◆ 4・呼び出し ◆
コニーは帰り着くと早々に、姿をくらました。
頼まれた買い出しができなかった事をユージェニーに伝えるも、彼女は安心したように微笑んだ。
「でも、何事もなくて良かったですわ」
「それが、……ウォルターさんを見かけたんだ」
シャノンが驚いたようにフランを見つめる。慌てて目をそらし、フランは言葉を選んだ。
「いや、見ただけで……ほんとにそうかどうか……追っかけたら、裏口から出て、車に押し込まれちゃって……ごめんっ!」
最期は叫ぶように言えば、シャノンは驚いたように首をふる。
「ううんっ、むしろフランが巻き込まれなくて良かったよっ」
シャノン、あっさりしてる……やっぱりウォルターさんの心配をしてない? 父親じゃないから? 本当にそうなのか?
「いや、そういってくれるのは嬉しいけど、……やっぱりウォルターさんを助けられなかったし」
複雑な思いでシャノンをチラ見する。その顔がどこか落ち着いて見えるのは、勘ぐりすぎだろうかと悩む。実際、彼女の事をあまり知らないのだ。
悶々とするフラン。
ノック音もなくドアが開き、フルフェイスのヘルメットを被った軍服の女性が入ってくる。言及するまでもなくコニーだと分かる。彼女は膝丈のタイトスカートを一杯に開き、大股で二人の腕を掴んで歩き出した。
「コニー?」
二人は彼女によって車に押し込められる。
四人乗りの重厚な黒塗りの高級車は革張りのソファで、後部座席が広く作られている。行き先も告げずに、コニーは運転席に乗り込みヘルメットを外した。
後ろ姿しか見えないが黒いおかっぱ髪が見える。
彼女はエンジンをかける。
「まさかアジト変えるとか? マズいってっ、さっき言われたじゃんっ。所在をって! それに俺も養成所の逃亡者として牢屋に入れられる……って!」
フランの言葉を完全に無視して、コニーは車を急発進させる。
身体が法則通りに大きく揺れ前座席に顔をぶつける。文句さえ発する暇がない。口を開けば舌を噛む状況だ。
曲がり角ではタイヤが空回りし窓ガラスで頭を打ち、信号で止まれば前座席のヘッドに頭をぶつける。後部座席のベルトを必死で手繰り寄せ、二人はしっかりと締めた。
そこからは――思考停止。
神に祈りを捧げる時間となる。
やがて市街地を過ぎ、道はデコボコの砂利道に変わり、周囲には田畑しか見えなくなった。
運転技術にプラスで加わる道の悪さ。揺れが酷すぎて吐き気まで催している。外装も内装も高級な車が哀れになるレベルだった。
前触れなく急停車する車。
フランとシャノンは前傾姿勢でやり過ごしたが、やはり前座席で頭を打った。コニーが要人にするように扉を開く。
視線が下りろと催促する顔にはフルフェイスのヘルメット。
アパートを出て軽く二時間は経過している。
車の外には広大な敷地に鉄の塀が高く聳え、奥には煉瓦作りの五階建ての建物がある。何より大砲や戦車などが敷地に並んでいるのだから、ここがどこなのかは問う必要もない。
はためく旗には鷲のマークが入った三本色――北部区域州軍カディッサ作戦本部だ。
「なんで、ここに?」
フランの所属する軍人養成所は将来国土保全機関に配属される系列である。州軍は基本、州境の監視警備と州内の保安を維持するのが任務であり、性質が全く異なっている。
「降りてください。案内します」
コニーに急かされ、二人は降りる。
軍服姿の彼女について歩くも、視線が痛い。半袖のパーカーとズボンという軽装で軍部を歩くのは悪目立ちしていた。周囲には州軍の白い軍服姿しかない。シャノンはかろうじて白いワンピースのため、カモフラージュになっている。
階段を登り、廊下を曲がり、来た道など到底覚えられそうもない程の行程。要所要所でコニーは書類にサインをしている。
五階に到達した所で、石畳の床が消える。代わりに敷き詰められた臙脂色の絨毯は、明らかに空間の重厚さを醸し出していた。
コニーは階段から四つほど先にある扉で立ち止まり、規則正しいノック、敬礼へと続けた。
「国土保全機関軍事部掃討課アイブス軍曹付き永続二等兵コニーです。件の両名をお連れ致しました」
「入れ」
久しぶりの姉の声に驚く。
「イエッサーッ」
コニーが扉を開ける。
「どうぞ、入ってください」
言われるまま、フランとシャノンは中に入る。会議室らしく八人掛けの楕円形のテーブル上にいつも通りのボディスーツ姿で姉が腰掛けていた。その横にはちゃんと椅子に座った金髪碧眼の男が腕を組んでいる。
