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ありもしない幻を追いかけていた

 貯金が増えてゆく。目を疑うような数字がATMの画面に表示される。その数字を見て、心の底から満たされる自分がいる。つまり、おれは狂っちまったってことだ。

 おれが今の自分に納得できないのは、思ったように文章が書けないのは、間違いなくこの数字のせいだ。明後日の食うものの心配をせずに日々を送ることができる……もちろんそれはそれで結構なことだが、なんと味気ない生活か。

 味気はないが、決して楽な生活でもない。責任感からくる重圧によって、おれがごりごり擦り潰されてゆく。おれは自分の牙が抜け落ちるのを、見た。おれの気高い魂がくすんでゆくのを、見た。おれが自らファイティングポーズを解くのを、見た。黙って見送ってしまった。

 おれはずっとおれに期待していた。ありもしない幻を追いかけていた。そんなおれを、おれは鼻で嗤い、おれを二束三文で地獄に売っぱらっちまいやがった。おれがおれを殺そうとしている。そんなことが許されていいのか。いいわけがない。

 味方はいない。ただの一人もだ。皆、なにが不満なのかわからない、そう言う。甘えだの、逃げだの、散々な言われようだ。ふざけるな。おれは、おれを取り戻す。もう一度、ありもしない幻を追いかけて、ゼロに近い数字を眺めながら、余裕の笑みを浮かべてやるぜ。


 ビデオゲームはおれに何ももたらしてはくれなかった。そんなことを言ってしまえば、全てがそうだったのだが。ドストエフスキーも。ザ・スターリンも。広島東洋カープも。おれはスナック菓子感覚でそれらを食い散らかして、酒を飲み、腹を下し、汚物を撒き散らす。残ったのは、この胸のもやもやだけ。だけ、だが、現状そいつがおれの原動力だ。

 まったく燃費が悪い。悪すぎる。それでも生まれてきたことに感謝だ。愛と平和。ああ、おれも同感だ。


 さて。頭をパーにしてゲームをやろう。かっこつけるのはもうやめだ。人間ってのは漏れなくダサいもんなんだ。おれはもう、正直うんざりなんだ。自分ってやつに。この鼻持ちならん三流詐欺師に。なぜおれは人を騙す? 怖いからだ。本当のことを知られるのが怖いからだ。嘘は嫌いだが、嘘なしで生きていけるほどおれはタフでもアホでもない。

 おれはね。この世界でなにが起こっているのか、この世界がどんな仕組みで動いているのか、この世界でみんながなにを考えているのか、さっぱりわからないんだ。だからもう、ゲームをやろう。おれにできることなどゲーム以外にはなにも無いのだから。


 ディスコで踊り狂う。フロアの視線を独り占め。おれのダンスはちょっとしたもんだろう? そうだ。もちろんいい気分だ。視界のすみっこでコソコソ話をしてる連中がなにを言っているのか、おれにはなぜだかわかるんだぜ。

「アイツ、誰の知り合いだ?」

 誰の知り合いでもねぇーよ、ばぁぁぁか! てめえらみたいに誰かのお墨付きがなきゃ踊れもしない弱虫と一緒にするんじゃねえっての。

 しかし不思議な話だ。この光と音と薄闇の洪水の中で。煙と酒と香水の中で。なあ? 誰だって自然と踊り出しちまうのがディスコティックってもんじゃないか。だってここは、そういうところだろう。なぜ、人間が集まると政治が生まれちまうんだ。なぜ、政治が生まれると、腐った連中が集まってくるんだ。ああ、もうダメだ。脳みそがぶるぶる震えてきやがった。ゲロ吐きそうだぜ。……。

 ディスコ。そう、ディスコだ。浴びるように酒を飲み、超いかした音で全身を揺さぶり、気になる女と視線を交わし合う。ああ、ディスコ。おれたちのディスコ。あの女は一体いつの間に帰っちまったんだ?

