王都市民庭園前悪役令嬢更正塾 ~ お荷物悪役令嬢様をお仕立て直しいたします! ~
「悪役令嬢」が流行っているうちに、一つくらい書いておこうと思いました。
悪のりしたせいで5000文字を越えました。でも、さらっと読めます。
※「路地裏」の二人組の「悪役令嬢ルート」とお思いください。
ここは、王都の中心部。
宮殿を取り巻くように、上級貴族たちの屋敷が建ち並ぶあたり。人々の憩いの場、王都市民庭園の入り口前に、やや古ぼけた蜂蜜色の建物がある。道に面した窓の鎧戸は閉ざされ、普段は人の気配もない。
しかし、週に二日だけ、この建物に馬車が集まってくる。どの馬車も派手な装飾などないが、ちらりと見える内装から、それなりの身分のお方のものとわかる。門戸の奥の中庭には、馬車から降り立った若い女性の明るい声が溢れる。いったい何をする場所なのか――。
◇ ◇ ◇
「ルトガー様。本日で、コンスタンツェ様とゲアリンデ様は、無事にご退塾となります」
「二人とも、それぞれ伯爵家の子息との婚約が整い、今のところは順風満帆だ」
「入塾当初は、あまりの悪役令嬢ぶりに、どうなることかと思いました」
「ああ。あのままであれば、今頃は二人とも辺境の尼僧院送りになっていただろうな」
「夏は気を失うほどに暑く、冬は手足が痺れるほどに寒い、あの尼僧院でございますか?」
「そうだ。あのような場所に行かずにすむのだから、二人からはたっぷり謝礼をいただかねばな」
一年ほど前、貴族社会に突然起きた、悪役令嬢ブーム。
誰が最初だったのかはわからないが、今や至るところ悪役令嬢だらけである。あっちのお茶会、こっちの夜会、人が集まるところに悪役令嬢ありという状況である。
例えば、社交界デビュー以来、初めて本格的な夜会に参加する、まだ幼さを残した、それなりのご身分のご令嬢がおられたとする。愛らしいドレスを身にまとい、どなたかからお声がかかるのを待って、そっと目立たぬ所に控えていらっしゃる。
そこへ、悪役令嬢登場! そして、彼女は高らかに言い放つ。
「まあ、いやらしい! そんなところに、いかにも物慣れぬ顔をして佇んでいたりして!
夜会の目的はご存じでしょうに、自分はこのような場所には不似合いであるかのような控えめな態度で、殿方の気を引こうとしているのでしょう? 初々しさを武器に、この夜会の話題の中心になろうという魂胆が見え見えですわ!
気の利いた会話の一つもできないくせに、殿方たちのお話に耳をそばだててみたり、正しいいただき方もご存じないくせに、ミルフィーユをお皿にお取りになったり、覚束なすぎて見ていられませんわ! いったいこれまで、どんな教育を受けていらしたのかしら?
残念でしたわね! ここは、あなたのような乳臭い方がおいでになる場所ではありませんのよ! さっさとお帰りなさい! もっと夜会のしきたりを学んでからおいでになることね! オー、ホッホッホッホッホ!」
とんだ言いがかりである。言いたい放題言われたご令嬢は、泣きながらお身内の方々に付き添われてお帰りになる。当分夜会に顔を出すことはないだろう。
残った悪役令嬢の高笑いはしばらく続く。そして、場の雰囲気を変えるべく、唐突にダンスの時間となる。
誰も引き留めないのをいいことに、悪役令嬢は、大満足という顔で、ゆっくりとその場を去って行く。ダンスなんて踊らない。最初に踊らなければならない相手は、辺境領生まれのくせにやけに派手好みで垢抜けない自分の婚約者だから。
婚約者が、彼女の悪役令嬢ぶりに恐れをなして婚約を破棄してくれたら、どれだけ清清することか――そんなことを考えているのかもしれない。
悪役令嬢となるのは、政略結婚の駒にもならない、子沢山な末端貴族様の次女、三女といった方が多い。早いうちにどこかに押しつけないと、扱いにくい小姑化してしまう可能性がある。だから、親御様は、持ち込まれた縁談を吟味もせず、ほいほいと受けてしまう。貴族とはいえ、贅沢を控えながら、教養を身に付け、それなりの美貌を保つべく努力を続けてきた彼女たちは、ある日突然、自分のこの先の人生が馬鹿馬鹿しくなり、悪役令嬢へと変貌するのだ。それこそが、唯一の自分の存在証明であるかのように。
こうして、謎の悪役令嬢ブームが起きた――と、わたしは推察している。
ここは、通称「高貴なる蘭の花の館」。王都でただ一つの「悪役令嬢更正塾」だ。
わたしはここの塾頭。名前はイルゼ。父は、金融業で財をなした王都一の豪商だ。
