◆ 3・深まる謎 ◆
ユージェニーの運転技術はコニーのソレよりも遥かに高く、安全かつ穏やかなものだった。おかげで、緊張感は長持ちせずフランは睡魔に負けていた。
車内は冷たい空気で満たされている。外の暑さも車の中には届かない。
フランは夢を見ていた。
それは随分久しぶりの感覚だった。
撃たれたブラッドと、悲鳴をあげるノーマン――そして、胸の激痛。
「おはようございます」
目を覚ましたフランは、ユージェニーの声に瞠目する。
どれくらいの時間が経ったのか確認しようとするが、時計を持っていないフランには分からなかった。車窓に届く明るさからも、変化は感じられない。
「おはよ……俺、もしかして声あげた?」
隣を見れば、シャノンがまだ寝ていた。
「いいえ、坊ちゃま」
「どれくらい寝てた? 俺」
「そうですわね、一時間半くらいでしょうか。まだ寝ていらしても良ろしいんですのよ?」
「……ユージェニーは、俺が死んだって話し聞いてる?」
フロントミラーには彼女の眼鏡しか映っていない。
「ええ、アイヴィーから聞いてますわ。傷跡が残らなくて良かったですわね、まぁ男の子ですから勲章になりますかしら?」
「男の子って……」
「アイヴィーはとっても心配していましたわ。あんなに怯えたアイヴィーをわたくしは初めて見ました」
「姉さんが、怯えた? それ怒ってたの間違いじゃないの?」
ユージェニーは癖なのか、押し殺した笑いを漏らす。
「ふふ、あなたが思う以上にアイヴィーにとって大事な存在なんですのよ。だから、気をつけてくださいね?」
「……姉さんが過保護なのは分かってる。でも、怯えるなんて想像つかない。どこを撃たれたのか聞いてる? 体中が痛くて、どこを撃たれたのか結局、俺は知らないんだ」
ユージェニーは少し迷うように黙り込んだ。
「……心臓の少し上に一発、右太腿に一発、腹に二発、首に一発ですわ」
「……俺、よく生きてたな……」
「いいえ、一度死にましたわ」
「……それ、なんなんだよ。俺、生きて動いてんじゃん。腹も減るし、普通に生活してる」
何かの比喩なのだろうが、いい気分はしない。
「ええ、存じておりますとも。結論から言いますと、どの銃弾も瞬時にあなたの命を奪えなかった。あなたの未来はこの時点で短時間での失血死が待っていたわけですけれど。アイヴィーがその場で、いくつかの傷口に銃弾の火薬を詰めて焼いたそうですわ」
「えぇ……?」
想像すると怖すぎる絵である。
「わたくしもどの傷がどの程度だったか、どのように処置したのかは聞いておりませんの。ただすぐに軍病院に搬送され、手術となったそうですよ」
彼女の説明によると、手術は成功し、銃弾は取り除かれ、縫合されたという。だがフランは血を失いすぎていただけでなく、いくつもの手術をした為に体力問題まで持ち上がっていたらしい。
「乗り切れるかどうかは坊ちゃまの体力次第だったと聞いています」
「マジで死に掛けたんだな……」
「その日の夜中に止まったの、フランの心臓」
隣から答えが返ってきて、フランは振り向く。シャノンが目を開けていた。
「あの日、アイヴィーさんは心臓の止まったフランさんとあたしを車に乗せて病院を出た。それであのアパートに。アイヴィーさんは……どこかに行って帰ってきた。それから、あたしは部屋を出されて、ずっと祈ってた。そしたらアイヴィーさんが息を吹き返したって」
「……俺は、ちょっと息が止まったとかじゃなくて……カディッサからカマラに着くまでの間、心臓が止まってたってのかっ」
「うん……」
カディッサからカマラまでの移動は車でも二時間はかかる。二時間も心臓が止まった状態で息を吹き返した事になるのだ。
そんなバカな話し、聞いた事ないぞっ。
心臓が止まったら何分かで脳がダメージを受けて死ぬんじゃ……その後は脳死状態でまともな状態には戻れないって。
……じゃあ俺はなんで動いてんだよっ! 計器が故障してただけで、実は心臓が止まってなかったとか? だったら何で姉さんは俺を連れて?
