◆ 2・暗闇へ ◆
アイヴィーはコニーの運転する車内で穏やかな眠りについていた。
「ボス、『狂犬』から通信です」
眠りについていた事すら気付かせないほどの自然さで、彼女は車内に取り付けられた電話のボタンを押す。
一定の音階の口笛が聞こえてくる。
ふっと笑ったアイヴィーは受話口を唇を止せ、リップ音を返すとボタンを再度押し通信を切った。
「よろしいのですか? 待たせなくて」
「いい。待たせてたらフランはともかく、シャノンは死んじまうだろーしな」
「……なぜ、あの娘も守るのです?」
珍しくコニーが問いかける。その頭にヘルメットはない。サングラスをかけて前を向いた姿を見つめ、アイヴィーは笑った。
「どうした? 同じ出身だから気になるか?」
「……分かりません」
「あたいはな、アイツを保護してやる代わりに今後フランの面倒を見させようと思ってんだ。殺しの腕が落第だったとしても、戦闘訓練を受けてんだ。羽虫避け程度には役に立つだろ」
「納得しました」
しかし、今回ユージェは過重労働だな……。
彼女の腕は誰よりも信頼している。それでもアイヴィーは微かな気鬱を抱えていた。
アイヴィーがメイドへの褒美を考えている頃、当のメイドは不穏な独り言を発していた。
「アイヴィーアイヴィー、あなたの弟が死んだとしても、あなたにはわたくしがいるわ。わたくしが慰めてさしあげるからあなたは大丈夫、安心していいのよ。ふふ、ふふふ、ふふふふ」
ユージェニーは車から持ち出していた銃火器を体に纏っていく。
スカートの裾を切り裂いた両足には散弾銃を装備し、短機関銃を持った右手に弾層を肩からかけ、擲弾銃を左手に持ち、邸を見下ろした。
明け方の光に照らされた白亜の屋敷には犬が放し飼いにされており、数人の武装警備兵が巡回している。周囲に民家はなく長閑な田園風景が広がっていた。
ユージェニーは小高い丘の上にいた。
すでにジョザイアは車にいない。
彼の言葉によると、保護すべき三人が同じ場所に運ばれたという。それならば、話しは早かった。アイヴィー達が集まるのを待つだけだ。行動の引き金は彼女の愛するアイヴィーからもたらされるものだ。
胸に挟んでいた物が振動し、取り出す。小さな黒い機械には実行の文字と狂犬のマーク。
「……なぜ、ジョザイアですの。アイヴィーアイヴィーアイヴィー! 酷いですわっ」
忌々しげに了承の文字と『番犬』のマークを送り、ユージェニーは鉄の門扉を破るに必要なモノを手に入れるため田園風景の中に下りるべく車を発進させた。
放置されている一番近場の農機具たるトラクターに乗り移ると行動を開始した。
物騒なメイドはキーのないトラクターを動かし、出勤中の農夫たちを無視してまっすぐに白亜の屋敷に向かって突き進んでいった。
「最近の子供って、とってもナイーブねぇ」
ギルが出て行った部屋でネイトはぼやく。
「……あんたも出てけよ」
「あらぁー、この部屋はアンタのお部屋じゃなくてよ。アタシのでもないけれど。アタシは仕事でココにいるのよ」
血はじわじわと出ている。
「ねえ? イケメンの坊や」
「……なんだよ」
「アイヴィーってゆーアンタのお姉さんって、ホントにアンタのお姉さん?」
睨み付ければ、相手は女性めいた仕草で肩を竦める。
「いやね、そんな目で見ないでちょーだい。悪気はないのよ。アンタのお姉さん、とーーっても強かったから、ちょっとね。さっきのアンタたちの青い友情と裏切りの話とは全くの別の、お・は・な・し」
「姉さんが強いのがなんなんだよ」
「アタシね、引き分けたの初めてだったからね。どうしても気になっちゃったのよ」
可愛くウィンクしているつもりだろうが、フランはゾッとして目を逸らした。シャノンがフランの前に立ち、視界を塞ぐ。
「シャノン?」
「ネイト、あなたはあたしを殺すんでしょ……?」
「あらあら、そーゆーコトは鋭いのねぇ」
三度目の失敗は殺処分と言っていたシャノンの言葉が蘇り、フランは慌てて彼女のスカートに手をかけた。
「さ、下がれよっ、シャノン!」
「無駄だよ……ネイトは、……教官は、凄く強くて、逃げることなんて出来ないの……」
「娘さんっ、あんたがさっき言ったんじゃ。一緒に逃げようとな」
「ウォルターさん……」
シャノンは目を瞬く。ネイトの愉快そうな声がシャノンの言葉を肯定する。
