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まるで悲劇などなかったかのように

 ゆるやかな死。緩慢な死。ゆっくりとゆっくりと、誰もが追い詰められてゆく。だが、やつは既におれの首に手をかけているのかもしれない。ある日突然、その手にぐっと力が入る。そして……。

 真夜中。どこからか聞こえてくる救急車のサイレン。また誰かが死んだのだ。暗闇の中、波打つ心臓だけが浮き上がり、おれという存在がそこに凝縮されている。きっと夜は明けるだろう。そして朝がくるだろう。しらじらしい朝が。まるで悲劇などなかったかのように。思うに、おれたちは壁を作り過ぎた。壁の向こうでなにが起こったのか、起こっているのか、わかったもんじゃない。まったく結構な話だ。なにを信じればいいのやら。今にもばらばらになりそうな身体、そいつをやっとこ継ぎ接ぎしながら、電脳遊戯に耽る男……。

 そいつがおれだ! バカヤロウ、なめんなよ!


 ファイナルファンタジーシリーズマラソンプロジェクトが暗礁に乗り上げた。7、8は無事に終えたが、9の戦闘のすっとろくささに、おれはめげた。だが、おれは元気だ。いや……元気は嘘だ。実を言うとかなりやられている。絶望の泥濘の中で這いつくばりながら、いつ落ちてくるかもわからない小惑星に脅える……そんな毎日を送っている。ああ、地獄ってのはこんなにも身近に、隣近所に、くっきりはっきりと存在していたなんてな。まんまと嵌められたぜ。悪魔どもめ。うまくやったな。おれを削り切りやがった。もはや削り器に入らないくらいちびちまって、近いうちにゴミ箱行きだ。

 とは言え、今までのおれの人生がうまくいき過ぎていたのだ。おれの資質、環境、履歴……つまりおれを象っている全てのことがらからすれば、分不相応なまでに楽しく気楽に生きてきた。なにか一つでもずれていれば、檻の中や橋の下で暮らしてたって不思議じゃない男が、金以外は全て手に入れたのだ。奇跡みたいなもんじゃないか。おれは満足だとも。もうなにもいらない。それでは皆さん、さようなら。

 とまあ、こんな風にあっさりこの世からおさらばできたら、どんなに素敵だろうな。それがなんであれ、未練を断ち切りすっぱりやめた時の快感は筆舌にしがたいものがある。だが、おれを生に繋ぎ止めているものが確かにある。まだ死にたくない、ではなく、まだ死ねない、とそう思わせるものが。ゲームもその一つだ。……それは本当か? おれはまだ、ゲームに夢を見ることができているか? いま、おれは本当にゲームを欲しているのか? どうなんだ? あ? 

 確かに、新作情報などに心が躍らなくなって久しい。ゲームマシンの起動時間も日に日に短くなる一方だ。だがそれでも……おれはこいつを、ゲームを、手放すことはできない。おれはゲームを愛しているし、ゲームをやっているおれを愛している。偽りだらけのおれだが、ゲームをやっている時のおれは、本物だ。人の手でプログラムされたちっちゃな世界だ。こいつを下らない現実逃避だと断じるやつの気持ちもわかる。だが、現実と非現実のあわい……そこに存在する悦びをここまで簡単に味わえるのは、ビデオゲームを置いて他にない。いや、もっと強くぶっ飛べるものもあるにはあるが、そいつは大抵非合法だ。金もかかるし、色々と面倒が多い。つまり、おれは安全にトリップしたい。脳味噌を揺らして、ぐらんぐらんの白昼夢の中にいたい。物理法則も、整合性も無視して、出鱈目の中で遊びたい。光と音の洪水の中で、甘い甘いチョコレートを、口の中でゆっくりととろかしたい。もっとおれにトリップを……。グッドトリップを、おれにくれ……。頼む。


 さて、おれはちょっと前に三鷹の諸星大二郎展に行ってきた。わざわざ三鷹くんだりまで足を運ぶのは死ぬほど億劫だったが、諸星大二郎の大量の原画を眺める機会を逃すような馬鹿は死んだ方がマシだという考えが、超絶鈍重フットワークの持ち主のおれすらも衝き動かしたというわけだ。

 諸星大二郎というマンガ家を知っているか?

