◆ 5・自称義兄 ◆
フランとシャノンが部屋を出たのを確認してクリフォードはため息をついた。
「面白いね……あんな見え透いた手口に引っかかるなんて、彼は本当に葬儀屋を十年もしていた男だろうか。実直すぎないか?」
「まぁ、……マトモな親なら子供の事は心配しちまうもんじゃねーの?」
「どうしようかな」
見上げてくる男にアイヴィーは煙草の煙を吹きかける。
相手はかすかに顔を顰めた。
「勝手に決めたらいい。もうウォルターはイーズデイルの手に渡ってんだ」
「中佐はその能力よりも強力な権威を持っているからね。始めた事とは言え、ウォルターを見捨てたいよ。彼が、我々に捧げられる何かがあるなら全力で守る価値も出るが……」
「よく言うぜ。イーズデイルを潰せるってんでウキウキしてんだろ。価値がねぇーなら最初から乗らねぇーよ、お前は」
クリフォードは何も言わなかった。
全てはこの男の計画通りに運んでいる。
フランが書いた手紙から養成所に居場所が伝わる事も予想通りで、思ったよりも長い時間が掛かったがギル・パーカーの返信を追いかける形で養成所員がやってきた。
当然その動きは、目撃者としてのフランを探している連中の目にも入る。
フランとシャノンを外出させる事で居所を内外に知らしめ、新聞社にはウォルターの娘のシャノンがカマラで保護されている事をリークした。
ウォルターが無視しようが引っかかろうがどちらでも良かったのだ。
狙いはフランを狙ってくる連中とシャノンを騙る娘の真意である。
その為、アイヴィーたちは注意深くシャノンを観察していた。だが、現在に至るまで外部との接触はなく彼女は完全に孤立無援だ。
「中佐も遠回しな事をしたものだ。表通りを封鎖し裏口を手薄にする事で、逃亡ルートを絞ったんだろうけど、そこまで秘密裏にウォルターを捕縛する理由がわからないね」
「お前の読み通りに事が進んで万々歳だろ?」
「そうだね。ウォルターはただの葬儀屋じゃない。何かある。お前がアパートの一室にひきこもり続けた甲斐がある、というものだね」
「姿を晦ますって言ってもな。あたいにだって、気がかりな事があんだよ」
「シャノンか……確かに彼女の存在は謎だね。刺客にしては動きが愚鈍だし、計画性が全く見えない。しかし、なぜ弟に教えてあげないんだい? もしかしたら彼女は鼠かもしれないのに」
アイヴィーはドアをちらりと見る。
「あの子が何者か、全く見当がつかないのかい?」
「……あたいは世界には二つしかねぇと思ってる。敵と守る奴ら。どっちか決まるまでは、あのガキも保護してやるよ」
そこでアイヴィーは素早くドアを開ける。同時に張り付いていたフランが倒れこみ、床に這いつくばった。
「よぉ、フランシス。盗み聞きたぁ行儀の良いこった」
「……ね、姉さん……」
蒼白な顔で姉を見上げる弟。
アイヴィーはその腹を蹴飛ばし、ドアの前から移動させると扉を閉めた。
「また会ったね。ごきげんよう、フランシス君」
にこやかに言うクリフォードに、フランはポツリと呟く。
「知ってたんだ……、なんで……」
「シャノン・クィンが偽物である事かい? 本物は二十歳の妊婦。九ヶ月目だったらしいからね、あの子はどう見ても十六、七の男を知らないお嬢さんだよ」
「……俺に、なんで教えてくれなかったんだよっ」
「うんうん。私も今まさに! アイヴィーに聞いていたんだよ」
フランは戸惑いと怯えの入った目を男に向けている。誰もがまず見た目に騙される。クリフォード・オブ。ヘッドリー、彼は常に王子様めいた容姿に優しさをたたえている。微笑みと丁寧な物腰、洗練された挙動――全てがまやかしだ。
アイヴィーは知っている。
この男は己の損得でのみ物を考え、無意味な殺しも辞さないと。
今も彼は隠していた事実に悪びれていない。フランの盗み聞きに動じていない理由は説明の手間が省けたくらいの感覚だろう。