「確かにミアちゃんは殺処分が決定してるわ。このままなら覆る事は万に一つもないわ」
「シャノンに何かしてみろっ、俺は自殺するぞっ、いいのかよ!」
「フラン、何言って」
「……フフ、面白い子ねぇ。さっきも言ったけれど、アタシはウォルターのお守が仕事であって、アンタ達には今ココで死んでもらっていいのよ。でも、そうねぇ。ミアちゃんにチャンスをあげるわ」
「チャンス?」
フランとシャノンの声が被る。
「ええ、そうよ。もし、ミアちゃんが今回、自主的にアイブスの懐に潜り込んだんだとして、イケメン君をここに連れてくるお手伝いをしていたんだとして……、そうなら、最後にちゃーんと撃ち殺せたなら、最終試験は合格よ」
意味ありげに笑い、ネイトは腰から抜いた銃をシャノンの前に放った。クッションは音すらも吸収し、拳銃が床に落ちていた。
「なんと性格の悪い男じゃっ……」
忌々しげにウォルターが呟き、シャノンはその銃をじっと見つめていた。彼女はそっとその拳銃を拾い上げる。
フランはただ見ていた。
彼女の手にした銃口がフランの額にピタリと宛がわれる。
「お、お嬢ちゃん……!」
焦るウォルターの声。
思いつめた顔のシャノンを見ながら、フランは何も感じなかった。
彼女が何者かは分かっていたし、全面的に信じたわけでもなかったが――それでも彼女は自分を撃たないと思えた。
裏切りの相次いだ中で、彼女の目だけは信頼に足るものだった。
フランは目を閉じて、ゆっくりと開く。
シャノン素早く振り向きざまに引き金を引いた。ネイトに向かって放たれたはずの銃弾はどこにも穴を開けていない。
「……くう、砲……」
「フフ、だからアンタは出来損ないって言われるの。普通は重さで気付くわよ」
同時にシャノンの腹に蹴りがめり込み、掌が彼女の頭を掴み床に叩き付けた。悲鳴さえ、呻き上げずにシャノンはヨロヨロと体を起こした。
「シャノンっ!」
駆け寄ろうとするフランに、男はクスクスと笑った。
「自殺防止マットレスに救われたわね、ミアちゃん。一応教えてあげる。ギル坊やの狙いとアタシのご主人様の考えは違うのよね。イケメン君には、いつモドリモノに転化して貰っても構わないのよ」
「子供をいびってどうするんじゃ」
「いやぁーね、いびってないわよ。立ち位置の確認をさせて貰っただけじゃなぁーい」
ネイトは肩を竦める。
「でもコレではっきりしたわ。ミア、アンタは暗殺者にも一般人にもなれない出来損ないちゃん。殺処分を非道だってゆー人もいるわよ? でもね、アタシは慈悲だと思うわ。どうせ社会に順応できない子に育ってるンですものねぇ」
落ちた銃を拾い、彼はシャノンの腕を掴みあげる。
「ぅあっっ」
痛みに呻くシャノンをドアの外に投げ飛ばす。壁に背中を打ちつけ悲鳴も上げられず、シャノンが倒れ付す。
「シャノンっ、くそっ」
駆け寄ろうにも、足のせいで動けないフランは床を殴った。痛みも遠く、血は止まっているが動けるほどではない。
「ターゲットだった子の名前を名乗るなんて、粋ね。アンタの殺処分に相応しいモノを用意したわよ。『シャノン・クィン』本人に殺してもらいましょうね、フフフ」
「シャノン本人に?」
「娘は……まさかっ! 外道がっ」
意味が分からないフランの横で、ウォルターが激昂した。
「え? なに、生きてた?」
「分からんのかっ、娘は死んだっ。奴らは、娘をモドリモノに変えたんじゃ!」
「……は?」
「さぁ、二人にも見せてあげるわ。ついてらっしゃいよ」
動かないシャノンの腕を掴み引き摺っていくネイトを慌てて追いかけようとして、崩れ落ちる。
「くっそ」
ウォルターが肩の下に体を入れて、歩き出す。
「爺さん、……」
老人は小さな声で、ボソリと聞いた。
「お前さん、一回死んだな」
質問ではなかった。確認だった。
意味が分からず問いかけようとするが、ウォルターはネイトを追いかけて部屋を出るように促した。
「もう少し待ちなされ」
なんで、死んだって……。
ウォルターを見るが答えは返らない。
部屋を出た二人は、前を行くネイトを追いかける。
廊下はガラスが嵌め殺しになっており、庭が良く見えた。木々や花々の合間に数名のスーツ姿の男が庭に立ち、周囲を警戒しているのがわかる。
離れの部屋に入れられていたらしく、ネイトの進む先は白い大きな屋敷に繋がっていた。
