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国土保全機関葬祭部門は掃除が得意  作者: ムツキ
第三章・ミツギの汚業
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◆ 4・彼らの思惑 ◆


「アイヴィー、正直に言えば君の刺激的な格好はとても目の保養になっている。私も疲れが吹き飛びそうだが、二人っきりの時にしてほしい」


 クリフォードは、かつてフラン達を迎え入れた会議室で書類と格闘している。傍には高く積まれた書類が下手な本よりも厚くかさんでいた。右から左にサインをしながら紙の束が処理し、移動していく。

 対するアイヴィーは上半身下着状態でその隣の腰掛けテーブルに足を乗せていた。片手には処理済の書類の束を持ち、自分に風を送っている。


「なんの話しだよ」

「いくら暑いからと言って、下着姿で演習を敢行するのは風紀に乱れを生じる」

「あぁ、タトゥーの文句がどっかから来たか?」

「Hカップのバストと刺青なら、誰でも胸を見る。刺青の問題じゃない」

「文句が出たわけじゃねぇーんだな?」

「文句は今、私が出している。そのバストも含め君は私の物だ。熱中症で倒れても服装はしっかりして欲しい」


 相変わらず自分勝手な発言だと、溜息をつく。


「上司が何言ってんだ。バカだろ、お前……」

「軍曹、返事は?」


 とんでもない言い分を披露した男は書類から顔をあげようともしない。


「イエス、サー」

「それで、いつになったら君の弟は奮起してウォルター探しをするんだ?」

「あたいが知るかよ」


 実際アイヴィーの方も焦れているのだ。


「君がいては相手が萎縮してしまうからこそ撒き餌をする事にしたんじゃないか。当局の名で『娘らしき人物の保護』という連中も気になる情報まで挙げているのに、本人達が引きこもっていたんじゃ話しにならないよ」

「まぁそーだが、しょーがねぇーだろ。アイツはガキだ」

「アイヴィー、庇うな。腹が立つ」


 この男はこうして我儘を言って甘えてみせているのだろう。ただの暴君にしか見えないが、アイヴィーにとっても長い付き合いだ。多少の情はある。


「苛々が止まらねぇーのは暑いからだぞ。休憩しな」

「時間がないんだぞ。ウォルターを生け捕りにする事が我々の狙いだ。処刑されて生死不明になったのでは作戦を抜本から見直す必要が出る」


 男は不機嫌そうに言葉を紡ぎ、無表情でひたすらサインを繰り返している。


「わかってるって、お前の狙いはイーズデイルだろ。オズワルドが邪魔なんだろ」


 サインを書く手がピタリと止まる。


「お前の弟をダシに、俺が政敵排除をしようとしている事について文句があるのかい?」

「ねぇーよ。狙いは一緒だしな。どっちにしろ、オズワルド・オブ・イーズデイルが主導でウォルターを狙ってんだ。目撃者のフランを本当の意味で守るには、奴を失脚させるしかねぇ」

「分かっているなら愚痴くらい言わせてくれ。本音を言えば」

「言うなよ」


 ピリついた声で制するアイヴィー。


「……お前が、フランの事よりウォルターの生け捕りの方を重視してんのは分かってんだ。だから、あたいがキレるような事を言うな。お前のそういった冷酷な素顔は嫌いじゃねぇーが、弟の事ではいい気はしてねぇーよ」

「うん、だから俺はフランシスが嫌いだよ。お前を感情で動かせるからね」


 舌打ちする彼女に、またサインの音が再開される。


「アイツの心臓が止まった日から養成所の教官が来るまでに来た刺客の数だが、軽くダースは越えてんだ。当たり前だが、向こうだってお前を潰す機会と思ってるぞ」

「全部、君が犬の餌にしたんだろう?」

「まぁな。ちなみに、あたいは養成所の教官が来てから止まったのが気になんだよ」

「ギル・パーカーか? 彼の兄の事は勿論調べたが、不幸な事故でしかないのは君も確認済みじゃないか」


 グレン・パーカーは警備の任についていたが、そこに一体のモドリモノが現れて、警備兵たちを全員モドリモノに変えた。

 当然ミツギなど行われていない。

 一帯がモドリモノの巣窟に変わるのを防ぐため、数組の掃討班が投入された。その中には当然アイヴィーたちもいたのだ。


「君が処理したのかい? だとしても完全な逆恨みだがね」

「さぁな。一々覚えちゃいねぇーよ」

「仮にギル・パーカーが君を恨んでいて復讐にフランシスを殺そうとしたなら、もっと良い手がいくらでもあったはずだよ? 運要素の絡む『襲撃事件の目撃者として殺害される』なんて形よりも、もっと別の手を取った方が確実だろう」


