◆ 3・ウォルター・クィン ◆
焦るフランの気持ちはアイヴィーに伝わらないらしい。二日たっても、姉は姿を現さなかった。気付けば窓辺に常駐し、景色の中から姉の姿を探している。
「どうしよう……」
三日目の朝を迎え、今日も朝日の射し込む窓辺に立つ。ユージェニーに勧められた外食も外出も全て断り、姉と入れ違いにならないように部屋をウロウロするだけに留めているのだ。
眠気が来て倒れるように寝た以外は、不安から食も進んでいない。シャノンも同じらしく、顔色は悪かった。
シャノン……そうか、シャノンは家がなくなったんだ。俺がここを引き上げるって事は、シャノンの住む場所もなくなるのか。
「そういえば、シャノン、親戚とかは……?」
「え?」
「いや、……その、ここを出たらどうするのかなって、思った……」
歯切れ悪く聞けば、彼女は目を彷徨わせた。
「……どうしようかな……」
ポツリと漏れる言葉。
「フラン、養成所の、次の募集いつか分かる?」
「ええっ、養成所に入るのっ?」
「たしか、寝床と食事が貰えるんじゃなかった?」
「いぁ、そーだけどさ。その代わり五年の兵役義務がついてくるし」
「……私ね、逃げた時、何も考えてなかったから……。養成所の事、フランから聞いて……いいかもって思って。他に行き場所も思い当たらないんだ」
彼女は悩むように視線を彷徨わせる。
「できれば養成所に入りたい。フラン、次の募集分かる?」
「……半年後だったかな? 確か一月だった気がする。」
「そっか。冬かぁ……」
「あ、でも。場所によってちょっとずつズレててさ。俺の行ってる北東部なんかは一月だけど、南東部は三月とか九月だったはずだ」
「本当?! 良かったっ。なら九月に入るよ、私! それまでがんばらなきゃ」
ニコリと笑った彼女に胸が打たれた。
家族への反抗のすえ逃げるように養成所入りしたフランとは大違いだった。彼女は住む家を不当に奪われ、頼る者もなく養成所入りするのだ。
「……今、七月。九月までどうする気だよ」
そこでまたシャノンは考え込む。テーブルにお茶セットを置いたユージェニーが忍び笑う。
「ふふ。お二人ともおかしいですわ。まだウォルターさんが保護されないと決まったわけではありませんのよ? 無事ウォルターさん、いえ……あなたのお父さんが保護されたなら、また見えてくる未来も違いますでしょうに」
ユージェニーの優し気な言葉に、シャノンは目を見開く。
確かにそうだ! 俺、なんかめっちゃ失礼な事聞いちゃってたな。
「ごめん、そうだよな! ウォルターさんは絶対保護するし、助けるんだし! ユージェニー冴えてるっ」
「まぁ! 坊ちゃまに褒めて頂けるなんて恐縮です。ね、シャノンさん、一緒に頑張りましょうね」
「う、……ん。そ、だね……」
ホッとしたフランの思考は教官に戻る。教官の発言はアイヴィーを保護者認定した結果だ。三日どころか一週間以上も会っていない事をどのように受け取られるか、考えれば考えるほど、自分の置かれた状況が最悪であることに突き当たる。
「姉さん、ホント何してんだよ……」
「坊ちゃま、アイヴィーはあなた方を保護しているわけですし、近くにいないはずないと思いますよ。離れていては護衛の意味がありませんものね」
ユージェニーの言葉に、声をあげそうになる。
その通りだっ。姉さんは俺たちを護衛してる。つまり、どっかに隠れてるっ? あの人の事だ、俺が目立つ行動したら、ブチ切れて殴りにくるに決まってる!
天啓のようにフランは立ち上がる。
「あら、坊ちゃま。どうなさいました?」
「出かけてくる!」
「あら……そう、ですわね? 部屋に閉じこもっていても良くありませんもの。では、買い出しもお願いできますか?」
にこやかなメイドの言葉に、大きく頷く。
「勿論! 何、買ってくればいい?」
「ありがとうございます。丁度、買い出しに行こうと思っていたので、この紙に書いてある分をお願いいたしますわ。ついでに坊ちゃまが食べたいものがあれば追加も」
「了解っ」
メモを受け取ってみれば、食材と石鹸などの生活必需品だった。部屋を出ようとすれば、シャノンも走り寄る。
「私も、行きますっ。荷物持ち、なるかも」
シャノンも、ここにいても気が滅入るよな。
「荷物多いみたいだから、助かる」
「そーなの?」
「だって、キャベツ三つって誰が食べるんだよ」
家事能力の低いシャノンには意味が分からなかったらしく、首を傾げている。二人でドアの外へと出れば、すでにコニーが立っていた。
いつもフルフェイスのヘルメットにライダースーツ姿なので、コニーは謎の人物のままだ。ユージェニーが言うには顔や身体に酷い怪我をしている為の痣隠しらしい。
行きなれたマーケットに入り籠を手にすると、手分けして食材を集める事にし二人は別れた。
コニーが一人で二人の護衛をするのは無理がある。急いでコニーから離れ、わざと詰まれた商品の影に隠れる。
さぁ来いっ、姉さんっ!