そして、ルトガー様は、この国の第五王子。王都の怪しげな場所にお忍びで出入りし、様々な身分の人々と交流を深め、幅広く情報を集めている。大臣たちより国情に詳しいとの噂もある。第五王子だからといって、近隣国の王族に婿入りさせたら、逆にこの国を乗っ取ろうとするかもしれないと言う人もいる。最近は、宮廷でも少し取り扱いに困っているらしい。
彼の母は、父の従兄妹である。若くして商売に成功した父が、王族と縁を結ぼうと、美貌と教養をとことん磨かせ、貧乏貴族から金で手に入れた「男爵令嬢」という身分と共に、宮廷に送り込んだ現王の第三夫人である。
わたしとルトガー様は、又従兄妹どうしということになる。宮廷や貴族社会の情報に通じ、なぜかどこにでも顔が利くルトガー様と、父譲りの商才と面倒見の良さが取り柄のわたしが、迷える悪役令嬢様たちに、活躍の場と人生の喜びを与えるべく、趣味と実益を兼ねて始めたのが、この更正塾だ。
もはや、社交界のお荷物となった悪役令嬢様たちを二人で育て直し、「お役立ち令嬢」へと変身させている。近いうちに、ここを巣立った方々が、裏からこの国を支えることになるであろう。
悪役令嬢と雖も、立派な貴族のお嬢様だ。世慣れているようで世情には疎いところもある。わたしとルトガー様は、淑女教育では扱わないような、上級貴族様たちの最近の人間関係及び懐事情だの、奥様方のご趣味や衣食のお好み、ご令嬢ご令息の素行など、貴族社会の裏話とそれをどう活用するかをしっかりお教えする。
さらには、ご領地の健全な運営や使用人・領民との良好な関係についても、失敗例・成功例を具体的にお示ししながら、良き領主夫人としてどう立ち回れば良いかについて、丁寧にご指導する。
将来への希望を取り戻した元悪役令嬢の方々は、互いを励まし学び合い、驚くほどの成長を遂げていた。
ルトガー様は、様々なサロンや茶会などへまめに顔を出し、ご令嬢たちが能力を発揮できそうな、将来性のあるご領地をお持ちの侯爵家や男爵家との親交を深めている。後妻だろうが、年の差があろうがかまわない。お飾りではなく、ご自分の相談相手となってくれる頼もしい奥方様をお探しの方に、多少話を盛りながらご令嬢たちを紹介している。
わたしは、父の商会を通じて、近隣諸国での衣食住に関わる流行を調べ、ご令嬢方にお伝えしている。先日も、隣国で発明された、唇の色によって発色が変わる新しい口紅をお配りしたのだが、今やこの口紅は、社交界で大流行の兆しを見せている。もちろん、父の商会を通してしか手に入らない特別な品物だ。流行の発信源になることで、荒んでいた彼女たちの承認欲求も満たされるし、わたしの方も大きな利益を手にすることができる。
「イルゼ。おまえも悪役令嬢になってみてはどうだ?」
「ええ!? わたしは、商家の娘ですよ。お茶会にも夜会にも、出られる立場ではございません」
「母上とて、もとは商家の娘であった。おまえの親父殿ならどうにでもできるだろう」
「わたしを悪役令嬢にして、何をさせようというのですか? また、何か企んでおられますね?」
「実は、まもなく兄上のご婚約が正式に整う」
「ああ、第三王子のアウレール様ですね。確か、お相手は、ライニンゲン侯爵家のご長女オリ-ヴィア様」
「そうだ。あの娘はいかん。家柄は立派だが、何しろ我が儘で贅沢だ。ライニンゲン侯爵は、お前の親父殿から相当な額の借金をしているだろう? あの娘を兄上に嫁がせるために、とにかく金をかけ育ててきたのだ。
同じドレスは二度と着ない。季節ごとに部屋の調度を新調させる。舶来の紅やら白粉やらを、一生使っても使い切れないほど買い込む。あのような者が王族に加わってみろ、たちまちこの国は破産するぞ!」
「それと、わたしが悪役令嬢になることと、どういう関係があるのですか?」
「決まっておる。お前は悪役令嬢として、婚約披露の場に登場するのだ! その場で侯爵家の借金のことを明らかにして、思い切り罵倒してやれ! あの娘は、兄上にすがりつき、怯えたような顔をして、涙を浮かべ抗議するだろうが、容赦するな! 親父殿から手に入れた証拠の書類を突きつけてやるのだ! もし、あの娘がぶち切れて本性を表せば、最高の見世物になるであろう!」
「……で、わたしは、どうなるのでしょうか?」
