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いつか手痛いしっぺ返しを食うだろう

 おれはいま対馬に来ている。対馬ってどこだ? おれは知らない。日本のどこかにある島だと思う。南の方にある島ではないか。そんな雰囲気がある。たぶん対馬海流の近くだろう。……本当にそんな海流があるのか? ある、と思う。いつかどこかでそんな名を聞いた気がする。

 おれが持っている対馬の情報のすべてをここに開示してみた。つまり対馬のことをおれはほぼなにも知らないと言っていい。とある車のゲームで散々走り回ったイビサ島の方がまだ馴染みがあるくらいだ。だが……おれはいま対馬にいる。ここはうっとうしいほど、よく風の吹く島だ。島だからか? わからん。


 ゴースト・オブ・ツシマ。話題作だ。はっきり言って、おれはこいつににこれっぽっちの興味も持っていなかった。だが最近のおれは、なぜだろう金が余ってしょうがない。だからなんとなくこのソフトを買ってみた。衝動買いというわけだ。さらにその帰りに五千円のうな重をわしわし食ってやった。土用の丑の日だったからな。おれはいま完全に調子に乗っている。いつか手痛いしっぺ返しを食うだろう。ふん、のぞむところだ。

 まあそんな感じで、特別な思い入れがあるわけでもなく、おれは対馬にやってきたわけだ。

 元寇は覚えているか? 小学校だか中学校の授業で習ったろう。昔、日本に元が攻めてきた例のあれだ。元というのはいまでいうモンゴルで、当時はそれはもうおっかないやつらだったという。中華を統一し、シルクロードを爆走して、周囲の国をまるっと平らげながら、ローマあたりまで占領したというのだから、相当な武闘派集団だったことは間違いない。このへん適当に書いた。歴史家の見解とは相違があるかもしれないが、重要なのは元がとにかく危ない連中だということだ。そんなやつらが攻めてきたのだから、これは大変なことになったと言うほかない。


 おれがいまいる対馬は、そういう状況に陥っている。事態はかなり深刻だ。元のやつらが略奪、虐殺、おそらく強姦なんかも当たり前のようにやっている。黙って見過ごしていいのか? いいわけがない。

 おれも日本人だ。日本で生まれ、日本で育った。愛国心のかけらもない男だが、この土地に恩義や愛着がなくもない。対馬には縁もゆかりもないが、蒙古の蛮行を前にして、もはや黙ってはいられぬ。拙者微力ながら助太刀いたす。

 そう言って立ち上がろうとしたおれを、手出無用とばかりに無言で制したひとりの侍。名を境井仁という。上背、体格こそおれと同じくらいのものだが、覚悟完了した者のみがもつ張り詰めた迫力に、おれは思わずたじろいだ。

 頑固そうな男だ。こいつを説得するのはかなり骨の折れる作業に違いあるまい。それにあの目と言ったらどうだ。どんよりとして生気がなく、およそ健全な精神の持ち主とは思えない。言っちゃ悪いが、気狂いのそれに見える。まあでもわかった。境井くん、現場は任せる。おれは安全な場所から、おまえに指示を飛ばそう。無茶をするな。たまには寝ろ。


 そんなわけで、ゴースト・オブ・ツシマをやっている。繰り返すが、話題作だ。特にこの日本においては、海外のやつらが作った日本が舞台の大作ゲームということで、かなりの注目を集めている気がする。実際やった連中からの評判もかなりいいようだ。

 GTAスタイルのオープンワールド・アクションゲームだ。だだっ広いマップがあって、ミッションアイコンが点在している。そこへ行くと、ちょっとしたカットシーンを見せられ、その後ミッションをこなす。その繰り返しでシナリオを進めていくが、他にもサブクエストやアクティビティがあり、やるやらないはプレイヤーの自由。

 すがすがしいほど、新奇性は皆無だ。ここ最近のヒット作から色々な要素を借りパクして、和風のガワを着させてみただけ。開発会社が時代劇がどうのクロサワがどうのとか述べてたらしいが、おれにはわかるぞ。お前らが少しも日本文化や時代劇へのリスペクトなど持ち合わせていないことが。ただ人目を惹くためだけに利用されたサムライ。ほかの国の連中ならわかる。だが日本人がこんなもので喜んでいていいのか?

 いい。喜んでおけ。大体がいまの日本で時代劇を熱心にみているやつなんて圧倒的な少数派だろう。そんな時代遅れのマイノリティ連中の言うことなんかに耳を貸すなどアホらしい。おれたちは、倒れ方が時代劇のそれ、黒澤モードのフィルム粒子とこもった音声がわかってる人の仕事、などと堂々知ったかぶってキャッキャキャッキャ猿のように浮かれ喜んでいればいい。


 ゲームとしては、普通に面白い。他からパクった要素がうまくまとまっている。これはなかなかできないことだ。ゲーム作りが上手なスタジオなんだろう。グラフィックはかなり綺麗だ。あくまでも対馬と言い張るここが日本だとは到底思えないが、幻想世界を歩いていると思えば結構楽しい。日本刀で敵をブシュブシュ切り刻む感触も悪くない。ストーリーやキャラクターは退屈で薄っぺらいが、ゲームのほとんどがそうなんだから、気にもならないだろう。

 だがやればやるほど、このゲームの舞台が日本である理由がわからなくなる。ほかの地域、ほかの時代を舞台にした方がしっくりくるんじゃないか? そんな疑問が首をもたげてくるが、そこは大和魂でなんとかしろ。なせばなる。なにも考えず、日本刀を振り回せ。

 このゲームを終えても、おれの心にはおそらくなにも残らないだろう。ディスクを取り出す、あるいはアンインストールをする、そしてその後は二度と起動されない類のゲームだ。そういうゲームがある。それこそがゲームだとも言える。

 偉大なる時間の無駄遣い、ビデオゲーム。その中にあって、ゴースト・オブ・ツシマは最上級の時間の無駄遣いだ。これは、褒め言葉でもあり、貶し言葉でもある。


 今回はここまでだ。

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