完全にコニーの姿が見えなくなってニヤリと笑った。シャノンの金髪も先ほどチラリと見えるくらいだ。
前触れなく腕を捕まれたフランは、姉の姿を予想して振り返った。
「姉さ……ん……っ?」
掴んだのは皺だらけのゴツゴツとした大きな手で、視線の辿る先にはいつかの老人の姿がある。
「娘は、どこじゃっ」
潜めながらも強い口調の老人に、フランの脳内が情報を整理し終えた。
「ウォルターさん? ウォルターさんだよな?! シャノンならあそこにっ。ってか、ウォルターさんっ、俺たちと来て、保護してもらおう!」
老人はフランの言葉を無視し、指し示された先を見やる。チラリチラリと棚影から見える金髪――白いワンピース姿の少女が高く積み上げられた葉野菜を手にしている。
「……どこにおる?」
「だから、そこに」
改めて手で指し示せば、ウォルターは目を見開く。
「知らん……、あんな娘は知らん……」
「は? ……え?」
やっとフランは事態の異常さに気付いた。実の父が娘を見誤る事などあるわけがない。何年も会っていなかったわけでもないのだ。老人の掴んだ手から、震えがフランにまで伝染していた。
「ウォルターさん、だよな? あんた」
「そうじゃ……、一昨日の新聞で、娘が生きていたと……それで一目だけでも見に……」
「新聞? 待ってくれ、ちょっと意味が」
俄かにマーケットの入り口が騒がしくなり、ざわめきと共に荒々しい軍靴が響く。
十数人の武器を携帯した兵士が入ってきていた。州軍の白い軍服を着ている。フランはウォルターの罪状に詳しくはないが、それでも危険な事はわかる。
「ウォルターさんっ、逃げないとっ」
逆に老人の腕を掴み、裏口に向かって走り出す。老人は震えながらも必死で足を動かしていた。
店の外に出た路地裏で、ウォルターは腕を引き剥がしフランを突き飛ばす。
「娘はやはり死んだんじゃ……っ。やはりアレは、あの死体は……っ。信じたかった、生きていたのじゃと、あれは……他人の空似の死体で、娘たちは生き伸びていたのじゃと……っ」
「な、に……言って」
「……お前さんも逃げろ、誰も信じてはいかん……」
走り去る老人をフランは呆然と見送る。言われた内容が大きすぎて完全に自失している。ウォルターの姿が路地を出て明るい通路に差し掛かる。
黒い車が止まり、怒鳴り声をあげる老人。
「なっ……!」
車中に引きずり込まれるウォルターを乗せ、車は急発進する。
ヤバイヤバイヤバイっ!
フランは立ち上がり、慌てて店内に戻る。そこは騒然としていた。コニーがシャノンと一緒に軍人と話しているのを見て、瞬間的にフランは固まっていた。
……シャノン。
老人の言葉が嘘だったとは思えない。言っている事は分からない事が多かったが、シャノンが『シャノン』ではないのは間違いない。
「あ、フラン!」
手を振るシャノンに、震える足を踏み出す。
どうする……? 誰なんだ……彼女は誰なんだ……っ。
「どうしたの?」
「え、いや、何も……とにかく帰ろう」
シャノンの訝しげな問いに、フランは首を振る。シャノンの嘘をコニーに伝える事は憚られた。だがウォルターが攫われた事を伝えなければならない。
「州軍を愚弄するのかっ」
「いえ、我々は国土保全機関の者ですから、州軍には我々への拘束権利はありません。出頭命令は上司からのみ受け付けます」
「何だとっ」
「捜査協力というのであれば、上司に報告後、州軍カマラ支部に顔を出します」
「二等兵如きがっ、偉そうにっ!」
「私の階級は関係ないかと」
コニーの態度が相手に油を注いでいた。
「伍長、待て。彼女は『永続』二等兵だ」
その言葉に、伍長と呼ばれた強面の男は固まる。
驚きに目を見開き、一歩下がった男を無表情に見つめるコニー。
永続兵とは、刑が確定した罪人が特殊技能を買われて国土保全機関の二等兵となる事で免責を受け、兵卒として戦死するまでは自由に暮らせるシステムである。永続兵の大半は死刑囚で、永続兵は正規の兵士と違い、昇格昇給がない。
また、彼らの上官には私刑権が与えられており、支払う対価もそれぞれ違うとされていた。
「俺はコリン・ミルズ大尉だ。北部区域統括国土保全機関作戦本部葬祭部葬務課オズワルド・オブ・イーズデイル中佐の要請によりこの店の封鎖をことづかった。この店にいる全ての者を捕縛する義務が我々にはある。そちらが何者であろうとも、だ」
「私はアイブス軍曹付きの永続兵です。アイブス軍曹の命令にのみ忠実であれと権利保障されています」
これって……ウォルターさんを捕まえに来たんだよな? 指名手配犯だもんな……でも、それならさっきの車の奴らは誰なんだ。あれが口封じの刺客って奴なのか?
「……アイブスの『黒い猟犬』か。いいだろう。所在を明らかにした上で今は帰っていい。今日中に州軍カマラ支部に顔を出してもらおう。分かっていると思うが、虚言を用いた場合の責は、アイブスのものだ。どうなるか分からんぞ」
「了解しています」
渡された紙にコニーは住所を書き記すと、二人を連れて歩き出す。シャノンが不安げにコニーを見つめる中、彼女は相変わらずの無口だった。
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