狩りの授業
生後10ヶ月になった。
赤ちゃんだった頃と比べるとかなり大きくなった。今では少年といえるくらいの大きさだ。ゴブリンの成長は早い。
そしてその時はついに来た。
いつものように藁の寝床から起きて走り込みに出かけようとすると、
「オイ」
ギクッ!!
び、びっくりしたぁ、、まさか父か?
声のした方を振り返ると全身傷だらけのいかついゴブリンが上半身を起こしてこちらを見ていた。そう、このゴブリンが俺の父である。
ちなみにゴブリンの中で家族団欒といったものは存在しない。メスは細かい作業や赤ん坊の世話をし、オスは狩りに出る。
なので俺はまともに父と過ごしたことは無かったし、会話も覚えている範囲だとしたことがない。
俺はいかつい父にビビりながらもなんとか返事をした。
「ナ、なんでショウ、?」
「狩リ、付いて来イ」
これが俺と父との初めての会話だった。ここまで身体が大きくなったらもう村の中では立派な労働力なのだろう。にしてももっと優しい言い方はないのだろうか?
*
な、なんか緊張するな、、
藁の家から出てずんずんと村の門に向かう父の背中を見て俺は緊張していた。狩りに行くからではなく、父と出かけるからだ。
ちなみに門と言っても木をぶった斬って組み合わせただけの壁である。村の周りは大のゴブリンの背丈より少し低めの木の杭でぐるっと囲われていて、門は開閉可能になっている。
この村のはおよそ80匹ほどのゴブリンが住んでいて、藁の家がポツポツと無造作に建てられているだけの風情もへったくれもない景色である。
そんな小さな村のためすぐ門につく。門には1匹のゴブリンがいて、父を見ると黙って門を開ける。
「ゴブリンは弱イ」
村の外に出てすぐ父が言った。
「ゴブリンは弱イ。ダカラ戦うナ」
こんないかついゴブリンから出てくる台詞とは思えなかったが、本当の事なのだろう。現に、大量の赤ちゃんゴブリンが産まれてくるにも関わらず村の人口は増えていかない。狩りに出たオスがどこかで死んで帰ってこなくなるからだ。
「ゴブリンは逃ゲル」
「ゴブリンは戦わなイ」
森の中を一歩一歩ゆっくりと進みながら言い聞かせるように何度も言う。半刻も進むと踏むところがなくなるくらい鬱蒼と草木が生い茂っていた。
「ダカラ、ゴブリンは狩るだケ」
父はそう言うと、俺のことを手で制しながらすっと腰を落とし、草木に隠れるように身を縮めた。
そして草木の向こう見ろと目で合図してくる。
そこには1頭のイノシシが背中を向けて佇んでいた。
「よく、見とケ」
その時から、狩りの授業の日々が始まった。
*
あれから毎日父の狩りに付いていっていた。
「行くゾ」と言う父の声と共に起床し、無言でずんずん進む父の背中を追いかけた。獲物を見つけると父は俺に教えるように丁寧に狩りをした。
そんな毎日を過ごしながら1ヶ月の月日が流れた。
いつものように父と狩りをし、成果を家に持ち帰ると俺の母のメスゴブリンが藁を編んで待っていた。何度も言うがゴブリンには家族団欒というものはない。俺も父も狩りの途中で食事を済ませてしまうのだ。父は母にウサギの死体を渡すとそそくさと藁に包まれて寝てしまった。
そして母は待ってましたと言わんばかりにそのウサギにかぶり付く。
グチャ。グチャ。
もちろん生だし口から血が垂れるし咀嚼音もグロい。最初はその光景を見たときにゾッとしたが、今ではもう慣れていた。生の肉を食べさせられた時はその美味しさに感動したものだ。
それにしてもこの口何とかならないのだろうか、全部の歯が尖っているせいですり潰したりすることが出来ないのだ。どうしてもクチャクチャと咀嚼音が出てしまうし、口の周りが血やら唾液まみれになる。
なんて思いながら母の事を見ていると、母も何見てるの?と言わんばかりに首をかしげてきた。うーーん、口の周りが血だらけで怖いぞ?
――――さて、俺も寝るか。
「行くゾ」
「ギギ」
もう朝か。いつものように父は家から出ていこうとしていたので慌てて後を付いていく。いつものように仏頂面の門番の横を通り過ぎ森へ向かっていると
「今日はオマエが狩レ」
と俺にナイフを差し出してきた。
まじか、、遂に俺も狩りに参加できるのか。
俺はナイフを慎重に受け取ると森の中へ入った。いつものようににおいや痕跡を頼りに自分が狩れるレベルの動物を探していると、小さな足跡が少し先にあるのが見えた。
「足アト!」
まだ喜ぶのは早い。ここからが重要だ。足跡にこれでもかと鼻を近づけてにおいを嗅ぐが俺はにおいで追跡するのは苦手なので、諦めて次の足跡を探す。
次、また次の足跡を追っていくとふと草むらの向こうに気配を感じた。俺は草木の隙間から向こう側を覗き込むと
「居タ!」
小さなモグラのような動物が落ち葉を漁っている最中だった。俺ははやる気持ちを抑え、すっと腰を落として動物の背後に回り込んだ。数メートル後ろで父が様子を伺っているのがチラッと見えたが、獲物の挙動に集中する。
一歩一歩、足音をたてないように動物に近づいていく。
あと3メートル…
あと2メートル…
あと少しの所で、俺は更に腰を落とし飛び出す姿勢になると、グンと加速し、一気に動物に襲いかかった。
急に現れたゴブリンに驚いた動物は一目散に逃げようとするが、俺は左手でそいつの毛を鷲掴みにして地面に抑えつけ、右手のナイフを首元に突き刺した。
「キーーーーーッ」
と動物の断末魔が発せられたあと、ビクンと身体を痙攣させて息絶えたのだった。
俺は動物を殺した罪悪感よりも、これで腹を満たせる喜びと、確実に成長している自分に感動を覚えた。
「良くやっタ」
その父の言葉でどこか心が救われた気持ちになった。




