しのごの言わずにやってみろ
夏めいてきた。ようやく顔を覗かせはじめた太陽、日に日に大きくなっていくセミの声、道端にはヒマワリ。そして稲妻だ!
おれは稲妻が大好きだ。ご機嫌だった空がみるみるうちに暗くなる。くぐもった雷鳴が轟きはじめる。それでもう、おれはいてもたってもいられなくなる。大粒の雨がひとつふたつと顔を打つ。くるぞくるぞ……! おれは半袖、短パン小僧。いくら濡れても構いやしないぜ。さあさあ派手にやってくれ。切り裂け引き裂けこの空を。ラバベリラボンボ、ブラベリヤ! ラバベリラバンバ、ラドベリヤ! 内なる野性のなにかが目覚めるのがはっきりとわかる。おれは歌い、踊り、祈るとも。ぶっ壊してくれ、このすべてを! ヤー!
やがて儀式が終わり、雨に濡れたアスファルトの匂いに気を鎮めながら、去りゆく雷雲にあばよと手を振る。おお、見たまえ、虹だよ。
はっきり言ってこの文章を書く気力がなくなってきた。ゲームは進む。だが文章は進まない。思考は停滞し、袋小路に追い詰められ、なにもできないまま呆けている時間が増え、ゲームすらやる気がなくなっていくという馬鹿らしい状況だ。
おれは一体なにをやっているんだ? 自分自身に疑問を持ち始める。こんな誰にも求められていない文章を書いてなんになるってんだ? もっと意味のあることをせにゃあ。資産運用とか子育てとか、キャリアアップのための勉強とか……な。
いいか。こういう腰抜けな考えに負けてはいけない。人は辛くなると、楽な方に流されようとする。絶対に流されるな。お前の脳はすぐ嘘をつくぞ。騙されるな。
勘違いしては困るぞ。資産運用も子育ても勉強も、大事なことだ。だがそれだけで生きているやつが大抵の場合において不健康そうに見えるのはどういうわけだ? つまりはそういうわけだ。全部やれ。人間はゲームをやり、文章をしたため、子どもを作り、祈り、働き、そして豊かになるべきだ。生ぬるい泥濘の中で息を潜めている場合ではない。大胆に突破せよ。
自己啓発を済ませたおれは、ゴースト・オブ・ツシマを即座に止める決断をした。金太郎飴を延々と斬り続けるゲームはもうたくさんだ。魂のこもっていない仏に祈るほど虚しい行為はない。違うか?
似非対馬の瘴気にあてられて、すさみにすさんだおれの精神を安定へと導いてくれるゲームはないだろうか。暗闇の中、必死にまさぐるおれの手になにかが当たった。本物にしか纏えない黄金色のアウラに目が眩む。十三機兵防衛圏。いいゲームだ。
実はすでに一度、おれはこいつをクリアしている。
あれは四月の中頃だったか。おれは流行り病に冒され、自主軟禁生活のもなかにいた。常時熱を帯びた身体は、立ち上がるのも億劫なほどの怠さを抱えていたが、精神は自由、翼ある自由を謳歌していたのだ。なにしろ時間に追われることなく、ゲームと本を好きなだけ摂取できる。これがどれだけ素晴らしいことか、わかるだろう。食料は事情を知る家族や仕事関係の人間から送られてきたので、文字どおり外に一歩も出ない夢のような生活が実現できたわけだ。
そんな狂乱麗舞の暮らしのなか出会った数々の綺羅星、そのなかにあって一等まぶしい輝きを放っていたのが、十三機兵防衛圏だった。
普段のおれがあまり手を出さない、シナリオとキャラクターが全てのゲームだ。十三人の少年少女が巨大ロボットに乗り込み、怪獣と戦う。これだけ書くと使い古しのありきたりで、まあ……そういう感じのやつなんだな、と思うかもしれないし、実際そのとおりなのかもしれない。少なくともおれはシナリオで驚かされたり、斬新だと感じた部分はほぼない。それでも、おれはこいつが非常に気に入った。こだわりの一本だ。普段こういうことはあまり思わないが、できるだけ多くのやつにやってほしいと思う。こういうサイトに出入りしているやつにはジャストフィットなんじゃないか? しのごの言わずにやってみろ。おれはもう一度やる。
一応、ちょっと説明してみるか。
このゲームは、十三人のキャラクターのエピソードを読み進める、いわゆるアドベンチャーパート、過去になにが起こったのかを追う「追想編」と、RTSめいた戦略シミュレーションっぽい戦闘パート、追想編の後十三人が巨大ロボットに乗り込み戦う「崩壊編」がある。もうひとつ「究明編」というアーカイブパートがあるが、こいつは追想編と崩壊編を終えたあとが本番だろう。
まず言いたいことがある。戦闘パートが非常に薄味で、ビジュアルも今どきのゲームではありえないくらい簡素だ。おれはアドベンチャーパートと戦闘パートが同じくらい質量を持つ、このタイトルの二本柱だと思い込んでいたので、これには面食らった。決してつまらないわけではないが、面白いわけでもない。これ入れる意味あるか? おれはちょっといらつきながらそう独りごちたが、後々ちゃんと意味があったことがわかった。だから心配は無用だ。訝しがりながら戦え。
追想編はかなり手の込んだ作りになっている。時系列がバラバラで、かつ十三人のキャラクターそれぞれの視点からなる短いエピソードを積み重ねていくうちに、過去と現在の全体像が浮かび上がってくるという寸法だ。ビジュアルも美しく、細かい部分まで配慮の行き届いた実質的なメインパートで間違いない。
情報の断片をこれでもかとつきつけられるので、最初はなにがなんだかよくわからず、困惑すると思う。だがいつかはわかる。ああー、そういうことね、顎を撫でながらそう思う瞬間は必ず訪れる。だから謎をぶっつけられても毅然とした態度でもって、ことにあたってもらいたい。このゲームはすぐ謎をぶっつけてくる。びびるなよ。
十三人のキャラクターもみんな真面目でいいやつだ。少々類型的すぎるきらいはあるが、その分個性はわかりやすいし、考えも理解しやすい。もし、小説でこんな人物造形をやられたらおれは鼻白むだろうが、このゲームのキャラクターに人間ゆえの矛盾や嘘、もっと突っ込んだパーソナリティを付与すると、一本のゲームとして成立しなくなるだろう。酷い言い方をすると、こいつらはあくまでシナリオを進める歯車なのだ。おれはそれでいいと思うし、このタイトルの持つ雰囲気やストーリーによく合っていると思った。
最後におれのちょっとしたお気に入りを教える。追想編にクラウドシンクという、キャラクターが考えごとをするモードがあるのだが、そのモードで項目を選ぶ時の声がな……ちょっといいのだ。こもったようなエフェクトがかかって、かすかに囁くように「フェイザー銃」とか「怪獣ダイモス」とか言うのだが、それが妙に心地よくてな。意味なくカーソルを行ったり来たりさせてゾクゾクしている次第だ。これは是非とも体験してもらいたいものだ。
少し長くなった。今回は以上だ。