亡国の姫
残酷で悲恋、バッドエンドです。好まない方は避けてください。
王都が戦火に飲まれて、他国の兵が押し寄せてきた。王城は占拠され、多くの人の悲鳴と怒声が響き渡る。
私は侍女に手を引かれ、城の下へ下へと導かれた。
最下層は牢になっていた。私はここまで城の下をのぞいたことがなかった。牢は鉄格子で仕切られている。囚人が手を伸ばし、出せ出せと怒鳴る。
恐ろしくて目を閉じて、侍女に手を引かれるままに先に進んだ。
最奥の牢前にたどり着き、立ち止まる。
私は、侍女の手により身につけていたドレスをはぎとられた。
「姫様、お逃げください」
彼女は、侍女が着る制服を上からばさりと私にかぶせる。
すぽんと顔が出て、叫ぶ。
「だめよ。あなたはどうするの!」
侍女は私が身につけていた宝石を散りばめたティアラを取り上げた。
「牢の奥に隠し扉があります。そこから逃げてください」
語気強い言葉と、眼光鋭い侍女に私は気圧されてしまう。
「私は、元は姫騎士です。あなたの護衛をかねて、隣国へと逃がすため、侍女の任を受けておりました。約定を破りし、蛮国へと鉄槌を下されますよう、出立ください」
目の前にある最奥の牢を侍女は指し示す。
「ここに同胞がいます」
黒々とした髪をぼさぼさに振り乱す男性が、あぐらをかいて座っていた。彼がゆっくりと立ちが上がる。髭を蓄えたあごにふれながら、まるで値踏みするように、見られた。
「王より姫様をお守りする任を受け、表向き冤罪を被り投獄された近衛騎士です。彼と共に、隣国へと逃亡ください」
「あなたはどうなるの」
すがる私に、侍女は優しく手に触れる。美しい微笑に息をのむ。
「私がなぜ姫のそばに置かれたかお分かりですか」
ふるふると私は首を振った。
「あなたと私が、同じ瞳と髪色をしているからでございます。お分かりになりましょう。私の本来の役目が……」
侍女はそう言うと、私から取り上げたティアラを身につけた。
「さあ、時間がありません」
そう言うと、鍵を取り出し、最奥の牢についていた錠を開けた。
「ここに投獄されし、同胞の近衛騎士と共にお逃げください」
開かれた牢の扉から、腕が伸びて、私を掴んだ。
「さあ、行くぞ」
訳も分からず、牢内に引きずり込まれた。強い勢いに、思わず倒れこんでしまう。身を起こすと、牢の奥にぽっかりと穴があいていた。
ここから逃げるのね。そう思って振り向くと、捉えられていた騎士と侍女がキスをしていた。
今生の別れ、という言葉が脳裏をかすめ、二人の想いを引き裂く運命に私の胸も痛んだ。
「ルファンナ姫。これからは暗くなります。足元を気をつけてください」
「はい。あの、名前は……」
「ランディと言います。家名は冤罪を受けた際、取り上げられました」
ランディは近衛騎士というだけあり、魔法も熟達していた。魔法で火を手のひらにのせ、先へ先へと進む。
どれだけ突き進んだか知れない。出口があり外へ出た。山奥の古井戸が出口だった。
木々に囲まれる小高い地で見下ろす城下は燃えていた。都市一体が火の海となり、故郷がすでにないものとなったと思い知らされた。
「姫様、行きますよ」
「はい」
私は唯一頼れる近衛騎士と共に隣国への逃亡を始めた。
山を越えた。民家に立ち寄り、日銭を稼ぎ、隣国へと向かう。近衛騎士というだけあり、腕が立つ。彼は冒険者として、依頼を受けこなす。私は彼から剣と魔法の手ほどきを受けた。
蛮国にのっとられた王都を奪還するためには必要なことだと鍛錬をしつつ、旅をつづけた。
「ランディ、私たちの国はどうして蛮国に攻め落とされたのでしょうか」
とある野営地で、焚火を囲みながら私は彼に問うた。
「蛮国が姫の輿入れを望み、王がそれを断ったからです」
「私のせいなの!」
声がひっくり返った。
「姫様はご存じないことです」
「そんなことで一国の首都を滅ぼすものですか」
「いえ、それはただの口実です。もし姫様を輿入れさせても、それは時間稼ぎにしかならなかったでしょう」
「でも、それなら、私が嫁いで、時間稼ぎでもすれば……あんなことには……」
「隣国との関係もあります」
「しかし……」
「すんだことです。王命通り、私たちは隣国へと向かいましょう」
旅の途中、それ以上の話は聞かなかった。
蛮国がしいた重税が国民をくるしめるさまを横目で見ながら、私はふつふつとした怒りをためつつ、ランディと一緒に、隣国へと進む。
途中、馬と馬具を手に入れることができ、私たちは一気に隣国へ続く関所にたどり着いた。
「通行証はあるか」
そこで私たちは槍を突き付けられた。
「通行証とは……。昔はそのような証明は必要なかったはずです」
「昔はな。今は制度が変わった」
隣国とは国交が開かれていたのに……、なんという変わりようでしょう。
「通行証がない場合は、これだな」
親指と人差し指で円を作る。金、ということか。
「ランディ、どうするの」
元近衛騎士は首をかしぐ。ぱっと表情を明るくし、にやっと笑った。
「横道を使いましょう」
「横道?」
「メイン通路ばかりではないんですよ。人目を避けて、夜を目指しますか」