「姉さんっ、今までどこに……!」
「あたいだって仕事があんだよ」
「ハハッ、よく言うよ。お前は休暇中じゃないか」
青年はおかしそうに笑う。
「ああっ? なんか文句あんのかよ」
不機嫌そうに言う姉に、フランは慌てて現状を理解した。
柔和な顔立ちの王子様めいた青年は姉と同じ濃紺の軍服をきっちりと着用し、胸元と肩の記章から大佐位である事が分かる。二十代後半程だろうと推察したフランは同時に、相手がエリート中のエリートである事に気付く。
やっべ。めっちゃ偉い人だっ。
敬礼をしようとしたフランだったが、それより早くシャノンが頭を下げる。
「シャノン・クィンです! よろしくお願いしますっ」
「フランシス・オブ・オルコック、七月に養成所に入所致しました!」
「君達の事は、アイヴィーから聞いてるよ。そう畏まらず、座ってくれたまえ。フランクに行こうじゃないか。私はクリフォード・オブ・ヘッドリー、階級は大佐でアイヴィーの上司であり求婚者だよ」
「は、……え? こん……、はぁあっ?」
相手の地位や名前など、その瞬間吹き飛んでいた。
言われた内容が浸透すると同時に心の声がそのまま喉をついて出てしまったのだ。止めようもなかったのだから仕方ないだろう。
「き、きゅう……、え? は? いや……、あ……の、……それは、……ここは、ユメか?」
「ふ、フランっ、どうしたの? しっかりしてっ。現実だよっ」
呆然とよろけたフランに、シャノンが慌てて腕を掴む。
「そ、そか、やっぱ現実……っ、ええっ?」
再度声をあげるフランに穏やかな声が被る。
「おや、シスコンの気でもあったんだろうか? 未来の弟に認められたかったのに」
「いや、んなケはねぇーよ。あたいに反抗すんのが趣味の困った坊ちゃんなんだ。気にすんな」
「でもアイヴィー、彼は随分ショックを受けてしまってるよ?」
「うぜぇ……おい、フランっ。コイツはタダの上司だ、あたいの上司っ」
「ひどいな……出会った頃は君から迫ってきた癖に」
「うるせぇーな、愉快な家族の団欒タイムなんざしてる暇ねぇーだろ。あたいの残り休暇何日だと思ってんだ」
姉が言い放つが、フランは叫んでいた。
「いや、ふざけんな! 求婚者ってなんだよ! 姉さん、恋人とかいたのっ? ってか、団欒って、家族って誰と誰っ、そいつと姉さんの事っ?」
「フランシス、お前の命とあたいの性生活のどっちが大事か言ってみな?」
「せい、せいか……、……っ!」
一瞬で頭が沸騰し、顔が熱くなったフランは考える事を放棄した。
「ハハハ、確かにアイヴィーの言う通り後にした方が良さそうだ。さて、コニー。説明を」
フランは頷く元気すらない。コニーが今朝の州軍とのやり取りを説明する間、姉と男を交互に見続けていた。
「イーズデイル中佐か。いいよ、こちらで処理しておくから。その話は忘れていい」
「了解しました」
「さて、フランシス君。本題に戻ろう。君から要請のあったウォルター・クィン保護の件だが、残念ながら捜索中だ。見つけ次第、保護する事は確約しよう」
フランはやっと正気を取り戻して、シャノンは顔を見合わせる。
「あの……それなんですけど、さっき、買い物先で攫われたのを見ました」
姉が興味深そうに「ほう」と呟く。
「おや、残念。では改めて鋭意、捜索保護に務めよう」
「え、いや、もう攫われて……」
「生きていたんだろう?」
男は何でもない事のように問いかける。
「はぁ、そうですけど……」
「生きているなら、大丈夫さ。君の友達、ブラッド・ロウとノーマン・ペイスがどうなったかは見ただろう? その場で射殺だ。攫ったなら彼には生きる価値があったからだよ。生きている限りは、捜索保護の対象内だ」
うっすらと微笑みを浮かべる青年の顔に、生理的嫌悪感が持ち上がった。
シャノンは娘ではない。だが現状では娘なのだ。そのシャノンがいる前で言い方が酷いにも程がある。
「あの、お父さんの捜索……ありがとうございますっ」
「シャノンさんに礼を言われるにはまだ早いね。家族として相応の覚悟は持っていて欲しい」
「……はい」
消え入るような声でシャノンも頷く。
「次に二人が命を狙われている疑惑の件だが、答えから言えばシャノンさんは狙われていない。フランシス君は狙われていると見て間違いない」
え、俺だけ?
