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万博野郎と呼んでくれて構わない

 貯金が減ってゆく。想定を軽く上回るスピードで。しくじった。見通しが甘すぎた。忘れていたぜ。おれは金のかかる男なんだった。万博野郎と呼んでくれて構わない。

 まともに働かなくなってからずいぶんと経つが、結局のところ、あの頃のおれは戻ってこなかった。もう二度と会えやしないんだろう。どこかで元気にやってくれていればいいんだが。

 だがいまはそんなことにかかずらっている場合ではない。金だ。金なんだよ。ないんですよ。金が。焦るぜ。弱火でじりじりと焼かれている様な気分だ。でもなぜだろうな。ちっともおれのケツに火がつかないのは。

 性に合っているのだ。無職というやつが。そんな当たり前のことを再々再々再確認したというわけだが、そうは言っても、無一文だけはごめん被りたい。所詮、俗世にどっぷりと浸かった身だ。仙人にはなれそうもない。そろそろ小銭でいいから稼がないと。西川口でクルド人と一緒にケバブを焼いて暮らそうかしら。実際、気のいい連中なんだよ、彼ら彼女ら。したり顔の幽霊みたいなやつらと違ってね。

 おい、てめえらのことだぞ、てめえらの! ゼノフォビアとミソジニーを拗らせたクズども。虚勢を張って卑屈な嘲笑を醜悪な顔面に浮かべるしか芸のない弱虫毛虫ども。貴様らの存在がおれをムカつかせるんだよ。よくもまあ、恥ずかしげもなくのうのうと生きていけるもんだぜ。もしおれがてめえらみたいな存在に成り下がっちまったら、ほんの少しでも自分を客観視した瞬間に、その場で腹掻っ捌くけどな。その面の皮の信じられない厚さだけは認めてやるよ。中身の方はからっきしの様だがな。


 と、こんな風にだ。こんな狭い島国にいたら、いや、こんな小さな惑星にへばりついてばかりいたら、そりゃイラつきもするってもんだ。だがどうすりゃいい? 旅に出る金もあてもないし、酒は不味くなる一方だ。なあ、煙とため息を吐く以外によ、一体どうすりゃいいってんだ? なあおい、誰か教えてくれよ!

 そんな時だった。荒れ腐っていたおれに、ヘリウム3の匂いが染みついた宇宙行きのチケットが届いたのは。

 ベセスダからだった。チケットをためつすがめつしながら、しばらく呆けていたおれだったが、やがて立ち上がった。勢いウイスキーの瓶を叩き割り、熱いシャワーを浴び、髭を剃った。髪をセットし、上下一体型のつるんとした未来服に袖を通した頃には、ついさっきまでの不貞腐れた中年男の面影はそこになかった。星図を広げ、ハンドスキャナーの調整をする、一人のスペース・エクスプローラーがそこにいた。いたのだった。


 2023年9月6日。紛れもなく十年に一度クラスの超大型新規タイトル、「スターフィールド」が世界に投下された。待ちに待った宇宙印のベセスダRPGだ。こいつをプレイしない理由はどこにもない。

 2023年9月6日。スペースシップに乗り込み、銀河という銀河を派手に飛びまわる準備はできていた。おれの頭の中は加速膨張し、いくつものブラックホールが渦巻き、あちらこちらで超新星爆発の花火が上がり、暗黒物質が無数の光をねじ曲げた。おれは宇宙の一部であると同時に、宇宙がおれの一部となっていた。最高の仕上がりと言ってよかった。

 だが運命の女神の戯れか、2023年9月6日時点でのおれの身体は、自室から遠く離れた広島の地にあった。なぜか。どうしても外せない任務があったのだ。デビッドソンのサヨナラホームランをこの目にしっかりと焼き付けるという、極めて重要な任務が。

 過酷な任務ではあったが、デビッドソンの豪快なスイングから放たれた打球が宇宙の彼方へと消えてゆくさまを無事に見届けることができた。上々の結果だ。

 そのまま赤く揺れるスタジアムを後にし、カープ鳥で軽く一杯やって、ホテルでひと眠りし、朝イチで東京行きの新幹線に乗り込むことができれば、2023年9月7日の昼過ぎには宇宙船の操縦桿を握っていることになる。理論上はそうなる。

 しかしそうはならなかった。実際の2023年9月7日昼過ぎ時点のおれは、広島よりも更に自室から遠ざかる博多の駅ビルで、パフェスプーンを握っていたのだ。性質の悪い冗談のような値のついたフルーツパフェをほじくりながら、おれの心は火星に飛んでいた。

 もちろん理由はあった。理由もなしに博多に来るわけがない。ましてや、今この瞬間にも世界中の人間が地球を飛び出しているであろう切羽詰まったこの状況で。

 つまりは、情より義理……そういうことだ。人間生きていれば、義理を優先しなければいけない時もある。それが例え地球上であろうと宇宙ステーション内であろうと太陽系の外であろうと同じことだ。義理を疎かにすれば、たちまち外道へと身をやつし、一生涯石を投げつけられ続ける羽目に陥ってしまう。まことに恐ろしいことだで。


 そういうわけで、結局おれがスターフィールドをプレイできたのは、2023年9月8日の夜遅くまでずれ込んでしまったのである。もちろん仕方のないことは仕方がないので仕方ないことではあるのだが、個人的に8という日付が引っかかる。

 取りも直さずおれの誕生日は1月8日であるし、おれの母親の誕生日が5月8日、加えて甥っ子の誕生日が2月8日で、イトーヨーカドーのハッピーデーは全品5%オフ(対象外商品を除く)だという事実。

 果たしてこの符号がまったくの偶然として片付けられてしまって良いのであろうか。どうもおれにはなにか宇宙的な意思が働いているように思えてしょうがないのだ……。

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