◆ 5・囮と罠 ◆
陽が落ち始め、町と違い電灯のない森はすっかり暗くなっている。
「そろそろですね」
収容所の入り口にはライトが集中していた。
ゲートが開き一台の車が外に出て閉まる。ユージェニーがライトを消したままエンジンをかけた。
ついに始まるのだと緊張が高まる中、車が滑るように動き出す。相手の車を止めるのは町に入るまでの間で、収容所からは離れた位置が望ましい。
フードを被りマスクをつけたフランは震える手で銃を握っている。シャノンも同じような様相だった。
対向車が数台行きすぎる。お互いの車以外が見えなくなった頃、ユージェニーがスピードをあげる。
「行きますわよ」
「りょ、了解っ」
「はいっ、お願いします!」
車は更に加する。
護送車を追い越すし、ハンドルを切るユージェニーにフランたちも身体が横なぎになる。車がスライディングで止まる。護送車の前に車を横ばいに停止したせいで、相手も鋭いブレーキ音を発して停止した。
車から勢いよく出ようとするフラン。
ユージェニーが怒鳴る。
「出ないでくださいまし!」
相手の車の後部から次々下りてきたのは、いつか見た重装備の黒装束たちだった。あの路地での事までもを思い出して、身体がふるりと震えた。
「そんな……、なんで」
呟くフランに、シャノンが慌てて頭を下げさせる。『敵』が銃を構えた所だった。ユージェニーはすぐに車を発進させる。グルグルと車をS字にうねらせて銃弾を避けた彼女は、窓を殴り割るといつもの買い物カバンから回転銃を取り出した。
「しゃがんでいてくださいましね」
片手にもった銃を信じられない目で見つめる。彼女はチキンレースのように敵に向かって車を走らせながら、ソレをぶっ放した。
穏やかなメイドの顔を捨てた彼女は敵の横を通りすぎると、すぐにまたUターンした。
護送車の後部が見える。そこには重装備の敵しかいなかった。
「なんで……っ、なんでだよっ」
「フラン! ウォルターさんがいないよっ!」
「頭を下げてくださいましっ。防弾とは言え、程度がありますから!」
コニーの運転時と変わらない荒っぽい動きに、二人は慌ててベルトで体を固定する。
激しい撃ち合いの音が響く中、車の動きと共に掛かる耐重だけで精一杯のフランはとっくに銃を仕舞っていた。
ユージェニーの車が数度行き来し、舌打ちと共に現場から離脱する。
「オイルが切れるので、逃げますわっ。ウォルター・クィンはあの車両にいませんしね!」
走り去ろうとするユージェニーを今度は相手の護送車が追いかけてくる。
シャノンが窓を開け、銃を後ろに向けて撃つ。
「シャノンっ、危ない!」
彼女の頬を銃弾が掠め、血が飛ぶ。
彼女は何度も引き金を引く。タイヤを狙った弾は数発後に命中し、背後の車との距離が一気に開く。
「あたったっ、シャノン、やったぞっ!」
シャノンは青褪めた顔で、何度も頷いた。
「よ、良かった……あたった……っ」
頬から流れる血をシャノンは上着を脱いで拭う。
「どうしよう……、ウォルターさん、いなかった」
「ああ、まるで最初から俺たちを狙ってたみたいな感じだった……」
ガシャンと音を立てて、助手席にユージェニーの銃が乗る。
「ユージェニー、……やっぱり兵士なのか?」
「いいえ、坊ちゃま。わたくしはただのメイドですわ」
「いやいやいや」
「本当ですのよ。わたくしはアイヴィーに負けて以来、ずっと彼女のメイドをしておりますの」
「姉さんと戦ったのっ!」
「ええ。もう昔の話ですわ」
運転する彼女はやがて、無人のスタンドで車を停めた。周囲は道路を点々と照らす外灯のお陰で、道と開けた土地以外何もないことを示している。
「オイルを補給しますね」
彼女が補給活動を行っている間に、トランクから救急セットを取りシャノンに差し出す。
「後が残ったら大変だ」
「……ありがと」
彼女はかすかに微笑む。
車を間違えたんだろうか? ウォルターさんが乗ってないだけならまだしも、あいつら完全に俺たちを狙ってた。
手際良く、救急箱についている鏡を見ながら頬を消毒しガーゼを張るシャノン。
「ふふ、これからですわよ」
ユージェニーの言葉に目を丸くする。
「これから?」
「ウォルター・クィンの保護、ですわ」
「だって、今……」
「ええ、予想通りウォルターはいませんでしたわね」
「予想通り? どういうことですか、ユージェニーさん?」
「ふふ、ごめんなさいね」
「え?」
唐突な謝罪に戸惑う二人。ユージェニーが堪え切れないように笑った。
「あはは、わたくしスパイですの」
「すぱい?」