シャノンと二人、意味が分からず顔を見合わせる。
「時系列に沿って説明しようか、フランシス君は襲撃犯たちに姿を見られ逃げた。その後、シャノンさんと合流。三名の追っ手をアイヴィーが殲滅。つまり最初から目撃者登録されたのはフランシス君だけだ」
言われてみれば納得だった。あの時点で、彼女の姿は見られているはずがないのだ。そしてフランを撃った犯人を姉が全員殺したとするなら――。
「そういえば、そうだったかも……」
シャノンがポツリと呟く。
「また、当時の新聞にもシャノンさんの存在は書かれなかった。ウォルター・クィン同様捕まえて処理したいのであれば、シャノン・クィンの捜索手配がないとね。彼らはシャノンさんの存在を最初から気にしていないのかもね」
不意に、老人の言葉を思い出す。
一昨日の新聞では、シャノン・クィンが生きていた事が書かれていたのは間違いない。
「そういえば、シャノンさんはゴミ捨て場に隠れてたんだって? 臭いだろうに、なぜそんなところに隠れていたんだい?」
「クリフ、つまんねぇ話はどーでもいいんだよ。ゴミ捨て場がなんだってんだ」
「ゴミ捨て場がどうこうではなく、ゴミに埋もれていた事が不思議だったんだよ」
「あの辺は治安が悪ぃーし、咄嗟に隠れる場所としては最高だろ」
口々に言う二人にシャノンは困ったように視線を彷徨わせる。
「いぇ、その……父が、異常に気付いて、逃がしてくれて……逃げて隠れていなさいって……それであそこなら誰も来ないと思って」
フランには嘘である事が分かっている。彼女が何者かはわからないが、隠れていたのは事実だった。
「成程。確かにウォルター・クィンは逃げおおせたわけだし、何か先触れを感じていて先に娘を逃がしたんだろうね。不幸中の幸いだ」
「はぁ」
曖昧に頷くシャノン。
「ところで、フランシス君。君が友人に手紙を出した事で、養成所に健勝である事が伝わってしまった。命を狙われているとはいえ、法律には勝てない。アイヴィーの休暇明けと同時に戻ってもらう事になりそうだよ。例え命の危機があろうともね」
「……思ったんですが、その方が安全なんじゃ……?」
思わず漏れたのは本音だ。
「だって、養成所は有刺鉄線の壁に正門は半年に一度しか開かないし。裏口は通れるけど、この際外出しなければいいんだし、人数も多いっ。教官たちもいるし、一人になること自体がないじゃないですか」
「君はアイヴィーが戦っているところを見た事があるかい?」
思いもしなかった質問を受け、フランは回想する。思えば姉が戦っているシーンというものは見た事がない。一方的に痛めつけているのは見た事があるが――。
「ないですけど」
「そうだろうね」
ニコリと笑って、クリフォードは背もたれに体を預ける。
「君には囮になってもらう。養成所如きに君の居場所が辿れたのだから、敵にしてみればもっと簡単に君に行き着いている。君は自分が囮であることを自覚して自由を謳歌してほしい」
「よく意味がわからないんですが……」
「君にはもっと大胆に動き回って欲しいんだよ」
「……分かりました。じゃぁ、シャノンは安全って事で、うちに帰れるって事ですよね?」
シャノンが弾かれたように顔を上げフランを見る。フランは自分の失言に気付いた。『シャノン・クィン』の家は爆発してしまっている。存在しないのだ。
「あ、ごめん! そうだった、家は……、ごめんっ」
「あ、いや、ううん。大丈夫。家は、なくなったけど……なんとか、なんとか頑張れるし」
「おい、もういいぞ。出ていきな。話しは以上だ。コニー引き続き頼んだぞ」
二人の下手な庇いあいはアイヴィーには伝わらなかったらしい。コニーの方も、姉の命令は絶対らしく追い立てるように二人を部屋の外へと連れ出した。
来た時同様にコニーが先導する中、フランは立ち止まる。
新聞にシャノンの生存情報が載っていた事くらいは、姉に伝えるべきだろう。
「コニー、ちょっと待っててっ。姉さんに、か、確認がある」
「早くお願いします」
フランは短い行程を戻る。
五階の四つ目の扉――前に立ち、ノックをしようと手をあげた。
中から小さな姉の声が聞こえる。
ボソボソとした声をもっとよく聞きたくて、フランは思わずドアに張り付いていた。
今、シャノンの名前が聞こえたような……。
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