「フランに腹芸は向かねぇよ。実害は出てねぇーし、武器を手にすれば殺せと全員に言ってあんだ。被保護者に全てを話す必要も感じねぇしな」
アイヴィーはサラリと言うと、一番近場の椅子に座った。
「それにしても、フラン。お前、あんまり驚いてねぇーな」
「え?」
「お前知ってたな? ウォルターと話して聞いたか?」
途端にこわばる弟の顔。
「あたいはバカじゃねぇ。二人の人間を監視するのに、一名しか用意してねぇわけねーだろ」
「コニー以外にもいたのかよ! まさかユージェニーがっ?」
「あいつはメイドだ。で? 嘘はナシだ。あたいに話したくねぇなら黙りな。ウォルターと何を話した?」
フランは唇を噛み、それでも口を開く。元々ウォルターがシャノンの事を新聞で見たらしいと伝えにきたのだという。
「姉さんも、……姉さんも、嘘はなしだ! 姉さんとその人はどーゆー関係だよっ」
弟の激高の意味は想定外だった。
思わず視線を揺らした事は否めない。そのことにも弟は敏く反応している。
「……こいつとはあたいが13の時に会った。あたいから求婚して利害の一致から婚約して、利害関係の終了と共にあたいから婚約解消。以来、プロポーズを断り続けてる」
「え? いや、意味分かんないんだけど?」
「次はお前の番だ。なんでお前、養成所に入った」
混乱するフランにアイヴィーも直球の質問をぶつけてた。床を見つめる弟は、絨毯を撫でながら、呟いた。
「……強く、なりたかったからだよ」
それは本音が滲んでいた。
フランシス、お前の不運はあたいの弟って事かもな。
痛い程の無言。
アイヴィーは立ち上がり、ドアに手をかけた。出ていくキッカケを与えてやるべきだと感じたのだ。
「……もう行きな。コニーたちが待ってる」
フランは身体を起こし、クリフォードを見る。相手はニコニコと姉弟を見ていた。瞬間、フランがかけより、テーブルに両手を叩きつける。
「あんた、貴族だろ」
「そうだよ?」
何かを押し殺すように彼は言葉を紡ぐ。
最早、自分よりも遥か上官である事すら覚えていないらしい。
「俺の、……俺の父上みたいにっ、もし『より良い結婚のための犠牲』とか言ったら、殺してやるからなっ。絶対だっ!」
「おい、フラン……」
アイヴィーは驚きのあまり言葉が見つからなかった。
「姉さんは、なんてことないみたいに言うけど、俺には、俺のそれまでの全部を否定するくらい衝撃だったんだっ! あんたがもし姉さんを、身分とかそーゆーので捨てたりしたら、赦さないっ!」
フランの怒りは父への怒りだ。ぶつける相手が違う事も本人は自覚している節がある。アイヴィーにさえ、彼の育った環境が言わせた言葉なのだと分かる。
「これは、驚いたな……ハハハ、面白いじゃないか」
「何がおかしいんだよ!」
「いや、……いやね、なんというか、立派だ。立派だよ、君」
クスクス笑う男に、更に怒鳴ろうとする弟。その口をアイヴィーが後ろ手で塞ぐ。
「もう黙れよ。ほんとにバカだな、お前は。……いいから、帰れ」
「あぁ、すまない。フランシス君、君を馬鹿にしたんじゃないんだよ。本当に立派だったから、ついね。アイヴィーは特別な女性だ。今回、君が無事に切り抜けられたら、色々と話そう」
「別に……俺には話すことなんかない」
フランは言い放ち、部屋を飛び出る。
残されたアイヴィーは弟の後姿を遠ざかるのを見てから扉を閉めた。まだ笑っているクリフォードにあきれ返る。
「お前なぁ……」
「だって、可愛いじゃないか。なんて素直なんだろう。確かにアレじゃ腹芸は無理だ。納得だよ、君がシャノンが偽物だと教えなかった訳も、ウォルターを計画的に拉致させた事を伏せたのも」
アイヴィーはクリフォードの傍まで行くと、その額をペチリと叩いた。
その日の夕暮れ、宣告通り教官ノエル・ランサムがドアをノックした。
