた腕も外された腕も使い物にはならない。
銃弾一発貰って、殺すっ!
三人目の男の首に足を引っ掛け、そのまま弾みをつけて回転し首の骨を折る。最後の男の弾がユージェニーの脇腹を撃ち抜き、更に弾を撃ちだそうと引き金を引いた。
弾層は空ですわよっ。
男の喉を蹴り上げた。折れ曲がった体を無視して、走り去る。
四匹目は脱落、二匹目はまだ稼動。先に肩を嵌めて、腕を縛って……止血して……、それから中に……。
彼女は壁に肩を当て、力技で嵌めた。悲鳴をかみ殺し、チカチカする目を見開き耐える。痛みのせいで気配の察知に遅れが出ていた。
距離にして三メートルの位置に仕留め損ねた二匹目の兵士が銃を構えている。
「アイヴィー……」
ポツリと声が漏れる。
「伏せろっ!」
その声に激痛も無視して体が反応していた。
銃弾はユージェニーの頭の上を過ぎ行き、顔を上げた時には男の頭が捥がれていた。
ボールでも掴むように、その両目に指をめり込ませたアイヴィーが頭部を持っていた。左手には大振りのナイフが一本。
「ユージェ、遅くなっちまった。お前まだイケるか?」
涙で視界が滲む。
ボディースーツに身を包んだアイヴィーは太いベルトにつけた鞘が二つ。武器らしきものを彼女は他に持っていない。
あああぁぁあ、アイヴィーがわたくしを求めてる……!
何度も頷く。
「ええ、……ええ、勿論ですわ……アイヴィー」
「よし。なら、庭の奴らを頼むぞ。『猟犬』が援護する」
アイヴィーはナイフを手にしたまま、頭を投げ捨てた。
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