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第1話 異世界転移

「ノクトパティーエ……って、異世界って、どういうこと!?」


 少女の一人がヒステリックに叫ぶ。

 石造りの天井に反響した声が収まるまで、その場にいた少年少女たちは互いに顔を見合わせることしかできなかった。

 荘厳(そうごん)な雰囲気に包まれた大聖堂(だいせいどう)。そこに集められていたのは、都立(とりつ)青楓(せいふう)学院(がくいん)高校(こうこう)の制服を身にまとった生徒たちだった。


「異世界ってなんだよ? ワケわかんねーよ!?」


 続いて男子生徒の一人が立ち上がる。

 他の生徒たちも、それぞれの不安を罵声(ばせい)という形で吐き出しはじめた。


「……チッ、ちょっとは現実見ろよ」


 一番後ろの席に着いていた男子生徒──伊勢崎(いせさき) 拓臣(たくみ)が、手入れのされていない髪の毛をくしゃくしゃと()き回しながら舌打ちする。

 その声は独り言にしては大きく、前に座っていた何人かの生徒がウザそうな視線をチラリと向けた。

 それに対して、拓臣はこれ見よがしに「はぁ」とため息をつく。


「異世界転移なんて、小説やアニメの話だとばかり思ってたけどさ、目の前のこの状況を見たら素直に受け入れるしかないでしょ。それとも、今、クラスの皆で同じ夢を見てるとでも? あ、死後の世界って可能性もあるか、でも、それって異世界と変わらないよね」


 彼ら──都立青楓学院高校1年A組の面々は、学校行事である宿泊研修にバスで向かう途中に事故に巻き込まれた。

 高速道路を走行中、中央分離帯(ちゅうおうぶんりたい)を突き破って反対車線から大型トラックが突っ込んできたのと同時に、後を走っていたタンクローリーも急ブレーキが間に合わず回転しつつ高速で激突、乗客である彼らは何が起きたかもわからないうちに、バスを含めた大型車三台の爆発炎上に巻き込まれてしまったのだ。


 拓臣の言葉に言葉を失う面々。

 もっとも、その沈黙は納得したというよりも、発言者に対する不愉快さという色の方が強かったが。

 その険悪な雰囲気を切り裂くようにしわがれ声が響いた。


貴方(あなた)たちは選ばれたのです、この世界を救う勇者として!」


 大聖堂の最奥、豪華なステンドグラスの前に置かれた演壇(えんだん)に座していた老人──この神殿の大司教が立ち上がった。

 長く白い髭をたくわえた貫禄(かんろく)のある()居振(いふ)()いに、ざわめいていた生徒たちが再び沈黙する。


「迫り来る魔軍(まぐん)の脅威に対抗するため、我らは至高神(しこうしん)ノクトゥーン様に救いを求めました。慈悲深(じひぶか)い神がその願いに応じて貴方たち勇者様を(つか)わして下さったのです」


 感極(かんきわ)まったかのように両手を広げる大司教に対し、困惑の色を隠せない生徒たち。

 宗教という概念が薄まりつつある令和の日本、そんな社会で生活していた彼らにとっては無理からぬ反応だろう。


「あのじいさん、ちょっと頭おかしいんじゃないか?」


 無遠慮(ぶえんりょ)に思ったことを口に出したのは、学生たちの中でも一際体格のいい男子生徒──室多(むろた) 泰我(たいが)だった。

 それを、最前列に座っていた爽やか系イケメン──藤勢(ふじせ) 瞬司(しゅんじ)(とが)める。


「この世界の方に対して失礼だぞ。今、オレたちが頼れるのはあの人たちだけなんだから」

「……ちっ、うっせーな」


 悪態をつく室多をスルーしながら藤勢は立ち上がり、他の学生たちに向き直る。


「確かにオレたちにとって今の状況は信じられないことかもしれない。でも、伊勢崎君が言ったとおり、これは現実なんだろう。だったら、その現実で生きていくことを考えないといけないんだ、日本に帰ることも含めて。みんな、そうは思わないかい?」


 その藤勢の言葉に、賛同の声が連鎖する。


「よーするに伊勢崎君の言ってたこと間違ってなかったってことだよね」

「まあ、これが人望の差ってヤツだな」

「うわあっ」


 いつの間にか、ふてくされる拓臣の斜め後ろに来ていた女子生徒──水瀬(みなせ) (みどり)が穏やかな笑みを浮かべてクスッと笑い、反対側でスラッとした細身の男子生徒──織原(おりはら) 壮史(そうし)が椅子の背もたれに腰掛ける格好で声を立てずに笑っていた。

 拓臣はバツが悪そうにそっぽを向く。


 この日、彼ら都立青楓学院高校1年A組36名と、教育実習生として同行していた大学生1名──以上、37名は異世界ノクトパティーエでの新しい生活を始めることになった。

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