第26話 堕ちた勇者
「あたしがいれた夜蝶ダケで、みんな死んじゃった、殺しちゃった……」
娼館から離れた裏通りの一角。混乱の中から拓臣に助けられ、逃げ出すことに成功したパーピィが、拓臣の腕の中で泣きじゃくっている。
「殺したのは室多で、殺させたのは僕だ。恨むなら僕たち勇者を恨め」
あえて、冷たい口調で言い聞かせる拓臣。
「……これであいつ終わりなんだよね」
「ああ、勇者としての名声が地に落ちる。そして、トドメを刺すのは僕だ」
◇◆◇
勇者たち──拓臣のクラスメイトたちは室多の行為を裁くために学級会を開いた。
「本来なら死刑でもおかしくないんだけど」
軽いため息をつきながら藤勢が肩をすくめて見せる。
他人事のように話すが、強行に死刑を主張したのは藤勢だった。
実際、事実上のクラスのリーダーである彼の主張はいったん通りかけたのだ。
だが、それに強硬に反対したのが織原と水瀬である。
「たしかに室多は許されないことをした。だからといって、死刑──オレたちの手で殺すって、それでいいのか? と、いうか、誰が手を下すんだ。オレは絶対にイヤだね。クラスメイトに手をかけるなんて、相互不信の種をまくだけじゃないか」
「それは別に王国に引き渡して処刑してもらえばイイだけじゃん」
織原の主張に須雅井 芹華が笑いながら手を振る。女子生徒のトップに君臨する須雅井は、もともと地味とはほど遠い雰囲気だったが、ここ最近はとみに外見が派手になってきていた。
だが、織原は須雅井の提案を一蹴する。
「王国に処刑してもらうって、それって、オレたちが王国の支配下にあるって認めることになるぞ。オレたち勇者はどこの国とも対等につきあうって方針じゃなかったのかよ」
「お金をもらって生活をみてもらってもいるから、実際は王国に養ってもらっているんだけどね」
ボソッとそう呟いたのは議長役の学級委員、渋囲 朋也だった。
だが、その言葉に、隣で書記を務めるもう一人の学級委員──柴路 千香も含め誰も反応しなかった。
藤勢が軽く咳払いする。
「なんといっても室多は王国の一般市民を手にかけたんだ。王国に納得してもらうのは最低条件だろう。今のオレたちの立場では室多一人をかばって王国を敵に回すわけにはいかないんだから」
「──わかった」
織原が低い声で応えた。
「オレが王国と交渉してくる。室多の扱いはその後だ、それでいいか」
一瞬、学級会全体に沈黙が降りる。
正直、クラスメイトを裁くなんていう心理的負担は誰も負いたくなかった。死刑なんてなおさらだ。
それを織原が引き受けてくれるという。クラスの面々はホッとした面持ちで、織原の提案に同意していく。
「では、室多の処分は織原君の交渉次第ということで決定します」
渋囲がそう結論づける。
また、もう一点、今回の事件の影響で、飲酒や風俗遊びは厳禁ということが再確認された。
もともと現実世界では禁止されていたということから後ろめたい気持ちもあるし、そこに室多の醜態も重なって、クラスメイトたちの間から異論はでなかった。
○
「壮ちゃん、大丈夫? お疲れさま」
アレクスルーム王国の大臣たちとの交渉から帰ってきた織原に、同行していた水瀬が気づかうように声をかける。
今回の室多の事件は王国も率先して事態のもみ消しに動いていた。表向きには、客の一人の逆恨みによる大量殺人事件ということになっている。犯人はすでにでっち上げられ、勇者はそれを抑えたというお膳立てになっている。
ただ、真実もまた噂話という形で水面下で拡がっていた。
「王国の人間は、オレたちを道具としていいように使いたいんだ。だから、勇者の評判を落とすわけにいかないし、オレたち勇者たちに貸しをつくろうと考えているんだろう」
「でも、それって上手くいっているうちはいいけど、どこかで歯車がかみ合わなくなったときが大変よね」
「ああ、その通りだ──って、あー、もーゴチャゴチャ考えるのはもうヤメ! 室多のヤツも命は取り留めたし、やり方によっては汚名挽回できるし、オレにしちゃ上出来じゃねぇ?」
腕を大きく伸ばしてアクビをする織原に、水瀬がクスッと小さく笑った。
「──汚名返上ね、もしくは名誉回復、かな」
「最近では汚名挽回も間違いじゃないって言われてるんだぜ」
織原がしてやったりと片眼を閉じてみせた。
○
織原と水瀬による王国との交渉の結果、室多は一兵士の立場に落とされ、最前線に配属されることになった。
これは王国が示した配慮でもあり、室多が大きな武勲を立てて活躍すれば、再び勇者としての行動を認めるとの意思表示である。
実際のところ勇者の力は強大で、戦場に放り出されたとしても、無双状態で敵兵をなぎ払うこと、敵将を討つことは難しくない。事実上、許されたと言っても過言では無い処分だった。
だが、それだけに他の兵士たちからの室多に対する視線には複雑なモノがある。
前線に送られた室多も、そのことはヒシヒシと感じていた。
さらに、結果として織原に借りを作ってしまったことも不満だった。
「面白くねぇ、なんでこんなことになっちまったんだ──」
自分は悪くない、その思いがどんどん強くなり、鬱屈した思いとなって蓄積していく。




