第24話 夜の蝶、再び
勇者タイガ・ムロタの夜遊びは、城塞都市ラルブルムの繁華街界隈ではおなじみの光景になりつつあった。
武勇譚を聞こうと集まる者、気前の良い金づかいにあやかろうとする者──そういった街の人たちの間で、室多の自我──気持ちはどんどん大きくなっていった。
もちろん、軍を壊滅させて自分だけ逃げ延びた、という悪評もあったが、若者だけを集めた部隊の暴走で、勇者に責任はないと擁護する声はそれ以上の大きさになっていた。
一方で、飲酒や女遊びを繰り返す行為にクラスメイトたちからは、いいかげんにしろと疎まれはじめてもいたのだが、そのことが逆に室多のリミッターを外してしまっていたのかもしれない。
「あっちの世界じゃ酒は飲めなかったからな、異世界最高だぜ!」
この夜、室多は酒場では飽き足らず、女遊び目的で娼館へとやってきていたのだ。
「室多さん、ここスゴイっすよ。キレイなオネーサンがいっぱいだー」
「おれ、生きてて良かった。ホント、異世界サイコーッスね!」
室多の取り巻き、小屋木と麻守が興奮した面持ちで、左右に女性を侍らせて盛り上がっている。
室多自身はというと、この店のナンバーワンの女性の肩に手を回して抱き寄せつつ、反対側の手で酒を次々とあおっていた。
「このあとの楽しみもあるんだからな、今からあまりがっつくなよ」
その余裕たっぷりの態度に、取り巻き二人は感動すら覚えたようだった。
「さすが、一足先に卒業した人は違うっすね」
「室田先輩──いや、師匠って呼ばせてくださいよ」
笑い声がはじけて場が盛り上がる。
室多は空になった杯を近くに控えていた少女に差し出す。
「おい、酒をつげ……って、おまえ、どこかで会ったことあったか?」
それは娼婦の衣装をまとったパーピィだった。衣装の俗っぽい雰囲気と、少し濃いめの化粧から、室多は自分が戦場で対峙した剣士の双子の兄妹だとは思いいたらなかったようだ。
むしろ、この場の娼婦たちの中にはいない、同年代の少女というところが気に入ったのか、腕をぐいと引っ張って自分の前に座らせる。
「ちょっと、その娘は魔族奴隷よ、勇者様のお相手なんかできる身分じゃないわ」
隣に座る娼婦が気分を害したように、室多へとしなだれかかった。店のナンバーワンというプライドもあるのだろう。
「それに、そんな下働きの、しかも魔族の奴隷なんか相手したら、勇者様の評価が落ちるわよ」
女はパーピィのことをことさらに魔族や奴隷と呼んで蔑むようにあしらおうとする。
実際、拓臣が商人クイサラームの伝手を利用して、パーピィを奴隷として娼館に売り込んだのだから、パーピィに対する扱いは妥当なものなのだろう。
だが、逆にそのことが室多の感情を刺激したのかもしれない。
勇者と奴隷──身分や地位の違いという絶対的な上下関係、見えない力で押さえつけ、屈服させる快感。
室多の瞳に嗜虐的な色が浮かぶ。
「ああ、そうだな。でも、別に相手は一人って決まってるわけじゃないだろ」
室多は、そう言うと金貨を一枚、娼婦の豊満な胸の間に押し込んだ。
「ほらもっと酒をつげよ、今日の酒はいつもより美味く感じるぜ」
あぐらをかく室多の脚の上に座らされたパーピィは、怯えを必死で隠しながら、室多の杯に次々と酒を注ぎ込んでいく──夜蝶ダケの粉末が入った酒を。
「う……あれ?」
カランと音を立てて室多の手から杯が落ちた。
「おまえは……なんでこんなところに──復讐にでも来たっていうのか!?」
突然声を荒げ、フラつく足取りで立ち上がる室多。その指さす先でパーピィが立ちすくんでいた。
「ちょっと、室多さんいきなりどうしちゃったっすか」
「その子、今日の室多師匠のお相手じゃないんすか?」
小屋木と麻守がやんややんやと持て囃す。酒が入った取り巻き二人には、室多がなにかネタでも披露しようとしているように思えたのだ。
しかし、実際には違う。室多は夜蝶ダケの魔力に囚われていた。そのせいで、室多には目の前の魔人の少女が自分が倒した魔剣士の姿に見えていた。金髪の魔族の少年、パーピィの双子の兄の姿に。
「まあいい。また、切り刻んでやるだけだっ!」
室田は座席の横に置いていた剣を取り上げて、鞘から抜き放つ。
──いつの間にか周りを魔族の兵士たちに取り囲まれている、俺としたことが油断した。
──まあ、いい。全部、勇者の力で殺してやる。
──勇者の力……俺の力で!!
室多の頭の中で何かが弾け飛んだ。