真夜中、私たちは人目を忍んで林のなかを突っ切った。
「ここを抜ければ、隣国になります」
木々が減り、草原に変わってきた時だった。
私たちは、周囲に人がいることに気づく、武具もつけず、武器も持たない民間人だった。
「しっ」
私はランディに頭を押さえつけられる。
身を低くし、じっと前を見つめた。草原が続く、その向こうに、舗装された路が見えた。そこまでたどり着けば、隣国である。
にもかかわらず、私たちは目の前の光景に息をのむ。
月明かりに照らされ、草原にはいくつもの遺体が転がっていた。月日の経過とともに、白骨化したものもある。
「これは……」
「亡命者でしょうか。ダメだ。月明かりがあるうちは、通れない……」
「大人しく、お金を貯めますか」
「ダメです。隣国からの支援を受ける期日があります」
その時、林のなかから人が飛び出した。すかさず、放たれた炎を纏った矢が人にあたり、ごうごうと音を立てて、人間一人燃やし尽くした。
「白骨化が早いわけだ」
ランディが苦々しくつぶやいた。
私は目の前で人が殺さる様を初めて見て、慟哭した。
私がわななき泣き叫ぶと、途端に暗雲が垂れ込めた。ざんざんと雨が降り始め、視界は真っ暗闇と化した。
今だとばかりに、ランディが私を抱えて走り出す。
そこここに遺体が転がり、老人もいれば、子どももいた。
「なぜぇ」
泣きながら、もれた問いにランディが答える。
「日に日に圧政がめぐり、人々を苦しめているのです」
私はランディに抱えられ、泣きながら、走り抜ける。
突然の大雨にぐっしょりと濡れた。フラフラの私は、彼に抱えられながら、進む。
「ひどいわ……ひどい」
そう言って雨が降る今しかないとばかりにランディは歯を食いしばり、泣きくずれそうな私を抱えて歩みを進めた。
国境を超えた。それでも雨は降り続けた。ざんざんざんざんとふる。
隣国の最初の村へ、私たちは濡れたままたどり着くと、そこはお祭り騒ぎだった。
「雨だ。雨がふったぞ」
「よかった、これで作物も蘇る」
私はその喜びように呆気に取られて、涙が枯れた。
すると雨がやんだ。
それでも隣国の村人は、晴れ間にかかった虹を見上げて、踊り狂っていた。
「いったいこれは……」
「王家に伝わる、嘆きの雨ごい、です。魔法の一種ですが、分類が難しく、王族の女性しか使うことが叶わない秘せる魔法です」
ランディは私の耳もとでそっとささやいた。
隣国の首都にたどり着いた。ランディが懐に隠し持っていた書状によりまず隣国の宰相と秘密裏に会うことができた。
私たちはそこで身ぎれいにされ、王に謁見するためにふさわしい身なりに整えてもらった。
応接室に通された私たちは、本来の姿を取り戻したものの、その姿が今までの姿とあまりの違いに目を見張った。
私は、髪を梳かれ、長く艶やかになり、淡い紫のドレスを着せてもらった。
ランディーは、伸びた髭をすべてそり、髪も短髪に切られ、長剣を腰にさす騎士の姿になっていた。
「さすが、近衛騎士ね。様になっているわ。ただものじゃなかったのね」
「姫様こそ、馬子にも衣装ですね。あれほどお転婆でいらしたのに……」
長旅のなかで、気安くなった関係はそのままに、私たちは笑いあった。
「ランディ、どうしてあなたは王の書状を隠し持っていたの。隣国にわたるための期日もあったそうではない。そろそろ、私にも、背景を分かるように説明してほしいわ」
「……わかりました」
ランディの神妙な表情に私は息をのんだ。
「蛮国が姫様を要求したのは、嘆きの雨を降らすことができるからです。しかし、嘆きという言葉通り、姫様が深い悲しみを感じた時に、雨が降るのです。
もし蛮国に嫁がれ、雨を降らす異能のために、不要な害をあなたが受けることを王は一人の親として望まれなかったのです。
元々、蛮国は我が国を狙っていました。姫がくれば利用し、来なければ滅ぼす。彼らの狙いは明確でした。
そこで王は隣国の宰相とコンタクトを取りました。隣国は雨が少なく、困っていました。もし蛮国が攻めてきたら、姫を隣国に逃がす。その際に、恵みの雨をもたらすことを約束したのです。
姫様がどんな光景を見ることになるか、そして温室育ちの姫様がそれを嘆かずにはいられまいとふんだのでよう」
私は戦慄した。
一時は私が嫁げはそれで済むと思っていた。
私が嫁げば、どんな目に合うか分からない。姫を嫁がせても、それが蛮国の侵攻を遅らせることしかできないということだったのね。
でも、蛮国はどこで我が国の王家の秘密を知ったのでしょう。
その答えは、隣国の王と謁見した場で判明した。
「蛮国に、姫の秘密を売ったのは我が隣国だ」
そう言うなり、ランディは羽交い絞めされ、剣を突き立てられた。
「やめてください。隣国はどこで我が国の秘密を」
「諜報機関の差だ」
「私を呼び寄せた目的はなんなのですか」
「我が国は、たびたび飢饉にさいなまれている。雨が降らないことが、主たる原因だ。亡国の姫よ。そなたは我が妻の一人となり、生涯、この国で嘆いてもらおう」
この国に雨を降らすために私に生涯この国で嘆かせるですって!
