第8話 僕は僕の道を行く
「わかったよ、新しいお得意さんの頼みとあっちゃ無下にもできないね。だけど、酒場が開く前までには引き取っておくれよ。うちには冒険者の荒くれどもや、非番の兵士たちもくるからさ」
拓臣は顔なじみの酒場兼宿屋の女将に頼み込んで、魔人の双子を一時的に預かってもらうことに成功した。もっとも、ここでもお金にものを言わせたお願いになってしまったが。
勇者であるという身分を明かせば、もう少し話が早かったかもしれないが、逆に面倒くさいことになるような気がして、拓臣はその切り札を出さなかった。
不安がる双子にすぐ戻ると言い含めて、拓臣は王城へと戻り、そそくさと自分の個室へと向かう。
今の時間はちょうど昼食を含めた昼休みの時間だ。クラスの面々は大食堂に集まっているはず、面倒ごとを避けるのにはもってこいの時間帯だと、拓臣は手早く荷物をまとめる。
もっとも荷物と言っても宿泊研修用のノートや筆記用具、それにスマートフォンに念のためと持ってきていた太陽光発電機能を備えた手動多機能充電器。あとは、着替え用の下着や水着と洗面用具、それと王国から支給された衣服くらいである。
「そうそう、これだけは忘れちゃいけないよな」
カバンの一番下にしまっていた巾着袋を確認する。そこには王国から支給された準備金の残りがずっしりと詰まっている。
「金貨だと使い勝手が悪いからなぁ、街に出る前に少し両替していった方がいいかもだな」
そう呟いて金貨を何枚か取り出してポケットの財布へと移してから、巾着袋をカバンへとしまい直す。
「あ、制服とジャージか……どうしたもんかな」
部屋を出ようとしたときに、壁に掛けていた学校指定の制服と体育用のジャージが眼に入る。
どうせ持っていっても着ることもないだろうし、と考えたとき──
「持ってけよ、いざというとき金に換えることもできるしな」
不意に声をかけられて、思わず声を上げそうになる拓臣。
おそるおそる視線を向けると、そこには織原と水瀬の姿があった。
「まあ、こんなことになるんじゃないかとは思ってたよ」
そうため息をつく織原を押しのけるようにして、水瀬が拓臣の前に進み出る。
「壮ちゃんが、伊勢崎くんがここを出ていくつもりなんじゃないかって……本当に行っちゃうの?」
「あ、えっと、なんかゴメン」
想像していなかった展開に、動揺してしまう拓臣。
「まあ、そもそもクラスで孤立してた僕一人がいなくなったって問題ないと思うし、というか、ほとんどの人は気にしないし、せいせいしたって思う人もいるんじゃない? だから、僕も好きなようにやらせてもらった方が、お互いにとっていいことかな……って、思って?」
まくし立てるような拓臣の口調が次第にしどろもどろになっていく。潤んだ目で見つめてくる水瀬に対し、後ろめたい気分になってしまったせいか。
「そんなこと……ない。伊勢崎くんがいなくなっても気にしないなんて、絶対にそんなことない。少なくともわたしたちは……」
助けを求めるように織原の顔を見上げる水瀬。
だが、織原はゆっくりと首を横に振った。
「まあ、とりあえずはやりたいようにやらせてやろうぜ。確かに城にこもって訓練とお勉強だけじゃ、視野も狭くなるってもんだしな。一人くらい外に送り出してもイイだろ」
そう言うと、織原は拓臣の手に袋を一つ押しつけてきた。ずっしりとした重み。
「これって──!」
開けてみるとそこには想像通り大量の金貨が詰まっていた。王国から支給された準備金の半分以上だ。
「どうせ城にこもっていても使いみちないしな。これとは別に給料ももらえるって話だし──って、これタクみん先生にやるってワケじゃないぞ、貸すだけだからな、投資だからな! ちゃんと商売でもして利子つけて返せよ!」
「伊勢崎くん、私も。それとこれ」
同じように金貨が入った袋と、もうひとつ大きめの袋を渡してくる水瀬。
「こっちは保存がきく食糧だけど、あまり遠くにはいかないで、一度、早めに戻って話を聞かせてね」
これから魔王領へ向かうなんて冗談でも言えないなと思った拓臣だったが、織原と水瀬に素直に礼を言う。
「見逃してもらうだけじゃなくて、食糧や金までもら……貸してもらって、ありがとうな。先のことは約束できないけど、この借りは何らかの形で絶対に返すから」
二人にもらった荷物と、制服とジャージを畳んでパンパンになったカバンにギリギリ詰め込む。
「悪いけど、そろそろ行くね。人を待たせてるんだ」
時間をかけると決断が鈍ってしまいかねない、拓臣はその想いを振り切るようにして、あえて早足で二人の間を通り抜けた。