 ディスコ。そう、ディスコエリジウムだ。神様はいるよ? だってこんなゲームと出会えるんだから。こいつはまったく完璧なゲームだよ。なんせ退屈をすることが一切ない。貶すところが見つからない。さわりを遊んだだけで、おれのビデオゲーム・オールタイムベストをあっさり更新しやがった。しかもダントツで。これ以上面白いゲームがあるってんなら、まじで教えて欲しいもんだ。

 おれのクソみたいな人生に差した一筋の光明。それがディスコエリジウムだ。いいか? しょぼくれて冴えない中年男、何もかもに疲れてどうでもよくなり、自死すら頭にちらつくようになった男がだ。ディスコエリジウムをプレイした途端にだ。つまり……あー……啓示を受けたんだ。それもどでかいやつをな。つまりだ。こういうことだ。人間ってのはどうしようもなく愚かで醜いけれど、生きている限り機会は訪れる。つまりだな、ブレイクスルーの瞬間がいつ来るのかはわからないが、準備はしておけって感じかな。わかるか? わかっている。お前がわかっていることをおれはわかっている。ああ。内から湧き上がってくるこの衝動。いつだっておれはこいつを待っていた。こいつの到来を今か今かと待ち侘びていた。で、疲れちまった。疲れてどうでもよくなりつつあった。そろそろ潮時かなぁー、なんて思っていたおれの目に飛び込んできたのが、ディスコエリジウムの日本語版が出たっていう二か月前のニュースだ。

 ディスコエリジウム……聞いたことのあるタイトルだった。べらぼうに面白いゲームだけど、途方もないテキスト量とその濃密さからローカライズされる可能性はほぼゼロ……とかそんな感じのやつ。よくあることだ。誰が悪いわけでもない。強いて言うなら英語が理解できないおれが悪い。強いて言うなら、だが。

 そう。だから、おれは蓋をした。ディスコエリジウムに興味を持つことを止めた。考えてもみろって。どう足掻いたってものにできないあの娘に恋して何になる? 人生は映画のようにはいかないんだ。とてつもなく残酷で、現実的だ。あまりにも不平等で差別と欺瞞に満ちている。もちろん、諸々承知であの娘にアタックを仕掛ける馬鹿野郎は嫌いじゃない。けれどそいつをおれに求めるのは酷ってもんだぜ。惨めな思いをすることだけはごめんなんだ。わかるだろ? それって、すげー普通の感覚だろ? 吐き気がするほど惨めで普通の感覚だろ?

 だけどあの娘は違った。あの娘は天使だったんだ! こんなおれに、とろけるような甘い声で囁いてくれたんだ。「カモン、ベイビー」ってね。あとはもう、むしゃぶりつくだけだ。ここじゃ世間体も自尊心もクソの役にも立ちやしない。最後にもの言うのは衝動だ。全身全霊エレクチオンして、あの娘に尽くすんだ。きみが悦んでくれるなら、どんなことだってするさ。

 君の目にはなんともグロテスクなロマンスに見えるのかもしれない。それでもいいんだ。今日を生きる理由になるのなら、なんだって……。


 それにしてもだ。スパイク・チュンソフトって連中は本当に大したもんだと思う。合併前のスパイク時代から、あっと驚く海外タイトルをローカライズしてくれる、まじで頼れる連中だ。TES4オブリビオン、セイクリッド2、メトロ2033、ドラゴンエイジ・オリジンズ、最近だとディヴィニティ:オリジナル・シンにホットラインマイアミとかな。ウィッチャーシリーズにいち早く目をつけたのもここだ。改めてスパチュンには最大限の敬意を表する必要があるな。国内開発タイトルの侍道、喧嘩番長(は1作目だけ)、ダンガンロンパのシリーズもまあまあ好きだぜ!


 というわけで、ディスコエリジウムは全人類におすすめしたい最高のゲームであることが発覚した。レビューなんかでは人を選ぶゲームとか書いてあることが多いが、とんでもない! 摩訶摩訶やイデアの日の例を出すまでもなく、全世界はアブノーマルRPGを待ち侘びていたのだ。ディスコエリジウムを楽しめないやつがこの世に存在するなんてありえないし、あってはならないこと。仮に。仮にだ。もし君がディスコエリジウムをプレイして、全くピンとこなかったとしたら、君は自分のセンスを恥じた方がいい。本当に恥ずべきことなのだと自覚した方がいい。そして、今すぐ手持ちのジャンプコミックスを火にくべて、ディスコに行くべきだ。

 ディスコ。そう、ディスコだ。吸殻と吐瀉物とカラスの明け方。攻撃的な朝日で両目を焼き潰されて初めておれたちは気づくのだ。おれたちが吸血鬼の末裔だということに。太陽は敵だったということに。

 ディスコ。そう、ディスコだ。靄の中に薄れていったネオンサイン。踊り疲れたミラーボール。ぎんぎらラメのパンタロンのあの女は一体どこに消えたんだ?

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