第38話 魔皇帝
「両者、そこまでじゃ。剣を退けぃ!」
「魔皇帝陛下──ッ!!」
魔族兵の一団を率いていた、ひときわ大きな龍頭の魔族に、男たちは恐れおののいて地面に平伏してしまう。
「え? 魔皇帝……陛下?」
事態の急変についていけずにキョトンと立ち尽くす拓臣だったが、龍頭の魔族──魔皇帝は意に介した様子もなく地面に額をこすりつけているイオランテスの元へと歩み寄った。
「すまぬな、少し前から話を聞いていた。イオランテス、そなたともあろうものが、なぜこのような愚挙に及んだのか。なにか事情でもあるのじゃろうが……話すつもりはあるか」
「陛下……申し訳ございませぬ、申し訳ございませぬ」
イオランテスは涙混じりの声を押し出した。
「すべては、このイオランテスの不甲斐なさゆえ──」
事態の始まりは、国境近くにあるイオランテスの砦が、勇者率いる王国軍の急襲により占拠されてしまったことだった。砦といっても純粋な軍事施設ではなく、もともとの村を軍事拠点化したものだったので、砦には兵士の家族をはじめとした民間人も生活していた。
そして、こともあろうに砦を制圧した勇者たちはその民間人を盾にイオランテスに迫ったのだ。
──ふーん、あんたは魔皇帝の孫たちの守り役だったんだ。だったら、その孫たちを拉致してくることとかできちゃったりするかな。
クマクラ殿と呼ばれていた勇者は、人質を盾にしてイオランテスたちから情報を根こそぎ引き出してから、愉快そうに笑いながら地面に座らされたイオランテスの髪の毛を掴んで頭を上げさせる。
──じゃあ、こうしようか。その魔皇帝の孫二人と、この砦と人質たちの命を交換してあげるよ。どっちを選ぶかはあんたに任せる。期限は十四日ね、移動時間を含めてもこんなものでしょ。
剣一本と馬だけを渡されて砦から追い出されたイオランテスと数人の部下。その姿を王国兵たちに槍を突きつけられた人質たち──生き残った兵士や家族たちが複雑な表情で見送る。
「んー、まぁ、熊鞍のやりそうなことだね。あいつ、戦争モノの中でも謀略とか、そういうの好きそうな話していたしな」
場違いな脳天気な声に、その場の全員の視線が拓臣に向く。ついでに、魔族兵たちの槍も全部向く。
「おのれ、誰が口をきいていいと言った! しかも、魔皇帝陛下の尋問中に口を挟むなど──!」
「まあ、よいわ。そのほうにも話を聞かねばならぬ」
魔皇帝はそう言うと、兵たちの半分に槍を退かせた。
「で、その方は何者じゃ。見たところ変わった力を用いて戦うようじゃが」
「勇者の力でございます、陛下! ご油断召されるな!!」
イオランテスが魔皇帝と拓臣の間に割って入る。と、同時に兵士達が再び槍を拓臣に突きつける。
「勇者の力とな? どういうことじゃ」
「この者が使った光の力は、我々の砦を襲った勇者と同じものでございますれば」
緊張した空気があたりに走る。
だが、拓臣は空気を察しつつも、あえて雰囲気を無視してノンキな口調で話しかけた。
「あー、その勇者、昔の仲間だったのは事実です」
突きつけられた槍の壁が一段階狭まる。
「でも、今の僕は新興都市ノーヴァラスの代表者でして、魔皇帝陛下に正式な街としての承認をいただくために、魔王城にやってきたのですが、アレコレあってこんな状況になっちゃいました、ハイ」
そう言って胸の前で両腕を振って、無抵抗の意志を示す拓臣。
魔皇帝が何かを思い出したような表情を浮かべた。
「おう、そのような話、確かに聞いておる。だが、領主が人間、しかも勇者の力を扱う者などとは看過しえぬことぞ。魔族と人との共存などと申しているようだが、このイオランテスに対するやり口だけでも、人間の卑劣さを証明しておるではないか」
人間の、しかも勇者である拓臣の言うことなど信用できぬ、そう言い放つ魔皇帝に、拓臣は一つの提案を示した。
「ならば、このイオランテスさんの砦の奪還──いえ、人質の方々の救出を、この僕に任せてみませんか?」