「ええ、坊ちゃま。わたくし、アイヴィーのスパイですの。ウォルター・クィンの居場所を探すためには坊ちゃまたちに囮になって頂くのが一番だったので、そのようにさせて頂きました」
「……おとり……」
「ど、どうして最初から、言ってくれなかったんですかっ」
シャノンが言うのも遠く感じられる。
「それは無理ですわ。いかにも囮に見えては敵も食いつきませんわ。あくまでアイヴィーの目を盗んで勝手をしている子供達という構図が欲しかったので。案の定、偽の情報を掴まされて踊ってくださったので助かりました」
腹芸は向かないとアイヴィー自身がフランの事を称していた。それでも、どうしても理解できなかった。
過保護な姉は自分を守ろうとしていたはずだった。
「姉さんは……俺を『餌』にしたんだな……」
言葉にすれば、それが浸透するにつれて胸が痛んだ。裏切られた気がした。
クリフォードに言われた事は覚えている。自分は『囮として自覚を持って』と言われた事を逆手に取って、ウォルターを助けにきたつもりだった。
だが、姉が自分を『囮』にしていた事とそれらがイコールで結ばれていなかったのだ。フランはどこかで姉がそんな事をするはずがないと思い込んでいた。
「姉さんは俺を心配してるんだと思ってた。ホントはウォルターを捕まえたかったんだな、姉さんが」
「フラン……」
「あら、そのように言ってはアイヴィーが可哀想ですわ。全てはあなたを守るために動いてるんですのよ?」
「わかるわけない! そんなのっ。結局姉さんは……っ、勝手だ……」
ユージェニーはトランクを開けてゴソゴソと何かしている。
「今からウォルター・クィンを収容している場所に向かいますわ」
「場所がわかってるの?」
シャノンの質問に、ユージェニーはイイエと首をふった。
「元々政治犯収容所にはいませんの。なぜなら公式には麻薬工場を運営していた人物であり、真実は葬儀屋ですからね。政治犯収容所にいるという事が真実味を増すのは彼の職業を知っている者にとってですわ」
確かに麻薬工場の運営者なら『政治犯』にはなりえない。
自分の迂闊さに気づき唇をかむフラン。
「教官の方に伺ったと仰ってましたが、その方に情報を流した者こそが黒幕ですわね。攫われた時の状況と、コリン・ミルズ大尉の州軍に追い立てられている事からも、彼に軍を動かす要請をした者と同一と考えていいでしょう」
「あぁ、なんか姉さんたちが話してたっけ」
「軍に要請を出したのはオズワルド・オブ・イーズデイル中佐ですわ」
「じゃあ、そいつの所にいるって事か」
「場所を確保しているのはイーズデイル中佐に違いないでしょうが、中佐は最近まで王都から移動していなかったそうですわ」
上層部のゴタゴタなど話された所で分からない。それでも姉が並々ならぬ熱意で動いている事は伝わってきた。
「ヘッドリー大佐が言うには、昨晩イーズデイル中佐がカディッサ入りしたそうですから、後は彼の跡を付けて行けばウォルター・クィンの居場所に案内してくれるそうですよ」
「それなら、最初からそこに行けば良かったんじゃ……?」
不審げにシャノンが口を挟む。
「いいえ、それはダメですわ。相手はイーズデイル家。ヘッドリー大佐よりも国土保全機関に顔が利く大貴族ですからね。不法侵入なんてできませんもの、ですから……ごめんなさいね」
ユージェニーはまた謝った。
車が何台も入ってくる。
完全に周囲を取り囲まれる。
「なっ……」
「誘拐されてくださいな」
慌てて銃を引き抜く。シャノンも銃を手に窓の外をみる。
ユージェニーが同時に動いた。手にした二つの大型銃を乱射しながら囲みを作った車に突進し、一台のボンネットに足をかけ飛び越える。何十発もの銃弾がユージェニーに向けて発射されている。
「ユージェニーっ!」
叫ぶフランの真横のドアが開く。そこに立っている男を見上げ、愕然とした。
なんで、……なんでここに……っ。
周囲には敵しかいないはずである。つまり目の前に立つこの男も敵ということになる。
「フラン、久しぶり。ホント聞いてたより、ずっと元気じゃん」
「ギル……」
手にした銃を向ける事ができなかった。
対するギル・パーカーは迷う事なく銃口をフランに向けている。銃撃の音はまだ続いていた。うるさいほどの音の中で、ギルの穏やかな声が耳を打つ。
「降りろよ。お前らはアイヴィー・アイブスの人質だ」
ギルの目はもう友人を見る目ではなかった。その目を最後に後頭部に痛みが振ってきて暗転。
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