いや死んでても謎だけど……。
渦巻く疑問に答えられるのはアイヴィーだけだ。
最初に目を覚ました時を思い出す。あの時シャノンは驚いた顔で涙を浮かべていた。あの時の鬼気迫る様子が納得に変わる。
そりゃ驚くだろうな……。
沈黙が下りた車内を動かしたのはユージェニーだった。
「わたくし、アイヴィーを愛していますの」
「は?」
フランは間抜けな声を上げた。
「ふふ、わたくし、アイヴィーをとっても愛してますのよ」
どうやら聞き間違いではなかったらしいと気付き、フランとシャノンは返答に困って黙り込む。
「悲しいですわ。坊ちゃまは、無条件にアイヴィーの愛を受けられる位置にいますのに。あの人を信じてくださいな。言葉足らずとは言われておりますが案外、大事な事は言葉にしてる人ですよ」
「……そう、だな……」
ユージェニーが良い事を言っているのはフランにもわかるが、その前の『愛している』云々のせいで威力が半減している。
「ユージェニーさんは男性だったんですね! ごめんなさいっ、あたし、なんて勘違いをっ」
いやいやいや。
「いいえ、わたくし女ですけど?」
「え! そうなんですかっ?」
「あら、男に見えますの?」
「いいえっ! 女性ですっ。良かった、勘違いじゃなかった!」
いやいやいや、マジで……シャノン、いやミアか……君さ……ホント、残念だよ。
「はっ! じゃあアイヴィーさんが男性!」
「あのさ、シャノン。落ちつこう。俺も混乱はしてるけどさ、俺の姉さんはずっと姉さんだよ、兄さんじゃないって……」
「そ、そうよね!」
シャノンが落ち着きを取り戻すのを見て、ホッとしたフランはユージェニーに向き直る。相手は運転中でこちらの混乱など気にも留めていない。
「ユージェニーは友情とか家族愛の話ししてんだろ。なぁ、ユージェニー」
メイドを家族のように思う者も多いのだ。
「いいえ、恋愛話ですけれど?」
沈黙が落ちる。
「……やっぱり、アイヴィーさんはおと……」
「違うってっ。姉さんは姉さん!」
「ふふ、そんなに可笑しい事かしら。ごめんなさいね、ついつい。わたくしがアイヴィーに会ったのは彼女が十三歳の頃ですの。彼女はとっても強くて格好良かったわ。勿論、今も格好良いんですけれど」
「あぁ、……強さ。うん、そうだよな! 姉さんは強いからな」
「ですから、わたくしからもお願いしますわ。アイヴィーの愛する弟のあなたに」
「うん?」
「くれぐれもご自愛を。自分を守る事を第一にしてくださいね」
ユージェニーの可笑しな話はどうやらここが終点だったらしい。フランは素直に頷いた。
「わかったよ」
姉の交友関係は謎が多いが、このメイドも随分変わっている。何より無謀とも思えるフランたちと行動を共にしているのだから、ありがたさと不思議さに首を傾げるところだ。
やがてユージェニーの運転する車は、カディッサの町外れで停止した。鬱蒼とした森の中に、白い塀で囲まれた建物が見える。
「ここが政治犯収容所、重警備棟どころか建物すら壁のせいで見えない……」
「あら、忍び込む予定でしたの?」
「……いや、夜に移送って教官が言ってたから、そこを狙おうかなって」
「面会をして場所の確認なんてしている暇ありませんものね。この車、アイヴィーのものですから、トランクに武器がありますわ。お好きなものを装備なさってね」
言われて、フランは自分が何の武器も持たずに来たことに気付く。
馬鹿だ……そうだよな、そうだよ……武器いる。
養成所でも武器の訓練は始まっていた。トランクを開けたユージェニーの肩越しに見えた物は養成所で取り扱った武器のどれでもなかった。
トランク一杯に詰められた銃火器は、それだけでテロくらい起こせそうなほどである。
シャノンはそこから拳銃を手にする。フランも同じものを二個ほど腹に挟む。
「坊ちゃま、これはアイヴィーが部下に話していた時の忠告なんですけれど、お腹に挟むのは良くないみたいですよ? 抜くところも見えちゃいますしね。背中がいいみたいですわ。それとこれ、ホルスターをお付けくださいな」
言われるまま銃を付け直す。両脇に一つずつ、腰に一つ、足に一つ。シャノンは斜めがけのバックにいくつもの弾層を突っ込んでいた。
ユージェニーのどこか生温い笑顔を見ながら、装備し終えた二人は車内に戻る。
彼女はナンバープレートを外して、車内に戻ってくるとエンジンは切ったまま待つと言い、少し眠りますと付け足した。
「護送車ってすごいゴツいんだろうな……防弾だったらどーしよう……」
「わかんないけど、戦うっていうより、うぉ……父を連れて逃げるだけだよね」
「うん、そーだけどさ。この車一台だけで、護送車を止めないとだし」
初めての実戦に緊張と興奮が身体を支配している。フランは気合を入れるように拳を強く握りしめた。
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