この雨の力を、隣国も利用したかったがために、蛮国さえ利用したのですか。
私は歯を食いしばった。逃れられない。王家の娘なら、肚をくくるしかない。
「隣国の王よ。私を妃ではなく、奴隷としてください。私の身に奴隷紋を刻むのです」
「姫様」
ランディが叫んだ。剣を突き立てられ、身動きさえ取れないままに……。私はランディを失いたくない。今まで彼が助けてくれた恩がある。たとえ彼の真なる想い人が、私の身代わりに残った侍女だったとしても、私が彼を恩を超えて想う気持ちの前で、傷つく彼は見たくはない。
「その奴隷の刻印を持って私を苦しめれば、あなたはいつでも私を苦しめ、雨を降らすことができるでしょう。
あなたは亡国出身の最も高い奴隷を買うのです。
対価は、蛮国からの我が国奪還です」
その後、私の提案は通った。
奴隷紋を刻まれた私は、隣国の王が主人となり、王に傅き、三日間苦しみを与えられた。その間、雨は断続的に降り続き、隣国の大地は潤った。
隣国の王は約束を違えなかった。私とランディに巨万の兵を貸し与え、蛮国が奪い今や蛮国の首都となった元我が国の首都を奪還を果たすに至った。
隣国の王との約束は一つ。奴隷紋を刻まれた私が、日照りが続く時期に毎年隣国の王都に来ることだ。
理由を明確に記されない、正式な約定を私と隣国の王は結んだ。
実質、私は隣国の王の奴隷であり、数いる側室の一人という位置づけとなった。
ランディは嘆くも、それ以外道はないと私は彼を突っぱねた。
蛮国にのっとられていた我が国の首都は陥落した。
蛮国の王は、ランディの手によって打たれた。愛する女性の仇を彼はうった。
「女、子どもは殺すな。保護しろ」
私の怒声が、懐かしい城中に響いた。
「投降した兵は捕虜とせよ」
後は城の最奥、後宮を残すのみ。
先んじて潜入した一陣が、女性達を保護しているはずだ。
私は追いかけるように後宮に入り込む。
兵の一人が、弾かれて、足元へと飛んできた。あまりのことに目を見張り、前を向く、私と同じ髪色と瞳をした女性が立っていた。
見覚えのある。あって当たり前だ。髪を振り乱し、スカート部分はボロボロになっていても、元のドレスがどれほど高価であるかを物語るいで立ちに息をのんだ。
「どうして……」
「姫様」
愕然としている暇はない。ランディが彼女に会ったら……、死んだと思っていた想い人が生きていたら……。
「投降して!」
それでも道は一つしかない。
「私はあなたたちを保護します」
「ダメです。姫様。私はもう、ダメなんです」
「なにがダメだというの」
「たとえ王家の血は引かず、役立たずでも、蛮国の王は私の捕まえ、姫様とよく似た私を妾の一人にしたのです。おわかりでしょう」
「そんなことは関係ない」
「あります。私はもう、あなたにも、ランディにも合わす顔がございません」
「姫様」
背後からランディの声が響いた。
私ははっとして背後に向かって叫んだ。
「くるな、ランディ」
遅かった。彼は私たちを目撃した。
同時に、侍女が私たちに向けていた長剣の切っ先を返した。自身の胸に押し当て、力を込めた。
ランディと私と侍女の、ガラスの想いが破壊され、私は三人の嘆きを背負い、三日三晩泣きづつけ、国中に雨を降らせた。
最後までお読みいただきありがとうございます。