第4話 ホームルーム
「それじゃ、あらためて状況を整理します」
アレクスルーム王城の一角にある講堂に生徒たちが集まっていた。
全員、学校の制服を身につけている。すでに王国から現地風の衣服が支給されているのだが、こういった集まりがある場合は制服を着用して出席することが暗黙の了解となっていた。
演壇に立っているのはクラス委員の一人──渋囲 朋也である。
後ろに立つもう一人のクラス委員──柴路 千香が、今や貴重品と化したシャーペンとノートを使って書記を務めていた。
「今後、このクラスの方針は執行部による合議制で決定することとします」
執行部とはクラス委員の二人に加えて、クラスの中から選出されたメンバーで構成された組織である。
もっとも、選出されたといえば聞こえはいいが、実際のところはクラス内の実力者たちが互いを牽制しつつ、自分が主導権を握ろうとした結果なのだが。
「本来ならクラス全員一致で物事を決めていくべきなんだろうけど、今は非常時だ。こういう体制を取ることを理解してほしい」
そう皆に語りかけたのは藤勢だった。一応、執行部の代表はクラス委員の渋囲ということになっているが、事実上のリーダーはこの藤勢であった。
いつもと同じく最後列に座っていた拓臣が冷めた目で辺りを見回す。
まだ入学してからそれほど月日も経っていないのだが、クラス内には派閥とヒエラルキーができつつあった。それが、この異世界に転移してからは顕著になり、結果、それぞれの派閥のトップが執行部のメンバーになっていたのだ。
「菊家先生には顧問という立場に就いてもらう。でも、オレたちは先生に甘えちゃいけない。自分たちで道を切り拓いて進まなきゃいけないんだ」
藤勢の言葉に、少し離れた場所に座っている菊家が俯いてしまう。
拓臣は少し同情する気持ちになっていた。
いわゆる勇者の力が、菊家には発現しなかったのだ。
それをきっかけに、菊家の立場は急速に弱くなっていく。
それでも、戦いへ出ることを否定し続けたことが、さらに彼女への心象を悪化させてしまったのだ。
理想を主張する一方で現実的な解決策を出すことができない。そもそも、異世界転移というイレギュラーの中で、本来の担任教師であったとしても荷が重かったであろう。それが、教育実習生とはいえ一大学生にしか過ぎない菊家に解決しろと言う方が無理というものだ。
「さて、これからの方針についての確認だ」
藤勢がパンと手を打ち合わせた。
さすがに拓臣も顔を上げて視線を向ける。
あの騎士たちによるデモンストレーションの後、次の日には菊家を除く全員が勇者の力を発現させることができたのだ。そのことを確認した上で、アレクスルーム王国側が正式に交渉を持ちかけてきた。曰く、生徒たちは王国の要請に応じて魔軍との戦いに参加すること、その報酬として、王国内における生活の保障、及び、魔帝領制圧の暁には現代世界へ全員を帰還させることに王国の総力を挙げて取り組む、という内容だった。
少し派手めの女子生徒──執行委員の一人でもある須雅井 芹華が面倒くさそうながらも発言を求める。
「それって、元の世界へ返すってエサで、うちらをいいように使おうっていうことじゃないの」
自分たちを利用するだけ利用して、結局のところ使い捨てにするつもりじゃないのか。その須雅井の指摘に、藤勢はうなずいた。
「おそらく、須雅井さんの懸念は正しいよ。この国の人はオレたちを魔軍との戦いに使える兵器としか思ってない。でも、そこが狙い目なんだ」
今、王国の人たちはオレたちが何も知らない子供たちだと侮っている。でも、オレたちは勇者の力を手に入れた。まだ、小さな力だけど、訓練次第で騎士たちを遥かに超える力になるらしい。そして、もう一つ必要なのが情報だ。この国だけじゃなく、世界がどういう情勢にあるのか。その力と情報、二つを手に入れることで、オレたちはこの国と同等──いや、それ以上の勢力になる。
「そうすれば、逆にオレたちがこの世界を支配することだってできる」
そうキッパリと言い切る藤勢に唖然とする生徒たち。
「大きく出たね、でも、それはそれで悪くない話かもね」
須雅井が小さく笑った。
同じく執行委員の一人の室多 泰我が筋肉質な上体を揺らしてイヤらしい笑みを浮かべる。
「元の世界ではできないことも、こっちの世界じゃOKだったりするもんな。だったら、思いっきり暴れてやるさ」
さらに続けて何人かの生徒が同意を示し、講堂内が喧噪に満ちる。
何か言いかけて立ち上がろうとした菊家だったが、周囲の雰囲気に圧されて力なく座り込んでしまった。
そんな彼女の様子を気遣って立ち上がろうとした水瀬 緑という女子を、拓臣が制する。
織原の幼なじみという繋がりの水瀬は拓臣と普通にコミュニケーションをとる数少ない女子の一人だ。
「止めといた方がイイよ、今、先生に近づいても何もできない。それどころか、女子グループからハブられて、これからいろいろやりづらくなるよ」
「さすがは、クラスからハブられてる《タクみん先生》ですな、説得力がある」
「だから、その呼び方やめろって……つーか、そんな僕に構ってたら二人だってハブられちゃうだろ」
だが、隣に腰を下ろした織原は、そんなこと気にしたものかという様子で肩をすくめて見せる。
「別にオレはタクみん先生とは違って人望あるからな、やりたいようにやるだけさ──で、ぶっちゃけ、どうよ、この方針」
拓臣は手を組んで少しだけ考え込む。
「──間違ってはいないと思う。どこかのタイミングで主導権は取らないといけないから、でも……」
『でも?』
織原と水瀬の問いに、一拍おいてから口を開く拓臣。
「でも、その主導権を取るまで、そして、取った後の泥沼展開ってのがお約束でさ。正直、僕は巻き込まれたくない」
そう言って机に突っ伏す拓臣。その頭の上で織原と水瀬はどうしたものかという表情で視線を交わし合った。