◆ 1・彼女の告白 ◆
記憶が正しけりゃぁー……あたい休暇中だったよな? なんだって、働いてんだっ。
アイヴィーは炎天下の演習に参加していた。
気温は四十度に限りなく近付き、通気性はよく作られているものの暑いボディースーツを腰まで脱いで、青い下着を晒している。地面の土は百人近い兵士の汗を吸収し続けていた。
水分をこまめに取るように指導しながらも、一分以上立ち止まっている者には腕立て伏せの懲罰を課していく。
本来は行う必要のない二度目の演習の教官役だった。
アイヴィーの所属は西部区域統括国土保全機関軍事部掃討課である。北部で、しかも州軍の演習を取り仕切る義務は全くなかった。
だが悲しいかな、軍人のアイブス軍曹としては上司の命令には絶対服従であり、今回は弟の為の諸々が関わっている。ギル・パーカーの兄グレンの情報と州軍の動きを逐一報告してもらう代わりとして、クリフォードは州軍の演習に『殲滅の野獣』の貸し出しをしたのだ。
「身売りじゃねぇーか、これ」
アイヴィーは噴出す汗を拭いもせず、大声で指示をする。
大砲の音で耳が馬鹿になりそうだった。
「軍曹、ミルズ大尉がお会いしたいと見えていますっ」
後ろから新兵らしき娘が声をあげる。
「てめぇら! あたいが戻るまで血反吐垂れ流しても走り続けてな!」
怒鳴ったアイヴィーは新兵の後をついていく。そこにはいかにも軍人らしい角刈り頭の大男が立っている。面倒事であるのは相手の顔を見るだけでも分かる。
アイヴィーとて兵士だ。位階の高い相手には敬礼をする。
「小官がアイヴィー・アイブス軍曹であります、サー」
「眼帯とその頬の刺青で知れている。お前の部隊の永続二等兵コニーが出頭しないんだが、どうなっている」
「その件につきましては、小官の上役たるヘッドリー大佐からご連絡が届くと思われます」
「私が最も嫌いなことが何か知っているか? 軍曹」
「存じ上げません」
「賄賂と横暴な権威だ。私に通じると思うなよ?」
睨み付けてくる男に、アイヴィーは口元に笑みを貼り付ける。
よくあるパターンだった。クリフォードのやり口、アイヴィーの評判、この二つがそろった部署への目に見えた悪意。
「小官の嫌いな物は自分より偉そうな奴です、サー」
「コニー二等兵を即刻、出頭させろ」
「お断り致します、サー」
「何だとっ」
明言された拒否の回答に大尉が顔色を変える。再度聞き取れるように、告げる。
「お断り致しました、サー」
「お前、自分が何を言っているのか分かっているのかっ」
「イエス、サー。なぜなら小官の忠誠は国土保全機関に捧げられた物であり、上役のヘッドリー大佐に捧げられた物であります。小官は他の軍事組織に、ケツを振るような売女ではありません。よって、州軍の大尉殿にもケツは振れません」
「貴様っ、それが……その口の利き方が罷り通るとでも思っているのか!」
「イエス、サー。なぜなら小官は、ザコとは違いますので。優遇されております」
顔を真っ赤にした男に、アイヴィーはふっと笑う。事実、アイヴィーの部署があげる戦績は他の追随を許さない。
クリフォードが貴族の出身である事もプラスに働いている。
クリフの奴、もっとしっかり伝えとけよ。ココで、あたいが大尉を殴ってもいいってのか? 全く。
怯えきった顔で立つ新兵に、立ち去るように顎でしゃくる。兵士は敬礼して走り去った。
「サー、用事が終わったなら演習に戻らせていただきます」
「待てっ、貴様!」
アイヴィーは引き時を誤らない。振り返らず兵士達のところへと戻った。
夕食後、差し出された新聞を前にフランは首を傾げる。朝だろうが夜だろうが新聞を読むような勤勉さのない事は先刻承知のはずだった。
ユージェニーと差し出された新聞を交互に見て、受け取る。
「お時間があったら三ページ目の右下をご覧くださいな」
言い置いて、片づけをしたユージェニーは部屋を出て行った。
なかなか読む気が起きなかった為、風呂上りにやっとページを捲るとウォルター・クィンの文字が飛び込んできた。そこにはウォルターが捕まった事と処刑の日時が書かれている。
「これ……っ、来週の日付だっ。早すぎるだろっ」
「どうしたの? フラン」
「あ……」
新聞を手に、取り繕う言葉を捜すフラン。本来シャノンはウォルターの娘ではないのだから、無関係の情報である。
シャノンが覗き込み、その顔は見る見る真っ青になっていった。
「そんな……処刑……」
ショックを受けている彼女の様子は作り物とは思えなかった。だが、なぜシャノンがショックを受けているのかも謎である。
完全に赤の他人のはずなのに。
「シャノン、大佐も言ってただろ? 助けるチャンスがあるって、今は信じよう」
言いながらもフラン自身、疑問が残る。
処刑日の決まった重罪人をどうやって助け出せるというのか――。
「私、行く。……助けに行く」
「はぁっ? いやいやいや、ヤバイだろっ」
「いいの、私一人で行くからっ」
「……なんでだよ!」
「父、だからっ」
「嘘だっっ」
思わず叫んでいた。
シャノンは硬直する。
しまったと思った時にはもう遅い。取り繕いようのない言葉をフランは吐いたのだ。そしてそれが真実である事を互いが知っている。
「……知ってるんだ。ウォルターさんと話したんだ……あの日。ウォルターさんが、娘は死んだって言ってた。シャノンの事を、知らないって言ってたよ」
「……どう、して……」
シャノンが漏らす。
「どうしてすぐ言わなかったの? お姉さんには……」
どうして、なんて決まってる。フランが信じたかったのだ――彼女の事を。
「……最初は、意味がわかんなくて……今はもっと分からない。シャノンは誰なんだ? なんで他人なのにウォルターの心配をしてるんだ。俺には、その心配が嘘に見えない……」