ガラスが運良く割れたとしても、外の警備員に捕まるのが関の山である。
ふいにユージェニーの言った言葉が蘇る。
彼女は『あなたが思う以上に、アイヴィーにとって大事な存在』だと言った。それが本当ならいいのにと思う。フランには姉の考えはさっぱり分からない。
だが、ウォルターを確保したいのは間違いない。
自分だと思えないのが、アレだけど……爺さんを助けに、姉さんはきっと来る。そのチャンスまで待つんだ……。
母屋に入ったネイトはいくつかの扉を経て、階段を下りて行く。地下二階まで下りると、廊下はなく行き止まりに扉が一つ現れた。
終点だった。
「ようこそ、地獄に。三名様、ごあんなぁーい」
陽気に言ったネイトが扉を開く。意識のないシャノンから手を離した男は中を指し示す。
中に入りたくはない。
だが、シャノンはすでに扉の向こう側にいるのだ。中の様子はまだ下があるらしく、彼女達の後ろにある狭い柵しか見えない。
フランはウォルターと共に前に進んだ。
中は薄暗く、一つだけ垂れ下がった電球の明かりが頼りだった。シャノンの傍にしゃがみこみ、揺すろうとして、見てしまった。
下の階に広がる光景を――。
そこに蠢くモノは想像よりももっとグロテスクで、気持ちの悪い光景だった。
『モドリモノ』という存在がどういったものであるかは、学校の歴史の授業で登場する。それらは土を貪り喰う動く死体として紹介されている。
学校で習うのは養成所での『ツチビト』の話しである。
実際はそれよりも恐ろしいのが『ハラカラ』と呼ばれる生物を殺すためだけに存在する動く死体なのだが、その存在は一般には知られていない。
軍人となる者には皆、この知識が施される。
口外禁止なわけでもない。ただ、話したいとは思わないのだろうと演習に出たことのある先輩達は言っていた。
その意味が今、フランにも理解できた。
眼下に広がる世界は同じ世界とは思えないものだった。千切れかけた腕で地面を抉ろうとしている四つん這いの者と、周囲を見回し壁にぶち当たっては、うめき声を上げる者。それらは生きていない。本来は青く見えるはずの黒い血管が浮き上がった皮膚に、赤く充血した目、黄色く染まった肌、茶色い何かに汚れた衣服。
数十体のモドリモノがそこにはいた。
「シャノン……っ!」
柵に取り付くウォルターに、フランは我に返った。老人の視線を辿れば、焼け焦げた皮膚と裂かれた腹から零れる内臓を引き摺りながら歩く女がいた。
あれが、シャノン・クィン……。
その足元に小さな塊が這っているのを見た瞬間、フランは吐いていた。
昨晩から何も食べてないというのに、吐き気は止まらず、胃液だけになっても喉は更に何かを吐こうとして苦しさに涙ぐむ。
その隙に、ネイトはシャノンを担ぎ上げると柵から落とそうとする。咄嗟にフランはネイトの腹に突進していた。
「シャノンっ! 起きろっ」
音に反応したのか、下のモドリモノが動きを止める。
「シャノン!」
ネイトはフランの胸倉を掴み、壁に叩き付けた。息が詰まる。シャノンが目を見開き、現状に声をあげかけた。
彼女の体が柵から落とされる。
「しゃ、のん……っ」
彼女は柵を掴み、ぶら下がった。
その下にモドリモノが集まってくる。人間に反応するそれらは『ハラカラ』かもしれない。ネイトはフランから手を離し、ウォルターの傍に行きその体を肩に担ぎ上げた。
「アンタには死んでもらっちゃ困るのよ。アタシも鬼じゃないわ。コレをあげるわね」
彼は先ほどの拳銃に弾層を取り付け、モドリモノの蠢く階下にポトリと落とした。
金属音が響き、地面に着地する拳銃。
「ミアちゃん、ソレでアンタ自身を撃ってもいいし、化物を撃ってもいいのよ。好きにしてオッケーよ」
薄ら笑みを浮かべたまま、ネイトはもう片方の手をフランに伸ばした。
かすかな爆発音が確かにフランにも届く。
「あらー、やっぱり来たわね」
フランの撃たれた方の足首を掴みあげると、柵の向こう側に放り投げた。体が宙を舞い、落ちていくのは一瞬だった。
「フラン……!」
シャノンが声をあげて、柵から手を離した。
「バイバイ、お二人さん」
扉が閉まり、世界が暗闇に閉ざされる。
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