◆ 0・死んだ日 ◆
投稿用に書いていたものを形式変えて載せてみました。
1部完結までありますので、毎日更新いたします。
その日、フランは姉の乱入を遠い目で見つめた。
七月上旬の晴れ渡った青空には白いモコモコ雲が浮かび、土を敷き詰めたグラウンドに整然と居並ぶ十数名の教官諸氏。そしてその前には百人弱の本日入所した同期生と共に立つフランがいた。
昼日中ともなれば四十度近くまで上昇する気温にも関わらず、教官達はかっちりとした濃紺の軍服を着用している。それに比べ生徒側は、多様性に富んだ年齢と服装である。
北部区域統括軍人養成所入所式。
半年に一度の入所募集に滑り込んだフランは、午前を丸々いくつもの誓約書に署名して過ごした。最後に一番重要な書類――訓練期間における衣食住の保護と引き換えに課せられる五年の兵役契約――にサインをし、リュック一つ分の荷物だけを担いで敷地内に足を踏み入れたのだ。
高く詰まれた煉瓦塀の上部には、更に高く張り巡らされた有刺鉄線。正門の鉄の門扉は次の入所式たる半年後にしか開かないという。ある意味牢獄のような場所である事も先刻承知で、重い音と共に扉は閉まった。
後は指示された列の一人になって三段ほど高い台座に立つ所長の長すぎる訓示を聞いてさえいれば、全ては計画通りに進んでいたはずだ。
フランにとっては初めての『家出』だった。
事はうまく運んでおり、このまま全てとの縁を切って新しい自分が始められるのだと高揚すらしていた。
浅はかな考えだった。
つい数十秒前の自分をフランは呪っている。
大砲でもぶっ放したのか、壁の一部が爆破されたように吹き飛び、そこから黒い重厚な名前も知らないバイクが飛び込んできた時、その煌く銀髪に全てを理解した。
あぁ……俺、バカだ……。家出で一番の問題は『家』じゃない。この『人』だ!
騒然とする周囲に反して、フランの心はひどく冷静に状況が見え始めていた。
土煙を上げて停止したバイク。
銀髪の女は不揃いな髪を風になびかせながら、ゴーグルを押し上げる。黒い眼帯と、一つしかない怜悧な灰色の瞳。
ピッタリと肌に張り付くような黒いライダースーツからは、GだかHだかの巨乳の谷間が惜しげもなく晒されている。白皙の美貌である事は間違いはないが、その眼帯下には頬から喉にかけてトカゲのタトゥーが見えていた。
「あ、アイブス軍曹?!」
教官の誰かが声を上げた。
「アイブス軍曹、どういうおつもりか!」
所長が上擦った声で怒声を放つ。無駄にエロス溢れるボディの持ち主は、意に介した風もなくベルトに釣られたバッグから煙草を一本取り出して咥えた。
更に壊れた塀から数台のバイクが続けざまに滑り込み、彼女の傍で停止する。
彼らはバイクから降りて彼女の傍に直立した。
フルヘルメットにライダースーツ、所属を表すジャケット、軍靴。うち、スレンダーな女性が一歩進み出ると、手品のように取り出したマッチで女軍曹の煙草に火をつけた。
一吸いし、彼女は所長の立つ場所へと向かう。軍靴を鳴らして台座に登る彼女を誰も阻めない。そしてついには、彼女に所長は押しのけられていた。
「あたいへの文句は、直属の上司ヘッドリーに言いな」
ふいに彼女の見下ろす視線にかち合う。しまったと思った時には遅い。彼女はクイと顎をしゃくる。
その意味が『来い』であることは分かりすぎるほどフランにも分かるが、答える気はない。本日入所した百人弱の同期生と一年を過ごすのだ。こんな騒ぎの中で『彼女』に引きずり出されて注目を浴びるなど恥辱の極みである。
そんな事になったら逃亡しかない。
だがすでに、フランの実家の権力を持ってしても動かせない法律の壁が立ち塞がる誓約書へと、サインをしているのだ。逃亡すれば、一生追われ投獄される未来しかない。むしろそれが狙いだったわけだが、ここに至って後悔が始まっている。
眼帯女の軍靴が焦れたように台を打つ。
途端、フランの首にひやりとしたレザーの腕が巻きつき遠慮なく締め上げる。耐えるという行為よりを選ぶよりも早く膝を屈する。
「ボスが呼んでいます」
熱を感じさせない声は『彼女』の煙草に火をつけた女のものだった。解放され咳き込むフランの足を掴み引き摺って歩き出す女に、『同期』たちが道を空ける。
壇上に上るたびに背中を打ち付ける。腕で頭を抱え込み全力で保護するフランは、眼帯女の前に最悪の形で引き摺り出された。
足を掴む感触がなくなり、彼女の灰がフランの腹に落ちる。
アイヴィー・アイブス、二十一歳。四つ上の異母姉は、色んな意味で有名すぎる人物だった。
姉の軍靴がフランの腹にめり込む。
「ぐぁ……っ!」
「あたいに挨拶もなしかよ。入所たぁ、どーゆーつもりだ? あ? お前、養成所ってこたぁ、あたいのシマに入るも同然だろーが。先輩への礼儀っつーもんがお前にはねぇーのか? 舐め腐りやがって」
ガスガスと遠慮なしの蹴りが腹に入り呻く。
「……っつっても、入っちまったもんは仕方ねぇ。おい、てめぇら! こいつはあたいの弟だっ。取り扱いには注意しろよ? こいつに傷の一つでも付けてみろ、生きたまま犬の餌にしてやっからな。この『殲滅の野獣』の、な」
ゾッとするほど酷薄な笑みを浮かべた姉に、心底叫びたい。
あんたがなっ!
ブラコンの辞書引き直して来いよっ、これは可愛い弟にする事じゃないっ!
姉の背後で、スレンダー女が十数発の銃音を響かせる。空に向けて景気良く短機関銃を連射した彼女は静かに告げる。
「返事が聞こえませんが?」
「……イェッサーッ!」
銃音にも負けないほどの大きな合唱に、アイヴィーが満足そうに笑った。
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