「一国の王子の縁談を叩きつぶした、史上希に見る悪役令嬢として王朝史に名を残すだろうな。もちろん、もう誰もおまえには近づかん。ついでに、体裁振った茶会や夜会へも押しかけて、みんな蹴散らしてしまえ! 天下無敵の悪役令嬢の誕生だ!」
「わたしには、絶望的な未来しか待っていないように思われますが……」
「そんなことはない! おまえに糾弾されたくない連中は、何とかお前を黙らせようと、親戚筋に当たるわたしを頼ってくる。おまえを宮廷に閉じ込め、静かにさせるために、娶るように言われるかもしれん。そうなれば、誰にも遠慮することなく、二人で宮廷を牛耳ることができるぞ! 悪くない人生であろう?」
「……」
コンコンコンコン……。
ちょうど良いタイミングでドアがノックされた。この悪魔の囁きをとりあえず中断できる。
ドアを開けると、地味な色合いのドレスを身に纏った、コンスタンツェ様とゲアリンデ様が立っていた。
お二人は、スカートを摘まみ、淑女らしく優雅なお辞儀をして言った。
「ルトガー様、塾頭様、半年間ありがとうございました。お二方のご指導ご鞭撻に心より感謝申し上げます」
「お二方のお言葉の一つ一つを胸に刻み、この国のために、いえお二方のために、これからは一心に尽くす覚悟でございます」
お二人は、他の塾生から贈られた花束を抱え、お迎えの馬車でお屋敷に帰って行かれた。退塾の礼金として、かなりの額が、父の商会に届けられることであろう。もちろん、お二人のご婚約やご婚儀に関わる品々のご準備なども、父の商会が一手に引き受けることになる。さらには、この塾で学んだことをいかして、お二人が嫁ぎ先のご領地の経営などに貢献することができれば、父の商会がお役に立つ機会はますます増えていく。
軽やかに門戸を通り抜けていく馬車を見送りながら、わたしは、頭の隅でさっきのルトガー様のお申し出について考えてしまう。
権謀術数に長けたお方だ。宮廷での、貴公子然とした、優雅な物言いや振る舞いは目くらましに過ぎない
もしかしたら、あのお方は、わたしの想像を超えた、とんでもないことを考えているのではないだろうか?
ああは言っているが、わたしが悪役令嬢を演じることなどないのかもしれない。
ルトガー様は知っているのだ。ライニンゲン侯爵家が、父の商会から長年に渡り借財を重ね、オリーヴィア様のお輿入れを条件に、アウレール様やそのお母上である第二夫人に金品を貢ぎ、後ろ盾となってお二方を支えてきたことを。そして、いずれはアウレール様を王位につけようと画策していることも。
悪役令嬢計画を利用して、父の元にあるそうしたやりとりに関わる帳簿や文書をわたし経由で手に入れ、密かにアウレール様やライニンゲン侯爵様と交渉するおつもりだろう。
両者の不適切な癒着はひとまず棚上げし、表向きは、オリーヴィア様の浪費癖が発覚したことを理由に、正式なご婚約は見送られる。ライニンゲン侯爵様は、親として責任をとり、ご子息に爵位をお譲りになり表舞台から去る。宮廷内での有力な後ろ盾を失ったアウレール様は、失意の内に僧院へ向かうことになるかもしれない。しかし、お二方とも、醜聞が表沙汰になることはなく、王族・貴族としての体面は保たれる。
もし、オリーヴィア様がアウレール様に執着し、どうしても結婚したいということになれば、アウレール様は借金まみれの侯爵家の婿として、多少の持参金と共に、さっさと王家を追い出されることになるだろう。
どちらにしても、アウレール様は、王位継承権争いからは、完全に脱落する。
彼が去れば、ルトガー様はまた一歩、王座に近づくことになるだろう。ルトガー様を推す人々は、ますます勢いづく。この塾のおかげで、悪役令嬢が更正し、将来有望な上級貴族に縁づけてもらえたことを感謝する末端貴族の方々は、もはやルトガー様の信奉者である。
優しい笑みを浮かべ、さりげなくわたしの手を取り、館の入り口へと誘うルトガー様。
利用できるものは利用し、王座への道を自ら切り開き始めたこの王子に、わたしは、どこまで付き従い協力することができるだろう――
希代の悪役令嬢か、それとも救国の乙女か。
金蔓か、それとも寵姫か。
答えは簡単に出そうにない。
とりあえず――
今日の仕事が終わったら、市民庭園の奥にある、あの奇妙な薬屋にでも立ち寄ってみることにしようか。
人の心を操れる不思議な秘薬があるという噂だから……。
- おわり -
最後までお読みくださった方、ありがとうございました。
なんだか、ちょっとブラックなオープンエンドです。