 クリフォードの言う事はアイヴィーにも分かる。しかし、白紙の手紙を弟に渡した事が引っかかっていた。


「どちらにしろ、殺したいなら姿を見せるだろうから犬の餌にするなり、君が処理するなり好きにしたらいいよ。君にはこの作戦を早く終わらせて、傍に戻って欲しいからね。テイクアウトの食事ばかりで栄養バランスも悪いし、洗濯物も随分溜まったし、部屋を見たら君も怒るかもしれないね」


 ギル・パーカーが敵だった場合の事を考えれば、弟との面倒な争いになるかもしれないのは目に見えている。


「アイヴィー、聞いてるかい?」

「なんだ?」

「……だから、テイクアウトばかりで栄養バランスが悪いし、洗濯物も溜まったし、部屋が汚くなった」


 手を止めたクリフは照れながら自堕落な生活を暴露している。二十六にもなる大人の男がはにかむ姿は見ていて気持ちの悪いものだった。


「お前の自業自得だろ? あたいはお前の家政婦じゃねぇーぞ」

「勿論だよ、君はもっと良い物だ」

「なんだ?」


 ふっと微笑み、王子様感丸出しのキラキラとした眼差しでアイヴィーを見つめる。長い付き合いであるアイヴィーには次に来る台詞が分かっている。

 ため息を押し殺して、先を促せば想像通りの言葉が返ってきた。


「妻だよ」

「結婚してねぇーし。妻が家政婦よりイイモノとも思ってねぇーぞ、あたいは」

「酷いな、お前にあげた恋愛小説はちゃんと読んでいるんだろうね?」

「いい枕だったぞ」


 クリフォードは押し黙る。


「ところで、あたいが仕留め損ねた奴が一匹いんだよ」

「珍しいね」

「ああ、一歩間違えばジョザイアが死んでた」

「……ほう、それは凄い。勧誘してくれたまえ」

「クリフ、聞いてなかったのか? あたいが仕留め損ねたんだぞ」

「互角だったわけじゃないんだろ? え? まさか互角だったのかいっ?」


 クリフォードは立ち上がる。その顔は純粋な驚きに染まっていた。


「何とも言えねぇな。ただ、もしかしたら……あたいと『同じ』かもな」

「……無理は、しないでほしい」

「それはどういう意味合いになる?」

「使える駒は多い方がいい。だがお前は失えない」


 真剣な目に見つめられて、思わずアイヴィーは目を逸らしていた。クリフォードのこうした発言には慣れない。


「フランを見捨てたら……ぶちのめすぞ、クリフ」

「怖いね」


 ノック音がしてコニーの声が届く。


「入れ」


 入室したコニーは待ち望んでいた便りを寄越す。


「ボス、動きました」

「やっとかよ。よし行くぞ」


 立ち上がると手にしていた書類をクリフォードの書類の束の上に載せる。


「じゃーな、クリフ」

「君には言うだけ無駄だろうが、気を抜くなよ」


 アイヴィーはふっと笑い、ドアに手をかける。


「当然だろ。ちなみにあたいの乳は、お前の物じゃねぇーぞ」


 閉まる扉を見てから、クリフォードは座り込んだ。


「アイヴィーと『同じ』……か」




 ジョザイア・ハットンは歩けば視線を集める程の美青年である。

 彼は目深くキャップを被り、秀麗な顔を隠している。黒い半袖のシャツにネイビーブルーのジーンズと安物のスニーカーを履いた姿は一見、ただの学生にも見える。それでもすれ違う者の中にはその美貌に気付いた者が振り返っていた。


 彼だけが人の視線に無頓着に歩いている。


 かすかに漏れる鼻歌――彼は現状とても上機嫌だった。

 基本一本のナイフがあれば楽しく過ごせるが、更に獲物まで用意されているとなると、ここ数週間の苦労も報われるというものだ。

 懐にしまっている血判付きの手紙は彼の宝物の一つに追加されている。

 アイヴィー・アイブスの血がついているのだ。滅多に血を流す事のない強者の血である事が彼を高鳴らせている。


 カディッサの町を悠々と歩くジョザイアは、一路ウォルター・クィンが収容された施設に向かっていた。

 ふと彼は立ち止まり、車に乗ろうとしている大荷物の女を見つけて近寄る。


「こんばんは、奥様。ドアを開けますよ」


 ニコリと微笑めば、女は顔を赤らめた。

 鍵を受け取りドアを開けると、女は荷物を後部座席に詰め込んでいく。ジョザイアはその女の背を押した。

 後部座席に倒れこんだ女からは、恐怖を孕んだ呼吸。

 彼女が振り返るよりも早く、その首に手刀一閃――力の抜ける肢体をグイと力任せに押し込む。

 扉を閉めた彼は、悠々と運転席に納まった。


「ワンワンワン、一般人はダーメ、ワンワンワン、どこかに捨てよう、ワンワンワン」


 発進させた車から、彼は帽子を外へと放り投げた。



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