 おれは昔、マンガ読みだった。古今東西、有名無名、ジャンルを問わず、おびただしい量のマンガを貪り読んだ。だが、いつしかおれの興味はゲームや小説に移っていき……やがてマンガへの情熱は消え失せた。それでも諸星大二郎は残ったのだ。いいか? おれのふるいにかかっちゃ、手塚も、トキワ荘の住人たちも、梶原も、ちば兄弟も、水木サンも、萩尾望都も、みんなみんな容赦なく振り落とされた。その中にあって、諸星大二郎だけ……依然として新刊がおれの本棚に吸い込まれ続けている。なぜだ? 考えてみたがわからない。正直言って、ここ最近の諸星大二郎のマンガはあまり面白くない。だが、惰性で読んでいるわけでは決してない。そもそも諸星大二郎のマンガはそれほど面白いわけではない気がする。それでも、おれは諸星大二郎を求め続けているのだ。はじめて彼のマンガを読んだ、23年前からずっと……。

 ひとつだけ言えることがある。諸星大二郎のマンガには代替品が存在しない。唯一無二。その昔、漫画太郎が少年ジャンプの作者コメントに、諸星大二郎みたいな絵の描けるアシスタント募集、とか書いていたが、今思うとあれはギャグだったのだ。そんなやつはいるわけがないからだ。

 

 諸星大二郎展なのだが、これは本当に素晴らしかった。とくに、生物都市の扉絵なんか、凄すぎて震えてしまった。三鷹の展示は間もなく終了だ。そのあと栃木かなんかでやるらしい。少しでも興味のあるやつは行った方がいい。飛べるぜ。

 そんなわけで、興奮冷めやらぬうちに、家中の諸星大二郎の単行本を読み進めているのだが、初期の諸星作品には夕暮れのシーンがやけに目につく。エヴァの元ネタのひとつとか言われている「影の街」の例のシーンも夕暮れだし、「子供の遊び」の見開きの焦燥感溢れる土手の夕暮れ、「ぼくとフリオと校庭で」の夕焼けも印象深い。気づいたやつもいるかもしれんが、この連載のタイトル「おれはゲームで皇帝で」はこの短編のもじりだ。どうでもいい話ではあるが、おれ自身が結構気に入っているタイトルなのでちょっと書いてみた。どうよ?

 それはともかくとして、驚くなよ。おれはここからゲームの話にちゃんと繋げようとしている。と言うのはだな、諸星大二郎の描く夕暮れ、怪しくもノスタルジックなこってりとした滋養たっぷりの夕暮れをおれはゲームでも体験したことがあるのだ。

 十三機兵防衛圏。ヴァニラウェア謹製の大傑作アドベンチャーゲームだ。実はおれはこのヴァニラウェアというメーカーをこの十三機兵防衛圏で初めて知った。まったく、自分の無知蒙昧っぷりに恥じ入る次第だ。とりあえずオーディンスフィアとドラゴンズクラウンのリマスター版はゲトッてある。おれは既にこのメーカーには全幅の信頼を置いている。くだらないゲームのわけがない。楽しみだ。

 で、なんの話だ。そうだ。諸星大二郎の描く夕暮れと、十三機兵防衛圏の夕暮れのシーンが重なったという話だ。おそらくヴァニラウェア内部に重度の諸星大二郎ファンがいる。おれの目は誤魔化されんぞ。

 ただ、まあいたっておかしかないわな。有名なマンガ家だもんな。影響力あるもんな。そもそもおれの勘違いかもしれないし。本当につまらないことを書いているよおれは。おれは久しぶりに文章を書き、そして失敗した。おれはまた文章が下手になった。回復の見込みはない。だがそれもいいじゃないか。ただ秋の夜は更けていく。それでいいじゃあないか。


 以上だ。もし次回があれば、ドキドキ文芸部について書きたい。

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