フランとシャノンは緊張した面持ちで、部屋の隅に立っている。ドアを開けたユージェニーの前で教官が言葉を失うのを、ただ見ていた。
「これは、ヘッドリー大佐……なぜ、ここに」
困惑した声に、軍服姿のクリフォードが笑み浮かべて応対する。
「ランサム少尉。ドアを開けたらまずは挨拶が基本だよ。ごきげんよう、少尉」
「これは失礼致しました。夜分遅くに申し訳ありませんっ、ヘッドリー大佐」
「ハハ、畏まらないでくれたまえ。今日の私は軍人ではなく、フランシスの未来の義兄としてここにいるのだからね?」
「義兄、ですか?」
「私とアイヴィー・アイブスの恋愛事情は有名だろう? 私自身はアイヴィーの未来の夫だと自負している。つまり彼女の弟は私の弟という事だよ。それで用件は?」
ますます教官は困惑の表情を深める。
無理もない事だ。
フランとて、この自称義兄がつい数十分前にドアをノックし入室した折に、同じ顔をした。
「はぁ。見習い兵オルコックは現在重傷で療養中との事でした。ですが、もう完治しているようですから、即時復帰を希望します。今日より数日のうちに、私と共に養成所に帰還し、養育の遅れを取り戻してもらいたい」
「うん、確か所長はテレンス・ウォーカー大佐だったかな。彼には昨日手紙を出しておいたから、明日には返信がくるだろうけど。君一人で戻る事になるよ、多分。私はこう見えて政治に強くてね。あまり権勢を振るいたくはないんだが、減るものでもないからね」
「……そんな話が通るわけ」
「通るんだよ。君も政治を学びたまえ。では、ごきげんよう、少尉」
その言葉でユージェニーが扉へ追い立ててしまった。
姿が見えなくなって噴き出すクリフォード。
「ハハ、あの顔見たかい?」
心底愉快そうに言う男に、フランは教官を哀れむ。厳しいが良い教官なのだ。
「あんな言い方して、良かったんですか?」
問えば、自称未来の兄はニコリと笑う。
「権力を振るうのは大好きだから気にしなくていい。では、私はこれで本来の業務に戻るよ。アイヴィーの部隊が抜けた穴の分まで仕事が回っててね、これでも忙しいんだよ。早く事が片付くよう祈っている。そうしたら皆で食事をしよう」
言いたい事を言って、クリフォードは出て行く。フランとて別段、彼と話したい事もなかったのでありがたくお見送りをした。
窓から見下ろせば、立派な車に乗り去っていくのが見えた。
「良かったねっ。これで養成所の事は大丈夫になったんでしょ」
「うん、それはそうなんだけど……」
シャノンへの対応がどうしてもギクシャクするのを止められない。フランは彼女が刺客だなどとは思っていないが、彼女が嘘をついているのは事実である。
「まだ何かあるの?」
「いや、養成所からの逃亡云々はこれで大丈夫なんだろうけど。姉さんだけじゃなくて、その上司にまで手を借りるなんてさ……。俺、一人で生きていくために養成所に入ったのにな」
「一人で?」
「そう、クソったれな親とか、家とかそーゆーの全部捨てて、関わらずに、やっていきたかったわけ」
彼女は瞠目し、噴出した。
「なんで、笑うんだよ」
「だって、手を貸してくれてるのはお姉さんとその旦那さんだよ。えと、未来の? だから、ちゃんとやれてるんじゃないかな?」
「……」
「それともフランは、お姉さんの事も捨ててやっていきたかったの?」
「……いや。……いや、そうだな。姉さんの事は違うけど……」
姉を捨てるという選択肢はフランにはなかった。父が捨てた姉を、自分まで捨てるなどできるはずがない。
「まぁ、分かってんだ。一人で生きていくのは、無理だってさ」
「そうなの? 私は……一人で生きていきたいよ」
シャノンの横顔を見て改めて思う。ただの直感ではあるが彼女の素性は嘘でも、こうして向き合っている彼女に嘘なんてないのだ――。
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