シャノンは脱力したようにベッドに座り込んだ。
「私は、誰でもない……ただ、ただただ、逃げただけの出来損ないなの……っ」
涙を浮かべて彼女はポツリポツリと話し始める。
「あ、あたしは孤児だった。孤児院の前に捨てられてて、院長先生たちが拾って『ミア』って名前をくれて……育ててくれた」
「それが本当の名前なんだな」
彼女は力なく頷く。
「……そこには大勢の子供がいたけど、毎月テストがあって……隣にいた子がいなくなってる事は普通だった。年々子供は減っていって、あたしも、その時が来たの。消えてたんじゃなくて、別の場所に移動させられてたんだって知ったよ。そこは、訓練場だった……」
「訓練?」
「人を殺すための訓練。訓練での死人も普通だった」
彼女は思い出すように目を閉じる。
「訓練を生き残る事が全てで、試験に通るための訓練で……。試験は人殺し任務。……あたし、殺せなかった。失敗したの。一年後、再試験があってまた失敗……今回が最後の試験だった」
「全部、殺す事……なんだよな?」
「うん。今回の試験、ターゲットはシャノン・クィンだったの。でも怖くなって、逃げたんだ。そこが襲撃される事は分かってたし、あたしが殺さなくても誰かが殺す事はわかってたけど、警告も何もしなくて、ただ逃げたの……」
「……警告、逃げ……」
フランは自分にも当てはまる事に気づいた。
「三回目の試験の失敗は殺処分。殺せない上に、殺されるのもイヤで、逃げて逃げて、怖くなって一歩も動けなくなって隠れた。そして、……フランに会った」
シャノンは緩く微笑んでいた。
「あの時、自分の事しか考えてなかったあたしを、あなたは助けてくれた。見なかった事にしようとしてくれた。……あたしは救われた気がしたんだよ」
「そんな、あの時はホントに何も考えてなかったんだ、俺は」
「それでも、あたしには全然違った」
罪を告白するように、彼女は両手をぎゅっと握りしめ唇を震わせる。
「あたし、……あたしホントは、最初ウォルター・クィンなんてどうでも良かったんだ。でも、段々……ホントに心配になってきた。シャノンを助けようともしなかったあたしだけど、せめてシャノンの代わりに彼女のお父さんが無事であるように祈っちゃったんだ」
色々な事が腑に落ちた。世事に疎すぎる事も、家事の知識が一切ない事も、ウォルターの事を心配をしているのも本当だったのだとわかる。
シャノンが自分を出来損ないだというなら、フランだってそうだった。フランも同じ『罪』を感じている。
「ウォルターを助けに行くなら、俺も行く」
「ダメだよっ」
「あの人、初めて会った時忠告してくれた、逃げろって。あの言葉がなかったら、俺はとっくに死んでたっ」
ミアと名乗ったシャノンは顔を顰める。
「ダメっ。忘れてるみたいだけど、ホントに一回心臓止まったんだよっ。それに大佐も言ってたじゃないっ。あたしは狙われてないけど、フランは狙われてるって。危険だよっ」
「シャノンだって殺処分で狙われてんだろっ。それに一人で出来るって言うのかっ? ……ミアは」
慌てて名前を言い直せば、彼女は苦笑いを浮かべる。
「シャノンでいいよ。ミアは、逃げてたダメな子。今は、シャノンの名前で、力を借りて……。でも……アイヴィーさんにバレたら、どうなるか考えると怖いけど……」
「姉さんに?」
「怖い……。あの人は……初めて見た時から、怖くてたまらなかった。カッコイイって前に言ったけどアレは嘘……」
「まぁ、確かに。親しみやすくはないよな」
シャノンは首を大きく振る。アイヴィーを思い出しているのか微かに震えている。
「違うの……そういうんじゃなくて、ホントに……ホントに怖かったよ。アイヴィーさんは、あの時」
クリフォードに『戦っている所を見た事があるか?』と問い掛けられた事を思い出す。
確かに凶悪な姉が強い事は知っているが、戦闘シーンを見た事はない。だが、姉はすでにシャノンが『シャノン・クィン』でない事を知っている。
その事を話すべきか迷いながら、フランは結局口を閉ざした。
「この記事から分かるのは捕まった事と処刑日だけだ。どこに捕まってるかとか、そーゆーの全部一人で調べられないだろ? それにコニーたちが笑顔で送り出してくれるわけないし」
「それは、今から考えようと思ってた。……でもフラン、本当にいいの?」
「クリフォードさんも言ってたんだ。『囮として自覚を持って自由に』ってさ。だったら、俺がこんな行動するのもオッケーって事だろ」
「それはちょっと、拡大解釈な気もするけど……」
コニーは常に部屋の外に張り付いている。部屋から出た時点で彼女が付いて回るシステムだった。
アイヴィーは二名の護衛を付けていると言っていたが、コニー以外の人物を見た事はない。ユージェニーは完全にメイド業をしており、外出時に付いて来ることもなければ、もし護衛だったとしてもフランたちより早くアパートに戻っているのも可笑しな話しだった。
「部屋から出たら護衛がつく。出るなら窓からだな。でもその前にどこに捕まってるかが問題だ。普通に考えれば留置所だけど」
力を貸してくれそうな大人を思い浮かべて見るが、姉の邪魔が入る事は想像に難しくない。
唯一考えられるのは、教官くらいだった。
「俺に考えがある」
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この作品は一部完結まで書き終えていますので、毎日UP中です。
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